第12話「吸血姫夜這いする」
遅くなりました。すいません。
夜の市街にシトシトと雨が降り注ぐ。
梅雨の前触れを感じさせるようなその小雨により、街路を歩く人波は閑散としていった。
そんな降り注ぐ雨の中を吸血姫は一人、公園の小さな屋根のあるベンチで雨宿りをしていた。
「あぁ、失敗失敗」
親友のユアンの魔力熱がそろそろ治った頃だろうと思い、意気揚々と飛び立ったのはいいが数十分しないうちにこの雨だ。
いつも身につけている黒いローブは雨によりジメッと湿っていた。
カルミラの美しい金髪からはポタポタと水滴が垂れ落ちている。
土砂降りにならなかったのが不幸中の幸いである。
「『乾燥』」
雨に当てられて湿気を含みじっとりとしていた衣服は、魔法を唱えるとまるで天日干しをしたかのように水気が飛んだ。
カルミラは雨夜空を見上げる。
真っ暗な夜空から途切れぬ雨が降り注いでいた。屋根の上に落ちた雨は水滴となり、カルミラを目の前を滴り落ちている。
まるで止む気配がなかった。
「むぅ、いっても地獄帰っても地獄とはまさにこのこと」
ここからユアンの家まで飛んで行こうが、自分の今住んでいる場所まで帰ろうが雨にまた濡れるのは確実だ。
「……いや、地獄を乗り越えた先に天国があるなら前に進むべき。というかもう我慢できない」
もう3日もユアンの血液を吸えてないカルミラ。
禁欲するのもいいかげんに我慢の限界だった。400年の人生でここまで1人の血液に依存したことなどなかった。
カルミラは吸血鬼としてはかなり吸血対象を選り好みするほうだった。
潤沢で芳醇な血液……いわゆる魔力が濃い血液しか吸血しない美食家だ。
ユアンの血液はそんなカルミラですら悪魔的に依存させるほどの品質であるのだ。
「うぇへへ……」
ユアンの血液の味を思い出すだけで顔がニヤけてしまう。
妄想の中でユアンを思い浮かべその血液を吸う。カルミラの犬歯が首元に刺さる痛みでユアンが微かに声を漏らす。そんな声ですらカルミラにとっては調味料になる。首元から真っ赤なユアンの血液が犬歯を伝い、カルミラの口の中へ注がれる。芳醇な血液の香りが鼻をくすぐり、濃厚な味が舌のすべてを包み込む。十分味わってからゴクリと飲み込み、その喉越しを楽しむのだ……。
「……おおっと、妄想に浸っている場合じゃない」
雨は止みそうにない。
むしろ雨の勢いは強くなりそうであった。
ユアンに会いに行くなら早く行くべきなのだ。
カルミラはそう思い立つと、コウモリのような翼を広げ、雨の中を飛び立った。
■■■
「うげぇ、下着までびしょびしょ」
雨は先ほどよりさらに激しく、土砂降りであった。ときおり稲光が夜の世界に輝いていた。
なんとか別邸まで辿り着いたカルミラだが、飛んでいる最中に急に強くなった雨をもろに受けてしまいびしょ濡れになった。
雨に濡れた髪と衣服からポタポタと水滴が落ち、ユアンの部屋の床を濡らして、水たまりを作っていく。
「あぁ、面倒くさい。『乾燥』」
先ほどと同じように魔法で衣服と髪を乾かす。
ついでに床の水たまりも乾かす。
『乾燥』により水たまりはみるみるうちに気化していき、数秒後には跡形もなくなる。
「ではでは………ユア〜ン。………………ってありゃ」
カルミラの眼前には愛くるしい寝顔でベッドでスヤスヤと寝ているユアンがいた。
規則正しい寝息だけが部屋に響いている。
カルミラがユアンの体をユサユサと揺らしてみるが起きてくる気配が一切ない。
カルミラは知らないことだが、朝からずっと魔法の練習、夜に姉と長風呂したユアンは疲れ果てて深い眠りに落ちている。
そのため、多少のことでは起きることがない。
「……あれえ、これってもしかして……」
『お わ ず け』の四文字がカルミラの頭に浮かぶ。しかしこれは非常にまずい。
3日間も吸血できていないため我慢の限界のカルミラ。先ほど妄想までしてため興奮度マックスである。
それなのにここでおわずけを食らっては狂ってしまいそうであった。もうこっそり吸ってしまいたい欲求に駆られる。
