第16話「はじめてーのちゅー」
ただの吸血シーンだよ。
何にもやましい事はしてないよ。
してないったらしてないんだからね。
夜の寝室。
小さな洋燈のみが微かにこの部屋を照らす中、二人の幼女がベッドの上で見つめ合っていた。
片や純大東亜人らしい真っ黒な髪を腰近くまで伸ばした10歳の少女ユアン。
片やこの国では珍しい金糸のような金髪を長く伸ばした御年426歳の吸血鬼カルミラ。
カルミラは雪のように白い腕を伸ばしユアンの夜のように真っ黒な髪を撫でる。
「ねぇ、ユアン。もう……いいよね」
熱い吐息を漏らしながら、カルミラは腕をユアンの首の後ろに回す。
その顔は興奮から上気して真っ赤に染まっている。
至近距離で二人の視線が重なる。
「ん、いいよミラ。一週間も我慢できたご褒美」
ぐたーっと、力を抜きミラのしたいようにしていいよ、と言外で示す。
カルミラはユアンをベッドに押し倒し、その首筋に自分の口を近づける。
一週間我慢してきた。
今日という日を待ち望んで、待ち望んで耐えてきた。
数百年生きてきたカルミラだが、ここまで我慢したことは記憶にない。
今にも爆発しそうな欲望を抑え、ユアンに嫌われないように可能な限り理性的に振る舞う。
「……いた、だきます」
「どーぞ」
カプっ、とユアンの首筋に噛み付く。
ユアンの濃厚な血液が牙を伝い口内へ侵入する。甘美な血液が口内を支配する。一週間ぶりのユアンの血液に全身の魔力が呼応して、カルミラの理性を吹き飛ばそうとする。
ゴクリ、と飲み込む。心臓が高鳴り、お腹の奥がキュッと呼応し始める。荒くなる息を抑え、さらにユアンの血を求める。
(うあっ、身体が熱い……。美味しすぎて身体がおかしくなっちゃう)
全身の感覚が鋭く敏感になる。
ユアンと触れ合う部分から大きな快楽が生まれる。ユアンの首と腰に回している手を強く引き寄せ、抱きしめる。
「ううっ……あぁっ」
耳元でユアンの喘ぎ声が聞こえた。
吸血はされる側も快楽に包まれる。
快楽に悶え恥じらいから頬を染め、もじもじし始めるユアン。
そんなユアンの可愛らしい声がもっと聞きたくて、血を強く吸う。
もちろん、血を強く吸えばそれだけカルミラ自身にも大量のユアンの血が流れてきて今まで以上に強い快楽に襲われる。
ユアンの血の中毒者と言っても過言ではないカルミラは、自分の理性が飛ぶと分かっていながら血を吸うことはやめられなかった。
(んんぅ……、ユアン、いい匂い……。鼻も……敏感になってる)
全身の感覚が敏感になったカルミラは、匂いにも反応を始める。お風呂上がりではあるが微かに感じるユアンの汗の匂いがカルミラの鼻腔をくすぐり、興奮を強くさせる。
もっと、もっと……、とユアンの匂いに連れられユアンのうなじへと鼻を近づける。もちろん吸血はその間もやめない。
嗅覚、触覚、味覚、聴覚。
目を閉じているため視覚だけは閉ざされているが、それ以外の全身の感覚でユアンの全てを堪能する。
(妾はユアンの血液が好きなんじゃなかった。ユアンの全てが妾は好きなのね)
もっと、もっとユアンの全てを味わいたい。そんな欲望が生まれる。もはやそんな本能に歯止めをかける理性などとっくの昔に消え去っていた。
血液が喉元を通り過ぎるたびに、全身が快楽に溺れ魔力が暴れ狂う。
吸血鬼の本能に従い血液をただ吸う。
最低限残ってる理性があるとすれば、ユアンに害をなさない自制心だけだ。
「ミラ……激し、んあっ、いよ。もう少っんんぅ、し、ゆっくり……あん」
もはや言葉として成り立ってない声をユアンは零す。
ユアンが自分のせいで乱れる様子が楽しく、おかしくて、もっともっと乱れさせたいという欲求が生まれてくる。
カルミラは一度吸血を止めて、ユアンの首筋から顔を離す。
急に止まった快楽に、ユアンは物足りなさそうな眼でカルミラを見つめる。
