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吸血姫百合物語  作者: doLOrich
第2章 有栖川領
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第3話「もう一人の有栖川」

 水平線に夕日が沈もうとしている。

 赤紅の光が海を真っ赤に染め上げ、その反射光でキラキラと輝いている。有栖川領の独特の赤を主流とした建物と相まって、全てを赤に染め上げているようだ。


「うぅ……。ユア〜ン、水取って……」


 長い眠りから覚めたカルミラは、喉の渇きを覚え水を求める。しかし、その声に返答はなかった。耳に聞こえるのは遥か遠方から鳴る船の汽笛だけ。


「……ううん? ユアンまだ帰ってないのね」


 仕方なく、ベッドから這い降りてコップに水を注いで一口で飲み干す。

 右手につけた指輪は反応をしてないことから、ユアンが危険に巻き込まれているわけではなさそうだ。


「どこまで遊びにいってるのやら」


 生まれて初めての外の世界、興奮するのはわかる。しかし、それで遠くまで行ってしまい帰れなくなってしまったのではなかろうか。


「不安だね〜。あの子はかわいいから目立つし、トラブルに巻き込まれていないといいね」


 カルミラは眉をひそめて、カーテンの隙間から覗く赤い空を見つめる。

 夕食は一緒に屋台街に出かける約束はしているので、ここにユアンは戻ってくるとは思うのだが……。

 自分の知らないところでユアンの身に何か起きてないかという、一抹の不安が心を揺らす。つい最近誘拐された前科もある。


「はぁ〜、妾も過保護だねぇ〜」


 カルミラはいつもの黒い服を見にまとい、出かける準備をする。

 入れ違いになっても大丈夫なように書き留めを机の上に残しておく。

 内容は〝もし帰ってきたなら指輪で連絡して〝とだけ。


「さーて、妾のユアンを迎えに行きますかね」



   ■■■



「…………ここ匂いキツイ」


 ユアンの匂いを嗅いで探そうとしたが、この都市は雑多な匂いにまみれている。

 海の潮の香り、屋台から香る強い香辛料の香り、それらの強い匂いはユアンの匂いをかき消し、カルミラの嗅覚による探知を阻害する。


「指輪使うか。これ時間かかるから面倒くさいね……」


 ユアンが誘拐された時にも使用した、『永遠の契約トリティ・オブ・エタニティ』が施された指輪を右手から取る。

 魔力を流し込むと、対となるもう一つの指輪の場所がわかるのだ。

 カルミラは指輪に魔力を流しながら歩き始める。


「昔に比べたらここも平和になったねー。100年前は歩くたびに人攫いに出会ってたのにねぇ」


 大東亜連邦の四領の中で特に有栖川領は噂の多い地域だ。それは七不思議であったり怪談であったり都市伝説であったりとその様式は様々だ。

 海外との貿易が盛んであり、観光都市としても有名な有栖川は人の出入りが激しく、それ故に多くの話が生まれては広がるのだろう。

 かつてカルミラがユアンにしたお話の中にも有栖川の話題はよく出ていた。例えば『消える屋台』などである。

 その他にも『消える』と名の付く噂は多くある。事の真相は定かではないが、その要因の一つに人攫いが関係してるのだろう。

 海外の船がよく訪れるこの領では、それに便乗して海外に人を拉致して奴隷にする……といったような事件が度々あった。現在では監視と警備が強くなり、拉致事件は激減してはいる……が、それでもゼロになったわけではない。


 カルミラは見た目だけなら、良いところの貴族のお嬢ちゃんにしか見えない。そんなカルミラが一人で歩いていたら、人攫い達の良い獲物だ。飛んで火に入る夏の虫のように、引き寄せられる人攫い達。

 もちろんカルミラがそこらの人攫いに負けるはずもなく、片っ端から撃退した。


「あれがもう100年も昔か……。時の流れは早いねー」


 最後に有栖川領に来たのは10年前。

 その頃にはすでに平和で安全になっていて、拍子抜けした思い出がある。


 ――――、


 カルミラは先程から強い視線を感じていた。

 正確には視線というよりも監視、もしくは追跡。

 誰かが自分の後をこっそり付いてきている、そんな気配がするのだ。


(こんな賑やかな繁華街で人攫い? 平和になったと思ったのにねー。まったく、めんどくさいね)


