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俺んちに来た女騎士と田舎暮らしすることになった件  作者: 裂田(伊織)
第二章

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2月(末)上・旧交と兆し

お待たせしました

『三十路過ぎて、性欲衰えたと思っていた俺が馬鹿だった』


 一体なんの電話かと思えば、聞こえてきたのはくだらない言葉だった。


 穂奈美は口に含んだコーヒーを噴き出しそうになって慌てて口元にお手拭きを当てた。


「あんたねえ……いきなり何言い出すのよ」

『いや、この年なら一年ぐらい耐えられると過信してた』

「あっ……なるほど」


 その言葉だけで電話の向こうにいる莞爾が何に頭を悩ませているのかすぐに予想がついた。


「覚えたての猿みたいなこと言わないでくれるかしらね」


 なんだかんだ言って手を出すだろうと思っていたが、結局手を出していないのだ。この男は。

 大学生のころはお互いに初めてだったが、若さという自然な成り行きで関係を持ち、思い出せば青春らしい甘酸っぱさやほろ苦さよりも、ブルーフィルムを彷彿とさせるような官能に耽溺した思い出しか蘇らない。


 とっくの昔に過ぎ去ったことだからこそ平然としていられるが、莞爾が自分を淡泊だと思っていたのならば、穂奈美はそれを真っ向から否定するつもりだ。とはいえ、彼の言い分もわかる。もうこの年になると気分が乗らないと中々性欲に翻弄されるということがない。


 加齢とともに性欲は減衰するだろうし、ロマンチックという名前を借りた肉欲に溺れるには精神が老いすぎているのも事実だ。


「それで、用件は?」

『……ああ、明日何時頃来るんだ?』

「正午ぐらいの新幹線に乗るから……そうね。二時ぐらいには駅に着くわ。迎えに来てくれるの?」

『おう。そのつもりだ』

「じゃあ、よろしく」


 それぐらいならメールで済ませればいいのにと悪態をつきながら電話を切るが、すぐにメールが着ていたことに気づいて自分が見逃していたことがわかった。


 午前中に送られたメールだった。

 ずっと観光していたから気づかなかったのだろう。


「仕事の電話?」


 トイレから戻ってきた連れが声をかけてくる。穂奈美は「ええ、そんな感じ」と適当に頷いた。


 ホテルの喫茶店は時間帯のせいもあってちらほらと他にも客の姿が見えた。部屋に戻るにしてもまさか二人きりで旅行に来たのにシングルルームを二つ用意するとは思いもしなかった。


 穂奈美は改めて目の前の人物を見る。


 大原慎治は精悍な顔つきをしており、年相応に小ぎれいな格好をしている。いや、ようやく年齢が彼のファッションセンスに追いついたと言うべきか。大学生のころは「おじさん臭い」風体で見向きもしなかったのに、今ではずいぶん魅力的に変わった。


 フォーマルではないけれど、カジュアル過ぎるわけでもない。

 ブランド品は腕時計だけで、他の服装はこれといって高そうなものが見当たらない。


 あんまりじろじろ見ていたせいか、大原が首を傾げて尋ねた。


「えっと、どうしたのかな」


 どこか緊張しているように見えるのは気のせいだろうか。


「いえ、別に……昔から大原くんは変わらないと思っていたのよ」


 すると大原はぷっと噴き出して笑う。


「ははっ、僕が変わらない? それは何かの勘違いだよ」

「そう? だって昔からそんな服装だったじゃない」

「おじさん臭い?」


 それ以外にどう形容すればいいのかと穂奈美は頷く。大原は「心外だ」と苦笑したが自分で尋ねた様子からして自覚していたのだろう。


「でもほら、年相応に見えるようになっただろう?」

「ええ。ちょうどそう思っていたのよ」

「なら昔と比べて変わったということでいいじゃないか」

「でもそれって年齢が上がって老けたってだけじゃない」

「今どきは枯れ専とか言うんだっけ?」

「ちょっと違うわね。大原くんはまだまだ枯れてないし、ナイスミドルにはほど遠いわよ。もうちょっと白髪が増えてからね」

「それは残念」


 穂奈美は少し意外だった。大原が枯れ専なんて言葉を知っているとは思わなかった。顔に出ていたのか、大原は言う。


「僕は小さい頃から父が大好きだったんだ。優しくて時に厳しくてとても心根の温かい人でね。それで僕はいつかお父さんのような男になりたいって子どもながらに憧れていたんだ。おじさん臭かったのはたぶんそのせいじゃないかな」

