シスターの悩み?
「えっ、シスター、領主様と結婚するの?」
ルーミエは、シスターがシスターを辞めようかと考えていると呟いたのを聞くと、瞬時にそうシスターに聞いた。
「なんで、シスターを辞めようと思うと、結婚するということになるの?
ああそうか、前にシスターの学校を出ても、ちゃんとしたシスターにはならず、見習いを少しするくらいで辞めて結婚する人も多いっていう話を、ルーミエにはしたことがあったからね」
ルーミエの言葉を聞いたエレナ、フランソワちゃん、アリーは急に食いつき気味にシスターを見ていて、その言葉を一言も聞き漏らすまいという感じだ。
まあ思春期真っ只中の女の子たちだもんね。 普段は歳よりも大人びているけど、こういう話になればこうなるか。
「あのね、そんな期待しているような目で見られても、私は全く期待に応えられないよ。
そもそも何で私の相手が領主様なのよ」
「だって、領主様って奥方様がいないから」
「あのねぇ、ルーミエ。 私と領主様だと、いくつ歳が離れていると思うのよ。 私とあなたたちより差があるわよ。
それに、あなたたちは忘れているかも知れないけど、領主様は男爵という貴族様よ。 単なる農民の娘の私が対象になる訳ないじゃない。
どうして領主様がここで出てきたのよ」
「そうか、ごめんなさい。 私、他に大人の男の人って、ほとんど知らないから」
ルーミエもさすがに安易に考え過ぎたと思ったみたいだ。
「まあいいわ。 とにかく、私がシスターを辞めようかと考えているのは、私が誰かと結婚しようと考えているからでもないし、誰かに結婚を申し込まれたからでもないわ。
他の理由よ」
「他の理由って、どういうことなのですか?」
今度はエレナがシスターに聞いた。
女性同士である程度気安いのだろうか、ルーミエがシスターに気楽に何でも話すのは解るけど、エレナも僕たち男から見るととても気軽な調子でシスターに尋ねた。
「うーん、口に出してしまった私が悪いのだけど、その理由はあなたたちには話せないかな。
ごめんね、悪いけど、秘密よ」
女の子たちは、ちょっとガッカリという感じだったけど、それ以上シスターに聞けるはずもない。
まあそもそもシスターが、結婚の為にシスターを辞めるのではないと言った時点で、女の子たちのテンションはずっと下がってもいたしね。
「それにしても、どうして領主様には奥方様がいないのかしら?」
「そうね、領主館にいる他の男の人たちはほとんど奥さんがいるみたいだけど、領主様にはいない」
フランソワちゃんの疑問に、領主館で1年暮らしていたエレナが、そんなことを言った。
「奥さんはいなくても、親しい女の人はいるんじゃないかな」
この中では領主様に会ったことがないアリーを除けば、一番面識が少ないと思われるジャンがそんなことを言ったけど、僕の知る限りはいないなぁ。
「俺たちは2年領主館で暮らして、狩りに一緒に行ったりして結構長く領主様といたけど、知らないな。
領主館の中にはメイドさんや料理係などの女の人はいるし、官僚などにも女の人もいたけど、領主様が親しくしているのは見たことがないなぁ」
「ルーミエじゃないけど、確かに領主様が一番親しく接する大人の女の人はシスターかも知れないな」
ウィリーとウォルフもそんなことを言うと、僕にも何か言えと視線で促してきた。
「えーと、領主様は元々は単なる冒険者だったって言ってたじゃん。 それで何かの功績でたまたま男爵に任じられたって。
だから分からないけど、もしかしたら貴族になったということと、元平民ということで、色々と面倒なことがあるのかも知れないよ」
「私もナリートの言うとおりのような気がするけど、あなたたち、領主様のことを色々言うのは良くないと思うわ」
確かにシスターに言われたとおりだと思うし、これ以上領主様のことを変に推測して話をすると完全に怒られそうなので、僕たちはこの話を止めた。
「そういえば、シスターは今回は随分長くここに居ますけど、大丈夫なんですか?」
「何、ナリート、うるさい私を早く他所にやりたいの?」
シスターは、僕に向かってそう言うと、その後でニコッと笑って言った。
「冗談よ。 そうね、流石にそろそろ一度町と村に戻らないといけないわね。
さすがに1人で戻るのも嫌だから、次に町に誰かが行く時に一緒にいくわ。
村の孤児院は私が居なくても新しい見習いシスターがちゃんとやっていると思うから、前と違って心配する必要ないのだけど。
そうね、村の孤児院よりも、ここのあなたたちの方が心配なくらいだわ。
だから、この家の一部屋は私の為にとっておいてね、いつ私が来ても良いように」
