狭くなった
久々の更新です。 間が空いてしまってすみません。
村や町で起こったことは、ここ僕たちの城でも起こる。
つまりどういうことかというと、スライムを減らしたということで、一角兎が増えたのだ。
この城の辺りは村や町と違って、元々丘に近い場所にスライムが多く、丘から離れると一角兎が増えるような感じになっていた。 特に今現在僕たちの城になっている本体の丘から切り離されている丘は、丘の上の小さな泉にスライムが居ることで、小さな丘であることからスライムだけに占領されていた。
そのスライムを駆逐して、離れた丘を城にして僕たちは暮らしているのだけど、丘の上という立地条件もあって、スライムを駆逐した後、一角兎も登って来ることもほとんどなく、外縁部の工事が終わってからは、スライムや一角兎が紛れ込んで来ることもほぼ完全に無くなった。
それだから、城と僕たちが呼んでいる区域での生活は、村や町の中での生活と同様に安全で、周囲を警戒して常に索敵をしていなければならないなんてことはない。
ここまでは最初の計画、僕たちほんの数人だけで暮らすことを考えた時に、あらかじめ考えていたことだった。
でもその後からどんどん人数が増えたことによって、水の確保のために丘本体の水場付近のスライムも減らすことになり、それだけでは足りずに、本体の丘の水場から流れる水だけでなく、もっと離れた場所から出る沢水が集まった、丘からというか僕らの城から程近い川にも、後から来た人たちの経験値稼ぎのためにもスライムの罠を作ることになり、付近のスライムの数を減らすこととなった。
すると当然のことながら、スライムが減ったのだから一角兎が増え、それを狙う他のモノも増えたのだ。
食料事情に余裕のない僕たちにとって、一角兎が増えるのは悪いことではない。 食肉の確保が楽になるからだ。
でもここにきて、ちょっと問題になってきてしまった。
「なあナリート、やはり俺たちが護衛も兼ねて一緒に行って、そのついでに一角兎を狩って、食肉の確保をするというのは、馬鹿馬鹿しくないか。
俺たちはやっぱり、平原狼か大猪を狩る方が良いんじゃないか。
そっちは俺たち以外の奴らにとっては、危険なんだから」
「一角兎だったら、作業の時に盾も忘れずに持って行かせれば、みんなだって対処できるだろ。 無理に狩る必要もないのだから」
「そうは言っても、冒険者が一番命を落としているのも、スライムと一角兎だよ。
狼や猪で命を落としている冒険者とは比べ物にならない」
「エレナ、それは平原狼や大猪を狩ろうとする冒険者は、一角兎を狩る冒険者から比べたらずっと少ないせいもあるんじゃないか。
それに狼や猪に臨む時には油断なんてする訳がないからな」
そもそも一角兎は弱いモンスターで、盾さえあればもう狩る為の技法は確立していて危険はない。
盾を使う方法が確立する前だって、シスターは杖だけで一角兎から身を守っていた。 まあ、シスターの場合は杖術なんて項目があったから、それを目安にしてはいけないのかもしれないけど。
でもまあ一角兎自体は、草を食べているだけで好戦的という訳ではないから、攻撃を仕掛けない限り向かって来ることもほとんどない。
攻撃も直線的な突進だけだから、最後の飛び込んでくるスピードだけ注意すれば、その攻撃を避けることも簡単なので、危ないこともない。
ただし多数に囲まれて攻撃されると、かなりの経験を積んだ冒険者でも致命傷を負ってしまうことがある。
一角兎はこちらが攻撃の意図を見せなければ、人間からは離れるのだけど、攻撃の意思を感じると、防衛本能なのか、豹変して襲って来るのだ。
問題は一角兎が何を攻撃の意思と受け取るかで、地面に穴を掘って巣穴を作る一角兎は、地面を掘るという作業もどうやら攻撃の意思ありと受け取るようなのだ。
もしかしたら掘ろうとしている地面の下に彼らの巣となる穴があるのかもしれない。 一角兎の巣は出入り口もいくつか作られ、それらから少し長いトンネルの先が巣となっているから、その可能性は高いかもしれない。
僕たちは今後も人数が増える予定なので、早急に城である丘の上だけではなく、農地を確保しなければならない。 ここにきて食糧生産の為の農地だけではなく、綿花を栽培する農地も確保しようと考えたから、尚更広い場所が必要だ。