「良いお父さんなのね」

「うん。良い父親だったよ」

「だった?」


 ふと、もう鬼籍に入ったのかと勘違いして、穂奈美は視線をコーヒーカップに落とした。大原は軽く頷いて言う。


「認知症だよ。家族サービスが唯一の趣味ってぐらい無趣味な人だったからね。定年退職した途端にダメだった」

「それは――」

「ああ、勘違いしないで。今はかなり良くなったんだ。父の旧友が雀荘に連れて行くようになって、それからもう人が変わったみたいに毎日入り浸ってるよ」

「雀荘って麻雀の?」

「そうそう。やっぱり頭も使うし指先も動かすから認知症にはうってつけみたいでさ。今じゃ良いお父さんじゃなくて人の良いおじいちゃんって感じだよ。お金をかけているわけでもないみたいだし、老後の楽しみ方のひとつとしてはいいんじゃないかな」


 そういって笑う大原は何も心配はないようだった。


「てっきり田舎に引っ越して畑を耕すなんて言い出すかと思っていたんだけど」

「あら、それもそれでありじゃない?」

「まあね。田舎でのんびりスローライフってやつかな。畑を耕して採れた野菜をご近所に配ったりして、ひょっとすると余った野菜を直売所に持っていったら馬鹿みたいに売れて有名になったりしたかもしれない」

「そんなに上手くいくかしら」

「ははっ、ただの妄言だよ。でもスローライフには少し憧れるかな」


 大原はコーヒーカップを口につけて唇を湿らせて、思い出したように言った。


「ほら、伊沢さんも言ってたじゃないか。今、佐伯が実家で農業やってるんだろう?」

「ええ、そうね」

「あいつも馬鹿だよ。せっかく一流企業に入ったのに数年で辞めて農業始めたときはびっくりした」


 穂奈美は少しムッとしたものの、それを表情には出さず適当に頷いた。確かにその事実を初めて知ったときは自分も驚いたものだった。


「最初に聞いたときは馬鹿だなって思ったけど、今は佐伯みたいにのんびり暮らすのも悪くないかなって――」

「のんびり? 映画やドラマの見過ぎじゃないかしら」


 果たしてクリスとの出会いで一瞬にして大金が溶けるような仕事が「のんびり」なのか、穂奈美は首を傾げざるを得なかった。

 かつて自分がお邪魔したときも、日も昇る前から働き、自分が起きた頃には一仕事終えて朝食を用意していたぐらいだ。彼がのんびり暮らしているのならば、どうしてあれほど作業着は色あせているのだろう。軒先に吊された作業用手袋は今にも破れそうだったのに。


「のんびり、だろう? 違うかな。少なくとも取引先の無茶に振り回されたり上司の嫌みに胃痛を感じたりする会社員に比べればのんびりしてるよ」


 無知というのはおめでたい幸せなことなのだろう。

 穂奈美も言われてみれば確かにそうかもしれないと思う節はあった。自分だって公務員とはいえ突然仕事が入るということもあったし、胃痛を覚えるようなことは何度もあった。確かにそういう意味では、会社員のようなつらさは農家にはあり得ない代物だろう。けれども、会社員には会社員の、農家には農家の苦悩というものがあって当然だ。


「……じゃあ、台風が来て収穫するはずだった野菜が全滅してその年の収入がゼロになっても、それはのんびりしてるから平気なのかしら?」

「そんなの、ちゃんと共済なりなんなりあるじゃないか。暢気なもんだと思うけど? 田舎に行くと手入れのされてない水田とか見たことない? あれはたぶん飼料米だと思うけど、補助金で食っていけるんだから気楽なもんだよ」

