また町や村を巡る
間が開いてしまいました、すみません。
少し難しい顔をしてシスターが僕に訊ねた。
「ここでは大きな問題にならずに、吐いたり下したりといった症状がみんな治ったけど、これって何か特別なことをしたの?
水をなるべく飲ませようとしていたみたいだけど、その水に何かしたの?」
「いえ、僕は特別な事は何もしていません。
特別と言うなら、ルーミエが中心になって、クリーンとバリアをかけまくったことじゃないですか。 飲ませていた水だって、本当に水に少しだけ塩を入れただけのものですし」
「それだけのことで、みんなの病気が簡単に治ってしまったというの?
あ、確かにクリーンとバリアをあんなに何度もそこら中にかけることってないわね。
ナリートはそうすることで病気が簡単に治るということを知っていたの? 少なくとも、この吐いたり下したりという病気にはクリーンとバリアという2つの魔法の組み合わせが効くのね」
「どうなんでしょうか。
少なくとも僕の知る限り、クリーンとバリアが直接病気に効くという話は知らないのですけど」
「えっ、そうなの。
私はナリートがその2つの魔法の組み合わせが効くことを知っていて、それでやらせているのかと思っていたのだけど。
領主様のお館ででも仕入れた知識なのか、それともまたよく分からないけど知っていた知識なのかな、と」
「いえ、魔法に関しては、学校にも領主様の所にもそんなに大した本はなくて、あった本は生活魔法に関しての本くらいでした。
でもそのおかげで生活魔法は種火を点けるプチフレアだけじゃないって知って、その後色々出来るようになったのですけど。
僕が本や実験で知っているクリーンの効果は、軽い殺菌効果だけですし、バリアは僕自身は使ってこなかったのでよく分からないけど、虫が近寄らなくするだけみたいですし」
「虫だけじゃないよ。 バリアは上達してもっと強くかけられるようになると、弱いスライムくらいの魔物なら、近寄らなく出来る」
ルーミエが少し口を挟んだ。 自分の得意にしている魔法だからね。
「ということですけど、どちらにしろそれらの魔法が直接病気に効いたかどうかは僕には判りません。
クリーンやバリアを頻繁にかけてもらったのは、これ以上病気を広げたくなかったからです。 病気を直接治せないなら、せめてその病気に罹る人を少なくする努力をしなければならないと思ったから。 病気に苦しむ人は少ない方が良いでしょ」
「ええと、確認したいのだけど、さっきから殺菌という言葉を使っているよね。
その言葉自体はクリーンを使い始めた時から聞いているのだけど、クリーンは確か目に見えない小さな虫のようなモノを殺す魔法で、その小さな虫のようなモノを殺すことを殺菌と言うのよね」
「はい、そうです」
シスターは何だかすごく詳細に今回のことを理解しようとしている。
「そうだとしたら、病に罹っている人自体にクリーンをかければ、その病の原因になっている菌というモノを除去できるということじゃないの。 ナリートの言っていることから考えると、その菌というのが体内に入っているのが、この病の原因なのでしょ」
シスター、すごいなぁ。 僕が話したことで、こんなにも色々なことを推察することが出来るんだ。
自分がしていたことの意味なんて考えずにいたルーミエたちは、驚いた顔をしてシスターと僕の話を真剣に聞いている。
「はい、そうだと僕は考えています。
僕の頭の中にある知識では、そういった病気の原因になる菌を病原菌というのですけど、今回の病はそういった病原菌の一つが人に広がってしまったからだと、僕は思っています。
で、それなら病の人にクリーンを掛ければ、その原因となる病原菌を殺菌出来て、病を治すことが出来るのではないかという話なんですけど、クリーンという魔法にそこまでの力はないことが分かっています。
クリーンがどういう魔法なのかわからなかった時にしてみた実験で、クリーンは物の表面にある菌の殺菌が出来るだけだというのが分かっています」
「ええと、どういうこと?」
「実験の時に、蓋をしていない物にはクリーンが効いた反応が出たのに、蓋をしてかけた方にはクリーンは効かなかったんです」
「ということは、人の体内に入ってしまった菌ではダメということか」
ここでシスターは少し考えこんで、閃いたように言った。
「それならその菌をイクストラクトで体外に出してしまえば解決じゃない」
なるほど確かにと思ったけど、そんなに上手く行くのだろうか?
