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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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糸クモさん

 ルーミエとフランソワちゃんだけでなく、女の子たちの行動は素早くて、次の休みの日には、引っ越し作業となった。

 つまり、僕の部屋の物は片付けられて、フランソワちゃんの部屋のベッドも運び込まれて、二つを繋げることになり、僕らの家の空き部屋にはアリーがまた戻って来た。

 それだけではなく、アリーが離れた部屋には即座にマイアが入った。


 どうもマイアがウィリーの部屋に、夜、別の家から来ることになるのを、アリーが気にしていて、早く引っ越しをしたかったらしい。


 「ナリート、ナリートの部屋のベッドを繋げて大きくするのは、ルーミエとフランソワちゃんがいれば出来るだろ。

  それよりも僕を手伝って、僕の部屋とアリーの部屋を繋げる手伝いをしてよ。

  こっちは壁にしている部分を一部取り壊して、新たに通れる場所を作らなければならないから、アリーの手伝いだけじゃ、ちょっと難しいから」


 どうやらジャンは、僕とルーミエの部屋が中で繋がっているように、自分とアリーの部屋も中で繋げるつもりらしい。

 僕の場合はルーミエの希望でそうしたから良いのだけど、アリーはそれで構わないのかなと思ったのだが、アリーも作業を喜んで手伝っているから、アリーの希望でもあったのかな。


 もしかして、僕とルーミエの部屋を中で繋げたから、みんな相手の部屋とは中で繋げることが当たり前になったのかなと思ったら、

 「俺たちは、そんなことしてない」

とウィリーに言われた。


 「大体、隣の部屋なんだから、普通に入り口から入ってくれば良いじゃない。

  なんでわざわざ壁を作り直す必要があるのよ、めんどくさい」

 エレナは何をくだらないことをという感じだ。


 えーと、やっぱり、ジャンは僕とルーミエがちょっと羨ましかったのかもしれない。

 ウォルフはちょっと残念そうだし、マイアは何かウィリーに言おうとしてたのだけど、エレナの言葉を聞いて止めてしまったみたいだ。


 後からそんなこともあったけど、僕らの作った家の壁なんて、とても簡単な作りだから、2つの部屋を繋げる開口部を作ることなんて大したことじゃない。 すぐに出来た。

 結局その作業よりも、ルーミエとフランソワちゃんが行った2つのベッドをくっつけて1つの大きなベッドにすることの方が時間が掛かった。

 元々2つの物だからそのままだとくっつけた部分に隙間が出来るので、ベッドの枠に積んだ干し草を積み直して、隙間を無くす必要があったからの様だ。

 その干し草を包み込む布も、2台をくっつけた大きさだと布の大きさが1枚では足りなくて、2枚を一部重なる形で広げて重ねている。 単純に重ねただけだと、その部分から草がはみ出す可能性が高いので、重ねている部分は折り込んである。

 ちなみに真ん中で重ねてあるのだけど、その部分が真ん中に寝る僕の下になるようにではなく、重ねた方向は3人の腰に当たる部分となる形だ。


 「私たちは3人だから、繋げて広いベッドにしたけど、2人だったら狭いままの方が良いよ。 その方がしっかりくっ付いて眠れるから」


 途中から何故かアリーもベッドの改造に加わっていたみたいだけど、どうやら自分たちのベッドも繋げた方が良いかと考えたみたいだ。 それをルーミエが止めたみたい。



 その日の休みは、そんなこんなで僕たちだけじゃなく、アリーとマイアも部屋の引っ越しをすることになったので、何だかワイワイと騒がしく過ぎてしまった。

 そしてその次の休みには、最初に作った家の住人になった5人で、元の尾根を少し散策してみることとなった。

 それはちょっとした情報が僕ら、というかアリーの耳に入ったからだ。


 「さすがにもう、畑を作った時に引き抜いた灌木や、トイレに使うために皮を削った枝の残りだけじゃ、燃やす物が足りなくなってきて、柴刈りに出ていた奴が、『ちょっと気になる蜘蛛の巣を発見した』ということなんだ。