「補助金ね。それを言うならゲーム理論で語るべきかもしれないわ。それから、耕す人手もいないから耕作放棄地にするくらいならって始める人もいるんじゃないかしら」

「耕す人手がいないって? まあ、農業従事者の平均年齢からすでに高齢者だけど、でもそれは第一次産業ならどこも似たようなものじゃないかな。この状況で人手がいないなんて、それはただの甘えだよ。それにしたって今じゃテレビだってどこ産のなんとかが大人気でいくらの値がついたとか、若手のつくったいちごが馬鹿売れしてるとか、その手の話題にも事欠かないじゃないか。いや、案外農業の未来は明るいと思うよ。日本の工業力を考えたら、これから農業はどんどん人の手を離れていくだろうしね」


 穂奈美は思案顔で言う。


「それって、テレビ映えのする良いところだけクローズアップされてるだけじゃないかしら」

「もちろんそれもあるだろうね。けれど、こう言っては悪いけれど弱肉強食、適者生存じゃないかい? 昔のやり方を続けていたって時代が変わればいつか既存のシステムでは上手くいかなくなる。伝統工芸なんかは良い例だよ。そうなったときにはやっぱり宣伝力とか企画力とか、新しい何かを作って広く認知してもらう努力をする人が成功するだろうし、それに加えてきちんと販路を開拓できるような営業力を持ってる人は手堅い商売ができるはずだよ。いや、これは僕自身が商社に勤めてるから余計にそう思うのかもしれないね」


 得意げな大原に穂奈美はかすかに冷ややかな目を向ける。


「……饒舌ね」


 すると大原は「心外だ」と苦笑した。


「いや、僕も少しばかり緊張しているんだ。気を悪くしたなら謝るよ」

「別に腹が立ったわけじゃないのだけれど」


 一体どうして彼が緊張する理由なんてあるのだろうと考えて、まさか自分に緊張する理由もないだろうと小首を傾げた。何度かのデートも、昨日の観光中もこんなに饒舌ではなかったのだ。すると今日に限って饒舌になる理由が彼の言うとおり「緊張」なのだとして、その根拠が見当たらない。


「大原くんの言うことはいちいち尤もよ。別に異論はないわ。ただ、莞爾くんがのんびりしてるってのは賛同できないかしらね」

「莞爾くん、ね……」


 大原は視線を窓の外に向けて少し考えているように見えた。そのまま口を開きかけて飲み込んで、自嘲するように目を細めて笑った。


「まだ、彼と会うことがあるのかい?」

「仕事上の付き合いよ」

「仕事で? 外務省官僚と一農家が仕事で付き合いがあるのかい?」

「いくら大原くんが相手でも言えないわ。でも今更プライベートな関係はないからそこは安心してちょうだい」

「ひょっとして、以前メールで送ってきた佐伯の結婚相手が外国人だって話と関係ある?」

「ご想像にお任せするわ。彼の結婚相手が外国人だってのは事実だけど、それに纏わるあれこれについては仕事抜きにしても二人のプライベートに関することだからわたしから言うのは気が引けるもの」

「つまり僕にはまだそれほど信用がないと?」


 少しむっとした表情をする大原に穂奈美は内心でため息をついた。


「誰もそんなこと言ってないわ。仮にわたしが結婚していて夫が聞かせろと言っても言わないわ。あなただって社外秘を家族だからってしゃべらないでしょう?」

「つまり相応の機密があるというわけだ」

「しつこいわね。何が言いたいの?」


 呆れた表情の穂奈美に、大原は飲み干したコーヒーカップの底に視線を落として、それから頬をぽりぽりとかいた。


「くだらない嫉妬だよ」

「は?」


――似合わない。

 穂奈美は素直にそう思った。彼はもっとドライな人間だったはずだ。ある意味昔からそういう部分では莞爾と似通ったところがあった。けれども、そのドライな部分の方向性が違ったからこそ二人は馬が合わなかったのだ。


