綿の発見
結果的なことを言えば、僕たちが作った白い食器はほとんど売れなかった。
僕らが知らなかっただけで、白い食器というのは町では普通に存在していたからである。
そりゃ僕たちは領主様との食事とかでは、白い食器を見たことはあるけど、それはやはり領主様の所だから特別なのだと思っていた。
でも実際は、僕らには縁がなかっただけで、ちょっと高級な食器を売っている店では普通にある代物だったのだ。
ただし、普通に売られている白い食器の材料は僕たちが作った物とは違っている。
普通に売られている食器は、一角兎の骨や角を焼いた物を砕いて作った粉というか粒を混ぜて作った土を使った物だそうで、僕らの作った物とは別物だ。
といって、僕らが作るような白い食器もなかった訳じゃない。
「おう、この白い砂を使った食器も、骨を使った物とは少し風合いが違って悪くないな。
こちらの技法の食器も作ろうか。
お前たち、この原料の砂を運んで来てくれたら買い取るぞ」
僕がクレイとフォームそしてハーデンを教えてもらった食器工房の親方が、僕たちに白い砂を運んで来たら、買い取ってくれる約束をしてくれた。
僕たちが領主様と親しい関係にあることを知っている親方だから、きっと適正な価格で買ってくれることだろう。
僕たちは食器という製品としては売る事ができなかったけど、原材料としての白いすなは販売ルートが出来た事になる。
つまりどういうことかというと、僕らが作った食器は出来が悪過ぎて、ほとんど売り物にはならなかったのだ。
そりゃ、本職の人が作っている物が売られている場所で売ろうとしても無理だよね、当然だけど。
まあ製品を売るのと、原料を売るのでは、得られる金額に違いがあるのだけど、砂を運ぶなら割れる心配をしながら運ぶ気苦労はないから、楽になったとも考えられる。
良い方に考えるのは、必要な知恵だと思う。
天気が悪くなくて外窓を閉めずに居られる時は、部屋の中に外の光が気温が低くなっても入るようになると、少しだけ今までと生活が変わった。
まあ一番変わるだろう、家の中を温めるのに必要な柴の量なんてのを実感するのは、もっと本格的に寒くなってからのことだろうけど。
僕にとって一番生活が変わったのは夜の過ごし方だ。
今までは夜になれば、冷気が入ってくるのを避けるために窓を閉めると、部屋の中は完全な真っ暗だ。 これではもう何も出来ないし、目を開いていても閉じていても同じようなモノだから、余程何か考え事でもしていない限りは眠るしかない、いや眠ってしまう。
ところが、内窓を作って、天気が許す日は外窓を閉めないでおけば、暗闇に慣れている僕らの目には、星明かりのわずかな光が部屋に入るだけでも、部屋の中がいくらか見えるし、月明かりの明るい時などははっきりと見えるようになった。
そうなると、眠らずに他のことをすることが出来るようになった。
といっても僕が積極的に何かを始めた訳ではない。
夜が真っ暗でなくなったら、夜にルーミエが僕の部屋にやって来て、僕の寝床に潜り込むようになったのだ。
寝床に潜り込むなら、部屋の明るさは関係ないだろうと思うかも知れないけど、そんなことはない。
ルーミエは、僕とおしゃべりするために、自分の部屋から僕の部屋にやって来るのだ。 って言ったって、僕の部屋とルーミエの部屋は繋がっているから、半分は部屋の中を移動しているだけなんだけど。
真っ暗だと、おしゃべりをする感じにもならないのだが、幾らかでも相手の姿が見えて表情なども分かると、おしゃべりが続くのである。
おしゃべりの内容なんて、その日その日にルーミエが僕と一緒じゃなかった時の話だとか他愛のないことがほとんどで、ほとんど僕は聞き役だ。
聞いているうちに僕が寝てしまって、不満なルーミエに叩いて起こされることもしばしばだ。
はじめのうちはルーミエはおしゃべりに満足したり、自分が眠くなると自分の寝床に戻っていたのだけど、そのうち気がつくと朝まで僕のベッドで寝ていたりするようになった。
少し肌寒くなってきたので、くっ付いて寝る方が暖かいからかも知れない。
「私、今日は一緒に寝ないからね」
僕が一緒に寝ることをお願いしている訳じゃないのだけど、ルーミエは宣言するような感じで言った。
今は月が大きくて明るい夜だから、昨晩までは良い調子で遅くまでルーミエは喋っていて、僕が先に眠りに落ちてしまっていた。 そして朝、気がつくとルーミエも一緒に寝ていた。
今晩もそうなるのかなと思っていたのだけど、どういう風の吹き回しなのだろう。
僕が疑問に感じたのをルーミエも分かったのだろう、何故かルーミエにしては珍しいのだけど、恥ずかしげにちょっと顔を赤くして言い訳をした。
うん、夜だけど今日は明るいから、顔を赤くしたのが見えたんだ。 絶対に赤くしていた。
「あのね、あたし、今日は女の子になっちゃったの。
ナリートは色々知っているから、私の言っていること分かるでしょ。
まだ慣れてないから、ナリートの寝床を汚しちゃったら悪いし」
「ああ、そういう事か。
慣れてないって、ルーミエ、初めてだよね。
えーと、おめでとう?」
「おめでとうって言われることなの?」
「えーと、どうなんだろう。 良くわからない。
でも、そこまで成長したということだから、おめでとうで良いんじゃないかな」
「そうなの。 それじゃあ、ありがとう、かな」
僕たちは、なんとなくギクシャクした会話を交わした。
そうだよな、もう僕たちはみんな思春期だから、特に女の子たちはもう生理を迎えても良い年頃だ、と僕は
頭の中の知識から考えた。
だとすると、今まで僕はそういうことを考えていなかったから気付かなかっただけで、もう他にも何人も女の子たちは初潮を迎えているのかな。
