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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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雰囲気が変わった

 シスターの手伝いで城を空ける時間が多かったのは、思ってたより長かったとはいえ、たった2ヶ月のことだ。

 でも、病がここで始まったのが雨が多くなり始めた頃で、その時にはここ以外でも病はもう当然だけど始まっていたようで、僕たちがシスターの手伝いで行った時には、いやそれからも少なくない犠牲が出てしまった。


 いや、今、触れたいのはそこじゃない。

 僕が城にいないことが多い時期は、ちょうど初めて植えてみた、僕の待望の稲が成長する時期だった。

 シスターの手伝いが終わって戻ってきて、気が付いたら稲はもう大きく成長していた。 そりゃ、途中で何度も城に戻ってはいたし、その度に稲の手入れして欲しいこととか、何だかやと話はみんなとしたけど、やっぱり気が付いたらという感じなんだよ。

 自分で、もっと関わって稲を育てたかったのだけど、それが出来なくて、仕方ないのだけど、何だか悔しいようながっかりした気分だ。


 「まあシスターの手伝いに、ナリートとルーミエとフランソワちゃんが駆り出されるのは僕にも理解できるから、そこは仕方ないよ。

  でもナリート、居ない間に進んだのは稲の生育だけじゃないよ。 他のことも見て、それらを評価してあげないと」


 「うん、他の畑の作物も去年よりも順調に育っている感じがするよ。 みんながちゃんと頑張っていたんだな、と思うよ」


 「やっぱり見てないね。 もっと全然色々なところが進んでいるんだよ」


 僕はジャンに、そう注意されてしまった。 なんでも僕がほとんどいなかった間に、みんなが頑張って進めたことを、僕がきちんと確認して評価しなければいけないらしい。

 なんで僕が、みんなのしたことを確認して、それを褒めたりしなければいけないのだろうと思ったのだけど、ジャンに言わせると、ここで一番上に立っているのは僕だからということだ。

 歳からいったら、ウォルフやウィリーの方が上なのだから、2人かそれでもなかったらマイアが行えば良いことなんじゃないかと思ったのだけど、そういうことではないとのことだ。

 僕は別に領主様でも村長さんでも無いんだけどなぁ。


 ジャンにまず最初に連れて行かれたのは、糸クモさんの飼育場だ。

 卵を持ち帰って少しの間は僕らの家の一階で世話していたのだけど、小さな糸で作った巣を作るようになったら手狭になり、丁度中の物が無くなった一番最初に建てた今では倉庫として使われている建物に場を移した。

 でも僕がジャンに連れて行かれたのはそこではなく、作業場として屋根だけ作った場所だった。 まあ今ではそこもかなり周りに壁が作られているし、屋根も葺き替えられて以前とは見違えるかなりまともな建物になっているのだけど。


 僕は、まず糸クモさんを見に行くと言われていたのに、別の場所に連れて行かれることに戸惑っているとジャンが

 「最初に建てた建物だと、暗いし風があまり抜けないしで、そういうのは糸クモさんにとっては良くないらしいんだ。

  だから、かなり前にこっちに移したんだけど、ナリートは知らなかった?」


 「うん、知らなかった」


 「まあ仕方ないよ、忙しくてほとんどここには居なかったのだから。

  でもさ、見て欲しいのは場所が移ったことじゃなくて、糸クモさんのことなんだよ。

  糸クモさんは今では朝の餌を食べると、ここから自分で出て行って、田んぼや畑に行って、虫取りをしてくれるんだ。 そして夕方になると戻って来て、夜の分の餌を食べて、自分の巣で寝るんだよ。

  本当にアリーの言うとおり、糸クモさんはデーモンスパイダーなんていう蜘蛛のモンスターじゃ無くて、糸クモさんという本当に役に立ってくれる生き物だったんだよ」


 ジャンがそうちょっと熱っぽく言うと、一緒に来ていたアリーは嬉しそうだった。


 「でもねナリート、糸クモさんのことで本当に見てもらいたいのは、本当に糸クモさんが役に立つのは、もちろんそこじゃないの」


 僕にとっては田んぼや畑の大問題である害虫を、糸クモさんが退治してくれるというだけで、すごい役に立つ存在だと思ったのだけど、アリーはそこで感心している僕に念を押すように言った。