「僕だって男だよ。好きな女性が昔交際していた男のことを擁護すれば、中身はともかくあんまり良い気持ちはしないだろ?」

「子どもじゃあるまいし――」

「まだ確かな関係を結んだわけでもないからね。不安でいっぱいなんだ」

「不安って、だってあなたが……なに?」


 穂奈美は大原が取り出した鍵を見て首を傾げた。


「部屋の荷物を移動させなきゃいけないんだ」


 いきなり何を言い出すのかと穂奈美は眉根を寄せた。


「どういうこと?」


 大原は澄ました顔にわずかな緊張を含ませて言う。


「せっかくなら一番良い部屋がいいだろう?」


 さあと大原は立ち上がって手を差し伸べた。穂奈美は盛大にため息をついて言う。


「そうやってかっこつけようとして失敗するところ、昔から何も変わってないのね。別に嫌いじゃないけれど」

「失敗したなって内心では戦々恐々としていたところだよ」


 少しおどけた様子を見せる大原の手を、穂奈美はぎゅっと握って立ち上がる。

 恐らくはトイレに行っていたのも嘘なのだろう。その間に手はずを整えていたとしか思えない。


「大原くんには一度ムードの作り方ってやつをちゃんと教えてあげないとダメね」

「まだ名誉挽回のチャンスが残されているじゃないか」

「ディナーのこと? 楽しみにしてるわ。あ、でもそれを言うならディナーが終わったあとに黙って違う部屋に連れて行ってくれればよかったのに。ついでに部屋に入ったらシャンパンなんかが用意されていて、傍らに赤いバラの花束なんかもあったりすれば満点かもしれないわね。ちょっとバブルっぽいというか、昭和の男臭さがあるけれど」

「あー、バブルらしい昭和の男みたいで悪かったね」


 決まりが悪そうにしているところを見ると、どうやら穂奈美が言ったことはすでに実行済みであったらしい。


「気を悪くしないでよ。いらない装飾品を貢がれるよりずっと有意義なお金の使い方じゃない」

「君は昔からそういうところだけは変わらないね」


 大原の呆れたようなため息がどこか嬉しそうだった。



 ***



「――で、なんでお前がいるんだ?」


 半ば辟易とした様子で莞爾は久しぶりに再会した旧友に悪態をついた。

 てっきり穂奈美だけだと思っていたのだ。

 別に今更彼に対して思うところはないものの、元カノの現恋人となれば対応の仕方も気を遣わなければならないので面倒だった。


「久しぶりに会ったのになんて言い草だ。まったく」


 大原は相変わらず自分を苦手らしい莞爾に向かってため息をついたものの、笑ってごまかす。


「相変わらず澄ました顔しやがって。お前は昔から表情筋が乏しすぎるんだ」

「地味に気にしてることを早速指摘するのはやめてくれないかな……結構傷つく」

「じゃれ合うのもそれくらいにしてくれないかしらね。莞爾くん、クリスちゃんは?」


 莞爾は穂奈美を駅まで迎えに来ていたが、まさか件の大原がいるとは思いもしなかった。とはいえ、旧友であるから昔のように悪態をついたのだが、大原も昔を思い出したようで口調とは違って案外嬉しそうにしていた。


