第28話:おめかし
3人集まってお店に向かって歩いていると突然、明人が竜二の顔を覗き込んだ。
「ど、どうした?」
顔をじろじろ見られ、竜二は思わず不安になった。
「竜ちゃん…その唇?…竜ちゃん…メイクしてる?」
びっくりしたように明人が竜二の顔を見ている。
「じ、実は…。…この前…買ったやつだけど…」
恐る恐る竜二は答えた。
肌の色にあったファンデーションや薄いピンクの口紅をみんなに黙ってこっそりと塗っていた。竜二としては気合いをいれたつもりだったが、失敗を恐れるあまり地味すぎるものを選んでしまったのか、はたまた思った以上にナチュラルメークが上手くいったからなのかはわからないが、鏡で見た限り自分でも変化がわかりにくい。二人に初メイクをスルーされたのも仕方がないと思って諦めかけていただけに、明人がメイクに気づいてくれたことは内心うれしかった。
「…に、似合ってるかな?」
「似合ってるよー」
「ぼくも似合ってると思う…でもごめんっ。すぐに気づかなかった」
良太がちょっと申し訳なさそうに言ったので竜二は慌てて首を振った。中学の頃、友達のイメチェンに気づかず地雷を踏みまくった自分が良太を責める資格はない。
「でも竜ちゃんがおめかしなんて珍しいね…竜ちゃんそういうの苦手だったんじゃないの?」
「…昔はメイクなんて絶対しないって思ってたけど…さすがにノーメイクはもう無理」
肌に自信があったのは小学校のころまでだ。最近、急速に肌が劣化しているような気がしてしかたなかった。
「そもそも基礎化粧品ないとすごく肌カサカサになるし…」
今の竜二は日焼け止めは必須だし、日傘も必須だ。お風呂上がりの乳液と化粧水はもっと大切で…性別適応など難しいことはぬきで…もはやメイク無しはありえなかった。
日焼け止めも塗らずに炎天下を走り回っていた小学生のころの自分を殴りたい。
「それに…みんなすごく可愛いメイクしてておれだけ何もしないってのもそのなんていうかちょっと嫌だし」
高校生女子の話題はどうしてもメイクやダイエット、ファッション、そしてダイエットとは相反するがスイーツの話題が多い。そして女子はそういう話題やアイテムを共有したがる。それは生物学上の女である竜二も一緒だ。かけがえのない友達と同じ時間や空間を共有したい、竜二にだってそんな願望があった。
良太と明人が…今の性別に完全に適応しきれていない竜二を竜二として認め、竜二が化粧をしたくないと思っていたことを覚えてくれているからこそ…竜二は二人に迷惑がかからないよう、無理のない範囲で二人にあわせていこうと思っていた。
「…とはいえ、肝心の学校にはメイクしていけねぇけど」
どういうわけか学校の校則では原則メイク禁止だ。日焼け止めや化粧水などいわゆるスクールメークといわれる範囲ならお咎めなしだが、口紅やファンデーションはNGである。
「あっそれ、ぼくもすごくわかるっ!ほんと、学校にもお化粧していけたらいいのにねっ」
「学校にメイクして行ったら生徒指導室直行間違いなしだしねー。ほんと、性別適応特別講習どうしてやったのーって感じだよねー?」
「明人は性別適応特別講習でメイクしたっ?」
「ううん。最後の最後でまだ早いって言われちゃったー」
明人は残念そうにつぶやいた。
「やっぱり明人もなんだっ。ぼくもメイクさせてもらえなかったよっ…でもメイク禁止されたらメイクしたくなるなんてなんか人間って面白いよねっ」
「そう考えると悔しいけど…フリーダムがいうように性別適応特別講習はやっぱよく考えられてるよな」
あれはいつの性別適応特別習だっただろうか?
