2年目が始まった
春になり、冬の間ほとんど止まっていた農作業が、天気の良い日を中心に再開され始めた。 もうほんの少しの時期が過ぎれば本格化して、今は農作業をする気になる天気の良い日を待ち望んでいる感じだけど、農作業をしなくて済む天気の悪い日を待ち望む忙しさになるのだろう。
僕は土魔法で作った浅い箱に土を入れて、種籾を蒔いた。
知識としては何故か持っている塩水選別をした結果だろうか、種籾はしっかりとすぐに芽を出した。
僕はその稲の苗箱を、天気が良い日は日に当てて、夜や天気が悪くまだ寒い日は小屋の中に入れて筵を掛けて保温したりして、大事に育てている。
その間に、冬の合間に堆肥などを入れた、水路脇の田んぼ予定地に水を入れて、問題がないかを確かめた上で、水中の土を均したりの作業を行った。
「どうすれば良いのか、何をしなければいけないか、という知識は頭の中にあるのだけど、実際にしたことはないし、僕の知識がここでの実際に合うかどうか分からないから、今年の米作りは実験というか、これから色々試行錯誤していかないとダメだと思うよ。
それに米を作ることが麦を作るよりも有利かどうかは、もっと判らない」
米作りに興味津々のフランソワちゃんに、僕はそう言って、少し牽制した。
だってそうでないとフランソワちゃんは米作りを大々的に広めそうだ。
今までこの地方で米が作られてこなかったのは、僕は水の確保の問題があったからだけだと思う。
今までは水を確保しようと水路を引こうとしても、スライムと一角兎という問題があった。 水田という農地を確保しようとすれば、逆にスライムの脅威を増やすだけだし、工事をしている場には一角兎の危険が付き纏っていただろう。
今は、スライムの罠でスライムの問題は何とかなるし、一角兎も対処法が確立して、前ほどの脅威にはならない。
今なら、ここだけではなく他の場所でも、水路を引いて水田を作るということは可能だと思う。
フランソワちゃんもそう感じるから、広めようかと考えているのだろう。
まあフワンソワちゃんもルーミエほどではないけど、僕のすることは何でも意味があって上手くいくと盲信している部分があるからでもあるだろう。
僕たち、元からの6人とフランソワちゃんとアリーだけど、もう一つ準備を急いでいたことがある。 それは糸クモさんの飼育準備だ。
こっちは僕の知識には全くないので、アリーに言われるままに、物を作ったりして準備している。
どうやら見た感じ、僕の知識の中にある蚕を飼う為の器材にとても似ているが、そうとも言えない部分もやはりある様だ。
こちらも本格化する為には、糸クモさんの餌となる葉の木を、たくさん植樹して増やす必要がある為、現時点では試験的な飼育しか出来ない。
これ以外の畑の作業は、他のみんなに任せて、この2つの作業がない時は、僕たちは植林と綿の種蒔きの準備をする。
特に糸クモさんの食べる葉をつける木の植林場所は、丘の本体側の土壁でスライムと一角兎の侵入を拒んではいない場所を予定しているので、アリーが言う様にただ単にその木の枝を土に挿しただけで植林が出来るという訳にはいかないと考えた。
僕たちはそこで、挿木をして木を育てようと考えている場所に、土で丸い輪の様な小さな盛り上がりを作った。
その輪の上部は外側に向かって広がる形にする。 ごく簡単なスライムと一角兎避けだ。
土を輪の形に盛り上げるまでは、単純な手作業だけど、上部を外側に広げる形を作ったり、それを固定するのには、フォーム、ハーデンといった土魔法を使う、そうでないとすぐに形が壊れてしまうからね。
僕たちがこの作業を行ったのは、アリーを除いて魔力量の多い僕らがこの作業を行う方が効率が良いからだ。
それと、他のみんなには、丘の下に新たに家の基礎を作ってもらいたかったからだ。
春になって新しい人が来た時に、甘やかしはしない方針だけど、家もないというのは辛いだろうからだ。