「家で待ってるよ。連れてこようと思ったけど、こいつもいるって言うから書類だけ持ってきた」


 大原がついてくるという知らせを受け取ったのは今朝のことだった。

 クリスを彼と会わせて余計なことを聞かれるのも面倒だったので連れてこなかったが、穂奈美は大丈夫と頷いて莞爾の車のドアを開けた。


「行きましょう。わたしもクリスちゃんとは会っておきたいし」

「はあ? いやでもこいつもいるし、家まで帰ったら一時間ぐらいかかるぞ」

「別にいいわよ。ちょうど旅行のあとで準備万端だし。ねえ、慎治くん?」


 莞爾は大原を「慎治くん」と呼ぶ穂奈美を見て何があったのかを悟り、ちらりと大原に視線を向けた。なるほどこんな時まで表情を変えないとはいけすかない男である。


「ひょっとして泊まるつもりか?」

「たまには旧交を温めましょうよ。慎治くんも別に構わないでしょ?」

「構う構わないで言えば構わないけど一応僕は――」

「いいから行くわよ」

「あ、うん」


 相変わらずいけすかない男だと思っていたが、実際は表情を変えるほどの余裕がないだけらしかった。莞爾は珍しく大原の肩を叩いて小声で言った。


「お前、もう尻に敷かれてんのか」


 大原も小声で返事をする。


「てっきりもう少し甘えてくれるかと思ったし、大学時代の君たちを見ていたからある意味僕も予想外だったよ……」

「そう言うなよ。俺、中々お前が手を出さないからってあいつから愚痴聞かされてたし、一度は八つ当たりで引っぱたかれたことあるんだぜ?」

「さすがにそれは知らなかった。いくら佐伯でもちょっと同情するよ。女は男より変わるらしい」

「違いないな……」


 初めて二人の間に友情が芽生えた瞬間だった。


「何をこそこそ密談してんのよ!」


 さっさと車に乗り込んだ穂奈美が咎めるように言うので、莞爾も大原も急いで車に乗り込んだ。

 なぜか穂奈美は後部座席にいる。大原もなぜか助手席を選んだ。


 走り出した車内で大原が尋ねた。


「農家でもこんな車乗るのか。昔からごついのが好きだったっけ?」

「ああ、四駆が好きでさ……まあ、もう売って軽にしようかなって悩んでるけど」

「なんでまた」

「税金とガス代がでかい」


 身も蓋もない返事だ。


「仕事上手くいってるのか?」今度は莞爾が尋ねる。大原は軽く頷いた。


「ああ、ぼちぼちやってるよ。上司にも部下にも恵まれて、今は仕事が楽しくなってきたかな。入社してすぐの頃は全然楽しくなかったのに、今じゃ残業も苦じゃないし」

「仕事が楽しいのは上手くいってるからだろ。それでもちゃんと体は休めろよ」

「佐伯が僕を心配するなんて珍しいね」

「社交辞令だ」


 大原は肩を竦めてしばらく沈黙した。

 そのうち車はどんどん田舎へ向けて走って行く。

 大谷木町に入った頃合いで大原は言った。


「またずいぶん田舎だね。この辺りに住んでるのかい?」

「馬鹿言うな。もっと上だ」

「上?」


 莞爾はフロントガラスの向こうに見える山脈を指さして言った。


「あそこに見える山の山間にある村が俺の地元だ」

「……ここでも十分田舎なんだけど」

「そうだな。けど、うちは田舎じゃない。どのつく田舎だ」

「へ、へえ……」


 後ろで話を聞いていたのか穂奈美が口を挟む。


「慎治くんはね、莞爾くんが農家になってのんびり過ごしてるなんて言うから、一度見せてやろうと思ったのよ」

「まだ根に持ってたのかい? 僕は別に農家を馬鹿にした覚えはないんだけど……」


 莞爾はため息をついて言った。


「大原は昔から言葉を選ぶのが下手くそ過ぎるからいけないんだろ。俺もそうだけど、お前ほどじゃないぞ。どうせ俺が会社辞めたの馬鹿だって言ったんだろ。それで農家なんてスローライフはのんびりしてていいなあとか」


 穂奈美は「ずばり正解」とニヒルに笑った。

 莞爾は「やっぱりな」と頭をかいて困ったような表情の大原に言う。


「お前は話し出したらキリがないくせに言葉が足りないんだ。なんでもかんでも一般化して語ろうとするから例外やらマイノリティーを軽視してるような発言になる。いいかげん自覚しろよ。あと表情硬い。冗談言われても冗談に聞こえないから顔の運動しろ」

「これはまた手厳しいね……」


 どうにか笑ってみせようとする大原だったが、ぴくぴくと頬が動いている様子からして笑おうとしているのか、引きつり笑いをしているのかよくわからない。


「信じられる? これで商社マンよ?」


 穂奈美がさらに追い打ちをかけると大原は降参したように両手を挙げてみせる。


「あー、もう降参だよ、降参。僕が悪かった。悪うござんした。あと営業スマイルなら頭おかしくなるくらい練習したからできるんだよ。それに今はバイヤーじゃないし」

「やだ、なにそれ。絶対その笑顔わたしに向けないでね」


 穂奈美が一番厳しかった。


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