101. 突破口
パナマ運河地帯:ガトゥン閘門付近
未だ生々しい黒煙が、あちこちから立ち昇っていた。
ロサンゼルス空港から出撃したC-2やP-1が、また太平洋岸に展開した無人機母艦から射出された自爆無人機や簡易巡航ミサイルが、航空基地や沿岸砲、高射砲といったものを滅多打ちにした結果だった。更には辛うじて維持できているF-35Bが上空を舞っており、各種ヘリが地上部隊を虱潰しにしていってもいる。
途中、援護中のAH-64Dアパッチ・ロングボウが20㎜機関砲弾を受けもしたが、設計通りの耐久性を発揮したようだ。
そうした熾烈な戦場に、第一空挺団はヘリボーンにて降着しつつあった。
抵抗は限りなく小さい。当然の理由から敵主力は太平洋岸に展開していたためだ。加えて大盤振る舞いの化学制圧剤、真っ先に投下された地上戦型VALSユニットにより、まともな戦闘もできぬうちに無力化していっていたのだ。
「行け行け行け!」
轟音にも負けぬ喊声とともに、空挺がシュルシュルとラぺリング降下を実施していく。
閘門に工兵が爆薬を仕掛けているとか、閘門内で船舶の自沈を目論んでいるとかいった情報は、事前偵察の段階から齎されていない。となれば開閉装置とそこに電力を供給する水力発電所を制圧し、牽引用機関車路線の安全を確保すればよい。
なお予備の発電機材や電気機関車は、沖のRORO船に積み込まれてもいる。
「どうだ、いけるか?」
最優先目標たる閘門管理棟。そこへと駆けた足立一尉が尋ねる。
既に麾下の最精鋭達は準備万端といったところで、小隊陸曹は厳つい顔をそのままに肯いた。
「よし、突入!」
爆風で割れた窓から閃光手榴弾が投げ込まれ、様々な箇所を入口として空挺達が突入していく。
やはり抵抗は皆無に等しく、次々と「クリア」の報告がなされる。閘門開閉を操作する機材も無事だ。棟内に居合わせたのは技師や事務員が大部分であるようで、化学制圧剤に燻されて間もない彼等を急ぎ拘束する。
そうした中、視力を完全喪失した負傷兵が、悲痛な声で何かを訴え始めた。こんなのありか、そんな内容だっただろうか。
「見ざる聞かざる、です」
小隊陸曹はそう言って、咄嗟に足立に注意を促す。
「何の益もありゃしません」
「そうだな」
足立は無感動に肯きつつ、管理棟の制圧完了を報告した。
太平洋岸のペドロ・ミゲル、ミラフロレスの両閘門や、その他重要な様々な箇所においても、同種の報告はほぼ同時になされた。その間、あるいは側面にあった地上部隊が、あらゆる火力や化学力を浴び、見事なまでに消滅したのは言うまでもない。
カリフォルニア州サンバーナーディーノ:砂漠地帯
シベリアなどというけったいな地名とは対照的に、一帯には灼熱の砂漠が延々と広がっていた。
しかもこの世の地獄も同然だった。アレクサンドロス人が放ったとされる、機械生物と称される新兵器群。定期的に爆撃を仕掛けてくる飛行型や、付近に潜伏し数キロ先からの狙撃を行ってくる地上型を前に、元々は増強大隊規模であった守備隊は、中隊ほどになるまで磨り潰されていたのだから。
加えて昨晩は戦略爆撃機が飛来し、国道66号線沿いに無茶苦茶な量の超ナパーム弾を投下していった。それが終わったと思いきや、今度は常軌を逸した長距離砲撃に見舞われるという始末。
「どういうことなんだ……?」
鉄の雨が止んで暫く、損害報告受けたハリマン大尉は耳を疑った。
欧州戦線で身をもって得た戦訓が、まるで役立たずになっていたのだ。塹壕を丹念に掘り、身を潜めてさえいれば、直撃でもない限り砲撃で死ぬことはない。確かにそれは間違いではなかったが、地平線の向こう側から飛来した敵砲弾のほぼ全てが、方々の味方陣地を精確に耕していた。
挙句、苦労して用意した囮の壕には、敵砲弾はまるで見向きもしなかったらしい。
「まともに戦えるのはどれほど残っている?」
「恐らく80名程度かと」
「畜生、話にならん」
ハリマンは歯噛みした。まだ生きてはいる者も同数ほどいるはずだが、鉛弾かモルヒネしかかけてやれる慈悲はない。