  それを聞いたら、どういう訳かアリーが『見に行きたい』と言い出しちゃって」


 「えっ、アリー、それってどういうこと?」

 何だか興味を引かれたようで、フランソワちゃんがアリーに訊ねたのだけど、

 「うん、見てみないと何とも言えないから、見てみてから教えるよ」

と、誤魔化された。


 「良いじゃん、別に何だって。

  それよりも持って行く食べ物の用意の方が重要だよ」


 ルーミエは城作りの場所を探しに歩いている時もこんな調子だった。 探すという目的よりもルーミエにとっては一緒に何処かに出歩くことの方が重要みたいだ。


 「確かにそっちの方が重要ね」

 フランソワちゃんとアリーも、どうやらルーミエの意見に賛成のようだ。


 そんな女の子3人に対して、僕とジャンは真剣だ。


 「ナリート、ウォルフとウィリーたちも呼んで一緒した方が良かったかな?」


 「とりあえず2人で見てきて、その結果でまた行っても良いんじゃないかな。 まだ確定した訳じゃないし」


 僕たち2人が真剣なのは、「気になる」と報告された物が蜘蛛の巣ということだからだ。

 蜘蛛の巣を見て、気になると思うというのは、その蜘蛛の巣が単なる蜘蛛の巣ではなくて、モンスターによる蜘蛛の巣の可能性があると感じたということだろう。

 蜘蛛のモンスターといえばデーモンスパイダーだ。

 デーモンスパイダーの使う糸は強力で、ナイフを使っても切れない。

 その張られた罠に引っかかったり、攻撃を受けてその糸に絡め取られると、人間も他の獣や魔物たちも身動きが取れないで死ぬことになる。

 デーモンスパイダーが多く生息する場所は、そんな風に絡め取られた生物が、干からびてミイラになってぶら下がっているという。

 その凄まじい光景から、デーモンスパイダーという名前がついて、恐れられているのだ。


 「まだ確定じゃないけど、スライムがたくさんいた池のすぐ向こうから、まさかこの尾根がデーモンスパイダーの巣になっているとは思いもしなかったよ」


 ジャンは軽い気持ちでそう言ったのだろうけど、僕は事前調査の甘さを指摘された気分だった。

 元の尾根の池の辺りにスライムが多いことは、きっと水を引かねばならなくなるだろうと思って、事前の下見の時に気がついていた。 ルーミエと2人でたくさんいるスライムの危険を感じながらも、そこまでは調べたのだ。

 でもその先がまさかデーモンスパイダーの巣になっているなんて、全く考えてもいなかった。

 もしそうだとすると、僕たちはこれから日々の燃料に困ることになってしまう。 僕らの城の周りは、その尾根以外は草原と荒地で、燃料採取の柴刈りが出来るような林は他にないのだ。 大問題だ。


 「僕らは柴や薪を町で売ったりしていたのだけど、逆に買わないとダメということになるのかなぁ。 どうやってそれを買うお金を作るかだね。

  とりあえず、来春の人の受け入れは中止かな」


 ジャンはデーモンスパイダーが本当にいることがほぼ確定した事実だと考えて、具体的な話を始めた。

 確かにそうだろうなぁ、そうでなかったら蜘蛛の巣を見て、驚いてすぐに僕たちに報告するなんてことしないよね。

 城作り、ここまで予定以上に上手く行ってたのだけどな。


 ちょっとした遠出にウキウキ気分で歩いて行く女の子3人の後を、僕とジャンはついて行く。


 「水源の池の向こう側なんて、普段行くことはないけど、大した距離じゃない。 というかすぐ近くなのに、なんであんなに浮かれた調子なんだろう」


 憂鬱な気分で彼女たちの後を歩いているのは僕だけじゃないみたいで、ジャンの言葉とその調子はイラついているのだろうか何だか辛辣だ。

 僕もここに来て余り間のないフランソワちゃんや、この地方に来ての時間さえ余り経っていないアリーはともかくとして、一緒に冒険者もしていたルーミエが一番ウキウキ気分で歩いているのは何なんだ、と考えてしまった。 デーモンスパイダーの脅威はルーミエだってベテラン冒険者から聞かされているから、僕たちの今の生活に容易に問題が出ることは分かっているだろうに。


