第17話「暗躍」
短めです。
とある昼下がり。
鹿島家従者の一人、久嗣純子は休暇を楽しんでいた。
普段は鹿島家に住み込んでいる他貴族の娘のユアン(と幻魔で思い込まされている)のワガママに振り回されているため、休日くらいは羽を伸ばして休もうとと神楽の大通りまで来て美味しい料理に舌鼓を打っていた。
有栖川領程ではないが、それでも中々美味しい料理が揃っている鹿島領に住んでいることに感謝しつつ、お腹を満たす。
「ふぅ……、美味しかった。美味しいご飯は元気が出ますね〜。年末の休みには有栖川で食べ歩きでもしようかなあ……」
さてさて、デザートは何にしようか、と純子は。
はちみつアイス、果物盛り、チョコパフェ…………メニューを見ながらどれにしようか悩んでいると、すぐ横の席に男が座った。
空席は他にいくらでもあるのに、わざわざ隣に座った男を一瞥する。
ナンパかな。
そう思っていると、案の定純子は話しかけられた。
「こんにちわ」
「誰?」
メガネをかけ執事服を着こなす若い男。
かなりイケメンで一度見たら忘れないくらい顔が整っている。
ニコニコとそんな男に笑いかけられれば、女の子なら自然と好意が湧くだろう。最低でも嫌な気持ちにはならない。
しかしその男の瞳に覗き込まれると、純子は僅かに寒気が走るのを感じた――。
はて、こんなイケメンは純子の知り合いにはいない。
その隣に視線を移すと長い銀髪の女の子が座っていた。
ゴシック調の真っ黒なドレスに身を包んだ気味の悪いくらい無表情の女の子。
その紅色の瞳は虚空を見つめている。
やはりこの子も知り合いではない。
(銀髪って珍しい……。外国の子? それとも篠宮家の血筋かしら?)
自分にどんな用事があるのかさっぱりわからない二人に純子は首をかしげる。
ナンパするのに子連れはおかしいし……、宗教勧誘?
「神教の勧誘ならお断りしますよ。私の家は代々土神教なので」
「いえいえ、宗教勧誘ではありませんよ。ちなみに私は無神論者です」
「んー、じゃあナンパ? 子供の前でそう言うのは良くないよー」
そんな的外れな想像をする純子を尻目に男は。
「サイファ、お願いします」
「……『心侵」
銀髪の女の子――サイファと呼ばれた少女にとある魔法をかけるように命令した。
他の客には全く気づかれない程度のほんわかとした小さな発光。
その光にあてられた純子の瞳から生気が消える。
ぼーっと、虚ろに。
まるで人形のように。
「では、あなたの名前を教えていただけますか?」
「久嗣……、純子」
男の質問に純子は正直に答える――いや、答えさせられる。
少女が使用した魔法は固有魔法『心侵』。
心侵をかけられた人間は夢うつつの様な状態になり、意識が漠然として質問者の問いに機械的に答えるだけになる。また、この魔法が解けた時にかけられている間の記憶は忘れるので秘密裏に対象から真実を聞き出すことができる。
とある国で代々司法を司る名家に伝わる固有魔法だ。
「あなたは鹿島家の従者でよろしいですよね?」
「……はい、私は……、鹿島家従者……です」
「現在の鹿島家に10歳程度の直系、または傍系はいますか?」
「いえ……、現在の鹿島家当主の、子は、……24歳の準夜様、……と20歳の沙夜様だけです」
「ふむ……」
心侵の影響下にある純子の発言には嘘はない。正確には純子の知る限りの真実だ。
――嘘を真実と思い込まされてなければ、だが。
とりあえず純子の答えを真とするならばあの夜に吸血姫の横にいた鹿島の濃い血を持つ少女は誰なのか、と男は思案する。
この従者が知らないだけ?
いや、あの程度の小さな屋敷に少女一人を隠すのは限度がある。住み込みで働いている従者が知らないということはないだろう。
……なら魔法によって隠蔽されてる?
疑問を確かめるために男は質問を続ける。
「では質問を変えます。あの屋敷に10歳程度の少女はいますか?」
「……ユアンという名の、……他貴族の子が……、います。私は……、そのお世話……係です」
「その子の苗字は分かりますか?」
「……分かりま、せん」
「分からないのですか? お世話係なのに」
「……はい、記憶に……ございません」
ビンゴ、と男は笑みを浮かべる。
鹿島家の固有魔法『幻魔』は精神干渉系の固有魔法という情報だ。この魔法を使い、鹿島家は隠し子をあの屋敷で隠蔽しているのだ。
この従者はその少女の事を他所の貴族の子弟と思い込まされている。
男はそう結論付け、さらに質問を続ける。
「その子は普段は何処にいますか?」
「……鹿島家の……別邸、です」
「別邸……。あの屋敷にそんなものが?」
空から見たときそのような建物はなかった。
別邸自体も魔法で隠しているのか。
どれだけその子の存在を隠したいのか……。
戦時中ではあるまいし、高い能力を有する子を世間に認知させない意味がわからない。
そもそも、なぜ吸血姫がそんな子を外に連れ出しているのか。
男の疑問は尽きることはない。
それからも男の質問は続く。
鹿島家の警備、従者の数…………、数々の情報を純子は喋らされた。
男はとある目的の為にその情報を精査し、脳内で計画をまとめる。
鹿島家に隠し子がいた事は嬉しい誤算である。本来の予定よりずっと楽に目的を達成できそうだった。
男は聞きたいことは全て聞いたのか、満足したように立ち上がり
「良い情報をありがとうござました。では、引き続き休暇をお楽しみください」
そう言い残し、男と銀髪の少女はその場を後にした。
しかし、店を出る直前に少女の足が止まる。
「……サイファ、どうしたのですか。帰りますよ」
「…………」
ジーっ、と少女の紅色の瞳は同じ歳くらいの子供が手にもつ物――ソフトクリームに注がれていた。
「食べたいのですか?」
「…………」
少女はコクリと無表情で頷く。
「……しょうがないですね。買って行きましょうか」
「…………」
感情の起伏は見られない。しかしその男にだけは少女が嬉しそうに笑った様に見えた。
男は人形と蔑称されて呼ばれるその少女の唯一の理解者であった。
■■■
「……はてはて、私はいったい」
少しぼーっとしてたのか、いつの間にか少し時間が経っていた。
記憶も少し飛んでいて自分は何をしようとしていたのか――
「そうそう、デザート。デザートを食べようと思っていたのでした。すいませーん、かき氷トロピカルマンゴー練乳マシマシでお願いしまーす」
そう、笑顔で注文する純子。
子供のような純粋なその笑顔に店員ももらい笑いし、注文を取って厨房へと入っていった。
デザートを待っている間、純子は胸元のポケットから手帳を取り出し。
「ん〜、有栖川領は年末に行こうと思ってましたけど夏休みを貰って行くのも捨てがたいですね。あそこは海綺麗ですし、海水浴しながら美味しい料理をお腹いっぱい食べるのもいいなあ……」
そうひとりごちて、次の長期休暇に何をしようかと思いをはせる純子であった。




