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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第1章 東京大空襲再び
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10. 事態対処方針

東京都千代田区:首相官邸



「我々は昭和20年3月10日時点の太陽系に存在すると考える他ない」


 複数拠点での観測結果を取りまとめた国立天文台は、そう結論付けていた。

 異常な挙動を見せた月、火星や木星、海王星といった主要惑星、ケレスにパラス、ベスタのような小惑星、更には地球の歳差運動、恒星系の移動まで考慮した、極めて精度の高い解析結果だった。原因は天文学者達にもまるで見当も付かなかったが、もはや事実として受け入れる他ないとの見解で一致していた。

 しかも日本以外の国は、未だ確定という訳ではないが、昭和20年3月当時のままである可能性が高まっていた。

 

「このように、各国から発信された無線通信内容につきましては、既に情報本部がその一部の解読に成功しております。主に米英圏およびロシア圏、アジア圏からのもので、アジア圏からのものは主に日本語をベースとした通信となっていた模様です」


 情報本部は大臣直属の情報機関で、そこからの報告を日下防衛相が読み上げる。

 

「通信内容といたしましては、同時期の第二次世界大戦に関連するものが大半を占めています」


「そんなすぐ読めるようなものなの?」


 能面の津山総務相が何かを押し殺したような声で尋ねる。

 彼女の麾下にある総務省系の研究機関は、先程チームを編成し終えたって状況で、連携するはずの情報本部に手柄を全部持っていかれてしまっていた。もっとも、この辺は蛇の道は蛇だ。

 

「その頃の暗号なんて、現代のコンピュータを使えばすぐかもしれませんけど」

 

「というより、ほぼ相手の手の内を知っているようなものでして……昭和20年当時に各国が用いていた暗号化方式を適用してみたら、短時間で解読できたという状況のようです。無論、当時から解読が理論上不可能なバーナム暗号が用いられていた例もございますが、こちらは一部の高レベル通信に限定されます。同様の手法での確認、検証を総務省にもお願いいたします」


「コロッサスとかいう、歯車の化け物を使っていた頃だったな。随分前に映画で見た」


 加藤総理は頭を抱えながら言い、

 

「ああ、アラン・チューリング本人が生きてるのか」


「そうなります。ノイマンやアインシュタイン、フェルミ、ファインマン、オッペンハイマーの科学者等も存命で……あ、まずい。マンハッタン計画が現在進行形で進んでいる可能性もあるんじゃないか?」


「防衛大臣、あと数十分でC-2EBが北米大陸、ワシントン州シアトル周辺に差し掛かります」


 場が騒然となる中、三津谷統幕長が助け舟を出し、


「当時のプルトニウム生産拠点であったハンフォードは同じくワシントン州に存在します。C-2EBの燃料には余裕がありますので、こちらの偵察を命じることも可能です。領空侵犯となりますが、依然としてスクランブルは皆無です」


「総理、如何いたしましょう?」


「ああ……役に立ちそうなことは何でもやってくれ」


 加藤は指示し、それを受領した連絡員が駆けていく。

 その間に加藤はコーヒーを一口飲み、少々胃が痛んでそうな顏を浮かべた。


「しかし……いったい何がどうなっているんだ? 昭和20年3月の東京を攻撃するはずだった米軍の爆撃機が、現在の東京に襲ってきたとでも言うのか?」

 

「総理、ここは事態の認定を急ぐべきです」


 それまで黙していた武藤補佐官がピシッと挙手し、凛然たる声で提言した。

 旅客機内にあった頃からタイムスリップ事態の可能性を考慮していただけあって、心的衝撃と狼狽の程度は他の参加者より軽度だった。そして彼は、今こそ報国の時と意気込んだ。

 

「現状確認されたあらゆる証拠が、現在は昭和20年3月10日であることを示しています。つきましては正体不明の特異的時空間災害によって日本国のみが元の世界と切り離され、昭和20年3月10日時点の世界に転移したと認定……その前提の上、各省庁に事態の把握と対応策の検討を急がせるべきです。早期に事態対処方針が策定できるか否かに、我が国の命運がかかっています」


「……ふむ、特異的時空間災害か」


 一気呵成に舌を振るった武藤を、加藤がじろりと見つめる。大臣達も同様だ。

 確かめるような眼だ。そう思った武藤は、鋼の意志を色に表し、瞳を研ぎ澄ました。前提がなければ、始点が定まっていなければ、如何なる議論も容易に水泡に帰してしまうだろう。

