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吸血姫百合物語  作者: doLOrich
第1章 鹿島領
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第18話「契約」

思ったより長くなった。

 梅雨も終盤に差し掛かり、暑い夏が始まろうとする頃。

 沙夜による魔法の授業は終盤へと差し掛かっていた。

 固有魔法『幻魔』習得に一週間。

 そして基本魔法である属性魔法と強化魔法の初歩的なレベルの魔法を習得するのに二週間。

 計三週間ほど。

 沙夜の計画ではもっと時間のかかる予定であったのだが、ユアンが沙夜の予想よりずっと魔法の才能に秀でていたおかげで一ヶ月も経たないうちに授業は終わりを迎えようとしていた。

 

「今日でお姉ちゃんの授業も終わりよ。よく頑張ったわね、柚杏」

「えぇ〜、もう終わりなの? もっとお姉ちゃんから魔法教わりたいのに」

「あとは福田先生に教わりなさい。福田先生はとても優秀な魔法使いだから、わたしよりもずっとあなたのためになるわ」


 むぅ〜、と唇を尖らせ不服を露わにする。

 教育係の福田翔香はたしかに優秀だが、同時に厳しくもある先生だ。

 幼少期から厳しく躾けられたせいで、ユアンは少し苦手意識を持っている。

 正直ずっとお姉ちゃんに教わりたいと思ってはいるが、お姉ちゃんは鹿島家の後継者の一人であるため自分に構ってくれる暇はあまり無い事をユアンは子どもながら理解している。


(なんなら妾が教えてやろうか?)


 念話によりユアンの影に潜むカルミラが話しかけてきた。

 最近、たまにだがこうしてカルミラはユアンの影に潜んでいる。

 夜にユアンから吸血した後に、帰るのが面倒くさい、もう眠いなどいろいろな理由をつけて……だ。


(ミラが教えてくれるの?)

(前に約束したしねー。妾はユアンと同じ雷属性の適正持っておるから分かりやすく教えてやれると思うね。まあ、今日の夜にでも教えてあげるから楽しみにしとくといいよ。雷魔法の極致を見せてあげる)

(わーい、ミラありがとう)


 カルミラに魔法を教えてもらう約束をしてもらいウキウキするユアン。

 カルミラに教えてもらえるならば、今日まで姉から教えてもらった魔法よりも上位のすごい魔法になる。

 少しずつ使える魔法が増えてきて、派手な魔法に手を出したくなる頃合いなユアンであった。


「さて、ユアン。お茶にしましょうか。これからはまたユアンに会える時間は少なくなるし、今日ぐらいゆっくり楽しみましょ」

「はーい。お菓子はマカロンが良い!」

「マカロンは……あったかしらね。純子さんに聞いてみるわ」




   ■■■



 

 鹿島領邦都神楽がある場所は元々広大な平地であった。

 その名残から今でも神楽を出て少し行くと、だだっ広い草原が広がっている。

 いつものようにカルミラの翼で2人は、その草原のど真ん中へ降り立った。

 この場所は町からも離れているので魔法の練習をしても迷惑をかけることはない。

 深夜だから騒音をたてて他人に迷惑かけるわけにはいかない。


「葉っぱ濡れてるね」

「まだ梅雨明けてないからね。妾の国には雨季がないから、初めてこの国で過ごした時はずっと降り続く雨に驚いたよ」

「ミラは雨好き?」

「嫌いだねぇ。飛んでると服が濡れてしまう」


 雨の中飛んだ時を思い出してゲンナリとした顔をする。

 魔法で乾かせるとはいえ、飛んでいる最中は染み込んだ雨がぐちゃぐちゃして気持ち悪い。

 例年なら雨の日は住処に引きこもっているカルミラだったが、今年はユアンに会うために雨でも飛ぶ機会は多かった。


「わたしはどちらかと言うと好きかな。雨が屋根に当たって出す音面白いし。そもそもわたしはミラと会うまでは外に出る機会ほとんどなかったから濡れる心配したことないもん」

「あははっ、今度雨の中飛んであげるよ。びっしょびっしょになって、もうやだーって言わせて上げる」

「…………楽しそう」


 雨の中2人で飛び回って水遊び。

 普通に楽しそうだ、とユアンは思い浮かべる。

 正直な所、カルミラと一緒なら何してもユアンは楽しめるのだろう。

 ……そう、カルミラと一緒なら(・・・・)