しかし、ついこの前我慢できなくて寝込みを襲い怒られたのだ。
同じ轍を踏むわけにはいかない。
いかないのだが……。
無防備な寝顔を晒しているユアン。
さっぱりとしたお風呂の匂いの中に微かに含まれているカルミラを誘う寝汗の香り。
カルミラの中の悪戯心がどんどん大きくなっていった。
この前の時と違い、ユアンは明らかに演技ではなく熟睡している。
こっそりの吸えばバレないのではないか、そんな考えにカルミラは支配される。
ゴクリっ
口内に溢れた唾液を飲むこむ。
カルミラはユアンの寝込みを襲うことに背徳感を覚え、背筋がゾクッとする。
「あははっ、背徳感に興奮を覚えるってついに妾おかしくなったな」
カルミラはもう歯止めが効かなくなってきた自分に笑う。もう気持ちを抑えられなかった。
吸血衝動につられて官能も高ぶっていく。
カルミラはそっとユアンの身体を隠している布団に手をかけて、剥ぎ取った。
ピンク色のパジャマに身を包んだユアンの姿が現れた。
その幼い胸が規則正しく上下している。
以前のように馬乗りになるのは起こす可能性があるので躊躇われた。
そのためカルミラはローブを脱ぎ捨ててゆっくりとユアンと添い寝する形に横たわる。
改めて起きないか確認のためにユアンの頬を突っついてみた。
ほっぺが指に吸い付き、ぷにぷにとした感触はまるで水分を多く含んだ赤ん坊の肌のようである。
何度か繰り返してみるがユアンが起きる気配はまったくなかった。
「ユア〜ン、起きないと……もっと悪戯ちゃうよ? いいのお? いいかなあ、……いいよね‼︎」
起きる気配皆無の様子を見てカルミラはもっと悪戯してみたくなった。
欲情したカルミラは手を伸ばしてユアンの頭を支え、その反対側の首元に唇を近づけチュッとキスをする。
何度かキスを終えると、次はペロリと首筋を舐めた。寝汗によりほんのりとしょっぱいその部位をペロペロと味わう。
十分に堪能したカルミラはそっと、口を離しユアンの顔を覗き込む。
夢中なってペロペロしていたため、起きてないか少し心配であったかユアンは未だに夢の中であった。
「んぅ……ユアン……」
ユアンの血が吸いたい。吸血したい。
約束破ったら嫌われるだろうか。
絶交されて会えなくなるだろうか。
でも……妾をこんなに我慢させるユアンが悪いんだよ。
こんな無防備でこんな美味しい血液を持って誘惑してくるユアンが悪いんだよ。
カルミラは滅茶苦茶な屁理屈で自己正当化する言い訳をする。
もはやカルミラ自身で歯止めをかけることはできない。
「はむ」
ユアンの首筋に甘噛みする。
ユアンを起こさないようにゆっくりと慎重に丁寧に少しずつ時間をかけて犬歯を突き刺す。
「んっ……むにゃ……」
それでも多少の刺激があるのかユアンは声を漏らし反応する。
少し驚いたが目を覚ましてはいないことを確認してカルミラはホッとする。
ゆっくり……ゆっくり……
少しずつ突き進むと、膜のようなものを破った感覚をカルミラは感じた。
その直後ユアンの皮膚から血液がほんの少し滲み出る。
それは犬歯を伝ってカルミラの口内へと運ばれる。
(あ……っ)
ほんの少量。
しかしその血液は今までのユアンの血液とはまるで違った。
魔力覚醒を終えたユアンの血液は、言葉では表現できないほど甘美なものであった。
カルミラの全身の魔力が反応し始める。
4日前の夜の様に快楽の波が押し寄せ始めるのだった。少しずつ吸っているためあそこまで強烈な快楽の波ではないが、それでも十分な威力を持っている。
(あっ……んぅ。もっと……)
最初は滲み出る程度であった血液は、一筋の流れを作る程度には溢れ出ていた。
ユアンを起こさない様に少しずつ、少しずつ舐めとるように吸っていく。
甘美な味が舌を支配する。
それと同時にカルミラの魔力がユアンの血液に呼応して活性化する。
活性化した魔力によってカルミラの全身が敏感になりムズムズとした感覚を覚える。
その感覚に抗おうと体を捻り、太ももを擦り合わせてみたり、余っている方の手で自分の体を強く抱きしめてみる。
しかし刺激が足りず焦れったくなる。
