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俺んちに来た女騎士と田舎暮らしすることになった件  作者: 裂田(伊織)
第三章

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  閑話 エイプリルフール

次は来週と言ったな……あれは、嘘だ。


短めですが、小ネタ回。

「クリス、知っているか?」


 莞爾は朝食を食べ終わったところで言った。


「今日はな、実は午前中だけ嘘をつかなきゃいけない日なんだ」

「嘘をつく? どういうことだ?」


 漬物をぽりぽりと食みながら、クリスはこてんと首を傾げた。


「そういうしきたりなんだ。っていっても、面倒くさいから黙っていたんだが」

「まあ、そうだろうな」


 嘘をつかなきゃいけないだなんて、面倒にも程がある。

 莞爾は言う。


 古くから日本に伝わる習わしのひとつで、本日四月一日は嘘が嫌いな疫病神が出てくる日なのだと。だからこそみんなで嘘ばかりついて疫病神を追い払おうという日なのだ――要約するとそんな感じだが、クリスはふむふむとしきりに頷いていた。


「まあ、つまるところ思ったことと反対のことを言えばいいわけだ」

「ふむ。何やら変わった風習だな」

「だろ? でも、うちでは面倒くさいからやめておこう」

「うむ。それがいい」

「けど、気をつけろ。俺以外はみんな午前中に限り嘘しかつかないからな」

「心得た」


 クリスが頷くと、莞爾も大げさに頷いて、粗茶を啜る。


「じゃあ、仕事に行ってくる」


 片付けを始めたクリスをよそ目に莞爾は勝手口から外に出て――必死に笑うのを堪えていた。



 ***



 莞爾が出て行ってしばらくして、菜摘が訪ねて来た。


「クリスお姉ちゃん、おはよー」

「ああ、おはよう。今日も元気がいいな――」


 そこでクリスはハッとして口を閉じかけたが、菜摘は動じる様子はない。

 もしかして、本当は体調が悪いのかもしれない。


「ナツミ、その、今日はとくに元気か?」

「どうしたの? いつも通りだよ?」


 ああ――クリスは菜摘の肩を掴んだ。

 いつも通り、それはつまりいつもとは違うということなのだろう。


「じゃ、じゃあ、今日は私と一緒にいようか」


 つまり早く家に帰った方がいいのではないか、と尋ねたかった。

 菜摘は元気よく「うん!」と頷いた。

 ホッと胸をなで下ろすクリスだったが、なぜか勝手口から平太が顔を覗かせた。


「おはようございまーす」

「あ、ああ、おはよう、ヘイタ。どうしたのだ?」


 平太はちらと奥に目を向けてから言った。


「いや、カン兄ちゃんから言われた畑に行ったんだけど、いなくてさ。まだ家かなって」

「ああ、それなら――」


 クリスは考える。つまり平太は莞爾に言われていない畑に行ったのか、それとも言われた畑に行っていないのか。それとも莞爾がいないことが嘘なのか。はたまた……クリスは混乱した。