 そしてアリーは僕の手を引っ張って、使えなかった倉庫に今度は連れて行った。


 「ほら、これ見てよ。 綺麗な糸でしょ」


 倉庫の片隅には棚が作られていて、そこには綺麗に巻かれた糸があった。 その糸をアリーは、さあ見なさいという感じで僕に見せた。

 僕が今までに見たことがない綺麗な糸だ。 僕は今まではそんな高級な糸や布を見たことがないからな。


 「綺麗でしょ。 まだ量がないから布にしてないから判りにくいかもしれないけど、これが糸クモさんの糸よ。

  私以外はみんな糸クモさんの糸を、私たちが使える糸にするのは初めてだから、糸クモさんの糸としての品質はまだまだだけど、でも慣れてちゃんと出来るようになれば、最高級の糸よ」


 糸クモさんの糸は、一番最初の巣は小さ過ぎるし糸も細過ぎて使えないらしくて、その次に脱皮して大きくなった次の巣からは糸が取れるらしい。

 糸クモさんは次々と脱皮して体が大きくなっていくのだが、その度に自分の巣を新たに作り、いらなくなった前の巣が人間が使う糸の元となる。

 2番目と3番目の巣を使った糸が、元の糸の細さから最高品質の糸となるらしいが、巣の大きさもまだ小さいので量も取れなくて余計に高級になるらしい。 4番目と5番目の糸が普通には糸クモさんの糸として流通する糸らしい。

 6番目の巣までは糸クモさんの巣は糸の素材となるのだが、6番目の糸は太くなり過ぎていて、品質は低いということだ。

 糸を取るのはここまでで、この後は糸が太くなり過ぎて、人間が使う物にはならないし、糸クモさんも飼育するには大きくなり過ぎているので、飼育場から外に放されることになる。

 この時の将来糸クモさんが生息する場としても、糸クモさんが食べる木の森が必要になるので、今はせっせと植林をしている訳だ。 今年はまだ木が大きくならないから無理で、元の場に放つことになるだろうけど、来年からは自分たちで作ったまだ森とまではいかず、せいぜい林になるかならないだろう場に放つことになる。

 ちなみに糸クモさんの寿命はそう長くはなくて、外に放って次の年は生きているけどその次の年まで生きているのはほとんどいないらしい。

 体の大きさも放つ頃から以降はほとんど変わらない。 とは言っても、放つ時には足を縮めて小さくなっている時でも、僕らの拳を二つ合わせたよりも大きくなっているらしいのだけど。


 城から離れている期間の多かった僕とルーミエとフランソワちゃんはまだ慣れないのだけど、他のみんなにとって糸クモさんを見るのはもう日常のことなので、糸クモさんを見ても全く動じない。

 いやルーミエとフランソワちゃんも、あまり動じない。 僕はまだちょっと不意に視界に入るとビクッとしてしまう。


 「だって糸クモさんは、最高級の糸を作ってくれる糸クモさんでしょ。 それ以外の何物にも見えないもの」


 フランソワちゃんはそう言うが、僕にはまだデーモンスパイダーに見えるんだよ。

 ちなみに人間が使うように加工した糸は、デーモンスパイダーの糸のように切れないなどということはなく、強いけど刃物を使えばきちんと切れる。 巣の状態から解す時にお湯に浸けるので、きっと熱と水分によって変性するんじゃないかと思う。


 少し後にシスターが城に戻って来た時、糸クモさんを見かけるとビクビクしていたのを見て、ちょっとだけやっぱり僕だけじゃないんだ、と安心した。


 糸クモさんは寿命が短く、どんどん世代交代していくから前の世代が過ごしていた木に空きが出来ていく、とは言っても糸クモさんの糸を沢山取るには、沢山の糸クモさんを飼育しなければならない訳で、その為には食料となる木が今までよりも沢山なければならない。

