103. 道半ばの光景
アリゾナ州モハーヴェ郡:キングマン近郊
戦車に備えられたエアコンとは、まず車載の電子機器を冷やすためにある。
つまり乗員の快適性は二の次ということで、10式戦車の車長を務める串本曹長は身をもってそれを思い知ることとなった。何処で運用する場合でもついて回る話ではあるが、外が地球上で最も暑く乾燥した場所ともなれば、余計に酷くなって当然だろう。
そのため部隊が灼熱地獄のモハーヴェ砂漠を踏破し、指定されたポイントに到達して布陣を終えた時には、生き返ったような気分になった。暫くはこの地を守り、後続部隊の到着を待てばいいだけだからだ。
もっとも事前展開していた第12旅団麾下の普通科中隊などは、ヘリボーンで降下して以来ほぼ生身で頑張ってきた訳で、その労は自分達以上だっただろうとも思う。
「敵襲の可能性は低いが、警戒監視を怠るな。以上、解散」
小隊長の訓示は終わり、車長達は各々の車両へと戻っていく。
「とりあえず、冷えたジュースで乾杯だ」
同じく車長で、仲のいい白鳥曹長が笑顔を浮かべる。
「本当はキンキンに冷えたビールがいいけどな」
「任務中、任務中」
串本も同感だと思いつつ、肘で白鳥を軽く突く。
とはいえ実際のところ、敵襲などないのだろう。自分達がどのような手段でもって探知され、攻撃されているか知らない米陸軍は、少なくとも国道66号線沿線では徹底的に掃討されてしまったようだ。何しろここに至るまでの間、抵抗らしい抵抗は皆無に等しく、状況は第12旅団の面々にとっても同様だったとのこと。
とすれば目下の敵は苛酷な気候のみで、ならば命令通り厳に警戒しつつ、休息を取っていけばいい。
(それに……)
どれほど上手くやったところで、最終的に目が眩むのではどうしようもない。そんなことを考え始めた瞬間、一瞬強烈な日差しが揺らぎ、続いて頭上から甲高い声が響いてくる。
「ん、何だ? 鳥でもいるのかな?」
「ハクトウワシだぞ、ありゃあ」
姓に鳥という字が入っているからか、白鳥が即答した。
見上げてみればその通り、真っ青な真夏の空を、猛禽らしき影が幾つか飛び交っているのが分かる。
「コンドルの方が多いが、ハクトウワシもいる」
「へえ。相変わらず詳しいな」
「まあな。ともかくこんな暑い中で元気なの、鳥類くらいのものだよ」
「ほんとだな」
串本は適当に応じた。今はバードウォッチングより冷えたジュースだからだ。
ただ彼はふと、ハクトウワシが米国を象徴する動物であったことを思い出した。それから実にえげつないブラックジョークだとも感じた。元気に空を猛禽が飛び交っているのは、地表に栄養満点で逃げもしない餌がどっさりと転がっているからに違いなく、その正体が何であるかは態々言うまでもなかったためだ。
そして新鮮な餌を見つけたのか、何羽かが降りてくる。それまでぐるぐると上空を旋回していたのは、給餌者に対する彼等なりの礼儀――という訳ではあるまい。
「皮肉なもんだ」
串本は小さな声で呟き、それは誰の注意も引かなかった。
とはいえ彼の見解は、より巨視的な観点からも正しいと言えるのかもしれなかった。決戦を企図して北米大陸南西部に展開し、現代兵器や民生品転用兵器の猛攻によって補給と指揮系統を喪失した何十個師団の残骸が、守ろうとした母国の苛酷なる自然環境に呑まれようとしているのだから。
ミズーリ州カンザスシティ:ペン・バレー公園
「なあ、日本軍ってどの辺りまで来てるんだろうな?」
「さあな、分からねえよ」
元ドイツ国防軍なノッポと小兵の2人組が、夕食にありつきながら、特に当てもなくあれこれ話し合う。
彼等は真っ先に北米大陸へと送られたグループの1つで、そうであるが故に随分と内陸部まで展開してしまっていた。もっとも今後どうしろという命令も、ついでに支給されるはずの銃弾やら何やらもさっぱり届かぬから、公園に張ったテントでのたくる以外にない状況だった。
なおミズーリ州といえば、ドイツ系住民が多く住む州であり、カンザスシティもまた肉の街と呼ばれている。
それ故、今のところ食糧事情に関しては一応問題ない。とはいえあちこちから疎開者や避難民がやってきており、物流も何処に何があるのかまともに分からなくなりつつある関係で、元々さほど良好でもなかった治安が悪化の一途を辿っていた。その一端は自治体を恐喝して兵糧を供出せしめている彼等にもあるのだが、一介の兵隊にはその辺の事情は分からない。
「とりあえずよ、俺等はつい最近まで、日本と一緒に戦ってただろ?」
「そうだな。ぶっちゃけ、あんな強いなら俺等も支援してほしかったわ」
