第14話「眷属」
挿絵付けて見たくてやって見ました
スマホで書いた下手絵ですいません、
その日の夜。
二人は『神楽』の中でも特に高い建物である『魔導高層院』の屋上まで来ていた。
ここからならば邦都『神楽』の広範囲を一望できるだろう。
『光球』の明かりでキラキラと輝く夜景は何度みても美しいと思えるものだ。
「見て見てミラ。すっごーくキレイ!」
「はしゃぎたい気持ちもわかるけど今日はちょっと自重してね」
前来たときと同じ黒のパーカーとスカートを身にまとうユアンは身を乗り出して下に広がる夜景を堪能していた。カルミラはその後ろで何かしらの魔法の準備をしていた。
「ミラ、何してるの?」
「犯人をおびき寄せる罠を作ってる」
カルミラは足下に魔法陣をカリカリと書き込んでいた。何度か書き直して調整しているので時間がかかっている。
その様子をユアンはしげしげと見つめる。絶賛魔法練習中のユアンには全く理解できないけども。
次第に飽きてきてユアンはまた夜景を眺め始めた。
キラキラと輝く光の中、ゆらっと……いや、何かガタンゴトンと音を鳴らしながら動く光があった。
「ミラ、あれは何?」
「ちょっと手離せないね。どんなもの?」
「なんか光が動いているの。ガタンゴトーンって音も聞こえる」
「あ〜、それは『魔導列車』だね」
「それ知ってる!」
『魔導列車』。
大東亜連邦の主だった移動手段となる乗り物で、四領の邦都をぐるり結すぶ線路の上を走る乗り物だ。動力源は魔鉱石と呼ばれる魔力を内包する鉱石だ。
「すっごく早く走るんだよね‼︎ いいなぁ、乗って見たいなぁ。確か大東亜環状線ってのと、近鹿線って二つの線路があるんだよね」
「妾は乗ったことないけど、確かそんな感じだったね」
大東亜環状線は外側と内側に分かれており、内側の路線が鹿島領の邦都『神楽』、有栖川領の邦都『南府』、近衛領の邦都『京宮』、篠宮略の邦都『白雪』の順で時計回りで移動する。外側はその逆だ。
そして近鹿線というのは近衛領と鹿島領を直接繋ぐ路線になる。横に隣接していながら、大東亜環状線で行くとなると遠回りしてしまうことになる二領を繋ぐために作られた線路になる。
「暗くてよく見えない〜。ねえ、ミラ魔導列車見たい」
「また今度ねぇ。今日はこれしないと行けないからね〜。…………こんな感じかな」
「これで犯人をおびき寄せれるの?」
「たぶんね〜。さっ、少しユアンに手伝ってもらうよ」
カルミラはそう言うと柚杏の手を取る。
そして爪先を柚杏の指先に突き立てて……
「ちょっとチクッとするけど我慢してね」
「痛っ」
ユアンの指先から血がプクっと出た。
カルミラはその血を指ですくって
「これを魔法陣に……」
魔法陣の中心に柚杏の血をベタっとつける。
そして魔法陣に両手をつけて詠唱する。
魔法陣全体が若草のような緑色にやさしく光りだす。
「おおぉ」
「そんなに驚くことじゃないね〜」
カルミラがそばを離れても、魔法陣は明るさを保っている。
魔法陣は注いだ魔力が切れるまではその効果を発揮し続ける。
「これ何やってるの? というかわたしの血ってなんで使ったの?」
「ユアンの血のにおいを風魔法で街中に散布してる」
「えっ?」
思ったよりも気持ち悪い回答にユアンは引いた。
「散布したといっても人間の嗅覚では感じないくらいだけどね。でも吸血鬼やその眷属ならユアンの血に誘われるってわけ」
「おびき寄せるためのエサ扱い!?」
「とても魅力的なエサだね〜。あぁ〜、妾も吸い寄せられそうだよ。そういえばユアン、指痛くない? 舐めてあげようか」
先ほどカルミラによって傷つけられた柚杏の指は、既に血は止まってはいたがズキズキとした痛みはあった。吸血鬼の唾液ならばすぐに痛みは霧散するだろう。
「そんなこといって血、吸いたいだけでしょ」
「……ソンナコトナイヨ」
分かりやすいカルミラの様子に「はぁ〜」とユアンはため息をつく。
とは言え指先が痛いままなのは確かに不快である。
「舐めるだけ。歯を立てちゃだめだからね」
「! えへへ、分かってる」
チュパっ。
カルミラはユアンの指を口に含む。微かな……、それでもしっかりとしたユアンの血が口に広がる。
