春が来る
おかしい、こんなはずではなかった。
自分たちの城作りを始めて、1年目の最初は開墾したり、住む所を作ったりと忙しいことは覚悟していた。
でもその1年目も冬になる頃には、自分たちが食べていく分には何とか困らない程度の収穫が畑から上がっていて、のんびりとぬくぬくと家の中で2年目の計画を語りあっているような生活をしているはずだった。 僕らの魔法のレベルならば、そのくらいの生活が出来ているはずだった。
そう僕ら、つまり僕とルーミエとジャンとウォルフとウィリーとエレナの6人ならば。
僕が最初に考えていた計画では、6人で生活できる場を得るということだったから、領主様が預かっていてくれた僕たちの報酬が考えていたよりも多かったこともあり、余裕でそうなっているはずだった。
でもすぐに、あと8人加わることが判って、計画は修正を余儀なくされた。
それで計画は修正され、14人で生活できる場を作ることになったのだが、人数が倍以上にもなれば、予算が足りなくなるし、計画規模も違ってくる。
しかし、ここまでは一番初期に判ったことだから、それでも楽観的に考えようとして、元々の計画より水をひいたりの作業を前倒したこともあって、なんとか上手く進んだと思う。 それから途中でまた1人そして8人増えたけど、それも乗り越えた。
しかし今、僕たちは春になったら、今ここにいる人数以上の移住者を引き受けるために計画を立てている。
「こんなはずじゃあ無かったんだけどなぁ」
「もう随分前に決まったことだろ。 今更しょうがないじゃん」
「でもさ、この離れた丘の上だけを開墾したりして、城にするつもりだったんだよ。
それなのに、今は春に来る人のために、丘の下に農地を作るために壁作りをしているんだよ。
城作り、全然してないじゃん」
「ナリートの言う城作りというのがどういう事だか、僕には分からないけど、とりあえず今は、この丘の周りをどういう風に開発していったら良いかという計画を立てておかないといけないと思うんだ。
ナリートは、この丘の上の水が豊富に使えるところは水田というのを作るのだろ。 それからえーと、綿だっけ、それが採れる草を計画的に増やして、それの畑を作るんだろ」
ジャンは、綿が今までは女性の生理用品作りに利用されてきた物だと知ったからか、綿のことを話すのが、ちょっと照れくさそうだ。 そういった物ではないのに。
愚痴っていても仕方ない、真面目に計画の話をする。
「うん、綿を使うと麻とは違った布が作れるんだ。 広く栽培したい」
「綿を使って糸を作ったり、布を織ったりするのは、麻で作るのとは違うの?」
「うん、糸の作り方が全く違う。 でも実際にやってみればすぐにみんな出来るようになると思う」
「今は収穫して使う時のことよりも、どこに植えたりするかの話だろ」
ルーミエが綿をどういう風にするのかを聞きたがったのだけど、ジャンに話を戻された。
「綿は収穫は、中に種があるフワフワが出来た時だけだよね。
だとすると、糸クモさんが食べる葉の木を近くに植えた方が良いよね。 糸クモさんを飼うには、毎日葉を収穫してくる必要があるんだったよね、アリー」
「うん、最初の本当に小さいうちは、刈って来た葉を小さく切って与えたりもするんだよ」
あ、そうか、アリーは糸クモさんを飼うことに積極的になっているから、ジャンとしては、それを有利に進めて行きたいんだね。
「綿の畑とか、糸クモさん用の木に関しては、とりあえず後の話よ。
一番に考えないといけないのは、春になったらやってくる人を、どうするかということよ。
そこら辺を決めてしまってからの話だわ」
「そうだな、エレナの言う通りだ。
で、俺からの提案なんだが、新しく来る者たちを優遇してやる必要はないと思うんだ。
俺たちだって、この前の春は何もないところから開墾を始めて苦労したんだ。
そういう苦労を厭う奴らなら、ここにはいらない」
ウォルフが厳しいことを言った。
「俺もそう思う。
でもまあ今現在、この丘の周りを囲むように壁を作っている。 それに、水もこの丘の上から流れになって、少なくともとりあえず必要な量は流れているだろう。
これだけ準備しておいてやれば、あとはそれぞれの自主性に任せれば良いんじゃないか」
ウィリーもその言葉に乗った。
「待って、待って。
僕らを基準で考えたら、無理があるよ。
大体さ、村の数とかが少ないのは、開拓しようとしてもなかなか成功することがないからだし。