自分達は悪童を前にした蟻ではないか、そう思えてならなかった。巣を好き勝手に穿り返し、水責めにし、つまみ上げた蟻の脚をもいで遊んだりする宇宙的大悪童が、空の上から自分達を見下ろしているのだ。
「大尉、間もなく敵が来ます」
自分と同様、奇跡的に生き残った曹長が、叱責するかのような口調で言う。
「ここで迎え撃たねばなりません」
「ああ、そうだったな……お前等、運命の時はすぐそこだ。何があっても、これ以上ジャップどもを進ませるな!」
ハリマンは正気を取り戻し、小隊も同然になった中隊の部下達を鼓舞する。
実のところ、とっくに進退は極まっていた。頼りの給水塔はガラクタになり、井戸に向かえば潜伏中の機械生物に撃ち殺される。後退も許されておらず、命令違反をしたところで移動中を狙い撃ちにされるだけ。とすればここで最後の一兵に至るまで戦死するとしても、渇きに殺されるのでないだけよしとすべきなのかもしれない。
それに――必殺のM5対戦車砲が1門、地中に隠しておいてある。対戦車地雷を用いた肉薄攻撃だって不可能ではない。蟻だって人間を噛むことはできるのだ。
「よし、やってやるぞ!」
「ヤンキー魂の見せどころだ!」
自棄気味にそう言い合いながら、兵達が配置に着く。
果たせるかな、何らかの車両群が国道66号線を走ってくるのが確認された。機械生物か機甲部隊か、どちらにせよ敵だ。誰もが決死の覚悟を決め、備え始めていたところ、再び砲弾が飛来した。
炸裂、瞬く間に視界は白に染まった。ウィリー・ピートと渾名される白燐発煙弾に違いない。
「糞、何も見えん」
「強引にでも押し通るってか」
ハリマンは固唾を呑んだ。乾き切った唾だった。
突破されるとしても、敵戦車に少しでも損害を与えておきたい。あくまで抵抗を継続し、後続部隊にも打撃を与え、僅かでもその進撃を遅滞せしめたい。それに何より、一方的に撃たれるままでいてたまるものか。
「撃て、撃ちまくれ!」
煙幕の下でも微かに見える敵影、接敵が発見されてからの時間、敵車両の推定移動速度。それら要素を総合し、ハリマンは大声で下令、あちこちから心地良い射撃音が聞こえ始めた。
敵もまともな視界がないが故か、幸いなことに応射が確認されない。掘り出したばかりの対戦車砲も未だ命中打を得られてはいないが、じきに戦果を挙げられるのではなかろうか?
「えっ」
ハリマンはその瞬間、強烈な違和感を覚えた。
全てお見通しとばかりに、霧中を一直線に向かってくる敵車両。それらは異様な砂煙を巻き上げ始め、巨大な砂の壁となったそれらが、轟々と迫ってきていた。
「何……だと……!?」
土塊に巻き込まれ、身体の穴という穴に熱い砂が侵入する。記憶は苦悶とともに途切れた。
陸上自衛隊の機甲部隊に先行する無人ブルドーザーの群れが、部隊移動を阻害する陣地を片端から埋め立てたのだ。蟻ならばそこから這い出すこともできたかもしれないが、ハリマン達は蟻ではなかった。
カリフォルニア州ロングビーチ:港湾
「自我蜂054、交戦」
「射駒560から563、対地ロケット射撃。火点を潰せ」
「武駒464、停止。落とし穴にやられたらしい」
豪奢極まる無人機管制艦の、少々場違いな作戦室。そこは書き入れ時とばかりの様相を呈していた。
テキサス州への打通を企図した突破戦に先んじて、陸路あるいは空路で侵入した無人兵器群による積極攻勢が実施されているのだ。移動中の部隊に対する一撃離脱的な攻撃が中心だったそれまでの戦闘とは異なり、敵の籠る陣地目掛け、ネットワーク化された機械達が突っ込んでいくという形態だ。
加えてカリフォルニア半島沖の長距離火力支援艦が、数百キロ先を破壊してもいる。なお彼女が相当離れた海域に展開しているのは、間違っても自衛隊員の頭上に弾が落ちないようにするためだ。民生品を転用した即席ロケット弾の信頼性はその程度だった。
「まあ外様か」
画面上の目標を、醜悪な鬼のアバターで表示されたそれらを吹き飛ばしつつ、藤嶋特設三曹は独りごちる。