なるべく自分たちで開発の最初からを行うようにさせるつもりだけど、新たに来る後輩たちはみんな、僕たちのようにレベルが高い訳ではないから、自分たちで最初から建物を建てたりとなると、かなり厳しいことになることは目に見えている。 そこで、家の基礎を作っておくことにした。
とりあえず、最も基本の形の4人で住める家を6つの計画だ。 つまり今いる全員の人数分だけど、足りないような気もする。
家作りは、町から来た人たちはまともにはしていない。 だから、そのメンバーにしっかりと教えるという意味もある。
今後、倉庫などの施設も必要になるだろうけど、そういった物は家作りを覚えたらその応用で初めから自分たちで作らせようと思う。
ただし、一つだけ最初からしっかりした施設も、みんなに用意してもらった。
何かと言うと、もちろんトイレだ。 これはこれから堆肥を作るのに使う予定もあるし、他にはない特殊な物でもあるので、最初から用意しておくことにした。
ある程度定期的に町には誰かしらが行くのだが、いつにしようかとちょっと迷った田植えを終えて送り出したメンバーは、僕たちの予想を大きく超えた人数の新人を連れて戻って来た。
総数で32名。 ま、大体4つある各村から平均5人、そして町の孤児院からは倍の10人だ。 誤差は村からの方だ。
今までは完全な予定外のアリーとフランソワちゃんを加えても24名だったから、一気に総数が倍以上になることになる。 その半数以上が全くの新人なのだから、大変なことになったなと思った。
「32人か。 予想より1人2人多いことはあるかなと思っていたけど、こんなに多いとは思わなかったな」
「後から町から来た者だって、ここに来る前にすでにかなり苦労したという話は聞いているだろうに。 それなのにこんなにここに来たがる奴が多いのかよ」
ウォルフとウィリーがその数に驚いて、そんなことを言ったのだが、何故か、いやその新人たちを引率して来たのかな、一緒にやって来たシスターは、その言葉をちょっと困った顔をして聞いていた。
「町の孤児院の子たちがここに来る前から苦労した話や、ここでの生活がそんなに簡単なことではないのは、きちんと説明されたはずなのだけど、それよりも領主様がここの開拓を後押しするという話の方がより強く伝わってしまったらしくて、この人数になってしまったのよ。
私だけでなく、領主様もその周りの人もこの人数には驚いたし、問題にもなると思ったのだけど、選抜する訳にも行かず、連れて来ることになったわ。
当然、諸々無理があるのは承知しているから、当座は援助してくれるわ。
とりあえず、当座の援助の食料と生活物資、それに農機具などを用意してくれて、今回は持って来ているわ。 台車もここで使って良いそうよ」
うん、まあ、事情は理解出来たけど、この人数となると春麦の収穫を迎える前に、食料が尽きるだろうところだったよ。
領主様たちも当然そのくらいのことは承知しているだろう。
「それとね、ナリートくん。
あなたたち6人は大急ぎで領主様のところに向かって。 緊急の呼び出しよ。
理由は解っているでしょ。 褒賞も出るのだから、大急ぎで頑張って来なさい。
ここは元からいる他のメンバーと私で、あなたたちが居ない間は何とかするから」
ここのことは、マイアとロベルト、それにフランソワちゃんがいて、シスターも滞在しているなら、新しいことを除けば、問題なく進めていけるだろう。
大アリ退治の要請は、春になって大アリが活動を始めれば、必ずあるだろうと予想はしていたので、僕たちがそれに間の計画は十分に伝えてある。
でももう1度田んぼの作業に関して、フランソワちゃんと確認しておこう。 フランソワちゃんが農作業に関して忘れたりすることはあり得ないとは思うけど。
大アリの退治は可能ならば、まずは元からのメンバーの中で僕らと同じ孤児院から来たメンバーを連れて退治に行きたかった。
ここに来てから様々なことをしてレベルが上がったとはいえ、僕たち6人と比べると彼らとはまだレベル差が大きい。