僕らはレベルが大蟻を狩ったりしたから高くて、魔法を使って開拓出来たから、苦労したとは言っても、少なくとも最初に考えていた僕たち6人に関しては問題が無かった。 途中で人が増えて少し焦ったけど、それだって正直に言えば、一角兎をたくさん狩れば食うには困らないと僕も楽観してた。 事実、一角兎は結局食べきれないほどみんなで狩ることが出来てるし。
でもさ、この春に来る人は、僕たちの村の孤児院を出た子たちは後から来た人と同程度に出来るだろうけど、他はきっともっとレベルが低い。
僕らの村の孤児院の子たちは、生活魔法もある程度練習していると思うけど、それ以外の子たちは、昔の僕らの孤児院と同じように魔法の練習なんてしてないんじゃないかな。 同様に読み書きや計算なんかもあまり習ってないんじゃないかな、こっちは昔みたいにほとんどしてないということは、今ではないと思うけど、僕らの村の孤児院ほどはしてないと思う。
それでも後から来たマイアやロベルトたちだって、今ではレベルも上がって色々と出来るようになったけど、最初はレベルが低くて、スライムの罠でレベル上げしたり、魔法もずっと特訓させたりしたじゃん。
今度の春に来る人に、最初から自分たち自身の力に任せたら、そりゃ最初の食料程度はきっと領主様が援助してくれるつもりなのだと思うけど、普通の開拓者以上に失敗してしまう可能性が高いと思うよ。 まだ大人でもないのだし」
「私もナリートと同じで、失敗しちゃうと思う。 みんな忘れているけど、私たちはレベルが高いんだよ」
僕がウォルフとウィリーの言葉に焦って止めに入ると、ルーミエも僕に即座に同調した。
僕とルーミエは、みんなのレベルを見ようと思えば見ることが出来るから、意識するのかもしれないのだけど、みんなは自分たちと周りの人とのレベル差を忘れてしまう。 自分たちが出来たのだから、同じように出来ると、つい考えてしまうのだ。
僕たち6人、ちょっとだけ落ちるけどフランソワちゃんも入れて7人は、一般的な大人のレベルを超えて、[全体レベル]が高いのだ。 その上、一般的な大人の人が鍛えていない魔法も、意図的に鍛えているので、それも加味される。
その自分たちを基準にしてしまっては、一般的な大人のレベルにも達していない、孤児院を出たての子には、たまったもんじゃない。
「まあそうだよね。
僕らの村の子たちは、生活魔法はみんな使えるようになっていると思うけど、他の所の子たちはきっと使えてもプチファイヤくらいだと思うよ。 アリーもそうだし。
レベルはきっとナリートと一緒にスライムの罠を作った子たちだろうと思うから、ほんの少しは上がっているだろうと思うけど」
「そうか、だとすると、俺たちみたいに土魔法を使って開拓を進めることは出来ないか。 畑作りは遅れるな」
「何言ってるのよ。 私たちだってナリートにやり方を教わるまで、あんな方法思ってもみなかったじゃない。
土魔法を使う方法じゃなかったら、とてもじゃないけど、こんなに畑を広げることは出来なかったわ」
ジャンもアリーの例を出して、僕とルーミエに加わった。
ウォルフが自分たちの間違いというか、思い違いを認めて意見を考え直そうかとしたら、今まではウォルフとウィリーと同意見だったような感じのエレナが、あっさりと意見を翻して、ウォルフを攻めるようなことを言って、ウィリーがちょっとギョッとした顔をしてエレナを見たけど、賢明にも何も言わなかった。
「土魔法を使って開拓するって言っているけど、それって何?」
あ、フランソワちゃんは畑を作っていた時にはいなかったから、見たことないか。
「えーとね、フランソワちゃん。
土魔法で容器とか作ったら、最後にハーデンで固めるじゃん。 それと逆に柔らかくするソフテンていう魔法があるんだよ。
開拓して畑を作るときに、土にソフテンをかけると、草の根が簡単に取れたり、灌木を退けたりが楽に出来るんだよ。
今度教えるよ。 フランソワちゃんなら、すぐに出来ると思うよ」
「そうなの、ルーミエ。 じゃ、今度教えて」
「うん、任せて」
あ、きっとこれも、フランソワちゃんはそこら中に教えに歩くことになるのだろうなぁ、と僕は思った。
それでもやっぱりあまり優遇することは良くないと考えて、春にやって来る新人たちには開拓を最初からしっかりやっともらうことに決めた。
