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吸血姫百合物語  作者: doLOrich
第1章 鹿島領
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第15話「基本魔法」

 吸血鬼事件から一週間。

 吸血狼を討伐したおかげでそれ以降被害は出ていなかった。

 とは言え、カルミラが秘密裏に処理してしまっているため鹿島警備隊は警戒を緩めることはなく、出るはずのない危険のために日中夜警備に勤しんでいた。


 さてそんなありがた迷惑をかました事件解決の立役者である吸血姫は


「はぁ……はぁ……もぉだめぇ……」


 行き倒れていた。


 時間はお昼過ぎ。梅雨にしては珍しく晴れ晴れとした大空から、吸血姫を殺すように日光が降り注いでいた。

 ユアンから吸血禁止されて一週間。今日の夜まで我慢すれば、待望のユアンの血液にありつける。

 溜まりに溜まった吸血欲を収めるために、適当な人間の血でも吸おうかと何度も思った。しかし、ユアンの血液の美味しさを知ってしまったカルミラは凡夫の血液を吸っても満足することはないと思い直し今日この日まで我慢してきた。


「あの、お嬢ちゃん。大丈夫かい?」


 道端で行き倒れているカルミラを心配して、八百屋のおじさんが話しかけてきた。

 明らかに見た目から大東亜連邦出身ではない少女である自分にも優しく話しかけてくれる男に感嘆しつつ


「ひ、日陰に連れてってくれ」


 そう言い残し、地面に突っ伏した。

 八百屋のおじさんはそんなカルミラを抱えて、店先の日陰に連れて行ってくれた。

 さらに親切にも冷たい水まで用意してくれたその男に感謝しながら、カルミラは夜までの長い時間をどう潰すのか考えるのであった。



   ■■■



 同時刻。

 場所は変わって鹿島家別邸、ユアンの部屋。

 ユアンは手のひらに魔力を集め、集中する。

 この一週間休まずに練習してきた魔法『幻魔』。

 魔法詠唱特有の舌使いにもようやく慣れてきて、後はこの魔法をしっかりと発現させるだけであった。


「『幻魔』」


 詠唱すると共にユアンの身体はうっすらとした光に包まれる。

 そしてその光が消え去るのを待って、眼の前に立っている姉を見やる。


「……うん、出来てる。すごいよ、柚杏」


 よしっ、とユアンは指を握る。

 『幻魔』に包まれたユアンの身体は姉である沙夜の視界から消え去っていた。完璧な出来栄えだ。

 

「やったよ、お姉ちゃん」


 ユアンは姉に抱きつく。

 ……が、姉は触られてる事にすら気づいてなかった。

 あぁ、そうだったと、ユアンは幻魔を解く。


「……っわ、驚いた。幻魔使ったまま抱きついちゃだめよ柚杏。気づけないのだからね」

「ごめん、ごめん」


 『幻魔』は認識そのものを阻害する精神干渉魔法である。視認出来なくなるだけでなく、触れても気づかれる事もない。音を立てても、匂いを発してもそれは同じだ。『幻魔』を発動する限り、誰にも存在そのものを感知できなくする。

 これが『幻魔』の最も簡単な魔法だ。


「幻魔はもう完璧ね。一週間で身につけるなんて天才かしら」

「えへへ。次は変化の幻魔?」


 固有魔法『幻魔』には三つの魔法がある。

 認識阻害の『幻魔 雲隠れ』。ユアンが身につけたばかりの魔法で、対象をあらゆる存在から認識されなくする魔法である。

 認識置換の『幻魔 紅葉』。ユアンのお世話をする従者に全く別の貴族の子と思われているのはこの魔法により認識を書き換えられているからだ。

 そして最後の一つが認識改竄の『幻魔 雪崩し』。ユアンが生まれた時にその存在を知っている人間の記憶を改竄して、ユアンをいない子として扱った。その時の魔法がこれだ。


「変化じゃなくて認識置換。化けてるわけじゃなくて、思い込ませてるイメージよ」

「んー、わかんないや。とりあえず次はそれするの?」

「いや、次は基本魔法をするつもりよ」

「水出したりするやつ?」

「そうね。とりあえず書き出してみましょうか」


 沙夜は紙を取り出すと、そこに基本魔法を書き記す。簡単なイラスト付きで。


「基本魔法は主に属性魔法と強化魔法に分かれるわ。属性魔法はさらに火、水、風、土、雷属性の五つに、強化魔法は身体を強化する肉体強化と感覚を強化する知覚強化の二つに分かれるの。ここまで分かった?」

「わかんない‼︎ というかお姉ちゃん絵下手だね」


 十歳のユアンには難しかったのかちんぷんかんぷんであった。


「実際にやってみた方が早いわね。とりあえずこの球持ってみて」


 ユアンは沙夜から手のひらサイズのガラス玉のような物を渡された。

 思ったより重かったそれを不思議そうに覗く。


「魔力玉って言うの。魔力を込めてみて」


 コクッと頷き、水を注ぐように魔力を込める。

 すると、その魔力玉は紫色を帯び光り始めた。


「柚杏は雷属性の資質があるのね」

「色でわかるの?」

「そうだよ。赤色に光ったら火属性。青なら水、緑なら風、黄色なら土、紫なら雷よ。でも雷属性ってあんまり得意にしてる人いない珍しい属性なのよ」

「お姉ちゃんは何属性なの?」


 手のひらで紫に光っているガラス玉を沙夜に渡す。

 ユアンの手を離れたそれは光を失い、元の透明な状態に戻る。


「私? 私はね……」


 沙夜の手に渡ったガラス玉は青色の光に包まれた。

 青色、つまり水属性。


「お姉ちゃんは水属性なんだ……。わたしと違うんだね」

「親子や姉妹でも一緒とは限らないし変じゃないわよ。それにこれは得意な属性を計るだけで別にこの魔法以外使えないってわけじゃないからね」


 あくまで分かるのは得意属性。

 沙夜も得意属性は水属性だが、初歩的な魔法なら五属性一通り使える。

 これは四大貴族だから特別というわけでなく、初歩的なレベルの魔法ならみんな使えて当たり前なくらいの認識だ。たまに、ある属性が不得意で全く使うことができないという人もいるが、そんな人のために生活必需魔法の代替魔法具は安く売られている。身体を洗うために使う『清水』などがそうだ。