 カルミラはワザと路地裏に入る道を進む。

 カルミラを追うその影は、しっかりと付いてきた。少なくとも気のせいというわけではないようだ。


(……まぁ、狙われるのがユアンではなく妾で良かった。しかし、……この感じだと人攫いというよりは……)


 人攫いにしては自分の存在を隠さなすぎている。カルミラに気づかれるように後を追って来ているのだ。


 それを示すかのように、コツコツコツ、と最早足音すら隠す気がないその影はカルミラの前に出てきた。

 深い青色の髪を腰近くまで伸ばし、毛先に近い部分で一つにまとめている十代半ばと思われる女の子。服はこの領でよく見るゆったりとした民族衣装。

 その手からは見覚えのある白杖が地面に添えられていた。


「最初は人攫いかと思ったけど、その格好からして違うみたいね。主、一体何者ね」


 カルミラは悠然とその少女に問いかける。

 髪の色、それに手に持っている白杖に閉じられた瞳。懐かしさを覚えるその様に、おおよその予想は付いている。


「あら、人に名前を尋ねる時はまずは自分の名前から……と言うのがマナーだと思いますよ――『吸血姫』カルミラ・L・シェリダンさん」

「クククッ、確かにそう言うマナーは大切ね、有栖川アリス(・・・・・・)


『青碧卿』――有栖川アリス。

 大東亜連邦における魔法使いの最高峰『五色の魔法使い』の一角である『青の座』を保持する、十五歳の少女。その名の通り、その身体には四大貴族『有栖川家』の血が流れている。

 そして有栖川家の後継者候補である双子の片割れ。


 この国の出身でないカルミラですらよく知る程の有名人だった。いや、特別に――カルミラはアリスのことをよく知っていた。


「あら、吸血姫さんにわたくしの名前を知っていただけてるなんて光栄ですわ」

「はん、よく言うね。下手すれば妾より有名人のくせに。…………――」


 ――――フフッ、クククッ


 あまりの白々しさにカルミラがクスクスと笑い始める。

 それにつられてアリスも頬を緩める。

 既知の仲(・・・・)で何をやっているのだろう、と。


「……お久しぶりですわ、カルミラさん。流石に演技が過ぎますわよ」

「10年ぶり……かな。あんなに小さな娘っ子だった主が今や立派な魔法使いとはね。時間の流れは恐ろしいね」


 かつての面影を残す盲目の少女を見つめて懐かしさを噛みしめるようにカルミラが呟く。

 夕日はすでに沈み、カルミラ達がいる路地裏は表通りの明かりが微かに差し込む程度でとても暗い。

 夜行性のカルミラにも、そして元々盲目であるアリスにはあまり関係ないことなのだが。


「主はそんなに才能があるように見えなかったけどねぇ。そんなに唆られる血の匂いもし無かったけど、まさか『五色の魔法使い』とはね」

「わたくしに才能なんてありませんよ。固有魔法を受け継げないどころか視力すら無くて、あらゆる面において妹に負けていた『無才の姉』ですから」

「たしかに主の妹の方がよっぽど美味しそうな匂いだったね」


 その言葉を聞き、アリスはほんの少しだがムスッした。アリスの機嫌を少し損ねたのは、自分より妹を褒められたことか、もしくは妹が吸血対象にされることなのか、はたまたそのどちらもか。

 カルミラは空気を変えるため、本題に切り込む。


「それで? 有栖川の双子姫が妾に何の用事ね?」

「久し振りにカルミラ様に会いたかった……ではダメですか?」

「アハハッ、嬉しい事言ってくれるね。……で、建前はわかったから本音は?」


 アリスの言葉を、建前だとバッサリ切り捨ててカルミラは問いただす。

 カルミラの反応が期待外れだったのか、アリスは肩をすくめる。


「そうですね。簡単に言うと〝警戒〟でしょうか。貴女は過去100年に四度この都市を訪れています。その内二度事件を起こしています」

「……あー……。あれは若気の至りね。ちゃんと弁償もしたよ」

「えぇ、貴女が他の吸血鬼と比べるとかなり無害に近い存在だとは認識しています。だからと言って、人間の天敵である吸血鬼である事は変わりません。なので一応警戒させていただきます。今日はそれを伝えに来ただけですわ」