その為に城の丘を中心として、広い土地を確保するために、必要な壁を作っている。
他の村などでは、石を積んでの石壁だけど、それでは時間がかかるので、僕たちは土壁というか、掘った土を山にして壁にするので、土塁というのが正しいかもしれない壁を作る。
この工法自体は、僕たちだけでなく、この城に暮らす者はみんな土魔法が使えるように訓練しているから出来ることなのかもしれない。
土魔法で土を柔らかくして掘って積み上げ、その表面を硬くして壁にしているのだから。
作った壁自体はスライムと一角兎の侵入さえ防げれば良いのだから、それに合わせただけなので大した強度はない。
土壁ということだとスライムには効果があるけど、一角兎は穴を掘るのだから意味がないと思うかもしれない。 でも実は盛り上げる土を掘った溝にも意味があり、それが一角兎も防ぐのに有効なのだ。
溝に水が溜まっていれば確実に一角兎は土塁の部分を掘ることが出来なくなるのだが、そうでなくても溝があると、一角兎はまず土塁の部分を突破できない。
一角兎はあまり地下深くを掘ることは出来ないので、溝の外側から溝の下を通ってトンネルを掘って土塁を突破することは出来ない。
となると、溝の中に入って土塁の壁を掘ることになるのだけれど、それでは完全に身を晒して作業することになり、無防御過ぎると感じるのだろうか、一角兎はそういったことはしないからだ。
土塁でもスライムと一角兎が防げる理屈は良いとして、本題に戻って問題は土塁を作っていると一角兎の攻撃をどうしても受けてしまうことだ。
土を掘るだけで攻撃の意思ありと判断して、一角兎の方から攻撃を仕掛けて来るのだから仕方ない、土塁作りは一角兎狩も行わねばならない。
しかしその一角兎狩にウォルフたちが当たるのは、あまり効率が悪い。
竹で作った盾を用意していて、それを構えて迎撃すれば、ウォルフたち以外の者たちでも一角兎を狩ることは難しくはないけど、問題は不意にその攻撃を受ける可能性があることだった。
狩りを前からしていたウォルフたちや、まだ村に残っている狩りを教えて冒険者証を得ている子たちなら、[索敵]の練習はしっかりとしてそのレベルも上がっていたから、不意打ちを受けることなどないのだけど、他の者は今まで狩りをして来なかったので、ここに来てからスライム討伐の経験をさせたりはしたのだけど、急に索敵がきちんと出来るようになる訳もない。
そこでウォルフたちがいなくても作業を安全に進める為に考えたのが、とにかく作業予定の場所に対しての、作業前の無差別攻撃だ。
一角兎の集団での不意打ちさえ防げれば問題がないのだから、難しく考えることはない。 その日作業する辺りに向かって、前日に作った土塁などこちらが身を守りやすい場所で盾を構えてから、適当に一面に石を投げるのだ。
石を投げた場所に一角兎が居たり、巣があったりすると、一角兎は攻撃を受けたと思って、こちらに突進して来るか、その場を逃げ出す。 こちらはそれに備えているのだから、問題なく対処出来るという訳だ。
そんなちょっとしたことでも、今まで狩猟をしなかったメンバーもモンスターを狩っていることになる訳で、普段の生活ではなかなか得られない量の経験値が得られることになった。 そのお陰で[全体レベル]がみんな上がったみたいだが、意識する必要があったためか[索敵]の項目もみんなレベルが上がったようだ。
[索敵]のレベルが上がれば、不意に襲われる危険も少なくなり、日々の作業の安全がより一層確保出来るので、それはとても喜ばしいことなのだけど、今まで出来なかったことが出来るようになると、誰もがもう少し上を目指したいと考えるようだ。
一角兎の存在を索敵によって知れるようになると、彼らは単純に呼び寄せる為だけに石を投げるのではなく、それをもっときちんとした先制攻撃にしたいと考えたみたいだ。 自分たちで一角兎を狩れなかった時に、ウォルフたちが見せた狩りを彼らは鮮明に覚えていたのだろう。 ウォルフとエレナが弓矢で仕留めるのを真似たいと考えたみたいだ。