「ほんと、それだよな」
ノッポの方が溜息交じりに言う。
日本がマリアナでいきなり勝ち、挙句ソ連を爆撃し始めた時は、総統も狂喜乱舞していたという噂だ。だが黄色アーリア人からの援軍や支援は一切なく、連合軍はそのままドイツ本土に押し入り、第三帝国は存在を抹殺されてしまった。
恐らく総統も怒り心頭で、「畜生め」などと怒鳴りながら死んだのだろう。
「まあ、向こうにも事情があったのかもしれん……宇宙アーリア人がどうたらって話だし」
「信じ難いが、らしいな」
「だがそれでも、旧同盟国の誼くらいあるだろう。日本軍に攻撃されたら、空に発砲してすぐ降伏しちまわねえか?」
「フランス人かよ」
小兵の方がクスリと笑い、
「だがいいかもしれん。アメ公のために命張ってやる義理も大してねえし……だいたいこの公園、1つ前の大戦の記念碑とかがあって気に食わねえ。いっそぶっ壊れちまわねえかな?」
「そうそう、爆撃とかでな」
ケラケラという笑い声が揃って木霊し、直後それは掻き消された。
言霊に相当する概念がドイツ語にあるのかは分からない。だがテキサス州東部への兵力集結を阻む目的で、随分遠くから放たれた幾つもの誘導爆弾は、ダウンタウンのユニオン駅を木っ端微塵に吹き飛ばした。それから微妙に軌道が逸れた1発が、偶然にもペン・バレー公園の記念碑を直撃してもいた。
先程まで都合のいいことを考えていた2人組は、"日本軍"の長距離攻撃に遭遇し、降伏する術もなく爆死した。
北海道夕張市:宿泊施設
炭鉱従事者が泊まるホテルの共有パソコンで、田島は元職場仲間の近況を眺めていた。
真っ先に自衛隊に志願すると言い出し、本当に特設油送隊に配属になった秀島が、占領下のロサンゼルス空港で撮った写真をSNSにアップロードしていた。帯域が極端に制限されることから、画像は相当に粗く、そう何枚も送信できるものでもないらしい。それでも太平洋の向こう側にある大昔の世界と、情報共有できること自体が奇跡と言えよう。
「まあ、無事到着したみたいで何よりだが」
田島が気になったのは、秀島の横に映っている女性の姿。
北米に出征している日本人は、制服を着ていなくとも皆自衛官の扱いだ。とすれば彼女もまた階級を持っているのだろうが、どうにもそんな雰囲気ではない。化粧ッ気がどうにも強すぎて、何の職種なのか見ただけでは分からない。
「あれ、クーリィちゃんじゃない?」
首を傾げていたら、後ろから驚きの声が響いてくる。
ホイールローダー乗りの荒島だった。ビールの暴飲で赤くなった顔を、これまた素っ頓狂な感じにしている。
「いないと思ったら、こんなとこにいたの」
「外人さんの知り合いか? そうは見えないが」
「いやいや、すすきののお嬢ですよ。僕も何度かお世話になったことが」
「ああ、なるほど」
本当に何から何まで自衛官扱いなのだと、田島は納得して笑った。
映画館の従業員を丸ごと送って活動写真小隊、ソシャゲ運営チームが出征すれば電子娯楽小隊。であれば中洲小隊だのすすきの小隊だのがあっても何ら不思議はない。何を言ったところで自衛隊は男社会で、そういうサービス業の需要も当然あるだろう。
「しかも興醒めな階級まで持ってるのか」
秀島の投稿を読み進めつつ、田島は笑った。
クーリィちゃんとやらは二曹で、秀島より階級が上だった。不届き者が問題を起こさないようにするための措置なのだろうが、敬礼したらはり倒されるんじゃないかと思った。
青森県三沢市:三沢基地
「なあトム……悪いことは言わん、もう休んだらどうだ?」
格納庫にやってきた人物を見るなり、整備長は悲痛そうに顔を歪めた。
彼の背後には、F/A-18E スーパーホーネットが凛然と佇んでいる。諸々の事情もあって、姉妹あるいは兄弟が航空自衛隊に引き渡されていく中、未だに臨時アメリカ海軍の籍を維持している機体だった。
更に言うならば、それは第58任務部隊への外科手術的な対艦攻撃を行ったうちの1機に違いなく、整備長の目の前に現れたのは、それが最善と信じて引き金を絞った人間に違いなかった。
「お前さんはもう十分やった。それでいいじゃねえか」
「よくないヨ。だからここに来タ」
愛嬌のある訛った声でファニング大尉は言った。
整備長は見ていられないとばかりに瞑目する。それから目元を手で覆って呻く。
「こいつの行き先、シアトルかロサンゼルスの廃墟だぞ。しかもそこを拠点に、海兵隊のワシントンD.C.強襲を支援――要は爆撃するって訳だ。そうする他ないのは分かるが……何でお前さんがまた、ご先祖様を手にかけねばならねえ?」