「つまりなんだ。妾はこの領にいる間監視が付くと言うことね?」

「そうですね。とは言っても監視はわたくし一人でしますわ。わたくし、眼は見えませんけど、感知魔法は得意ですの」


 例えば1000メートル以上の深海に住む深海魚は、目が退化してる代わりに他の感覚器が進化している。

 それと同じように有栖川アリスは生まれつき目が見えなかったからこそ、その代わりとなる感知魔法の才能を手に入れたのだろう。


「――わたくし、怒っていますのよ?」

「ん? 何の話ね?」

「10年前、わたくしに何も言わずにこの有栖川から立ち去った事を――」

「妾は旅人、長い間一箇所にとどまることはないね」


 有栖川領は世界有数の観光都市として有名であり、カルミラのお気に入りの地域の一つでもある。何十年に一度は訪れては二週間ほど滞在して、飽きた頃に去っていく。

 10年前に有栖川アリスと出会ったのも、そんな旅の一幕だ。


「ええ、知っていますわ。でも、5歳のわたくしはそんなこと知りませんでしたから、貴方がわたくしの前からいなくなって酷く落ち込んだのですわよ」


 カルミラをおちょくるような口調で、そして言外に慰めて欲しいという思惑が覗き見える。


「はーん、それで主は妾にどうして欲しいのかな」


 カルミラのその言葉に、アリスはニコッと笑う。作戦通りとでも言いたげたその仕草にほんの少しだがイラッとした。


「わたくしの家……、有栖川家にいらっしゃってくださいな。ここに滞在中一度だけでいいので」

「……ふむ、主達は今一番忙しい時期ではなかったか? 確かあとひと月で有栖川家の後継者が決まるはずだったね?」

「ええ。ひと月後にはわたくしか、それともイリスか……。後継者争いに決着が付きますわ。でも、カルミラ様はそんなこと気になさらずにいらっしゃってください。歓迎しますわ」


 固有魔法『魔眼』を受け継いだ正当後継者である妹の有栖川イリス。

 『5色の魔法使い』に選ばれるほどの魔法使いとしての才能を持つ対抗馬である姉の有栖川アリス。

 有栖川家はどちらを後継者にするか、決め兼ねていた。そしてそれが決まるのが一ヶ月後。


「まあ、気が向いた時にユアンと一緒に行くよ」

「……ユアン……とは?」

「妾の連れね。つい最近拾った子で可愛い子だよ。何より血が絶品ね」

「驚きましたわ。孤独を愛する『吸血姫』に旅のお仲間がいたなんて」


 吸血鬼になって約400年。誰かと一緒に旅をするなんてカルミラは初めてだ。

 ずっとそばにいて欲しい。そんな風に想える他人が吸血鬼である自分に出来るなんて過去の自分が見たら腹を抱えて笑うだろう。


「……妾が一番驚いてるね。…………そうそう」


 ユアンの居場所を探知していた指輪を取り出す。ユアンの指輪との接続は完了していた。

 ユアンの居場所を示す位置は――


「契約の指輪ですか。カルミラ様にそこまでさせる子……気になりますわ」

「…………アリス、先程の話の約束を今から果たしていいか?」

「……わたくしの家に来る話ですか? 急ですね、どうしてでしょうか」


 突然の話にアリスは戸惑うようにそう尋ねる。

 自分で誘ってなんだが、カルミラがここまではやく家に来るのは想定外なのだ。

 カルミラはエルフのような自分の長耳いじりながらり


「ユアンが何故か有栖川家(主の家)にお邪魔しているみたいね」


 呆れるような口調でそう告げた。

有栖川領の景色や景観は「nocras」さんの描く中華風の風景イラストをイメージしてます。

私の大好きなイラストレーターさんなのでよかったら検索してみてください。

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