最初は同じように弓矢でと考えたようだけど、[職業]が弓士でも狩人でもない彼らは僕以上にそうそう弓が上手くなる訳もない。 それに土壁を作るという作業の為の道具以外にも、盾と槍を持ち運んでいるのに、弓と矢も持ち運ぶのは荷物が多くなって面倒だという大問題がすぐに発覚した。
「投げた石がたまたま上手く当たって、一角兎を倒すことがあるのだけど、威力が低いせいか普通は石が当たっても、それで倒れることはないんだよなぁ。
石を投げるのは道具がいらないから、良いのだけど」とロベルト。
「まあそうだよな、当たらないなら矢でも石でも同じことだから、道具がいらないだけ石の方が楽だよな。
それにしてもやっぱり弓矢ってなかなか難しいんだな」とウィリー。
「ウォルフとエレナは[職業]が弓を扱うことを援助するから別なんだよ。
ナリートが『自分も狩人の職業の端くれだから』と言って、あれだけ練習してもなかなか上手くならないんだから、みんなの矢がなかなか当たらないのは当然だよ」とジャン。
「それに弓矢は道具が嵩張るわ。 私は毎日のことだから持ち歩きたくないわ。 でも私も遠い位置から一角兎が狩れたらって、やっぱり憧れる。
私だと石を投げるのも下手だから、たまたま一角兎に当たったと思っても、力がないのか、一角兎は全然平気なんですもの」とマイア。
「マイア、威力を増すだけなら石投げ器を使えば良いんだよ。 これなら棒一本だから運ぶのが大変にもならないし」
僕はマイアの言葉に、簡単な投石器の使用を勧める。 投石器といっても、ただ単に木の棒の先に小石を載せる所を付けただけの物、具体的には先が二股になった枝を加工して、二股の部分に蔓で小石を載せる部分を作っただけの棒だ。
「これなら簡単だけど威力は増すよ。 何回かこれを使って石を投げるのを練習すれば、手だけで投げるのとそう変わらない感じで石を飛ばせると思う。
当たるか当たらないかは手で投げるのと変わらないと思うけど、威力は増すだろうから少しは違うんじゃないかな」
弓と違ってそんな簡単な物で、という感じであまり乗り気ではなかったマイアだったのだけど、棒一本なら持ち歩くのに大変ではないからと使ってみたようだ。
結果としては、流行した。
石の威力が増して、当たれば致命傷にならないまでも、少なくとも一時的に動けなくさせるだけの威力が女の子たちでも出せるようになり、先制攻撃の意味が大きくなった。 また男の子は今まで以上の射程でも意味のある攻撃が出来るようになった。
こうなると、投石器は土壁作りに行く者の必携の道具になった。
そしてこれは全く考えていなかったのだけど、投石器による的当ては、生きていく為の作業に追われて、娯楽のなかったこの城で、格好の遊びとなったのだった。
するとみんなの技量はどんどん上がり、投石器による石の先制攻撃で、目的とする場所の一角兎の駆逐が終わってしまうこともしばしばということとなった。
そんな感じで、ウォルフたちが加わらなくても土壁を作る作業は進むようになったのだけど、考えていなかった思わぬ事態が起こった。
なんと今までにあり得なかったじたい、狩った一角兎の数が多くなり過ぎて、その肉を僕たちは食べきれないという問題が起こったのだ。
孤児院に居た時には、肉なんてほとんど食べることが出来なくて、タンパク質の不足から孤児院の子たちはみんな体格が悪かった。 その不足を補うために、魚を獲ったり、最初は危険を感じながら一角兎を狩ったりしていたのだ。
狩った獲物の肉が食べきれないなんてことは、まったくの想定外の事態だ。
狩った肉を町まで持って行って売るなんてことは出来ない。
余ると言っても、そんなに毎日大量に余る訳ではないし、少量を毎日町まで持って行くのでは手間ばかりかかってしまう。 かと言って、何日か溜めてまとめて持っていくという訳にもいかない。 保存が効かないからだ。
保存が全く出来ないという訳でもない。 塩漬けにしたり、干し肉にしたり、燻製にすれば保存は出来る。
干し肉や燻製肉なら、町に持って行けば売れるだろうけど、作るのに手間が掛かる。
塩漬けの肉は、町に持って行ってもたぶん売れない。 今は僕たちいるここだけでなく、以前に比べるとどこも前よりたくさんの一角兎が狩ることが出来ているからだ。 普通の肉が簡単に手に入るのに、わざわざ塩漬けの肉を買う必要はないだろう。
それでも余った肉は塩漬けにする、もったいないからね。