歯を立てることは禁止されているので、そこのある分を少しでも味わおうとペロペロを指を下で撫でる。
「ちょっ、もう治ったから。もう舐めなくていいから〜」
ユアンが訴えるが、カルミラは聞く耳を持たない。
チロチロとユアンの指を舐め続ける。
ユアンはくすぐったくて指を引き抜こうとするがカルミラががっしりと腕を掴んでいるので引き抜くことができない。
「も、もういい加減にしてー!」
ユアンは指先から魔力を流し込む。
魔法をまだ扱えないユアンにとって唯一の攻撃方法だ。
「うぅっ!?」
急に魔力を流しこまれカルミラは指を口から離して、軽くえずく。
吸血鬼であるカルミラは大人が魔力を流し込んだとしても魔力を乱されることはない。しかしユアンの魔力はカルミラの魔力を乱すに十分の出力を持っていた。
「ミラ! 確かに舐めるだけだったけど、限度あるでしょー」
「うぅ、ごめん。ユアンの血は妾を狂わせるのよ」
シュンっとへこむカルミラ。
もはや中毒患者といっても過言ではないその姿に、四百年生きた吸血鬼の風格はどこにもなかった。
ザワッ
「……ユアン、妾の後ろに」
一瞬にして変わったカルミラの雰囲気にユアンはビックリした。急に真面目になったカルミラに戸惑いながらユアンはカルミラの背に身を隠す。
「ミラ、どうしたの?」
「来る。妾のそばから離れないで」
来る、という言葉でユアンはピンと来た。
吸血鬼事件の犯人のことだろう。
ユアンはキョロキョロと周りを見るが夜の暗闇で何も見えない。
「下から……来る!」
それは魔導高層院の壁を駆け上がり、屋上までやって来た。
全身を黒い体毛で覆われた獣。
「……ワンワン?」
「これはそんな可愛いものじゃないね。まさか人ではなく狼の眷属だったとわ」
まるで気が狂ったような黒い狼は二人を睨みつける。その大きな口には、吸血鬼のように鋭く尖った犬歯が生えている。
グルルルッと唸り声をもらし、カルミラ達を威嚇する。
「犬っころ、お前の主人は誰だ?」
カルミラの問いに狼はグルルルッと唸り声を返すだけであった。
その姿を見てカルミラは魔法を詠唱する。
尋問しても効果のないと悟り、駆除する方向に作戦をシフトしたのだ。
狼は魔法を警戒して、詠唱終わる前にカルミラを倒そうと突進して来た。
「遅いね! 『影の拘束』」
屋上の地面から複数の黒い影が具現化して狼の身体に巻きつこうとする。狼は跳躍してそれを避けようとするが、黒い影は追尾してそれを逃さない。後ろ足を掴まれると地面に叩きつけられ、その間に残りの影が狼の胴体、顔、前足に巻きつき拘束する。
狼は地面に四肢を拘束されて身動き一つ取れなくなった。
「さて、一息に殺し……⁉︎」
カルミラは背中から迫る二つの気配に気づく。瞬時に振り返ると、二つの影――――二匹目と三匹目の狼がユアンを襲おうとしてた。しかしユアンはカルミラの方を見ていて気づいてない。
「――――っ!」
カルミラはユアンの腕を掴み引き寄せる。そして背中から蝙蝠の翼を生やして空へ飛び上がった。
狼の牙は間一髪ユアンに届くことはなかった。
「まさか複数いるとはね。ユアン、怪我ない?」
「大丈夫! あのワンワンみんな眷属?」
「そうだね。あの三匹だけならいいのだけどまだ他にもいる可能性もごく僅かだけどある」
カルミラは頭に手を当てて思案する。
動物を眷属にすることは珍しいことではない。むしろ人と違って思考能力が落ちるぶん扱いやすい眷属となる。
眷属を増やすには自身の魂を注ぐ必要がある。そのため眷属を作れば作るほど自身の力は落ちていく。アルカードレベルの化け物ならともかく、カルミラ程度の一般的な吸血鬼ならば動物系統なら作れて三匹から五匹、人なら一人が精一杯だ。
「しかし、何故わざわざ狼の眷属を三匹も作ってこんな事件を起こした?」
獣の眷属を成長させても所詮獣だ。
人の眷属には遠く及ばないし、四大貴族のお膝元でやるようなことでもない。
と言うことは事件そのものを起こすことに意味があったのだろうか。その場合目的は暗殺? 被害者が誰なのかは分からないが、ユアンの話から察すると無差別っぽいんだよなあ。むしろ騒ぎを起こすこと自体が目的?