 報告された現場に行ってみた僕とジャンは、「ああ、やっぱり」とがっかりした。

 そこに見た蜘蛛の糸は、明らかに普通の蜘蛛の糸とは違って、ずっと丈夫に見えたからだ。 そもそも太さからして違う。

 僕とジャンは、一目でそれと分かる違いに、すぐにこれからどうしたものだろうという話を始めた。


 「まず一番最初に、この尾根は水源の池のところ少しくらいで、それ以上奥に入ってはいけないことを徹底しないとな」


 「それよりも今は寒くてデーモンスパイダーの活動も少ないだろうから、今のうちにデーモンスパイダーの生息域がどの辺りか確認することを優先するべきじゃないかな。

  もしかすると尾根の上の方だけが生息域で、下の草原なんかに近い所は違うのかもしれない。 そうだとしたら、そっちは柴刈りが出来るかもしれない。

  僕はそっちの方で木を伐ったり、枝打ちをしたけど、デーモンスパイダーの巣は見てないから」


 「もしそうだったら、ちょっと助かるな」


 僕とジャンが真剣に話し合っている場に、女の子3人は加わってこなかった。

 それで何をしているのかと思ったら、まだ3人でその蜘蛛の糸を詳細に調べていた。 アリーが、その少し周りに絡まっている糸を丁寧に解きほぐし、その糸を観察している。 それをルーミエとフランソワちゃんが眺めている。


 「やっぱりこれ、糸クモさんの糸だ!!」

 アリーがとても嬉しそうに大きな声を出した。


 「糸クモさんの糸って、アリーが見つけたいって言っていたクモさんの糸なの?」


 「うん、そうだよ、ルーミエ。 これが綺麗な布になるの」


 「布って、もしかしてあの高級な布のこと?

  私、見たことがあるわ。 光沢があって、その上に丈夫だという布だよね」


 「そうだよ、フランソワちゃん。

  あの布はね、このクモの糸で作るんだよ。

  お父さんの勘は当たっていた。 やっぱり、この地方には糸クモさんはいたんだよ」


 アリーはそう言って泣き出した。


 僕とジャンは、その女の子3人の騒ぎの意味が解らず、ちょっと呆気に取られて見ていた。

 泣き出したアリーをフランソワちゃんが慰めている。

 ルーミエは親が居たという経験がないから、父親のことを思い出して泣くアリーをなんて言って慰めたら良いのか、皆目見当がつかないみたいで黙っている。

 こんな時どうして良いか分からないのは、アリーのパートナーとなったジャンも同じみたいで、困っている。


 アリーが泣き止んでから、僕はアリーに訊ねてみた。


 「糸クモさんて何?

  その糸って、デーモンスパイダーの糸だよね」


 「デーモンスパイダーじゃない。 糸クモさんだよ」


 「名前はどっちでも良いけど、それって高レベルのモンスターだよね?」


 ジャンも心配そうに訊いてきた。

 ベテラン冒険者によると、デーモンスパイダーは大猪や平原狼、そして大蟻よりも高位のモンスターなのだ。 つまり、それらよりも危険なモンスターなのだ。


 「糸クモさんは、確かに普通の蜘蛛じゃなくてモンスターだけど、良いモンスターさんなんだよ。

  糸クモさんは、私たちを攻撃しないし、何より糸を私たちにくれるんだよ」


 どうも僕たちとアリーとでは、このモンスターの蜘蛛に関しての認識が大きく違うようだ。

 僕らにしてみれば、新人冒険者がベテラン冒険者に聞かされる最もポピュラーなホラーがデーモンスパイダーについての話なのだ。 曰く、デーモンスパイダーを退治しようとしたパーティーが戻って来ないので探しに行ったら、糸に絡め取られる形でミイラになっていた、とか、他のモンスターもデーモンスパイダーの糸を見つけると、その場には絶対に近づかない、とか。

 とにかく普通に見ることがあるモンスターの中では、最強というか、最悪という認識なのだ。


 「ええっ、糸クモさんは、そんな恐ろしいモンスターじゃないよ。

  だって糸クモさんは人間を襲ったりしないし、そもそも主な食べ物は木の葉だよ。

  まあ、木の葉だけじゃなくて、小さな虫は食べるけど、そこまでだよ。 木の葉だって特定の種類の木の葉っぱしか食べないくらいなんだもの。

  確かに自分たちの巣が他のモンスターなんかに襲われると、糸で身動きが出来ないようにしちゃうけど、それだけでそれを食べたりしないよ。 動けなくされちゃった方は、そのままそのうちに死んじゃうことになるけど、あくまで防衛の為だけだよ。

  それに糸クモさんは別に強いモンスターという訳でもない。

  糸クモさんの糸はスライムには効かないから、糸クモさんは一番大きくならないと、スライムに食べられちゃう。

  一番大きくなった糸クモさんは、スライムの核を足で突き刺して、スライムに勝つけど、それより小さい糸クモさんは、スライムに食べられちゃう。

  だからスライムの大発生があったりすると、糸クモさんはとても数を減らしてしまったり、下手するとその場所では絶滅しちゃったりするんだよ。

  私、というか私の一家は、そのせいでこの地方に移住しようとして来たんだよ」


 最後の言葉でアリーはまた何だか暗くなってしまった。

 僕はその雰囲気を壊すために急いでアリーに聞いた。


 「それじゃあ、アリー、デーモンスパイダーはこちらから攻撃しなければ、放っておいて大丈夫ということなのか?」


 「放っておく!! そんなこと出来る訳ないじゃない!