 糸クモさんが卵から大きく育つまでに、その数を減らしてしまうのは、自然のままだと生まれた場所から移動する時に、天敵であるスライムに襲われてしまうからだ。

 人間が飼育して、大きくなってから放つとスライムで数を減らすことはないし、そもそもにおいて、この城の近くは僕たちのスライムの罠のお陰でスライムは数をずっと減らしているので、糸クモさんにとっては以前よりずっと安全な場所にもなっているはずだ。

 糸クモさんを飼育するのは、僕らと糸クモさんたちの間でwin-winの関係だね。



 木の植林は糸クモさんの食料となる木だけではなく、それに一定の数で混ぜられる形で、色々な木が植えられている。

 最初は糸クモさんの木を植えた間にワタの種を植えていたのだけど、結構集めたと思っていたワタの種は早々に尽きてしまったようだ。

 それだけ沢山の糸クモさんの為の木を植えているということだけど、糸クモさんの食べる木がそれだけ成長が速くて、切っても次から次へと新しい枝を伸ばすということでもある。 なるほどアリーが糸クモさんの為の木を増やすのは難しくないと言う訳だ。


 糸クモさんの為の木以外には、建物の建材となる木を増やそうとは最初から計画していたけど、僕が知らないうちに色々な木が植えられるようになっていた。

 植林に関しては色々と計画が進んだようだ。 例えば割と近場の都合の良い場所には、どこで見つけたのか、誰かがわざわざ手に入れたのか、果物の木が数種類植えてあった。

 基本的には、丘の本体に近い付近には建材となる木を植えていく計画の様だけど、僕は考えから抜けていた、いわゆる雑木という木も沢山植えていた。


 「今はまだ人が少ないから、丘の森に入れば薪には困っていない。 何もしなければ、糸クモさんも俺たちを襲わないのが分かってからは安心して入れる範囲が広がったから、今は全く困っていないしな。

  でも、これからもっと人が増えれば、ずっと需要が増えるだろうしな。

  俺たちは魔法の練習をして、お湯を作れる様にみんななっているから、必要な薪や柴の量は少なくて済む。 風呂も魔法でお湯を準備するし。

  ここで使う以上に薪や柴が取れたら、町で売っても良いし、薪や柴を採る為の林は必要だろ」


 ウォルフにそう言われて、僕はその通りだと思った。

 熱いお湯を魔法で出せても調理の全てを賄える訳ではもちろんないし、物を燃やして出来る灰は重要な肥料になる。 それに灰を使って今後作りたい物もある。

 それだけじゃなくて、僕は一つやりたい、やらねばと思っていて忘れていたことを思い出した。


 「炭を作らなくちゃ。 そうでないと鍛治が出来ない」


 炭を作るには大量の木が必要になる。 鍛治をするには大量の炭が必要でもあるのだ。

 雑木林を広げることは、落ち葉を得ることも含めて絶対に必要なことだった。 なんで忘れていたのだろう。


 誰か鍛治が出来る人が、僕らの城に来てくれないかな。

 鍛治というモノがどういうモノかという知識は、僕の頭の中にはある。

 でも、そんな知識があるからといって、鍛治が出来る訳ではないのは当然の事だ。

 どうにもならなければ、その知識を元にして、自分でやってみることになるのだろうけど、使える物を作れる様になるには、かなりの試行錯誤と時間をきっと必要とするだろう。

 当然だけど、その仕事をしている人に任せた方が良い。 その基礎技術がある上で、より高品質な物を作る為の情報としてなら、僕の頭の中にある知識はきっととても役にたつだろう。



 糸クモさんと植林のことでも、僕がほとんど居ない2ヶ月の間に進んだことに驚いたのだけど、もっと驚いたことがある。

 僕たち3人が居ない2ヶ月の間に新たな水路が引かれていたのだ。


 もちろんたった2ヶ月の間に、大々的な水路が作れるはずはない。 元々ある水路の脇に、以前に本体の丘の尾根との間を繋いだ、竹のパイプによる水路が僕らの城となっている丘の下の新人たちの住居まで敷かれていたのだ。