そろそろ第12ヘリコプター隊の離陸時刻かと思った。無人機による掃討は、正規の陸上自衛隊が到着する頃までには、全て終わらせねばならない。源内プロジェクトによって製造された遠隔型、自律型の無人兵器は多々あるが、どれも現代の軍用品としての基準をまるで満たさぬ代物で、故に本職はそんなものが作戦地域に転がっているのを忌み嫌う。
もっとも部外者だった者達が、一度にぞろぞろと入ってきたら、どんな組織でも同様だろう。
「それでも、役に立つことはできる」
藤嶋はそう呟き、この場にいられることを感謝した。
それから机に貼っておいた寄せ書きを一瞥する。紙面の水素結合が崩れ、滲んだ文字の多いそれは、息子のクラスメイト達が送ってくれたものに違いない。
そう――息子と仲良く遊んでくれた彼等は、これからもずっと生きていくのだ。
であれば子を失った父として今すべきは、復讐ばかりであるべきではない。失われた命と縁あった者達の将来や幸福のため、できる限りの貢献をしていくことが大事なのだ。
きっとそれこそ、天国にいる圭太の望みでもあるだろう。
「この道も、誰かの人生に繋がってる……父さん、頑張るからな」
何処かの企業の標語を口ずさみつつ、藤嶋は画面を直視した。
これまでにない集中攻撃に狼狽えながら、尚も抵抗を続けんとする鬼ども。未来はそれらを排した先にある。
「自我蜂048、交戦開始」
藤嶋はそう宣言した。画面上で鬼が次々と爆ぜる。
東京都千代田区:内閣府庁舎別館
「つまり一定の制約下での先端技術製品輸出は安全保障上望ましいと?」
戦争終結後の対外経済政策に関する提言に、大橋国家安全保障局長は思わず目を丸くした。
それから添付された資料のページを捲り、一覧を眺める。"先端技術製品"といっても基準がこの世界にあるから、輸送用機器や産業用機械、情報通信機器などは当然として、半導体を利用した一切の製品がそれに該当したりする。現状の神経質の極みとでも言うべき対外情報管制からすれば、それらの輸出とは何とも意外な話だった。
「その通りです」
飯田は自信ありげな態度で大きく肯く。
「完成品の輸出のみであれば問題は生じ得ない。経済産業省と経団連を中心としたチームで合同シミュレーションを実施した結果、そのような結論が得られました」
「ふむ……ブラックボックス化を徹底するということですか? 昨今はIoTとか言いますから、動作ログやセンサ情報を定期的に送信させたり監視用のバックドアを仕掛けたりするのも、安全保障上大変に有効かもしれませんが」
「それも当然実施される予定です。また加えて……」
飯田の言葉が少し途切れ、
「局長の愛車は確か、ハイブリッドだったかと記憶しております」
「間違いありません。最近はさっぱり運転できておりませんがね」
「であれば使い方はご存知のはずですし、現代のハイブリッドカーがどのような原理で動いているか、ある程度は把握されているかと存じます。ですが今から新規の自動車メーカーを立ち上げるとして、それをどう考えられますか?」
「かなり困難なことですね。政府もしくは大企業、何処かの大富豪の支援がある、あるいは政治的に合弁会社設立を強要可能といった条件がなければ……ああなるほど、要は生産技術であると」
大橋は合点がいき、興味深げな表情を浮かべる。
産業政策に関しては素人に近いが、乗用車の工業製品が一朝一夕に生産可能となる類のものでないことは明白だった。部品は専業メーカーから取り寄せるとしても、組立設備を整え、生産業務に携わる人員を雇用するだけでもとんでもない手間と資金が必要となる。しかも試作まで漕ぎ着けたところで、それが路上を走行する上での基準を満たすまでには更に巨大な壁があり、何より売って利益を出せるかが非常に怪しい。設計や量産ノウハウの差が顕著に出るためだ。
また分野によって多少差もあろうが、一覧に盛り込まれた全ての"先端技術製品"についても同様の傾向があると考えられた。