イクストラクトという魔法は難しくて、シスターやルーミエは寄生虫の排除まで出来るけど、僕には精々傷口の異物の排除くらいしか今でも出来ない。
「うーん、どうでしょうか。
イクストラクトって、その排除する対象物のことをよく理解していないと上手くいかないじゃないですか。 それを知っていても中々体内から取り出せる人はまずいないですよね。
シスターやルーミエが例外だと思うけど、上手くいくかなぁ」
「あら、そんなことないわよ。
私以外のシスターでもイクストラクトを使えるようになったシスターは居るし、もっともそのシスターが使えるようになった時には寄生虫の問題はほぼ収束していたから、実際にはほんの数回成功したことがあるというところだけど。
でも寄生虫じゃなくて、急に胃が痛くなった時の原因になっている虫を取り出すのは、シスター長は出来たはずだわ」
町の孤児院にいた老シスターもイクストラクトは使えるのか。
でもさ、あの老シスターはとても上の位の偉い人だったよね。 そんな人だから使えるのではないだろうか。
「でも確かに、どんなモノを排除しなければならないかがしっかりと解っていないとイクストラクトで排除することは無理ね。
私にはその病原菌がどんなモノでどんな形をしているのかも解らない。
ナリートは解っているの?」
「いえ、僕にも解りません。
目に見えない小さい生物がどんな形をしているかなんて、そんなの無理です」
「それじゃあ、どうしてナリートは見えない菌が原因だと分かるの?」
「それはですねぇ・・・」
僕がどう説明すれば納得してもらえるだろうかと、懸命に頭の中で考えながら説明しようとすると、それをシスターは遮って言った。
「まあ、そこはいいわ。 説明されても理解するのがなかなか大変でしょうし。
それよりももう一方の、少しだ塩を入れた水をどんどん飲ませる、というのはどういうことなの」
「ああそっちは簡単で、この病の一番の問題は、吐いたり下痢したりで、体内の水分がどんどん外に出ちゃって、体の中が水不足になることなんです。 それだからその分の水分を補給してやれば、重症化しにくくなるんです。
ただ、体が弱ってしまっていて、単純に水を飲んでも吸収されにくくなっているので、吸収されやすいように水に少し塩を入れているんです。 本当は少し糖分、甘さとか他の物も加えた方がより良いのですけど、ここにはその為に加えることが出来る砂糖とか、果実の絞ったモノとかは無いですから、出来ることということで塩だけ少し加えたんです。
でもまあ、その少しの塩が一番重要なので、なんとかなったかな」
「なるほど、そういうことなのね。
そっちは理屈はともかくとして、簡単に実践できるし、効果はここで証明されているし、すぐに広められるわね」
またシスターはちょっと難しい顔をして言った。
「あのシスター、聞いても良いですか。
私、病に罹っている子にヒールをかけてみたのですけど、何も効果がなくて。
何かこの病気自体に直接効く魔法ってないのですか? 症状の重い子だけでも何かそんな魔法があったらと思ったのですけど」
マイアがそんなことをシスターに尋ねた。
「そうね、ヒールは傷を癒す魔法だから、病気の人には効かないわね。
病気の人を癒せるとしたら、聖女様くらいかな。 聖女様は病の人を癒したという話を聞いたことがあるから。
ま、それは置いといて、ここの病気は収束したから、ルーミエ、ナリート、それからフランソワちゃんもついて来て、明日は町に行くわよ。
ここで流行った病が他の場所で流行っていないとは思えない」
聖女様という言葉を発した瞬間、シスターは一瞬しまったという顔を見せたが、即座に話題を変えて、その話題にルーミエを巻き込んだ。
僕もシスターから「聖女様」という言葉が出た時に、ハッとしてシスターの顔とほぼ同時にルーミエも見たのだけど、当然ながらルーミエはその言葉に強く反応していた。
この場でルーミエの、まあ僕もだけど、 本当の[職業]を知っているのは、3人だけだから、3人以外シスターがふと口にした「聖女様」という言葉に、その3人に緊張が走ったのに気付く者はいなかったようだ。
ルーミエは本当に素直にシスターの話題の誘導に乗ったのか、それともシスターの気遣いに気が付いて合わせたのか、僕には判断できなかったのだけど、話はシスターと僕たちが町に向かうことに流れて行った。
僕たちが町に行ってみると、シスターが予想した以上に、町では病が流行っていた。
病に罹った人たちは、寄生虫の件で教会から薬を得ることを覚えたからだろうか、まずは教会に助けを求めて薬を得ようとしたみたいだ。
教会に今回の病に効く薬がある訳もなく、すぐに教会関係者だけでは手に負えない事態となってしまい、領主様をはじめとした領政に当たる人までもがこの事態の解決に当たったいるが、収拾がつかない状況になりかけていた。
「ナリート、どうすれば良いと思う?
