第39話:あかねと芽衣とこずえ
「よっ!」
元女子の男子高校生である林田あかねと藤原芽衣が繁華街に向かって歩いていると、急に後ろから声をかけられた。この独特な低音ボイスには聞き覚えがあった。
「あぁ、こずえか…」
立っていたのは、あかねの予想通り、森宮こずえだった。こずえはあかねの幼馴染で、わが校野球部が誇る四番バッターである。
「あれ、森宮君?野球部の朝練は?」
芽衣が不思議そうにこずえに尋ねた。
「今日は休養日で休み。おかげで超暇でゲーセン行くところ?お前らは?」
故障を防止するため、野球部が休養日を導入していることはあかねも知っていた。T-VID前から野球をしていたという野球馬鹿のこずえなら、休養日なんて無視してランニングでもしてそうだが、律儀に守っているらしい。
「ぼくたちもまぁ、そんな感じ…特に行くところないんだよね」
芽衣が答えた。休みで特に用事もなかったので、あかねが芽衣をご飯に誘ったのだ。
「ところでこずえ。今年はどうなんだ?試合勝てそうか?」
「ぜってぇ勝!といいたいところだが、厳しいかもな。二瀬先輩がいなくなったのはやはり痛い」
春はもうあと少しで甲子園行き切符を勝ち取るというところまで行った。あの瞬間まで試合は3対0で我が校が有利だった。ところが最後の最後でエースだった二瀬のぞみが、スライディングで右手を負傷。そこから逆転サヨナラ満塁ホームランを許すという大失態を演じ、甲子園への夢はついえたのだ。
「二瀬先輩って今は?やっぱり怪我ひどかったのか?」
同じクラスの河合さんと付き合っている噂があるが、手を負傷し野球部はやめたと聞いていた。
「右手の関節を完全にやっちまって、医者からしばらく野球はダメって言われたらしい。リハビリしてるみたいだけど、今はまだ右手は箸持つのも精いっぱいって話で…」
「そこまでひどいんだ」
芽衣がびっくりしている。
二瀬先輩の豪速球はすごかった。右利きの投手にとって右手は命だ。そんな右手が、箸を持つのも精いっぱいでは、投手はおろか、バットを振ることすらできない。選手生命に止めをさされたといってよかった。
「今じゃ年下の彼女つくってけろっとしてるようにみえるけど、甲子園まであと一歩だったんだ。甲子園ダメでも二瀬先輩なら野球続ける道はいくらでもあっただろうから、本人、精神的には相当こたえてるとおもうんだよな」
野球をやめて河合さんとデート三昧という二瀬先輩の話を聴いたときは、このリア充めっ!とあかねは思ったことがあったが、そういう事情なら同情せざるを得ない。
「二瀬先輩、怪我して病院に運ばれる前に俺に言ったんだ。『自分はここまでだ。甲子園頼んだぞ』って…。だから、できれば今度は試合に勝って、二瀬先輩の夢を継ぎたいって思ってるんだ」
怪我してすぐ。
おそらく聡明な二瀬先輩のことだ。変な方向に曲がった右手を見て、すぐに察したのだろう。甲子園には行けないということを…。
「ところであかねと森宮君ってずっと知り合いなの?」
「あぁ。確か小1からの付き合いだな…」
あかねの記憶によれば、こずえは昔から野球をしていた。
「その時のあかねってどんな感じだったの?」
「あかねか…。妙に俺に絡んでくる女でな、今はこんなだけど昔は超可愛かったんだぞ…んで後で聞いたら俺のことをな」
「わっ!バカ!いうな!」
「な、なに?なに?」
芽衣が食いついた。
「『男』だと思ってたんだよな。小1の時に同性から好きとか言われるなんて思ってもみなかったぞ」
ニッコリ笑顔でこずえに言われた。
穴があったら入りたい気分だ。昔のこずえは…今もそうだがとてもかっこよくて…こずえのことを男だと勘違いしたあかねは…こずえに告白した過去があるのだ。小1のころの話である。さすがにもう許してほしかった。
「でっ?それでどうしたの?」
「まぁ、二人とも恋愛とかよくわからなかったし、なんか普通に友達として付き合うことになった。あっ、付き合ってた時に俺相手に魔法少女キュアキュアごっこしてたあの頃のあかねの動画ならまだうちにあるぞ」
「何それ!?」
芽衣がすごく興味津々だ。
「おれもあかねもキュアキュアダンスうまかったんだぞ…そうだ。今年の文化祭、一緒にキュアキュアのコスプレでもして披露するか?おれまだ振り付け覚えてるぞ…どうだ藤原も一緒にしねぇか?キュアキュアの衣装って確か普通に学生服だったし…身体の大きい女子に制服借りりゃなんとかなるだろ?」
「やめろ。マジで社会的に死ぬ」
女子の制服を着て当時と同じポーズをしている自分たちを想像してしまい、あかねはとても嫌な気持ちになった。
「ぼ、ぼくも…女装はちょっと…そもそも…クラスの女子がぼくに制服を貸してくれるなんて到底思えないし…」
「それに女装は犯罪だ!」
「なんでだ?T-VIDなければ俺たち普通に女子高生だったはずだし…文化祭の出し物で女装するだけなら…捕まることも社会的に死ぬこともないと思うけどな…。女子ってそういう見世物意外と好きそうだし洗って返すって頼めば制服ぐらい貸してくれると思うぞ」