「もお、終わり?」
「もっと吸って欲しかったかい?」
「……ミラのイジワル」
ユアンは恥ずかしげに目線をそらして遠回しに肯定する。
そんな可愛い姿を見て、カルミラは思わず目を――心を奪われた。
もっとユアンをいじめたい。
「ねぇ、ユアン。首筋以外で太い血管が通ってるところ知ってる?」
「……わかんない」
「それはね、脇と……ここだよ」
そう言ってカルミラが指差したところは太ももの付け根。股間のすぐそばに当たる場所。
「太ももの裏側って首筋に負けないくらい太い血管が通ってて、吸血しやすいんだ」
「……ここから吸うの?」
あからさまに嫌悪感を表に出すユアン。
性に目覚めてないユアンにとっては 股間は排泄する場所であり、その近くは汚いイメージが強い。親友とはいえ、そこに顔を近づけられるのは恥ずかしかった。
「あははっ、気持ちいいよ。ねっ、いいでしょユアン」
「…………しょうがないなぁ」
普段なら絶対に許可しなかっただろうが、先ほどの吸血で快楽に溺れまともな思考ができなくなったユアンは簡単に許可を出してしまった。
ユアンは水色のパジャマのズボンを自分で脱ぐ。
子供っぽい真っ白な綿のぱんつが露わになる。クロッチの部分が少し濡れているのは汗だろう、きっと。
カルミラはユアンの足を掴み、少し開脚させる。素面でないとは言え、やはり恥ずかしいのかユアンは真っ赤にして顔を逸らす。
「ユア〜ン、ちゃんと見て。ほらここ、青い血管が浮き出てるでしょ」
カルミラの言葉に逸らした顔を戻して、指差された場所をユアンは見る。
自分でもあまり見る機会がない部位。
うっすらと見える青白い自分の血管。
「うぅ、ミラあんまり見ないでよ」
「あははっ、わかったね。ではでは…………いただきます」
ユアンの太ももの血管に歯を突き立てる。
首筋とは違い少し噛み付きにくいが、それでもしっかりとユアンの血液は牙を伝いカルミラの口内へ流れて行く。
「んんっ…………ああっ」
チクリとした痛みから、一気に快楽が波紋のように広がりユアンは声を漏らす。
あまりの快楽に叫びそうになり口元に手を当てるが、それでも小さく喘ぎ声が漏れる。
そんなユアンの歌を聴きながら、カルミラは一心不乱にユアンの血液を吸う。首筋の血液とは違った味わいに酔いしれながら、また新たな興奮が生まれる。
(予想通りぃ、濃厚〜)
首筋よりもずっとずっと濃厚な血液にカルミラの興奮は最高潮に達する。
口元から血が垂れるのも気にせずに、ユアンの血液を嚥下していく。心臓はさっきから鳴り止むことを知らず、ドクンドクンとその興奮をカルミラに伝えてくる。
お腹の下付近が物足りなく感じ、カルミラは足をこすり合せる。しかしそれでも物足りなかったのか余っている方の手をそこへ差し伸べ軽く刺激する。
小さな快楽が生まれ、物足りなさは誤魔化される。
――――あぁ、ユアンユアンユアンユアン……
想いが溢れる。
もっと……もっと、と求め続ける。
吸っても吸っても飽き足らない。
喉の渇きは満たされても、心はユアンを求め続ける。ずっと彼女に触れていたい。ずっと彼女の血を吸っていたい。
吸血欲ではなく、愛欲。または所有欲、独占欲。
ずっと自分のそばにいてほしい。
「んんっ、あっ……ううっ」
ユアンは声を我慢することは諦めたのか、リズミカルに声を漏らし始めた。
そのペースは次第に速くなりはじめる。
いつもとは違う場所からの吸血という慣れない刺激にユアンは何も考えることができず、頭が真っ白になった。
そして、息も絶え絶えとなり始めた瞬間にカルミラは強く吸い上げた。
「んんあぁあっ……‼︎」
ユアンはビクンと身体が跳ねたと思うとグッタリとベッドに身体を預けた。
カルミラは満足したように口を離すと、ペロリと吸血痕を舐めて治療する。
「あぁ……やってしまった」
正気に戻ったカルミラ。