患者個々をそれぞれに看病すれば良いという状況ではもうないわ」
「病に罹っている人だけを、なるべく集めて、その場所はクリーンを掛けまくって、罹っていない人に移さないようにしましょう。
それにその方が看病もしやすいでしょうし」
「ナリート、ルーミエ、病に罹っている人と罹っていない人をどんどん分けていって。 それが簡単に出来るのは、見えているあなたたち二人だけなのだから」
シスター自身も自分の魔法をあまり多くの人に見せなかったのだが、僕たちはシスターに言われるまでもなく自分の能力を周りの人に見せないように気をつけていた。
まあそれは僕たち二人に限ったことではなく、ジャンたちだってレベルが上がって、使える魔法の数、量、威力が同い年の他の人とは違ってきてからは、城以外の土地では他の人には一部の例外を除いては見せないように気をつけている。
でも今はそんなことを言っていられない。
僕とルーミエは、どんどん罹患者とまだ罹患していない人とを分けていく。 最初のうちは罹患していない人の方を見分けている調子だ。 酷い。
シスターは、患者を隔離する施設を設けたりする交渉に忙殺されている。 フランソワちゃんが看病の仕方を教える役になった。
それぞれの仕事をしつつ、僕たちはみんな、患者のいる施設などにクリーンやバリアを次々と何度も掛けていく。
「ナリート、困ったわ。
患者の看病の仕方を、罹っていない人に教えているのだけど、私も忘れていたけど、クリーンやバリアを使える人って、ほとんどいないのよ。
それよりももっと深刻なのは、水を出せる人もほとんどいなくて、清潔だと思える水自体が手に入らないのよ。 今は私は水を出すことだけに魔力を使っている状態よ」
フランソワちゃんが大きな問題点を指摘してきた。
僕たちはつい忘れてしまっているのだが、ほとんどの人は生活魔法でさえ使えない。 使えるとしても火を付ける為のプチフレアだけという人がほとんどだ。
今必要としているクリーンやドロップウォーターは、練習すれば誰でも確実に使えるようになる生活魔法と呼ばれる範囲の魔法だ。
バリアも城に居る仲間はみんな使えるようになっているみたいだから、それに準じたくらいの魔法なのだと思う。 僕も今までは使っていなかったのだけど、この町に来てから必要に迫られて使おうと思ったらすぐに使えるようになったので、きっとそんなものなのだろう。
だけど多くの人は数種生活魔法も、必要性高いと思うヒールも覚えていないのが普通だ。
まあクリーンは効果が判りにくいから仕方ないかもしれないけど、ドロップウォーターは目に見えるのだから、プチフレア同様に覚えていても良いと思うのだけど。 結局は教えられていないからなのかな。
「とりあえず水は井戸の水を一度沸騰させて冷ましたのを使うようにして。
ただでさえクリーンとバリアを使える人も少ないから、フランソワちゃんもそっちに魔力を使ってよ。
そしてせめて魔法を使えない人にクリーンを教えてあげて。 それだけで戦力になる」
教会や孤児院のシスター、領主様をはじめとした館の人など、他の魔法を今までも使っていた人は、クリーンとバリアはすぐに覚えて、戦力になってくれたのだが、僕たちは時々城に帰りつつ、町や他の村を廻ることになり、この病の騒動が領内で収束するまでに2ヶ月程も掛かってしまった。
ファンタジーではない話も読まれる方は、こちらも読んでいただけると嬉しいです。
想いはいつまで憶えられているのだろう? https://book1.adouzi.eu.org/n2165hu/
こちらも最初の章の4話が終わったので。