塩漬けにした肉を薄く切って加工して干し肉にし、それを持ち歩いて小腹が空いたら食べながら作業をしたりが男連中の定番になった。
肉が食べ切れないということは、僕たち人間が食べたり利用したりしない部分も大量に出るということで、それはスライムの罠の餌にする。
その量に合わせてスライムの罠も増設することになり、より一層スライムの数を減らすことになった筈だ。 そうすると逆に一角兎は増える。
もう好循環なのか悪循環なのか判らない。
「ナリート、もう塩がなくなってきたから、すぐに町に誰かを行かせるでしょ。 私もそれに加わるわ」
「フランソワちゃんは、ここに来てまだそんなに経たないから、別に気を使ってそんな役をまだしなくても良いと思うよ」
「別にそんなつもりじゃないわ。
私もちょっと用を思い出したから、一度村に行って来るつもり。 だから帰りはみんなとは一緒しないけど、心配しないで。 またいつものおじさんにここまで送ってもらうから」
「うん、分かった。 まあそれなら構わないし、戻って来る時もおじさんが御者をする馬車なら心配ないし」
「そうそう、余っている兎の皮も持って行くわ。
売れはしないだろうけど、村の孤児院なら喜ぶと思うから」
兎の毛皮は、毛が抜けやすいし、皮もまあ一角兎の皮は普通の兎よりは強いけどそんなに強くもないので、値が安い。 その上最近はどこもたくさん狩っているので、飽和状態でほとんど売り物にはならない。
それでも孤児院ならば、狩りを教えた子たちが自分たちでも狩っているけど、これから寒くなる季節になるので、きっと喜んでくれるだろう。
僕は今回の町へ行くメンバーに、町で売る白い石の他に、今年採れた収穫物の一部を持たせた。
新たな開発地は、この地方では2年間は税が免除されているのだけど、思っていたよりも作物の栽培が上手くいき、きちんとした税率よりは少ないけれど、税として納めることが出来る余裕を持てたからだ。
僕は領主様の館で、そういう関係の帳簿付けの手伝いをしていたから、その僕がきちんと納税しないのはダメな気がするし、それに領主様たちに僕たちはきちんと頑張っていることを認めてもらいたいという気持ちがあったからだ。
フランソワちゃんは、それ以外の町に行った人たちが目的の塩を買って戻って来てから、少し時間を置いて、ちゃんとおじさんの馬車で戻ってきた。
「あっ、フランソワちゃん、レベルが上がっている。
何してきたの?」
ルーミエが戻ってきたフランソワちゃんを見て、そう声を掛けた。 ルーミエはまた勝手にフランソワちゃんのことを見たみたいだ。
相手の同意なしに見るのはダメだと思って、ルーミエにもやめるように言っているのだけど、ルーミエはどうもすぐに忘れる。 実際は、ルーミエは寄生虫の駆除の為にたくさんの人を見たりしていたので、どうも周りのみんなの体調がとても気になって、つい見てしまっているみたいなのだけど。
それによって、寄生虫をはじめとした体調不良の人をすぐに見つけて、助かってもいるので、あまり強く止められないから、すぐに見てしまうというのもあるのかな。 ルーミエの[職業]聖女というのが影響しているのかもしれない。
まあフランソワちゃんに関しては、もう今更なので、フランソワちゃんもルーミエに見られることを気にしない。
「やっぱりレベル上がったんだ。
私は自分では見えないからはっきり自覚していた訳ではないのだけど、なんとなく上がったかな、という気はしてたんだ」
「で、何してきたの?」
「うん、とりあえず実験的に、私の家の小作の人たちに麦踏みを教えてきたの。
ナリートの言うことだから確かだと思うけど、実際に私が見た訳じゃないから、まだ確実だと全体には勧められないから、私の家の小作にだけ。
きちんと列に植えるのは、次の秋麦の時からだけど。
私の家の畑で、実際に効果が確認出来ていれば、次の時からは村どころかもっと多くに、納得させて教えられるから」
そうだった、フランソワちゃんは「新農法の指導者」だった。
でもさ、フランソワちゃんはそれが有名になり過ぎて、どこに行っても様付けで呼ばれれたりするのが嫌で、ここで暮らしたいんじゃなかったっけ。
麦の列植えも麦踏みも、広める気満々じゃん。