つい調子に乗りすぎてユアンをいじめてしまったことを後悔する。
昼間の決意はなんだったのか。
「ユアン〜、大丈夫?」
ベッドに倒れこんだユアンは虚ろな目で天井を見上げていた。口元からはだらしなくよだれが垂れている。
完全に気をやっていた。
カルミラは動けないユアンに変わってパジャマのズボンを履かせて、グッタリとしたその身体に簡単な体力回復魔法をかけてあげた。
「ミラ〜、調子乗りすぎ。そんなにわたしの血っておいしーの?」
まだ少し息は荒いが、なんとか調子を取り戻したユアンはそう問いかける。
「この世のものとは思えないほど甘美だね。飲んでみる?」
「……ちょっと興味ある」
その答えを聞いてカルミラはユアンの首筋に口を近づける。
カプッと本日3度目の吸血を開始する。……とは言っても今回は口に少し含む程度。
口にユアンの血を含んだまま首筋から顔を離す。
そして……
チュッ
ユアンの唇に口づけをした。
驚き抵抗ユアンを無視して、舌を使い口を開かせると口の中に含んでいた血液を口移しする。
逃げようとするユアンの頭を抑え、ゆっくりと時間をかけて……。
「……んぱぁ。ちょ、ミラ、今……」
口づけを終え、ユアンは顔を真っ赤する。
吸血されている時よりも真っ赤ではなかろうか。
「どうだった、自分の血の味は」
「そんなの……わかんないよ……」
ポロポロと、ユアンの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
ユアンと出会って一ヶ月以上経つが今までユアンの涙を見たことはなかった。
初めて目の前でユアンが泣いたことにカルミラは驚き、慌てる。
「ど、どうしたのユアン⁉︎」
「ちゅー……初めてだったのに」
それもそうだ。
生まれてからずっのこの別邸で軟禁されているユアンがキスをする機会など訪れるはずはない。
「ユアン……妾とキスするの……嫌だった?」
抱き合って吸血することを許してくれるユアンがキス程度で……いや、キス程度などと言ってはならないだろう。何せファーストキス。好きな異性に捧げたかったのかも知れない。初めてが同性などショックなのだろう。
「……嫌……じゃない……けど」
しかし意外にもユアンの口から出た言葉はキスに対しては肯定の言葉だった。では一体何が嫌だったのだろうか。
さらにユアンは言葉を続ける。
「最初はもっとロマンチックな時が良かった」
「ろ、ロマンチック……」
「うん」
唇を尖らせコクリと頷くユアン。
「女の子同士のキスが嫌だったわけではなく」
「? ちゅーは好きな人とするものでしょ? わたしミラのこと大好きだからいくらでもちゅーできるよ。でももっとロマンチックな時を選んで欲しかった」
「キュン」
「きゅん?」
「何でもない。忘れて」
つまり、ユアンが泣いた理由はロマンチックな時ではない時にキスをしたからで、別に同性であるカルミラにキスされたこと自体は気にしてないという事だ。
「……ごめんなさいユアン。お詫びに何かさせて」
「んじゃーね……」
涙で目元が腫れたユアンは少し考えるような動作をして
「今日、一緒に寝て。そしてわたしが寝るまでナデナデして」
「そんなことでいいのか?」
「んー、後一つ。今度はちゃんとロマンチックな時にちゅーして」
恥ずかしげに目を逸らしユアンは命令する。
そして、カルミラの答えを聞かずに布団へ潜り込んだ。
「ほら、ミラ早くー。なでなでして」
「あははっ、わかったよユアン」
ユアンの開けてくれたスペースにカルミラは潜り込むと、ユアンを胸に抱く。
そして優しく頭を撫で始めた。
「これでいい?」
「……うん。ミラ……いい匂い」
それはこっちのセリフ、という言葉をカルミラは飲み込む。
カルミラはユアンが寝静まるまで、優しく撫で続けた。
ああ、どっこい百合えっち