 考えないようにしてた一抹の不安。

 ユアンはそれを言葉にする。


「ねぇ、ミラ」

「ん? どうしたね」

「わたしを外に出してくれてありがとう。ミラに会えなかったらわたしは自分の住んでる町も、この草原も、この星空も知らないままだった」

「あははっ、大げさだね。星空くらいならあの別邸からでも見えるよ。まあ、ユアンが望むならこれからも、何度でも連れて来てあげるよ」


 カルミラと出会ってユアンは自分の知らない世界を垣間見た。

 距離にしたらほんの近く。

 子供が自分の住んでる町を探検するようなレベルだ。

 でも、生まれて十年触れることのなかった近くて遠いその世界はユアンの憧れを強くすると同時に、もう一つの感情も強くした。


「…………ミラは旅人。色んな国を回ってるんだよね」

「そうだね。故郷のエウロパ共和国、世界最大の多民族国家の蓮華皇国、雪と氷の国アスガルド連邦……そしてこの国、ざっと二百年以上旅を続けてきたね」


 カルミラは旅人。

 一つの場所に留まらず世界を飛び回る吸血姫。

 カルミラから夜な夜な昔語りとして彼女の見た世界をユアンは聞いてきた。

 だから知っている。

 

「…………じゃあ、いつかここからも……わたしの前から旅立っちゃうの?」


 カルミラは同じ場所に長く居住むことはない事を。

 カルミラが居なくなればユアンはまた別邸に軟禁された生活に戻る。一度外の世界を知ってしまったユアンにそれが耐えられるだろうか。

 ユアンは今の生活を――今の幸せを失うことが怖いのだ。カルミラに依存するこの幸せは、カルミラが居なくなると同時に瓦解する。

 カルミラと一緒なら何をしても楽しいと、今感じている。ならばカルミラが居なくなればどうなるか……。


「今はまだその予定はないね」

「今は……ってことは、いつかミラは居なくなってしまうかもしれない……」

「まあ、それが妾の生き様だからね」


 今すぐではない。

 それでもいつかは来てしまう未来。

 カルミラと別れなければいけない、そんな未来にユアンは恐怖する。

 この一ヶ月でユアンの世界の中心はカルミラになっていた。

 閉ざされた世界から自分を連れ出して、外の世界を教えてくれた。


 カルミラがユアンの血に依存しているように。

 ユアンもカルミラに依存していた。

 カルミラという存在そのものに。


「ミラ……、わたしはミラに何が出来るかな」

「? どうしたね、ユア――」


 ユアンはカルミラを押し倒した。

 雨水に濡れた天然の草のベッドに2人は重なるように倒れこむ。


「今日はまだわたしの血吸ってないよね? ミラ、お願い。わたしの血を……吸って」


 突然の行動にカルミラは目を白黒させる。

 今までユアンの方から血を吸ってなどとおねだりされた事など一度もなかった。

 そもそも吸血は、カルミラがしたいと欲するものであり、ユアンがされたいと欲するものではないのだ。


「突然どうしたね、ユアン」


 突然抱きつかれ、美味しそうな血の匂いが鼻腔をくすぐり本能を刺激するが、何とかそれを押さえつけて、カルミラはユアンに問う。

 ここでユアンの望み通り衝動的に吸血しては、きっとお互いのためにならない。そんな気がした。


「ミラは……なんでわたしと一緒に居てくれるのかなって考えたの。わたしはミラに会えて、色々な事を知ったの。友達と一緒に遊ぶことがこんなにも楽しいなんてわたしは知らなかった」