僕たち、フランソワちゃんも入れて7人が手伝うと、今までと同じことになってしまうので、僕たちは手伝わず、復習の意味も兼ねて、僕たち以外の者が新人たちと一緒に、指導をしながら丘の周りの新たな地の開拓をすることにする。
彼らもここに来てからの色々で、レベルも上がったし、魔力も増えているので、十分に指導しながらの開拓を進めることが出来ると思う。
まあ一番最初は、新人たちの為の簡単な家作りからだろう。
新人さんたちの世話を任せた僕たちは、まずは丘の上、つまり元々の計画の城の畑を受け持つ。 こちらは一部に水田を作るつもりだから、他人には任せられない。
それに加えて僕たちは、綿の畑を丘の下に作ることと、糸クモさんが食べる葉を茂らす木の植樹をすることにする。
これらは当然だけど、新人さんたちがやって来るまでは全員が関わって作業を進める。 きっと春の種蒔きまでは、新人さんが来るまでにある程度終わるだろう。 それから春麦の収穫など、一気に人手が欲しい時には、優先的に今居るみんなには手伝ってもらうことになるだろう。
それからアリーだけは例外的に、他のことを優先してやってもらう。
何かというと、糸クモさんの試験的な飼育だ。
食べさせる葉を採る木の栽培がまだ出来てないから、本格的な飼育は無理なのだけど、糸クモさんを実際に飼育したことがあるのがアリーだけでは本格的にすることは急には無理なので、試験的に飼育してもらって、まずはそのノウハウをみんなで覚えようと思うのだ。
だからもちろんアリーを僕たちが手伝っての作業となる。
「ナリート、もう一つ。
丘の周りと言っても、開拓しようとしているのは、水の都合もあるから丘の表側というか、丘本体の反対側だろ。
でも今現在、この城に登って来るには丘本体側、つまり裏側からしか登れない。
これってやっぱり不便じゃないか。
表側というか丘が終わっての平地側にも、この城へ登って来る道を作るべきじゃないかと思うんだ」
ウィリーがそんなことを言い出した。 確かに、ここに登って来る道は今のところ本来は続いていた丘本体との間からの道と、あとは水道橋を渡って来るしかない。
「うん、確かにちょっと不便な気がする。
それに城に裏門しかないのは、格好も良くない。
でも僕らが道作りをすると、綿の畑と植林が進まないだろうし・・・」
「俺たちの孤児院から来た男3人をそれに当てれば良いんじゃないか。
俺たちの孤児院の卒院者は、まあ俺たちと同時にここに来たんだから、俺たち以外と一括りにすることもないさ」
ウォルフの提案で、春に来る新人さんの指導と新たな開拓は、町から後で来た人たちが主になることになり、僕らの孤児院からの人たちは道作りや、アリーの糸クモさん飼育、その他の新たな取り組みに優先的に関わることになった。
さて、僕たちの家の部屋は、冬になって床は藁を敷き詰めて、藁で作ったマットが置かれている。 少しだけ家の中でも火が焚かれているので、ちゃんと暖かい。
それに一角兎をたくさん狩ったので、その皮を継合わせて掛け布団にしているので、夜寝る時も寒くて寝られないということはない。
一角兎の皮は、僕たちの防寒着にもなっている。
寝床に入る時には、さすがにその毛皮の防寒着は脱いで、寝床の中に入る。
その方が身体を寄せると、互いの体温が直接的に感じられて暖かいということもある。
何を言いたいかというと、僕はそれで今現在、特に朝など非常に困難な状況に陥っているのだ。
寝ていると、その方が暖かいからか、僕は左右からルーミエとフランソワちゃんに密着されてしまう。
思春期を迎えているのは、何も女の子だけではない。 僕ら男の子も当然だけど思春期を迎えているのだ。
「最近ナリート、特に朝なんか、時々大きくなっているよね」
「あ、私もそれ気づいていたよ」
ある朝、それを2人に気付かれないようにと気を使っていたのに、不意にルーミエに指摘されて、フランソワちゃんにも同意されてしまった。
やっぱり気付かれていたんだと思った。 両側に居るから、隠すの難しいんだよ。
「そりゃ、僕だって思春期だからね。 いつまでも子供のままじゃないよ」
2人も性の知識はあるのだろう。 それに驚いたりはしていないようだ。
「ちょっと触ってみてもいい?
なんとなくだけど、私の見知っているナリートのモノと随分大きさが変わっている感じがするんだ」
この後、ちょっと情けない一騒動があったのだけど、それは割愛したい。
とにかく、もうすぐ春が来る。 もう僕たちは春真っ盛りの気もするけど。