いくら考えてもカルミラの考えがまとまることはなかった。
「ねえ、ミラ。ワンワン吠えてるけどほっといていいの?」
「ああ、そうだったね。逃げてしまわない内にさっさと駆除しておこう」
カルミラの右手に紫色の魔力が現出する。その魔力はどんどん大きく輝きを増す。そしてカルミラは魔法を詠唱した。
「『紫電』」
カルミラの腕から紫色に輝く雷が狼に向けて放たれた。避ける動作すら行うことができないほどの速度で雷は狼に到達し、その身体を焼き払う。轟音を響かせたその魔法が終わる頃、屋上にあるのは狼の焼け焦げた死体だけであった。
「ああ、ワンワン……」
「ユアン、分かってると思うがアレは敵だからな」
「……うん。でもワンワン達だって吸血鬼さんに命令されて嫌々でやってたかもしれないもん」
「ユアンは優しいね」
ポンポンっとカルミラはユアンの頭を撫でる。
生まれてからずっと軟禁されて育った本当の箱入り娘であるユアンには自身に向けられる悪意や殺気というものを感じることに乏しい。明らかな敵であった狼にも同情してしまうことは優しさでもあるのだが、同時に危機感の無さという危うさも併せ持っていた。
「とりあえずこれで少し様子見して、殺人が止まれば事件はひとまず解決かな」
問題は他にも眷属がいた場合と、眷属をこの街に仕向けた吸血鬼だ。眷属が死ねばその眷属に使った力は吸血鬼の元に戻る。そしてまた眷属を作られればまたこの事件は起きるかもしれないのだ。
大元の吸血鬼を探す方法を考えなくてはならない。
まだまだ問題が続きそうでカルミラは頭を抱える。
今までならばこんな問題は適当にして、次の街に行くのだが今はユアンがいる。ユアンと別れるのも嫌であったし、この事件が再発した時にユアンが襲われる可能性もあるのだ。……まあ、ユアンはあの別館にいる限り襲われることはないし、外にいるときはカルミラが守るので問題はない。
「どうするユアン。思ったより早く終わったし街見て回る? 魔導列車見にいこうか」
「見て回る!」
ニパッと笑顔で答えるユアンに、カルミラは「じゃあ、行こうか」と言って翼を翻して街の離れへ飛んで行った。
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空へ飛び立った二つの少女を遠くから覗き見る二つの影があった。
一人は黒髪に眼鏡をかけた若い男。もう一人は白銀の髪を長く伸ばした紅色の眼を持つ少女である。
「ふむ、もう少し彼らには事件を大きくしてもらいたかったのですが『吸血姫』が現れたとなっては仕方ありませんね」
男は眼鏡を拭きながらそう呟くと、近くにいた少女の方へ身体を向けた。
「『吸血姫』と一緒にいた童女が誰か分かりましたか? かなり強い魔力を秘めてる美味しそうな血の匂いでしたけど」
「……鹿島の血。鹿島家の人間と思われる。しかしながら鹿島家で一致する人物なし」
無機質で抑揚のない声で少女は答える。
少女のその回答に男は顔を曇らせる。
「有名貴族の血を引きながら、貴方の知らない人間ですか。そう言えば今の鹿島家にあのくらいの童女はいなかったはずです。これは何かあやしい匂いがしますね」
クククッと男は笑う。
その口元からは鋭利に伸びた犬歯が覗き見えていた。