 ユアンは抱きしめる力を強くする。

 まるで自分の前から逃さないという意思表示の表れのように。


「でも、わたしはミラに何をしてあげれたかなって。ミラは何でわたしなんかに構ってくれるのかなって。ミラに対してわたしからあげられるもの……それは『血』」


 カルミラと初めて出会った時にすぐさま求められたもの。

 カルミラがユアンにいつも求めているもの。

 それはユアン自身ではなく、ユアンの血だった。

 そうユアンは考えたのだ。


「わたしの血を全てあげる。ミラの好きなようにしていいよ。だから……だから、わたしの前から居なくならないで。ずっと、ずっとわたしのそばに居てください」


 思いの丈を伝える。

 カルミラを自分のそばから離さないために唯一自分の差し出せるもの。

 カルミラがユアンに有用性を求めるとしたら、それはこの美味しい血液だと。

 ユアンがカルミラに対して提示できるただ一つの利益だった。


 静かな時間が流れる。

 カルミラの胸に顔をうずめ、ユアンは返答を待ち続ける。


 カルミラはユアンの思いを噛み締め――苦笑する。


「確かに魅力的な提案だね。でもね、ユアンは一つ勘違いしてる」


 勘違い?

 何のことだろう、とユアンは続く言葉に耳を傾ける。


「妾は確かにユアンの血が大好き。ユアンと初めて出会った時にそれに惹かれたのも確か。今もユアンの血が吸いたくて、主と仲良くしてる部分もある。でも――」


 ユアンの顔にそっと手を添えて、見つめ合う。


「それよりも、妾は今ユアンと一緒に居たいと心から思っているね。『血』という物理的な要因よりも、……その……す、『好き』という精神的な要因で、ユアンと一緒に居たいと思っている」


 恥ずかしさから遠回しな告白になってしまう。

 顔を真っ赤にして、カルミラはプイッと顔をそらす。


「んー、……つまり?」


 しかし少し遠回しに言いすぎたのか、はっきりとは理解できなかったユアンが顔を上げてそう返す。

 それでも顔をほんのり赤らめていることから、気持ち程度は伝わったのだろう。

 恥ずかしい気持ちを抑え、カルミラは


「だから……妾はユアンの事が好き……と言った……の。ユアンが望むなら妾はずっと主のそばに居ようと思う。主が『血』を差し出さなくても、妾もユアンと一緒に居たい」


 今度はストレートに好意を伝える。

 今までの自分の生き様。

 それを捨ててでもユアンと一緒に居たい。

 そんな想いを言葉で伝えた。


「ホント……?」

「ユアンが嫌と言うまでずっとそばに居てあげるね」

「ずっと? ずっと?」


 確かめるように、繰り返す。

 カルミラは、ユアンの美しい黒髪を撫で


「あぁ、ずっと……ね。確証が欲しいのなら契約をしようか」


 右手をユアンの前に差し出す。

 その小指に輝くブラックオパールの指輪を指し示し


「お揃いのこの指輪を触媒に魔法で契約を交す。今も指輪付けてるよね、ユアン」

「うん」


 頷き、ユアンも右手をカルミラの前に差し出す。

 全く同じデザインの二つの指輪。

 『虹の雲』でカルミラに買ってもらったあの指輪だ。

 

「魔法による契約。いや、呪いの契約と言ってもいいかな。指輪を手放せなく呪い……」

「えっ、なんかヤダ」

「話は最後まで聴くね。この契約を交わせばこの二つの指輪にはリンクができる。もしユアンがピンチになればこの指輪が妾に教えてくれる。妾がユアンの前から逃げ出せば、妾の居場所をユアンに教えてくれる。お互いを束縛し、お互いを繋げる……そんな呪い」


 確かにそんなものは呪いだろう。

 二人を強制的に繋げ、強く束縛する呪い。

 自由を愛するカルミラが忌避するものだった(・・・)