 今までは、城となっている丘の上の水路を流れた水が、丘の下に流れ落ち、その場にある程度の池を作っているのだけど、丘の下を住居とした今年来た新人たちは、その水を生活用水や、畑の為の水として使っていた。


 まあ元々、丘の上の城となっている場所を流れて来た先に当たるし、溜まった水ではあるから、その清潔度合いは、丘の上でなおかつ流れ初めの方が生活空間になっている僕らに比べるとかなり違っているだろう。

 今回の病気騒ぎの原因の一つはそこにあるのではないかという意見が、マイアたちから出たらしい。


 今までその問題が見過ごされていたのは、僕らの水の使い方にある。

 僕たちは基本的には流れる水をそのまま飲食に使ったり風呂に使ったりすることがなかった。

 水を汲んで持ち運ぶのは重労働だが、魔法で水を出せる僕らはそんな面倒なことはしない。 飲食や風呂に使う水は魔法で出してしまう。

 魔法を使うにも、その元となる素材が近くにあるのとないのとは大違いだから、特に水を大量に使う風呂などは水場に近い位置に設置しているけど、水路の水を引き込んで使っている訳ではない。

 細かいことでは色々と水路の水を使っているのだけど、生活自体で水路の水を直接に使うのは、洗濯くらいだろうか。 それさえ汚れ落ちを気にする時には、桶にお湯を出して洗ったりする。


 という訳で、僕らはあまり水路や池の水質に関して、気にする事がなかった。 排水に関しても、実は気にしてさえいなかった。

 ところが丘の下の新人さんたちにとっては、そうはいかなかったのだ。

 開墾にしろ、建物を建てたりにしろ、僕らのやり方は魔法を使うことを前提にして行っていて、何をするのにもなるべく魔法を使うことを要求される。

 レベル差があることも理解していたけど、それ以上に元からいた人は新人たちが魔法を使うことに慣れていない、それまでの経験がとても少ないことを知っていた。

 だから訓練の為にも、彼らの指導に当たる人は、より一層魔法を使うことを日々の仕事の中に求めた。 あくまで善意でだ。

 でも、この春から来た新人たちにとっては、1日の仕事が終わった時には、もう疲れて魔法を使う余力はないような状況だったようだ。


 風呂も丘の上と同様に設置されているけど、風呂を使うこともなく池の水で汗と汚れを流す程度。 食事も食材は丘の上と変わらない量が用意されていたけど、調理に使ったり飲んだりするにも池の水を直接に使っていたらしい。

 そういう衛生的に問題があることをしていることに、元からのたった少しだけ先輩である僕たちはもう気が付かなかったのだ。


 まあ食べ物や身体、それに生活空間を清潔に保つなんてことは、生活習慣として僕らの村の孤児院では根付いていたけど、それはこの世界では特殊な方かもしれない。

 僕らの村以外から来た元孤児たちは、町の孤児院の子はかなりマシだけど、他は全くそういったことを気にする習慣もなかった様だから、自分たちでも問題に感じていなかったのだろうと思う。

 その結果として、病気の流行を起こしてしまった。 ちなみに丘の上の城の方で暮らす僕らからは、病気の予防措置を徹底したからか、病気は出ないで防ぐことが出来ているから、その辺りはやはり重要だ。

 うん、マイアたちは良く気がついたと思う。


 それでその対策の一つとして、綺麗なままの水を丘の下へも運ぶ水路が作られたのだ。 もちろんそれを溜めるかなり大きな水槽も作られていた。

 それから新人たちに対する仕事の指導も、終わった後での魔法の使用に困らないように余力が残るように抑える様に改善することになっていたし、当座のまだレベルが低くて魔力量に困っている間は、指導に当たった者が風呂にお湯を入れてあげたりすることになっていた。

 このあたりはマイアとウィリーの主導による改善らしい。


 うん、僕が知らないところでも、この城はどんどんと進んでいる様だ。

 それは当たり前のことなのだけど、最初の計画よりも大きくなっているし、進み方も速くなっていて、驚いちゃうな。


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