「僕、もう手が血塗だからだヨ」
ファニングは従容とした態度で微笑み、
「なら僕がやった方が合理的。1ペニーも1ポンドも一緒。余計に1人、苦しまなくて済ム」
「そうか……トム、ちゃんと生還しろよ?」
「この戦争、現代の飛行機に乗って戦死した人は1人もいなイ。だから大丈夫」
「分かったよ」
整備長は心の内で十字を切り、それ以上口を開かなかった。
パイロットの戦死者が日米とも皆無なのは紛れもない事実だが、自殺者に関してはその限りではない。それでも己が仕事に全力を尽くし、目の前の人物が無事任務を完遂することを期する以外、できることなどありはしないだろう。
そうして暫く黙していると、不躾なスマートフォンが低く唸った。
「ん、何だ?」
「どうやら、国連安保理決議の採択が始まったみたいヨ」
東京都港区:アメリカ大使館
「大統領、我々の『ミッドウェイ』計画は無事成功を収めました」
国連大学からの生中継映像を背に、ファーゴ中将は厳かに成果を報告した。
4月の対ソ戦で上手いこと使われて以来、出番のなかった国連だが、ここにきて新たな安保理決議が採択された。つまるところ"国連軍"による米本土占領を要請するものだった。提案者はアメリカ合衆国臨時政府。酷く売国的とも思えるが、占領がなされるだけマシという現実を踏まえれば、まさしくミッドウェイ海戦級の転換と言えるかもしれない。
加えてもう1つ、かの秘匿名称で語られた作戦には、かなり字義的な本質があった。
「日本政府は極めて短期的な成果を必要としつつ、一方で超長期的目標を考えざるを得ない」
決議案提出の責任者たるパターソン臨時大統領は、何処か遠い目をして続ける。
戦略資源確保による日常の回復が前者で、特異的時空間災害の解明が後者であることは論を俟たない。
「であれば短期的な成果がある程度出た時点で、焦点は後者へと寄り始める。それを後押しした成果がこれという訳ね」
「その通りです、大統領」
ファーゴは力強く肯き、傍らの計画発案者と目配せする。
「究極的な国家主義と人類単位の協調主義。凄まじく歪な形であれ、この極端に矛盾する2つを同時に抱えている。日本国民もまたその事実に、我々の予想よりも早く気付きつつあります。我々はそこに活路を見出す他ありません」
「他にもっといい道はなかったのかしら」
パターソンは小さく呟き、十数秒ほど押し黙る。
咄嗟に思い付く中に、この世界に苦難と混乱を撒き散らさぬものなどない。結局のところ時空間災害の下では、未来国家そのものが自動的に暴力的存在となってしまうのだ。過去に飛ばされるのが日本でなく、ベトナムやイラン、あるいは北朝鮮なんかであったとしても、状況は似たようなものだっただろう。
「まあ、今更何を言ったところでどうしようもないわね……少なくとも私達は、結果はともかく、犠牲を最小化するための戦いをこれまで続けてきた。ならば今度こそ上手くやれると信じましょう」
「大統領、そう信じていただきたくあります」
ファーゴは張り付けたような笑顔で、しかし声に自信を滲ませる。
「我々は今度こそ上手くやります」
「ええ、お願いするわね」
ファーゴは莞爾と微笑み、幾らかの会釈の後に退出していった。
彼の向かう先は横田、ロサンゼルス、そしてホワイトハウス。できるならば臨時アメリカ合衆国軍最高指揮官として陣頭指揮を執りたい、パターソンもそう思っていた。とはいえ彼女とかつての祖国の間には未だ、時空間の壁が厳然と聳えている。
百里のうちの九十里を半ばとしていると思いたい第103話でした。あの言葉が実際身に沁みます。
第104話は11月13日(金)~15日(日)辺りで更新の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
時空間災害下の国外での通信環境整備について考えていたら、ちょっと電波な妄想が。
伝書鳩を使ってデータ通信を行うという、鳥類キャリアによるIP(IP over Avian Carriers)というジョーク規格があるのですが……航空母艦によるIP(IP over Aircraft Carrier)というネタを思い付きました。護衛艦『いずも』とかにハードディスクをいっぱい搭載して運んだり、艦載ヘリを使って届けたり……航空母艦ではなく護衛艦なので駄目かもしれません。というか貨物機を使って運んだ方が圧倒的に早いですね。
なおアレクサンドロス人、局所的にネタにされるナチスUFOとかと組み合わさると、某『アイアン・スカイ』みたいな名状し難い何かになってしまうかもしれません。