  糸クモさんは、卵を産んでもらって、それを孵して、世話をして、糸を貰うに決まっているじゃない」


 「それって、糸クモさんを飼うっていうこと?」

 「私、良い声で鳴く虫しか飼ったことないけど、糸クモさんも飼うことができるの?」


 どうやらルーミエとフランソワちゃんにとっては、アリーの影響なのか、モンスターの蜘蛛はデーモンスパイダーではなくて糸クモさんらしい。

 僕と、たぶんジャンも考えているだろうデーモンスパイダーの脅威や危険性は感じてなくて、何だかかわいい小さな生き物という感覚のようだ。


 「うん、そうだよ、ルーミエ、フランソワちゃん。

  でも飼うためには、まず糸クモさんの食料になる木がちゃんとあるかどうか確認しなくちゃ」


 僕たちはアリーの主導で、尾根をもっと先まで見て歩くことになった。

 僕とジャンはデーモンスパイダーに襲われるのではないかと気が気でなかったのだけど、アリーは一切そんな警戒心を見せることなく、尾根の上の木を見て回った。

 その途中、周りの景色が良く見える場所で、持って来ていた食料を食べたりもした。

 女の子3人は、そんな時間を楽しそうに過ごしていたのだけど、僕は辺りが気になって、楽しむなんて出来なかったし、食事も食べた気がしなかった。

 だって、心配だから気にしている僕の[空間認識]では、目には入らないけど、辺りにかなりの数のデーモンスパイダーが居る。

 ジャンも何だか凄く汗をかいて、忙しなくキョロキョロと辺りを常に見回しているので、ジャンの[索敵]にもきっとたくさんひっかかっているのだろう。

 少なくともルーミエも[索敵]で、周りにデーモンスパイダーが居ることは感じているだろうに、女の子3人は良く平然としていられるものだ。


 「うん、やっぱりここには、糸クモさんが好んで食べる葉っぱの木が沢山ある。

  でも私たちの城で糸クモさんを飼うには、ちょっと場所が遠いかな」


 「それじゃあ糸クモさんは飼えないの?」


 アリーの言葉にルーミエが、そう聞き返していたけど、あれっ、デーモンスパイダーを城で飼うことはもう決まっているの?


 「大丈夫だよ、ルーミエ。

  糸クモさんが好きな木は、簡単に増やすことが出来るから、春になったら城の近くにその木を増やして、その木の葉っぱを採る為の畑というか林を作れば良いんだよ。

  そうすれば問題なく、糸クモさんを城で飼うことが出来るよ、春からね」


 「アリー、そうしたら、あの布が私たちの城でも織ることが出来るということなの?」


 「そうだよ、フランソワちゃん」


 「今度の春が楽しみだわ。

  他のみんなには私から糸クモさんの糸で作る布がどれほど素晴らしいか説明するわ。

  そうしたらみんな、絶対に糸クモさんを飼うのを協力してくれると思う。

  ナリート、ジャン、糸クモさんの為の木を植える場所とか考えておいてね」


 「それでその木って、どうやって増やすの?」


 「それは簡単なの。 その木の枝を切ってきて、地面に突き刺して、しばらく地面が乾かないように気をつけてあげれば、すぐに新しく芽を出して根付くの。

  ただ、少し大きくなるまでは、一角兎なんかがその小さな木を食べようとするから、そこは注意しなければならない。 でもそれは他の木を増やすのと変わらないと思う。

  そうだよね、ジャン?」


 「うん、まあ、そうだよ」


 どうやらジャンはアリーに木を増やそうとしている計画を説明しているようだ。

 もうデーモンスパイダーじゃない糸クモさんを飼うのは決定事項のようだから、糸クモさんの為の木を増やすことに関しては、ジャンに担当者になってもらおう。

 僕は心の中でそう決心した。


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