 まあ、ユアンとならそんな契約も苦にならない。


「妾にずっとそばにいて欲しいのだろ?」

「うん!」

「…………即答されると反応に困るね。束縛好きとかやんでれ? の素質があるかもしれない」

「? 知らない単語」

「妾も詳しくはないし、ユアンは永遠に知らなくて良いよ」


 お互いの指輪をコツっとくっつける。

 小さな立体魔法陣が二つの指輪を包み込む。


「『永遠の契約トリティ・オブ・エタニティ』」


 魔法陣が収縮し、ブラックオパールの表面に魔法文字が刻まれる。

 黒く虹色に輝くブラックオパールをまるで包み込むように魔法文字が躍動してほのかに光る。

 これを持って契約完了。


「妾かユアンが死ぬまでこの契約は無くならない。ずっと一緒にいてあげるねユアン」

「……ちなみに聞くけど、吸血鬼って何年くらい生きられるの?」

「知らない。そもそも妾は魔法で吸血鬼になった元人間だからね」

「そっか! それじゃあ、わたしのほうが長く生きれるかもしれないね」

「…………くくくっ、やっぱりユアンは面白いね」


 夏風が吹き込む、涼しげな夜の草原に幼い笑い声が響き渡った。



   ■■■



「さてさて、すっかり忘れていたけど魔法を教えるためにここまで来たんだったね」

「そーだった、てへっ」


 下をペロっと出して笑う。

 すっかり盛り上がってしまって、本来の目的を見失うところだった。


「ユアンは基本魔法の基礎はあの姉から教わったんだよね?」

「そーだよ。魔法使えるようになったのは嬉しいけど全部地味なんだー」


 基本魔法の基礎なんて指先から小さな炎を灯したり、ちょっと痺れる程度の電気を出したり……、確かに地味だ。


「もっと、バリバリドカーンって感じのが使いたいの」

「あまり規模の大きい魔法は日常では使えないけどね。ちり紙を燃やすために火山を噴火させるバカはいないね。それと同じよ」

「でも、使いたいの」


 できる事が増えてきた初心者は、だんだん派手なものに憧れる。

 ユアンも例外ではないようだ。


「わかったね。じゃあ妾の得意魔法『紫電ライトニング・ヴァイオレット』を教えてあげるね」

「あっ、それ知ってる! この前ミラがワンワンに使った魔法だよね」

「……よく覚えてるね。この国の言葉で言うなら『紫電(しでん)』と言ったところか。その名の通り紫の雷を放つ魔法ね」


 紫電。

 雷魔法では上級レベルに位置する習得が難しい魔法。

 広範囲に高威力の雷撃をばら撒く派手さから軍事機関や自治機関などでは人気があるが、普通に暮らしているならばオーバースペックすぎて使い道のない魔法だ。


「『紫電』」


 カルミラが詠唱すると同時に紫光に輝く雷撃が前方に放射的に放たれた。

 パチパチっと余韻を残したその跡地には、局所的に焼け焦げたミステリーサークルのようなものができていた。


「かっこいー」


 目をキラキラとさせるユアン。

 ユアンのご要望通りのバリバリドカーンな魔法だ。


「まあ、いくらユアンでもこの魔法は難しいね。ゆっくり練習していくよ」

「大丈夫! ユアンは天才だねってお姉ちゃん言ってたもん。これも簡単簡単」


 自信満々、やる気満々といった様子にカルミラは苦笑する。

 ――才能ていど(・・・)でこの魔法が使えるなら、この魔法は上級とは言われない。


「『紫電』」


 カルミラに教わった詠唱をなぞるようにユアンは魔法を唱える……が。

 パチっ、と手のひらから静電気がはしっただけで、魔法は成功しなかった。

 それだけでなく


「あれ?」


 クラッと目眩がして、ユアンはペタンと地面に座り込む。

 少し頭痛のようなもので頭を抱える。


「……ね、難しいでしょ」

「頭痛い」

「ユアンが今まで習ってきた魔法とは、言葉通りレベルが違う魔法だからね。失敗反動でごっそり魔力が持っていかれたんだね」

「むむむっ……」

「まあ、ゆっくり教えてあげるね。時間はまだまだあるんだから……ね?」

「! うん‼︎」


 そう、まだ時間はある。

 ずっとカルミラは一緒に居てくれると約束してくれた。

 その嬉しさが今更ながら込み上げてきた。

 

 ずっと、ずっとこんな生活が続けばいいなってユアンは思った。




 だが、人生はそんなにうまいこといかない。

 人生とは波乱に満ち溢れているものなのだから。

 そして悪意とはいつも静かに忍び寄る。

 日常の幸せの影に隠れて、ゆっくりと。

6話書いた時から、いつかこんな話書きたいなぁと思ってた話です。

百合結婚カッコカリ。


さて、そろそろ鹿島領編もクライマックスに入ります。(たぶん)

なんとかこの章を終わらせるまでは書き切りたいですね。持て、わたしのモチベ!


それと、いつも読んでくださってる読者のみなさんありがとうございます。

いつのまにか200ptこえてました。

感想も含め励みになります。

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