カルミラは無意識のうちにユアンの体に触れる距離まで近づき擦り寄せる。
ユアンの腕を自分の太ももに挟み込み、軽く擦り付ける。
軽い刺激だが、吸血により敏感になったカルミラの身体には十分であった。
(んっ、くぅ……)
ビクッと身体を震えると同時に快感が身体中に流れた。
快感の衝撃でカルミラはむせてしまいポタポタと口の隙間から血が溢れる。
ユアンの血液とカルミラの唾液の混ざったそれは枕元を赤く濡らす。
(やばっ、ベッドが汚れた)
ユアンから口を離し、血の後始末をする。
『浄化』の魔法で綺麗にして、ベッドは元の真っ白な状態に戻る。
「ふぅ……」
少し落ち着くカルミラ。
吸血のせいで身体は疼くが、吸血欲求自体は落ち着いていた。
(あぁ……やってしまった。ユアンと約束してたのに)
ユアンの許可貰わずこっそり吸血してしまった。
親友との約束を破ってしまった。
カルミラは自己嫌悪を陥ってしまう。
起きたら正直に全力で謝ろう、カルミラはそう思った。
「それはそうと……」
窓から外を見る。
雨は止むどころか勢いを増し、時折雷も鳴り響いている。
この中を帰るのは億劫すぎた。
再びカルミラはユアンの方を見た。
掛け布団は剥ぎ取られ、ピンクのパジャマに包まれた上半身が見えている。
このままでは風邪引くだろう思い、カルミラはユアンに布団をかけ直す。
「…………明日の朝一番に謝った方がいいよね。朝一番に謝るから一緒に寝ないとね。よし完璧」
そう言ってカルミラはユアンの布団に潜り込んだ。
ユアンの匂いに包まれる気がした。
また吸血衝動にかられそうになるが、さすがに自重する。
「えへへ、おやすみーユアン」
最愛の親友の顔を見ながらカルミラの意識は落ちて行った。
■■■
朝になり窓の隙間から朝日が差し出す。
豪雨は夜のうちに引いたようだ。
ユアンは何か寝苦しさを感じて目を覚ました。布団がいつもより重く感じる。
うつろな眼を開くと金色のモノが近くにあった。寝ぼけた頭で何だろうと思いながら触れてみる。
ふさっ
サラサラとした髪のような……髪?
見覚えのあるそれに気づいたユアンは完全に眼を覚ました。
「み、ミラ⁉︎ なんでわたしのベッドにいるの⁉︎」
「……むにゅ、まだ朝……」
朝起きたら何故か添い寝をしていた親友にユアンは驚く。
カルミラはユアンに抱きつくように熟睡していたのだ。
「ミ〜ラ〜、起きてぇえ‼︎」
「んんっ…………。ん? おはよ、ユア……ン」
「また寝ないで〜」
夜行性のカルミラは朝に起きることは皆無に近かった。なかなか起きない。
ユアンに揺さぶられ続けること十分。
やっと眼を覚ましたカルミラは、
「ごめんなさい」
「えーっと、つまり昨日の夜にわたしの寝てる時に血を吸っちゃったと」
カルミラはベッドに頭をつけ誠心誠意昨日のことを謝った。
突然カルミラが謝り出して、何事かと最初は思ったユアンであった。
「いとかたじけなし(本当にごめんなさい)」
「なんで古語⁉︎」
「ソーリー(ごめんなさい)」
「何で橇⁉︎」
「そのぉ……本当にごめんユアン」
「はぁ……もー、しょうがないなぁ。許してあげるー」
「ホント⁉︎」
「でも罰として一週間吸血禁止‼︎」
「うぐっ……。3日くらいにしないか?」
3日間の禁欲で暴走してしまったカルミラ。1週間なんて耐えられるわけがないと抗議するが。
「だーめー。許してあげるんだからこのくらい守って」
ユアンの回答は無慈悲であった。
その後ユアンは何かを思い出したかのように言葉を続けた。
「そう言えばミラ……」
「ん? なに?」
少し不安そうな、そして心配そうな顔でユアンはこう言った。
「吸血鬼事件って知ってる?」
今年が終わる。
R15ってどこまで描写したいんですかね
12/8に少し修正しました。
最後の方の文の「そう言えばユアン……」→「そう言えばミラ……」に直しました。
用語説明い
【橇】
ソリです。雪とか草っ原とかの上を滑り走るようにした乗り物。トナカイが引っ張るあれ。説明するまでもないと思いますが漢字難しいので。