僕らはもう幾つもの大アリの巣を退治しているから、大アリの退治をしてももうそうそうレベルは上がらない。 でも彼らが大アリの巣の退治をすれば、すごくレベルが上がるだろう。
巣の出入り口を封鎖したりの作業は僕たちが行い、最後にお湯を流し込むことだけをするなら危険もなくレベル上げが行えると考えたからだ。
しかし今回はとても連れて行くことが出来ない。
僕らと一緒に行動することで城から離れる訳には、とてもじゃないけど人手不足で無理だからだ。
ちょっと残念だ。
今回の大アリ退治は、大急ぎで5箇所の巣を潰して終わったのだが、本当に大急ぎだったのだが結局城に戻るまでに14日も掛かってしまった。
もちろん大アリの罠を作って、他のモンスターや獣を狩ったりなんてことは一切しないで、どの巣もなるべく早くお湯を注ぎ込んで全滅させた結果だ。
後に、僕らの城の近くにも大アリが巣を作った。
この時はチャンスだと思って、同じ孤児院から来た最初からのメンバーにお湯を注ぎ込んでもらった。 彼らも風呂のお湯を入れるまでになっていたから、注ぎ込める熱湯の量の問題はあるけど、その行為が出来ない訳ではない。
城近くに出来た大アリの巣は、発見も早かったので然程大きなモノではなかった。 しかし一人一人が流し込む熱湯の量が少ないためか、メンバーが次々と交代して流し込んでもなかなか完全には討伐出来ないでいた。
「あれっ、思っていたより大きかったのかな。 僕らも注ぎ込まないとダメかな」
と、ジャンが言い出した時、村の孤児院出のメンバーよりもレベルが上だからと順番が後になっていたフランソワちゃんが、変な声を上げた。
「うわっ、何だかドンと来た。 分からないけど、そんな感じ」
その感じは、僕らはみんな身に覚えがある。
「どうやらフランソワちゃんで討伐が終わったみたいだな」
「フランソワちゃん、それ、大アリの女王蟻を討伐出来て、その経験値が入ったからだよ。 私たちはみんな、それは経験している」
ウォルフとルーミエがフランソワちゃんにそう声を掛けた。
この後、熱湯の流し込みに参加したメンバーは全員熱を出して寝込んでしまったのには、ちょっとだけ焦った。
僕たちも最初の時は急激なレベルアップで熱を出して寝込んでしまったことは、しっかりと忘れていたのだ。
みんなは元が低かったから、1人1人にするとあまり多くの大アリを討伐していない筈だけど、[全体レベル]が2づつ上がっていた。
フランソワちゃんはレベルが他より高かったから1だけかなと思ったのだが、最後の女王蟻の討伐が効いたのだろう、同じように2レベルが上がった。
ただ、残念な事に、僕らの城の近くに出来た大アリの巣の討伐は褒賞がなかった。
領主様のところに討伐要請されたモノではないからなのだけど、さすがに僕らが大アリの討伐を要請したら怒られるだろうからね。
少しだけ戻って、僕らが領主様から頼まれた大アリ退治が終わって帰って来た時のことだ。 夕食が終わると、僕らはシスターに声を掛けられた。
「寝る前に少し話をしましょう。 年上の3人も来るのよ」
僕たちは僕たちの家の一階で、シスターと寝る前に話をすることになった。 2階の6室の内、1室だけ空いていた部屋をシスターが使っているからだ。
さすがに新人の子たちとは一緒ではなく、シスターだけはこっちのようだ。 その新人の子たちは僕たちが居ない間に頑張って、いや頑張らされてかもしれないけど、とりあえずは1階立ての家というか小屋を全員分建ててあった。 今後段々と、僕らと同じタイプの家に改造して行くつもり、いや改造させていくつもりの様だ。
「今回ここに来て知ったのだけど、あなたたち、もうそれぞれに相手を決めて、一緒に寝ているんだってね」
「うん、シスター、そうだよ。 私とフランソワちゃんはナリートと、ジャンは・・・」
「ルーミエ、組み合わせはフランソワちゃんから聞いているから、教えてくれなくても大丈夫。