「どうしたの?」


 固まってしまったクリスに、何も知らない菜摘は怪訝な顔をして尋ねた。


「いや、なんでもな――」


 なんでもないことはない。しかし、どう言えばいいのかわからない。

 またしても固まるクリスに平太は思い出したように言った。


「あ、そうそう。ばあちゃんがクリスさんにありがとうって言ってたよ。昨日もらった煮物美味しかったって」

「そ、そうか。それはよかっ――え?」


 クリスは真顔で尋ね返した。

 当然だ。クリスにとって平太は今嘘をついているのだ。

 つまり、スミ江は昨日クリスがお裾分けした煮物を不味かったと言っているはずなのだ。


「どうかした?」

「べ、別に……」


 耐えられたのはそこまでだった。

 クリスは泣きそうだった。


 追い打ちをかけるように、菜摘は言う。


「ねえねえ、クリスお姉ちゃん。実はね、明日から東京の学校に行くことになったの。だから、もうクリスお姉ちゃんとは会えないんだよ」

「なにっ!? そうなのか!?」

「うん……寂しいけど、仕方ないよね」


 つまり、菜摘は東京には行かない、これからもずっと会えると言いたいのだ。だから寂しい――寂しくないのだ。クリスはそう思って、なるほどと手を打った。


「ああ、全く寂しいな」

「クリスお姉ちゃんは、菜摘がいなくなったら寂しいの?」


 菜摘がいたら寂しくないのか――当然だ。寂しいはずがない。


「寂しいに決まっているではないか」

「そうなんだ、えへへ」


 なぜか菜摘は嬉しそうに笑っていた。

 一周回って普通の会話になってしまっていた。


「えっへへー、さっきのは嘘だよー」


 クリスは思った。嘘の反対は本当。つまり、菜摘が東京に行くのは真実――クリスは額に手をかざして言った。


「菜摘――その、私は別に寂しくなんかないぞ」

「えっ……」


 いきなり泣き出した菜摘に、クリスの混乱は深まるばかりであった。

 一番てんやわんやしているのは会話の中身についていけなかった平太である。



 ***



「エイプリルフール?」


 クリスは平太の説明を聞いて首を傾げる。


「そうそう。今日は四月一日でしょ。今日の午前中だけは嘘ついてもいいって感じ。確か一個だけだったかな。よく知らないけど、あべこべな会話するための嘘じゃないからね」

「東京行くのも嘘だからね!」


 菜摘はぷんぷん頬を膨らませて必死に訂正した。


「なるほど。では、カンジ殿は私に『嘘をつかなければならない』という嘘をついたわけか」

「そういうこと。まあ、よく考えたもんだよね」


 どちらもあべこべのつもりで会話をしていれば、まあつまり元通りになるというわけである。少なくとも表面上は。内実は正反対なので、あまり印象としては良くないことになってしまうものだが。


