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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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 シスターとフランソワちゃんが新人たちの所に向かって、蓑を被って出て行った。

 今現在は雨具といっても蓑くらいしか作ることが出来ない。 頭の中に傘の知識がある僕は、蓑では不満があるのだけど、まだ傘を作ることは出来ない。


 シスターとフランソワちゃんが出て行ったので、僕たちももうそれぞれの家に戻るのかなと思ったのだけど、女の子たちはおしゃべりを始めてしまい、その場を動こうとしない。

 僕たち男連中は最初から、糸クモさんに与える葉を採ってきてから後は、女の子たちの付け足しみたいな感じだったので、少し待って、女の子たちがおしゃべりに夢中になって、僕たちの動きを気にしなくなったら、この場を抜け出そうと考えた。

 こういうことは言葉にしなくても、男同士なら目配せだけでお互いの意思が通じるのだ。 上手く抜け出さないと、何を頼まれるか分かったものではない。


 僕たちが抜け出す機会を窺っていると、城を下って行ったフランソワちゃんが、一人でもう走って戻って来た。


 「ナリート、ルーミエ、ちょっと来て、シスターが呼んでる。 大変なの。

  たぶん、他のみんなも後で手伝いに呼ばれるから」


 フランソワちゃんに急かされるまま、僕とルーミエは雨具もなくそのまま、下の新人たちの所へと連れて行かれた。


 「ルーミエ、ナリート、来たわね。 急いでここにいるみんなの健康状態を見てみて!!

  大急ぎで対処しないといけない子がいるかもしれない」


 僕とルーミエが新人たちの所に駆けつけると、そこは大騒ぎだった。

 トイレに駆け込む者、間に合わずに道脇に吐いている者、トイレに行けずに物陰でしゃがんでいる者もいる。


 「ええっ、食中毒?!  まったく何やっているのよ」


 [健康]の項目を見てみたらしいルーミエが、そんな声をあげた。


 「ルーミエ、普通の食中毒としか出てない?

  何か変なこと書かれていない?」


 「シスター、食中毒だというのは分かるけど、それ以上は分からないよ。

  変なことというのも、それがどんなことで私に見えるのかどうかも分からないし」


 「ナリートはどう?」


 「僕も、ルーミエと同じで食中毒だということしか分かりません。

  あっ、この子やばいや。

  フランソワちゃん、上にもう一度行って、みんなを呼んで来て。 それから来る時に、飲み物を飲ます為のコップと塩を持って来て。 それからみんなは口と鼻を布で覆って来て。 僕らの分の、その為の布もお願い」


 僕はぐったりしている女の子を見てみたら、その子はもう脱水症状を起こしていることが判った。

 僕のちょっと焦った指示に、驚いたフランソワちゃんは何も言わずに頷いて、また走って行ってくれた。


 「ナリート、どうしたの?」

 シスターが厳しい声で聞いてきた。


 「この子、もう脱水症状を起こしてしまっているんです」


 「脱水症状?」


 「体の中の水分が足りなくなっていて、このままにしておくと死んでしまうんです」


 「ナリート、あっちにもいるよ」


 ルーミエにも[健康]の項目に脱水状態と出ているのが見えるみたいだ。


 「どうしたら良いの?」


 シスターは僕の知識を当てにして、その対処法を聞いてきた。


 「薄い塩水を少しづつ何度にも分けて、飲ませ続けるしかないです。

  それで今、フランソワちゃんに応援と必要な物を頼みました」



 みんなはすぐに僕が言った物を持ってやって来てくれた。

 みんなすぐに何かしようとするのを押し留めて、僕はまず注意点をみんなに伝えた。


 「僕らまで体調を崩してしまったら、どうにもならなくなるから、みんな僕の言うことをしっかり聞いて。

  まず布で口と鼻をしっかりと覆って。 これは無意識に口や鼻を触ってしまうことを防ぐためにするんだ。 これから新人たちの看病をすると、どうしても手には今の状態の原因となっている物がついてしまう。 それを口や鼻から体の中に入れないための防御だよ。