 

「その通りだ。言うようになったな、武藤君」


「光栄です」


「そういう訳だ。正体不明の特異的時空間災害により、日本国のみ昭和20年3月10日に転移した。以上の内容を認定し、対応策を検討していきたい。異論はないか?」


 場はしんと静まった。超常過ぎる現象だが、もはや受け入れる他ないと誰もが観念していた。

 

「よし、ではそれでいこう。会議は一旦終了、閣議に移る。各自情報収集・分析に移ってくれ」


「了解いたしました」


 異口同音に応答が木霊する。曲がりなりにも、これでスタートラインに立てただろう。

 そのことに武藤が幾許かの安堵を覚え、僅かながら贖罪になったかと思っていると、アーモンド入りらしいチョコレートを咀嚼し終えた加藤が、興味深げに呼び止めてきた。

 

「言い出しっぺの法則だ、分かるな?」





東京都千代田区:内閣府庁舎別館

 

 

「不味いな……」


 飯田経済班長は強烈な寒気を覚えながら、目の前の食膳を見つめた。

 味が悪いという訳ではない。国家安全保障局の事務室に届けてもらった庁舎食堂のカツ丼定食は、それほど威張れるほどのものでもないが、懐には優しいし栄養面でもばっちりだ。

 だが――この内容の食事は滅多に摂れなくなる。それだけは間違いなさそうだ。

 

「不味い、不味すぎる」


 逆埼玉銘菓みたいなことを呟きつつ、菓子など真っ先に生産不能になると飯田は思った。

 文字通りの意味で今は昔で、しかも戦争中だというのなら、輸出入のどちらも不可能だ。農林水産省がまとめた不測の食糧・飼料供給途絶時の献立例は、思い出す限りサツマイモと米ばかりで、魚の切り身がちょっと付く程度。確か肉類の配給割当は1人当たり12g/日、卵は7g/日まで低下するから、カツ丼なんて影も形もなくなってしまうに違いない。肉類や卵は見かけの自給率は高めだが、飼料の大半が輸入品であるが故、こうなってしまうのだ。


挿絵(By みてみん)


 生産転換、価格統制、食糧配給制度の実施……そんな単語が脳裏を浮かび上がった。


(いや……食糧供給はまだましだ。問題は化石燃料だ)


 ペットボトル紅茶飲料を一口飲んだ飯田の背中を、恐るべき寒気が駆け巡る。

 不足しそうな品目は星の数ほどもあるが、化石燃料は最重要だった。原油、石炭、天然ガス。日本のエネルギー資源はほとんどが輸入だ。毎年億トン単位を購入しているそれらで発電を行い、自動車や船舶、航空機を運行させ、プラスチックや化学繊維のような石油化学製品を製造しているのが現代なのだ。

 

 それら供給が途絶した場合――発電に関しては原子力発電所の全面稼働を前提とすれば、核燃料棒の在庫が尽きるまでは、従来の発電量の4割5分くらいまでなら賄うことも可能かもしれない。不安定で規模の小さい再生可能エネルギーもないよりはましだ。温泉地を無視して地熱開発をすれば、もう少し状況も好転するかもしれない。

 しかし輸送や石油化学製品の製造に至っては絶望的だ。一般乗用車へのガソリン販売停止どころか、全交通機関の旅客輸送や石油化学製品の生産・流通を原則として禁止する必要が生じそうだ。

 

 そしていざという時のための化石燃料備蓄は、よくて半年分あるという程度だった。

 上記のような対策を講じ、これら備蓄を可能な限り使い伸ばすとして――最低限度の社会インフラを維持できる限界は1年、楽観的に見ても2年あるかないかなのではないか? その先に待ち受けているのは……国内治安情勢の急速な悪化、略奪、暴動、無秩序状態、内戦の勃発、国家崩壊と地獄の様相しか見えてこない。

 

 朝の歯磨き粉と歯ブラシ、新聞紙、缶コーヒー、満員電車やタクシー、宅配便のトラック、多種多様な製品を売り捌くコンビニ、牛丼屋のチェーン、安売りのスーパー、娘が好きなタピオカ飲料、ガチャポンのプラスチック玩具――昨日まで当然のように存在していた日常が、ガラガラと音を立てて崩れていく。

 

(ああ、こりゃ早く戦争を終わらせて輸入を……いや待て、輸入できるのか!?)