シスターはこの城に来た時は、いつでもこの家の部屋を使うつもりのようだ。
領主様たちが来た時に泊まれる様に作った家も一応あるのだけど、そっちを使うつもりは全くないみたいだ。
それからまだ少しだけ僕たちの城に滞在して、シスターは町へと戻って行った。 冬は柴や薪が売れるから町に誰かが行く回数が多いのだけど、春になってそんなにもそれらの物が必要なくなると、今現在僕たちの所から町に持って行って買ってもらえる物は少ないからだ。
「またそんなにしないで来るわ」
そんな一言を残してシスターは去って行った。
僕たちとしては、ちょっと複雑な気分だ。
シスターが居てくれると、僕たちは何となく安心感があって落ち着くのだけど、シスターがここに居なければと思うということは、僕たちがまだ危なっかしくて心配だからだろうと思うからだ。
それにやっぱり、領主様ほどではないけど、上の立場の人だから、ルーミエたち女の子たちは平気みたいだけど、いやマイアなんかは違うかな、ちょっと気を使うから。
シスターが僕たちの所から去ってすぐに、アリーが主導しての糸クモさんの飼育と、それに必要な木の植林が始まった。
春になって、アリーが言う糸クモさんの好物の木がある程度葉を茂らすようになった時、そう今が糸クモさんの飼育を始めるべき時であり、植林を始めるべき時らしい。
アリーはまず最初に僕たちに、ちょっとした木の板の周りに縁を付けた盆と、それを置く脚付きの台を作らせた。
糸クモさんが生息していると思われる本体の方の尾根の水源地周辺は、かなり前にスライムの罠を設置してスライムの駆除をしているので、ほとんどスライムがいない。 以前、橋を伝っての城側へのスライムの侵入事件があった時から、そんな事態をまた起こさない様にと駆除に力をいれたので、ほとんどいないという状況だ。
それでもアリーはその台の脚に、スライムが登ってこれない様な工夫をして欲しいと注文をつけてきた。 僕らにとってはスライムの生態は良く知っているし、スライムの罠作りの知見もあるので、足の途中に小さな傘の様な物をつけた台を作った。 まあこれで十分だろう。
アリーはその台に満足すると、糸クモさんが好むという木の葉を摘んで来ると、それを少し細かく刻み、盆の上に載せると、台を糸クモさんが生息するだろう林の中に設置して、セットした。
そのまま丸一日放置して、次の日にはまた同様に刻んだ葉を持って、前日に葉を載せた盆の場所へと向かった。
アリーは前日に載せた木の葉を丁寧に観察すると、新しいモノと交換した。
アリーは真剣と言うよりは難しい顔をして、それを何日か繰り返していたが、僕たちはアリーのしていることを一緒について行って、眺めているだけだ。
その繰り返しに僕たちがちょっとだけ飽きてきた4日目だった。
「やったぁ!! 葉の裏に糸クモさんの卵が付いているよ」
アリーは盆を載せた台から少し奥の林の中に入ると、大きな声を出した。
「糸クモさん、卵は確かに預かりました。 しっかり育てますから安心していてくださいね」
アリーはそう言ったかと思うと戻って来て、台から盆を外すととてもウキウキした調子でその盆を持って家の方に戻って行く。
「あ、そうだった。 糸クモさんに卵をもらうことに気を取られていたので忘れていたけど、私が葉を摘んだ枝を、その摘んだところで切って、その枝を予定した場所にどんどん挿して水を与えてね。 それは男の子たちの仕事よ。
エレナとルーミエとフランソワちゃんの女の子組は、餌の葉を摘んだり、糸クモさんの世話の仕方を教えるね。
3日もすれば卵から孵るから忙しくなるよ。
でも基本は朝晩2回の世話だから、すぐに慣れるよ」
糸クモさんの世話は、朝晩の食事の葉を採ってきてあげることと、清潔に保つことくらいらしい。
アリーの言っていたとおり、3日目には糸クモさんは孵化して、小さな点の様なクモになった。
まだこの時点では糸は作れないようで、餌の葉の隙間に紛れている。
そんな大きさだから、食べる餌の量も大したことはないのだけど、今のところ食べやすい様に葉を細かく切って与えなくてはならないのが、ちょっとだけ面倒だ。
清潔にすると言うのは、朝は単純に糸クモさんがいる盆に餌を加える形なのだが、夕は網の上に餌の葉を載せて、その網ごと盆の上に載せる。
そして朝は、その上に新しい葉を加えるのだが、その時に網を上げて、盆を新しい綺麗なのに取り替える。
こうして、古くなった食べ残しの葉や、糸クモの排泄物は除去される訳だ。
糸クモさん自身は、新しい餌の葉にすぐに移動するので、捨てられることはない。
僕たちは、糸クモさんの世話というのも、意外に簡単なんだなと軽く思ってしまった。