  それで何か一つのことをしたら、その都度面倒だけど手を洗って。

  洗う時の水や、これから新人たちに飲ませる水は、必ず魔法で出した水にして。 この辺にある水は、原因になっている物に汚染されている可能性が高いから」


 そうして僕はまずはみんなに、薄い塩水をゆっくりと何度も飲ませることをお願いした。

 飲むとまた吐いたり下したりもするのだけど、そうして出せば体内の毒素は薄まるはずだから、構わずに続けさせる。


 本当に調子が悪くて、すでに脱水を起こしている者数人は運んできてもらって、集めてシスターと僕とルーミエで看病した。


 少し全体が落ち着いたところで、吐いたり下したりの汚物の清掃も、みんなに頼む。

 それらの跡には、消毒のために灰を撒いてもらう。

 しばらくしてから、消毒としてクリーンの魔法をかければ良いのだと気がついて、灰を撒くだけでなく、クリーンの魔法も掛けてもらう。

 クリーンの魔法を忘れるなんて、落ち着いて対処していたつもりだけど、僕もかなり慌てていたのだと自分でも思う。


 結局新人たちは、そのほとんどが食中毒に罹ってしまったのだが、脱水を起こすほど重症化した人数は、そんなに多くなかった。

 脱水を起こしてしまった人も、薄い塩水で水分補給を繰り返すと、徐々に元気を取り戻した。

 僕は塩だけでなく、何か果汁も少し飲み物に加えられたら、もっと回復が早かったかなと考えた。 さすがに砂糖は僕たちには手が届かない。

 こんな時に果汁が取れる果実などがあれば良かったと僕は考えた。 まだ何とか食べていける食物を得るのがやっとで、そういった果樹とかの果物の出来る作物まで手が回っていなかったのだけど、こういうことがあることも考えて、いくらかは作っておくべきだったのかもしれない。


 それから3日ほどは、僕たち丘の上の城に住んでいる者は、糸クモさんの世話という絶対に欠かせない仕事以外は、ほとんどの仕事をとりあえず放り投げて、新人たちの看護をしなければならなかった。

 食事を作ってやらねばならなかったし、トイレが住居から少し離して纏めて作られているので、完全に体力が落ちてしまって、肩を貸して連れて行ってやらねばならない者も何人もいたからだ。

 夜も交代で見守る必要があって大変だったのだけど、僕たちがクリーンをかけまくったのが功を奏したのか、それから新しい患者が出ることも、また悪化する者も出ないで、水の様なお粥から、3日でまあ普通の物が食べれるようになった。

 そこからは僕たちが看病しないでも、何とか自分たちで過ごせるようになったのだが、完全に以前のように仕事が出来るようになるには、初日から1週間以上掛かってしまった。


 「俺たちは何ともなかったのに新人たちだけ、どうしてあんなに腹を壊したのかな?」


 落ち着いたところでウィリーがみんな思っていた疑問を口にした。


 「やっぱり私たちより、レベルが低いからじゃない」


 僕もそんな気はしていたのだが、それで全てを納得しちゃうのはなぁ、と思っていたことをマイアが口にした。

 マイアはレベルが見える訳ではないのだけど、色々なことから自分たちと新人たちとのレベル差がかなりあることは解っているみたいだ。 「その辺どうなの?」という感じで、ルーミエを見た。 ルーミエが[全体レベル][体力][健康]という項目を見ることが出来ることを知っているからだ。


 「うん、確かにレベル差は大きいから、それは絶対影響しちゃっているとは思う。

  ここに居る中ではアリーは孤児院出身じゃないから、一番レベルが低いのだけど、それでも[全体レベル]が 7 なのだけど、新人たちは 2 とか 3 だから。

  でもまあ、普通は成人する時に 5 くらいで、そこまでにならない人も多いというから、新人たちが特別に低い訳じゃないと思う。 それにもっとレベルが上のはずの大人だってお腹を壊すことはあるのだから、それだけが理由じゃないと思う」


 ルーミエがそうマイアに答えた。

 比較対象をアリーにしたのは、僕たちは色々なレベルがとても上がってしまっていて、比較対象にならないからだ。


 「あのさ、新人たちって何だか薄汚れていた感じがしたわ。 あれって調子が悪くなったのでああなったのではなくて、もしかするとそれより前から汚れていたんじゃない」


 「うん、僕もそれは感じた。

  新人たちはあまり風呂に入ったりしてないんじゃないかな。 畑の開墾に集中してしまって、そっちはおざなりになってしまっていたんじゃないかな」


 エレナとジャンがそんなことを言い出した。


 「いや、それだけで完全に1日が潰れて、他に何も出来ないということはないだろう。 奴らにそこまでの魔力があるとは思えない」


 「ウォルフ、そこだよ。

  僕らの場合、1日目一杯開墾に魔力を使っても、僕たち自身も彼らから比べれば魔力が多いけど、それ以上にナリートとルーミエは多かったりするから、最終的には風呂用のお湯を入れたり、炊事その他の他に水を使う時だって困ることはなかった。