で、あなたたちは、自分たちくらいの年齢になったら、男の子と女の子がいつも一緒に寝ているということの意味は解っているのよね」
僕たちは全く予想していなかった話の方向だったのだけど、何となくというか僕らの家で行われていることだから同席しているフランソワちゃんとアリーは、シスターが話そうとしている内容を予想していたみたいだ。
シスターの言葉は僕たち全員に向けての言葉だったが、目はルーミエとエレナを見たから、きっと女の子2人をより意識しての言葉だったのだろう。 僕たち男連中は、口を出さずに静かにしている道を選んだ。 ルーミエとエレナだと、断然ルーミエの方がシスターと共にしている時間が長いので、エレナも自分からは口を出さず、ルーミエに任せるつもりのようだ。
「うん、シスター、もちろん解っているよ。
私とフランソワちゃんは、もう少し大きくなったら、2人ともナリートと結婚するつもり。 ちゃんとそう約束している」
「そこまではちゃんと解っているのね。 でも、それだけじゃないでしょ」
「もちろんだよ。 結婚したら、なるべく早く私は子どもを産んで、私たちは本当の家族になる」
「うん、やっぱりね、ルーミエはそう言うと思っていたわ。
エレナも同じ?」
「はい、シスター。 私はウォルフと結婚して子供を作る」
「マイアも同じことを言っていたわ。 ね、ウィリー」
「はい、シスター」
きっと、話していることを本当には理解していないのはこの城では、この部屋に今一緒に居る孤児院出身ではない2人、フランソワちゃんとアリーだけだろう。
「あなたたちの様な孤児院を卒業した子たちが、なるべく早くに結婚して、子どもを持とうとすることは、私も当然知っているわ。
大体は孤児院を卒業して寮を出て、2-3年すると結婚しているわね。 そうでない者は、その時はそれぞれに離れてしまっている。 そして寮を出る時、いえ、それ以前に互いの相手は大体決まっている。
そういう風なのは、孤児院を出た子たちの厳しい状況を考えれば、今までは当然のことだと私も思うわ。
それだからあなたたちがもうお互いの相手を決めていることは、そういう今までの現実を考えると、当然なことなんだと思う。 ナリートとルーミエとフランソワちゃんに関しては、問題があるけどね」
今までルーミエに、そして時々エレンに視線を向けるのがほとんどだったシスターが、しっかりと僕を見てきた。 縮こまっているしかない。
「もう一つ、あなたたちが早い結婚と子どもを作ることを考えるのも、私だって理解出来る。
本当の自分の家族というモノを持ってみたい、それに憧れるのは良く解るよ」
そう僕たち孤児院の子は、やっぱり強烈に普通の家族というモノに憧れている。
それは、いくらシスターたちが親身になってくれていても、僕らの場合だと領主様が父親の様に僕らを可愛がってくれていたとしても、その気持ちは変わらない。
「だから、あなたたちが互いの相手をもう決めていることは理解出来るし、一緒に寝たりしても、まあ仕方ないというか、そこまでは構わないと思う。
でもね、早くに子どもを作ろうとするのは止めて欲しいの。
エレナ、あなたはどのくらいになったら子どもを作ろうと思っていたの?」
「えーと、シスター、私は今はまだ無理と思っていて、15歳くらいになったら考えようと思っていました。
その頃には、この城の開拓も進んでいるだろうし」
「ルーミエも同じね?」
ルーミエも頷いた。
「他の子たちもそう考えていたみたいだったわ。
そうするとエレナは2年後、ルーミエは3年後くらいを考えていたということね。
でもね、それはちゃんと成人の年齢になってからにしなさい」
ええっ、という感じで、エレナとルーミエは嫌だという顔をした。
「そうね、随分先になってしまうものね。
マイアはもっと嫌だという顔をしたわ。 マイアは15歳と考えるとあと1年後だから、きっともうあれこれと考え始めていたのかも知れないわね。
だけどね、私がこんなことを言うのには、ちゃんと理由があるのよ」