 飯田は重大な点に気付き、ゾッとした。

 今は昭和20年3月だという話だった。であれば当然、資源生産の状況も現代とは全く違うはずだ。飯田はカツ丼定食が冷めるのも気にせず、当時の統計資料を記憶頼りに検索し、真っ青になって固まった。


(これでは、輸入しようがない!)

 

 昭和20年当時、天然ガスの生産は地球上でほとんど行われていなかった。それもガスを地産地消しているといった程度で、液化天然ガスというのは概念上の存在でしかなかった。何せ液化天然ガスの初の国際輸送は1959年で、その14年前では必要とされる生産設備も輸送インフラも、世界中に全くない状態なのだ。

 つまり戦争を片付けたとしても、天然ガスの輸入は不可能。何処かに設備投資し、採掘プラントを稼働させ、集積場と積出港を作ってようやくものになるのだ。最低でも5年はかかる仕事ではないか。

 

 原油もそれに近い状況だった。現代日本の年間原油消費量は2億キロリットル弱だが、昭和20年の原油生産量は世界全体で4億キロリットルといった程度でしかない。何しろサウジアラビアやクウェートの大規模油田が開発される前の時代で、全体の2/3がアメリカで生産されている状況なのだ。


挿絵(By みてみん)


 仮に何らかの形で戦争を終結させられたとしても、必要量があまりにも莫大。新規油田の開発も、天然ガスと事情は同じだ。最初の原油タンカーが到着する前に、国が滅んでしまいかねない。

 

 石炭だけは、状況がまだよさそうだった。当時の石炭生産は全世界合計で18億トンはあった。

 とはいえ、日本の消費量も2億トンと決して小さくはない。しかも天然ガスや原油の輸入が非常に困難であるから、必要量は更に拡大するかもしれない。それから厄介な要素として流通があった。この時代、ルール地方に代表されるように、工業地帯は炭田、鉄鉱山に隣接している。億トン単位の国際輸送など想定していないのではないだろうか?

 

(どうしたらいいのだ……)


 飯田は頭の中で更に概算を進める。

 即時の停戦、貿易の再開がなされるとして、最低限度の社会を維持するためだけでも、石炭は現状の輸入量を維持、原油は1億キロリットル/年の輸入といったところだろうか? それから食糧、飼料、重金属類、稀少金属類。必要量があまりに大きく、輸入元――この場合は主にアメリカ――が取引に応じそうにもない。自国の民生が圧迫されるレベルだからだ。

 

(つまり今の日本を救うには……この時代のアメリカを丸ごと食い潰さないといけないのか……?)

 

 思考がそこに行き着いた時、飯田はハッとなった。

 絶望的に何もない大海原に、1枚の板切れが浮かんでいた。溺れる者が何が何でもつかみ取り、しがみ付くべき、歪な四角形をしたカルネアデスの板。

 

「自衛隊で、アメリカを占領できんかな」

事態をようやく国が認識、認定し始める第10話でした。明日も、というか三が日も更新します。


この時代にも原理的に解読不可能な暗号はありました。やはり完全に1回限りの乱数表は大正義です。

一方、資源確保の観点からはあまりにも苛酷な状況が浮かび上がります。なお画像については、


食料の安定供給と不測時の食料安全保障について

https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/bukai/H26/pdf/140422_06_01.pdf


U.S. Field Production of Crude Oil (EIA)

https://www.eia.gov/dnav/pet/hist/LeafHandler.ashx?n=PET&s=MCRFPUS2&f=A


を使用させていただきました。特に後者などは仮想戦記作家の皆様、活用してみてください。歴史改変ものにはぴったりのデータが手に入ります!


また加藤総理が見ていたという映画は「イミテーション・ゲーム」で、こちらもおすすめです。まだの人は是非正月に!

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― 新着の感想 ―
「地産地消」「食い潰さないと」、刺激的なフレーズです。 後から喰いつき読者の一人です。すごい!
[良い点] 明日の飯のためならば戦争起こしそうですもんね、日本人。
[気になる点] 通信衛星も無いのによくアメリカ西海岸まで電波が届くな!! 電離層とかゆうなよ!
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