  でも新人の彼らの場合、開墾のための魔法を教わったばかりで、魔力も少ないから、全員が簡単に魔力が尽きてしまっていたんじゃないかな。 これからの食べ物の心配がどうしても一番強いから、開墾して少しでも畑を作って作物を植えることを優先したいから、他の事は後回しになって、全魔力を開墾に使ってしまう。

  そうすると、入浴や洗濯は元より、炊事に使う水にだって魔法は使えなくなる。 そうすると城の上を流れて落ちて溜まった水を使うしかなくなってしまう。

  僕らはさ、水を運ぶのが面倒だから、水を魔法で出しちゃうけど、彼らはちょっと前までは生活魔法もせいぜいプチフレアくらいしか使えてなかったし」


 「でもそれは他の所から来た新人たちだろ。

  俺たちの村の孤児院出の新人たちは、そもそもそんなにレベルだって低くないし、生活魔法だって、火だけじゃなく、水は確実に使っていたはずだし、俺はハーデンも遊びに行った時に教えたことだってある。 町の孤児院出の新人もそこまでいかなくても、レベルは上がっていたはずだし」


 「そうよね、ウィリー。

  他の村から来た子たちが魔力尽きてても、町の子や私たちの村から来た子たちはまだ尽きてないはずだから、風呂に入るお湯くらい作れるんじゃないかしら。

  そしたらあんな風に薄汚い感じにはならないはずなんだけど」


 いやいやエレナ、薄汚いは言い方がちょっと酷いと思う。


 「そうかな、私はそうはならないと思う。

  町のからも私たちの村から新人たちも、きっと開墾に魔力を使いきってしまってたんじゃないかと、私は今になって思う」


 「そうね、私もフランソワちゃんと同様に、思うわ。

  あなたたちだって、自分たちが魔法も使って開墾していると、そのスピードが普通じゃないことは自覚しているでしょ。

  それを見せられたら、新人の子たちが焦ってしまうのは、私は理解できるわ」


 「それはもちろん自覚しているし、俺たちと同じだけの量の開墾をしろなんて、新人たちに望んでいませんよ、シスター。

  それに俺たちが直接に見せると、魔力量に差があり過ぎて参考にならないだろうから、復習も兼ねて、城に家がある者の中ではレベルが低い後から来た町のみんなに、新人の最初の教育というか手引きをさせていたんだし」


 「それはウォルフ、私も解っているわ。

  でも、あの新人の子たちは、新たな開拓地で生きていく食料を確保する大変さは知識としてはきっと知っていて、その開拓の仕事の比較対象があなたたちだとしたら、自分たちとは実力差があることは十分承知していても、少しでも差を埋めようと他のことを犠牲にしても頑張ってしまったのよ。

  そうすると、衛生面とかはおざなりになってしまったのね」


 そこまで考えていなかったというのが、正直な僕たちの気持ちだ。

 僕たちとしたら、孤児院に居た時から、1日の仕事を終えたら体をきれいにするのは当然だったし、それが途中からはお湯を使えるようになったから、一年中当たり前のことだった。 そしてここに来てからは、最初はともかくもう最近は毎日のように風呂に入っている。 それに伴い当然洗濯も頻繁だ。


 調理時などに関しての清潔さも、しっかりとクリーンをかけて行っている。

 そういう事は、ルーミエが[職業]柄なのだろうか、意外にもうるさくて、もう癖になっている。 そうか考えてみると、新人たちにはクリーンの魔法は教えたのかさえ僕は知らない。

 それにルーミエがいるとバリアの魔法で虫の侵入を防いでくれるので、寝ている時に虫に刺されたり、食物に虫が集ることもない。

 バリアは僕らはルーミエに頼り切ってしまっていて、僕も使ったことがない、というか使えるか試してみたこともない。

 クリーンは生活魔法の一つとして、みんな使えるから、同じ結界魔法らしいから、練習すれば誰でも使えるのだろうか。 それともシールドみたいにルーミエだけなのだろうか。


 「そういえば、虫も多かったわね。

  ちゃんとクリーンとバリアも教えているよね」


 僕が気にしたことを丁度マイアが口にした。

 マイアの口振りだと、バリアは誰でも使えるのだろうか。


 「教えているだろう。 使えないと、まだこの辺は虫が多くて、寝るのにも困るし、草刈りだって大変だから」


 あれっ、ウィリーの言葉からすると、何だかみんな使えそうだ。 僕はルーミエがかけるからそれに頼り切っていて、自分でなんて全くやったことがなかったけど、それってもしかして僕だけ。

 僕だってクリーンは使えるから大丈夫なはず。


 とにかく、丘の上の城に住む僕たちと、下に新しく作った住居に住む新人たちとは、思ってもみなかったのだけど、衛生状態がかなり違っていたみたいだ。


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