たぶん、中学に入る前…最後の性別適応特別講習…だった。
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「今日の内容は化粧品についてです」
あの時、大人の女性はメイクしますと、はじめにメイクのすばらしさを化粧品会社の社員がやさしく教えた。
「班ごとにどのメイクをしたいか相談して決めてください」
次にどんな化粧をしたいか5人1組になってディスカッションしましょうとさんざん期待値をあげた。
「おれできればしたくねぇ」
竜二はそんなことを呟いたような気がする。
「でも先生が決めろっていってるし…」
この時はまだ仕方なしに…という子も多かった。
それでもみんなで話し合い、竜二達は何とか…メイクを選んだ。いくら最近の小学生がませているからとはいえ、まだ小学生のころの話だ。さすがのみんなも化粧の知識はなかったし、たぶん、この時選んだメイクは今考えたらありえないものだったに違いない。
「じゃぁ、これとこれ…」
竜二は半分はイヤイヤ、もう半分はちょっぴりドキドキしていた。
先生はメイクすると生まれ変われるとも言っている。もしかしたら…性別適応特別講習でみたミュージカルスターのように、ちょっとかっこよくなれるのでは…という憧れもあった。
そして、ついにディスカッションタイムが終わった。
「はい!ではこれですべての特別講習は終わりです。今までお疲れ様でした」
「はっ?」
会場が静まりかえっていた。
予測不可能な展開に竜二ですら固まっていた。今まではディスカッションのあとは必ず実習が待っていた。お料理だって実際に調理させられたし、裁縫だって実際にミシンを動かした。性別適応特別講習で行われた2分の1成人式では実際に選んだ着物をきた覚えもあった。
「あの…選んだお化粧は?」
誰かが恐る恐る手をあげる。
「これはただのサンプルです」
「えっ?じゃぁ…お化粧…しないの?」
「もちろんです。そもそもあなたたちにメイクはまだ早いです。そもそもいくら女性だとしてもメイクは大人になってからです。子供がするものではありません」
先生はきびしくそう言い放った。
「「「「えっ、えぇーー!?」」」
「それマジ!?」
「せっかくどれするか決めたのにそれってひどくない!?」
「せっかく選んだし…ほんのちょっとは…してみたかったのに」
そんなふうに多くの元男子から不満の声があがったのを覚えている。文句こそいわなかったが、ここまできて子ども扱いされたことは、さすがの竜二も不満だった。
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もしも仮にあの時、大人たちにメイクを強制的にさせられていたら…どうだっただろう?
フリーダムはこの件を、子どもたちの最後の抵抗のガス抜き…として利用したのではとも言っていた。
大人に反発して、化粧に憧れてしまった元男子は確かに多い。
「スカートを短くするな!」といわれ明人のように短くしてしまった子。
「女子としてふさわしい格好」をといわれ、派手な衣装に憧れた子。
「美容なんてまだ早い」といわれ自分でもできるエステや美容の話題を必死に調べた子。
当時は各々それが反発のつもりだった。
だけど大人は子どもたちが反発するのを予測していたのではないか?
いや、あえて反発させたのではないか?
ずるがしこい大人たちは予め美容警察という存在を作っていた。竜二は美容警察が大嫌いだが、美容警察とかした元男子たちは自分が正しいと思い込んでいる子たちだ。同調圧力が強い少女が大人に反発し美容やファッションに憧れ示し…同調しない他者を排除しようとするのは…あれほど準備万端な大人には容易に想像できたのではないか?
だから、今も大人に反発していると信じてやまないちょっぴり性格が残念な美容警察はもちろん、自分たち元男子はみんな…T-VID以前の世界を取り戻そうとしている大人たちの手のひらで踊らされているのではないか?
フリーダムの受け売りではあるが、美容警察が大嫌いな竜二は最近、このように考えるようになっていた。もちろんフリーダムは…時折竜二でさえそれはさすがに…と思うようなことを平気で言う過激派組織である。話半分できくのは当然であり、すべてをうのみにできるわけではないが、もし本当に大人たちが最初からこれを狙っていたとしたのだとすると、「性別適応特別講習の立案者は相当な曲者なのでは?」と竜二はいぶかしんでいた。