「柚杏の得意魔法は雷魔法ってわかったし、そこから練習しますか」

「はーい」


 沙夜に詠唱を教わり、何度か口ずさみ頭におぼえこむ。

 雷魔法の初歩魔法『電撃』。

 指先や手のひらから当たれば少し痺れる程度の電気を放出する簡単な魔法だ。

 沙夜の実演もしっかりみて、それを真似るようにユアンも実践する。


「『電撃』」


 パチンッ、という音と共に小さな電気がユアンの指先から放たれ部屋の壁に当たり小さな焦げを作った。


「……一発っ」


 ただの一度で魔法を成功させた妹を見て、沙夜が零した。

 『幻魔』を教えていた時から薄々沙夜は感じてはいた。

 自分の妹は……天才だ、と。

 そもそも『幻魔』の時でさえ、魔法詠唱の発音に舌が慣れるまでは時間かかったが、それさえ出来てしまえば習得までは数日しかかかってない。


「見た見た、お姉ちゃん‼︎ 出来たよ、すごくない⁉︎」

「ええ、本当にすごいわ」


 薄っぺらな胸を突き出し、得意顔をするユアンの頭をよしよしと沙夜は撫でる。

 大好きな姉に撫でられユアンの顔は笑みに変わる。


「じゃあ、この調子で他の属性魔法もやっちゃおうか」

「おーっ!」



   ■■■



 とある八百屋の店先。

 店主に用意された椅子に体重を預け、グタッとした姿を見せる吸血姫。

 その周りにはほんの少しだが人だかりが出来ていた。

 さも当然だろう。

 カルミラの金髪はこの国では嫌でも目立つ。

 ましてや見た目は外国の人形のように整っている。通行人の目は自然と引き寄せられ、立ち止まる人もいるだろう。

 そして人だかりが出来れば、それは鹿島警備隊の目にも止まる事になる。


「あの、お嬢ちゃん。起き……てる?」


 警備隊の一人がカルミラに話しかけた。

 外国からの旅行者である子供が親とはぐれたのかと心配してのことだ。


「うぅ、今起きた。主は……誰ね」

「私は鹿島警備隊の秋吉と言うものです。お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」

「妾一人だね。そうか……警備隊の。お勤めご苦労様、妾はもうちょっと寝る」


 そう言い残しまた夢の世界へと旅立った少女を秋吉は困った目で見た。

 子供とは言え明らかに不審者。

 このまま放置しておくのも憚られる。


「その娘はワシの知り合いじゃ。身分はワシが保障しよう」


 困っていた警備兵に救いの手を差し伸べる錆びた声。

 振り向くとこの街では有名な老婆の姿があった。


「か、カンナさん。外出するなんて珍しいですね」


 路地裏で老舗の宝石店『虹の雲』を営む老婆カンナ。

 二週間ほど前、ユアンが初めて外の世界へ連れ出された時に立ち寄ったあの宝石店の店主だ。

 普段は一日中宝石店に引きこもってあまり姿を見せないが、何十年と宝石店を営む彼女の事は知らないものはいない。


「その少女はワシに任せるのじゃ」


 はるかに年上の老婆に任せろと言われれば、警備兵も頼るざるを得ない。

 ありがとうございます、と老婆に挨拶をしてその場を立ち去った。


「カルミラ様や」

「んん、今度は……カンナか。妾はキツイから放っておいてくれないか」

「貴方は嫌でも目立つのじゃから、ワシの店に来るといいのじゃ」

「ふむ、そうするとするかな」


 一考してそう結論し、カルミラはお世話になった八百屋に感謝の言葉を言ってからカンナについて行く。


「カルミラ様はどうして昼間から外出しておられたのじゃ。それになんかやつれておるの」

「空腹で寝付けなくて散歩してたら陽の光にやられたね。もう一週間ユアンの血を吸えてないから体がフラフラ……」

「アリャリャ、あのお嬢さんと喧嘩でもしたのかい?」

「妾が悪いのじゃ……。でもそれも今日で終わり! 夜になったらユアンの血にありつける!」


 空腹からか妙にテンションの高いカルミラに。

 だが呆れたようにカンナが言う。


「また調子に乗ってやり過ぎないようにするのじゃぞ。カルミラ様はたまに見た目通りの子供っぽいところがあるのじゃからな」

「あははっ、カンナも説教するようになったか。小さい頃を知ってる妾としては感慨深いものがあるね」


 まあ、間違ってはいない、とカルミラは今日の夜は興奮しすぎてやりすぎないように努めようと決意する。



 それからカンナの宝石店でカルミラは夜までお世話になった。

 ……と言っても日光でへばった身体を寝て休めただけだが。


 そして、ついに夜がやって来た。

 待ちに待った吸血時間だ。


 

次話は今日中に投稿できる予定です。

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