たとえ全世界に対してあらゆる技術情報を開示したとしても、80年分の生産技術の差は絶望的なものとなるだろう。しかもこれら製品に関しては、完成品以外の輸出については決して許可しない方針だ。サプライチェーンの自己完結化は、時空間災害後の世界における至上命題であるから、重要産業の工程の一部を国外に流すこともあり得ない。
「つまるところ優秀な大学院生や博士、凄腕の起業家だけを集め、何の支援もなしに今あるメーカー群の競合を育てろといったところで、まともなものが育つことはない……それと同じだと?」
「はい。技術や知識は流出するとしても、活用する場が国外になければよいのです」
飯田は的を射たりとばかりの表情で続ける。
「完成品輸出には新規参入を根本から阻止し、国外既存産業の高度化余力を棄損せしめ、産業構造を強制転換させる意図もございます。軽工業一般についてはほぼ阻害しない予定ですから、こちらに注力してもらえばいい」
「既に満洲進出を考えているところがあるという話でしたね」
「商魂逞しい話です。また外国為替についても……正直、国内の物理経済と電子経済の再統合をどう行うべきか悩ましい段階ではございますが、徹底した円安誘導が望ましいと考えられます。輸出奨励金も有効です。一応は現代水準の製品が安価に入手できるのに、それと比べて高価かつ低品質な製品を多額の資金と何十年もの年月をかけて開発しようとする企業など経営学的にあり得ませんし、何処かの国策であれば外交圧力で阻止できます。更には各国に環境基準の遵守を要求するなど、各種国際基準の活用も考慮すべきかと」
「我が国の長期的目標の1つが対外依存を極力低減することです。円安誘導はその意味では確かに望ましいですし、増産に伴う人手不足も生産の自動化を進める格好の材料となるかもしれませんが、再度の時空間災害発生時に巨大な余剰生産力を抱える可能性は考えましたか?」
「原材料や中間財、化石燃料がない状況と比べれば幾らでもやりようはありますし、次は周りが100年後の世界だったとかでなければ、この戦争における源内プロジェクトのような形で転用可能かと。それに真っ新な市場が再び誕生するということにもなるかと……ああ、これは転移先に人間がいればの話でしょうか」
「なるほど、概ね理解しました」
大橋はある種の感嘆を抱きつつ、飯田の持参したレポートをパラパラとめくる。
実のところ「飯田屋、お主も悪よのう」と笑いながら山吹色の菓子を受け取る代官だとか、借金の対価として心臓の肉1ポンドを要求する商人にでもなったような気分にもなった。何処かの暴虐な国の誇大妄想も同然のやり口かもしれないが、国益の最大化を躊躇する理由はない。
ただそうした中、気になる点が浮上し、大橋はそれを急いで言語化した。
「ただこの場合、大した価値のない外貨が際限なく蓄積するはずです。飯田君、その運用方針について教えてください」
第101話は直近の、あるいは将来の目標に向け、突破口を開かんとする形となりました。
第102話は10月29日(木)~31日(土)辺りで更新の予定です。読者の皆様、いつも感想やブックマーク、評価等、ありがとうございます。
昭和20年の世界への技術流出について、1つの方向性を打ち出してみました。
競合しようという意図そのものを破壊してしまい、その状態を固定化してしまえばいいのではないか? そんな形で製品輸出が検討され始めます。普通の世界でしたら、A国は技術禁輸でもその競合のB国から、といったことが可能で、これが競争を加速させるのですが、本当に1国しか技術供給可能な国がなく、かつそこが完全閉鎖(時空間災害の心理がここにも影響します)という形態だと……本当に何処までやれてしまうか? と思って書いてみました。
某Victoriaの機械部品をずっと英国しか供給できないような状況かもしれません。
なお一部、技術情報を得られればそれがすぐ競争力に直結する分野もございます。それが何かも想像いただければ幸いです。