「でもさ、よくそんな嘘に騙されたね」


 平太はそう言うが、クリスはまだ日本の風習には疎いのだ。信じてしまっても仕方がない。莞爾もクリスが知らないことをいいことに風習をでっち上げたに違いない。


「むぅ……仕方あるまいよ。まあ、かわいい嘘だ。とんでもない嘘をつかれるよりはずっといい」

「やり返してみれば?」

「カンジ殿に嘘をつくのか?」

「面白そー」


 菜摘も乗り気である。


「だが、周りに迷惑をかける嘘はあまりよろしくないな」


 クリスは良心的であった。

 思えば、莞爾もそれを考えて余計な嘘をつかなかったのだろう。いや、あべこべ会話もかなり余計だが。


「ふむ……よし」

「何か思いついた?」


 平太が尋ねるとクリスはどや顔で頷いた。


「とっておきだ!」

「どんな嘘?」

「嘘はつかない。が、そう見せかけるのだ」

「見せかける?」

「むふふふふ、まあ見ているがいい!」


 クリスはここぞとばかりに菜摘と平太に協力を要請した。


「えー、それはさすがにショック大きいよ!」

「むふふ、こらしめてやるのだ」

「いいのかなあ」

「嘘をついた罰だからいいのだ!」

「知らないからね」


 二人はクリスに言われたとおりに動き始めた。口では渋りつつも、二人ともノリノリである。



 ***



 昼時。

 ちょうど時刻は十一時半を過ぎた頃合だった。


 莞爾は平太と一緒に農作業をしていたのだが、突然菜摘が駆け込んできて叫ぶように言った。


「お兄ちゃん! クリスお姉ちゃんがっ!」


 怪訝な顔をして莞爾は振り向き、菜摘のもとに歩みよって目線を合わせてしゃがむ。


「おう、菜摘ちゃん。どうかしたのか?」

「大変なんだよ! クリスお姉ちゃんがっ! クリスお姉ちゃんが!」

「……何があった?」


 菜摘は名女優もさながらに息を切らせながら、今にも泣き出しそうな表情で言った。


「変な男の人たちがやってきて、クリスお姉ちゃんを連れて行こうとしてるのっ!」

「なんだって!? クリスは!? 今どこだ!?」

「お家にいたけど、菜摘は逃げろって……」

「そうか――平太、菜摘ちゃんは任せるぞ」


 そう言って、平太の返事も待たずに莞爾は走り出した。

 後ろのポケットの中に携帯電話を入れていたはずだが、なぜだかなくなってしまっている。

 すぐさま警察か穂奈美に連絡をしたいところだが、ないものは仕方がない。


 莞爾は必死に走った。思うように足が前に出ない。何度もつんのめりそうになりながら走り、ようやく家にたどり着く。


「クリスっ!」


 勝手口のすぐ傍で、クリスは倒れ込んでいた。

 慌てて抱き起こすと、べっとりと赤い何かが手にまとわりついた。早鐘が胸を打つ。


「クリス!?」


 クリスはゆっくりと瞳を開けて、莞爾の焦った様子を見てかすかに微笑んだ。


「ああ……カンジ殿」

「お、おい! 今すぐ救急車を――」


 しかし、家の電話を使おうと身を離しかけた莞爾の腕をクリスはしっかりと掴んだ。

 そして、ゆっくりと首を横に振る。


「もう……いい」

「そんなことあるかっ!」

「カンジ殿……聞いて、欲しい」

「なんだ!?」


 クリスは震える手を上げて莞爾の後ろを指さした。


「あ、あれを見て……」

「あれって――」


 振り向いた莞爾が目にしたものは、後ろでニヤニヤと笑いながら段ボールの切れ端を掲げている平太と菜摘の姿であった。


「……は?」


 思わず莞爾は二度見した。

 そこに書かれている文字はどこからどうみても「ドッキリ大成功!」である。

 何度見直しても目を擦っても文字は変わらない。


 ふと視線をクリスに戻すと、彼女はしてやったりと笑っていた。


「むははははっ! だーまさーれた、騙されたっ! あはははははっ」


 平太と菜摘はハイタッチなんぞしている次第。

 ちなみに莞爾の携帯電話をちょろまかしたのは平太であった。


「……そうか。嘘か」

「そうだ、嘘だ! むふふふっ! だが、カンジ殿がいけないのだぞ! 変な嘘をつくから――」

「よかった」


 莞爾は作業着が汚れるのも気にせずにクリスをぎゅっと力強く抱き締めた。


「えっ、あの、カンジ殿?」


 莞爾はクリスに答えずに、泣きそうな顔でずっと彼女を抱き締めていた。

 そんな彼の様子に、さすがにクリスはしおらしくなり、平太と菜摘も抜き足差し足でその場を抜け出そうとした。


――が、そうは問屋が卸さない。


「ちょっと待て、二人とも」


 顔をあげた莞爾はそれはもう盛大に怒っていた。

 その胸は菜摘が持ってきた朱色の絵の具がべったりとこびりついている。


「え、えっと……」

「クリスお姉ちゃんの発案だから!」

「そ、そうそう! おれたちは協力しただけっていうか、その……」


 早速売り飛ばされるクリスであった。


「ナツミもヘイタもノリノリだったではないか!?」


 莞爾はゆっくり立ち上がって盛大なため息をついた。


「連帯責任だ!」

「も、もとはと言えばカンジ殿がつまらない嘘をついたのが原因だぞ!?」


 クリスは必死に反論するが、さすがにクリスに限っては冗談では済まされない嘘である。


「菜摘ちゃんは今日一日ちゃんとお母さんの言うことを聞くこと!」

「へ?」

「平太は自分ちの庭の草むしり!」

「嘘だろ、おい」

「さっさと行けっ!」


 平太と菜摘を追い出したあとで、莞爾はクリスに向き直る。


「そ、その、カンジ殿?」

「クリス、わかっているな?」

「な、何がだろうか。さ、さっぱりわからないが?」


 口笛を吹いて横を向きそうな態度に、莞爾はにやりと笑った。


「お仕置きは夜まで取っておくから、楽しみにしておけ」

「ふにゃっ!?」


 クリスは途端に顔を真っ赤にした。まるで朱色の絵の具が頬についたようだ。

 莞爾はさらに続けて言った。


「とりあえず、責任持って洗濯しろ」

「あ、はい」


 べったりと絵の具のついた衣服は、さすがにあとが残りそうだ。

 冷静になって見てみれば、クリスの服装はなぜか以前着ていた莞爾のジャージで、元が赤い色なので目立っていない。


 盛大なため息をついた莞爾だったが、まったく笑えない冗談だ、とクリスの額に自分の額をぶつけた。

 その際に、クリスの両頬に触れたせいか、莞爾の手についた絵の具がべっとりクリスの顔に残ってしまった。


「……カンジ殿」

「……なんだ?」

「言わなくてもさすがにわかるぞ、これは」


 恨むような視線で見つめるクリスに、莞爾は苦笑いを返した。

 しかし、クリスもまたべっとりと手に絵の具をつけて莞爾の顔を両手で挟んだ。


「わっ、こら!」

「むふふっ、おあいこだ!」


 そう言って、クスクス笑い合えるのは許し合った証拠なのか、はてさてどうなのやら。


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