「うん、マイアを初めとして、もう何人かは来てるよ。
でもさ、私は一番歳下だから、まだ先だと思っていたんだけど、来ちゃった。
まだ来てない子の方が多いのに」
うん、これは個人差があるらしいからなぁ。
こういうことも有るから、エレナは最近うるさくなったのかな。
「シスターが言うには、今までは孤児院の子たちはみんな、身体が小さかったせいか来るのが遅かったらしいの。
別にそれは孤児院の子に限らず、身体の小さい子は遅いらしいのだけど。
ほら私たちは、自分たちで兎を獲るようになってから、どっちかというと普通の子たちよりも体格が良いんじゃないかという感じになったじゃん、私もだけど。
もしかしたら、これもレベルが上がったことも関係するのかな。
それで、この間シスターが来た時に、生理が来た時にはどうしたら良いかを、シスターが教えてくれたのよ。
今までだと、孤児院出て少しすると、みんなそれぞれの場に分かれて、そこには年長の女性も居るから、そういう人に聞いていたみたいなんだけど、ここにはそういう年長の人はいないから、シスターは心配してくれたみたい。
でも、おかしいよね。 シスターがそんなことを教えてくれたら、その途端にマイアに初めてが来たんだよ」
そうか、シスターが今回少し長くここで過ごしていた事には、そういうことを女の子たちに教えたりする必要もあったからだったんだ。
男の僕はそんなことちっとも考えてもみなかった。
読み書きや計算、それに今の生活に必要な知識は教えようとしていたし、教えてもいたけど、性教育なんて思い出してもいなかった。
それに僕は、この世界の女性たちが、どんな風に生理に対処しているかなんて全く知らない。
「私もみんなも、女には生理というモノがあるということは知っていたけど、どう対処したら良いのかなんて知らなかった。
親が居る子だとお母さんなんかが教えてくれるのかも知れないけど、ここには居ないから、シスターが教えてくれなかったら、私だけじゃなくてみんなもとても困ったと思う。
それに言葉で教わるだけじゃ細かいところは解らないじゃない。
シスターが実際にどういう風に作るか見せてくれたり、付け方を教えてくれて、付けてる時の注意とかもしてくれたから、私もこうして困らずに済んでいるけど」
ルーミエの口振りからして、生理用のナプキンのことを言っているのだろうなと僕は推察した。
僕は男だから、そういったモノがどんな風になっているかなんて知識は、頭の中にもないのだけど、この世界ではどんな風になっているのかと思ってしまって、つい口に出てしまった。
「ふーん、そうなんだ。 確かに実際に見てみないと解らないだろうな。
ルーミエ、僕にも見せて」
「ばか、いくらナリートにだって見せられないよ」
ルーミエはそれを付けている姿を、僕が見たいと言ったのだと勘違いして、真っ赤になって拒絶した。
僕は焦って、言った。
「違う、そうじゃない。
どんな風なモノを作ったのか見てみたいと思っただけだよ。
1つだけじゃなくて、取り替え用というか予備も作っただろうから、そっちを見せてもらおうと思っただけなんだ。
どんなモノなんだろうという、技術的な興味だよ」
僕も自分でも何を言い出してしまったのかと思ったのだけど、後に引けなくなって、顔を赤くして言った。
それにしてもルーミエでも、一緒に裸で風呂に入ったりするのは平気なのだけど、生理中の姿を見られるのは恥ずかしいんだな、と変なことまでちょっと考えてしまった。
「あ、そうか、そういうことね」
ルーミエも自分の思い違いに余計に顔を赤くして、そのためにこの話題から抜け出す機会を逸してしまったような感じで、
「うん、それなら持ってきて見せてあげる」
と自分の部屋に予備を取りに行ってしまった。
僕も自分でも何をやっているんだ、と思った。
ルーミエが自分の部屋から持って来て見せてくれた、僕の頭の中の変な知識ではきっと布ナプキンとでも呼ぶモノは、僕がルーミエが実物を持って来るまでに想像していたモノよりも、ずっと洗練されたモノだった。
「まだ作っただけで、使っていないモノだから、触って良く見ても良いよ。
良く出来ているでしょ」
確かに、ルーミエがちょっとこれを見せて自慢するのは、と思いはしたのだけど、自慢してもおかしくないモノだった。
僕は単純に布を重ねて、縫い合わす程度の事だろうと思っていたのだが、見せてもらったモノはそんなレベルのモノではなかった。
「一番外側になる部分はね、兎の毛の柔らかいところから作った糸で織った布なんだよ。 それもわざと脂を落としてない毛を使って作った糸を使った布なんだ。
だから、少し水を弾くから、漏らしにくくなるんだって。
そして内側の肌に当たる部分は、シスターがわざわざ布を持って来てくれたんだよ。 肌触りのとても良いやつ。
これは他の物と違って、ずっと肌に密着している必要があるから、この内側の部分はこの肌触りの良い布を使うのが良いらしい。
シスターが『ちょっと贅沢だけど、ここはそれでもこの良い布を使いなさい』って、わざわざ町で買い求めて、持って来てくれたんだよ」
うん、そうだよな、デリケートな部分に長時間密着している必要があるから、そうだよな。 と考えた僕は、きっと頭の中に色々な知識があるからだろう。
何だか頭の中の知識と、現実のやっと思春期の僕とが混乱している。
ルーミエはきっと、その布をシスターがわざわざ買って持って来てくれた事が、とても嬉しかったのだろう。 僕にもその部分を触らせて、その手触りを確認させた。
もしかすると、これが言いたくて、見せたくて、僕に作ったナプキンを見せる気になったのかも知れない。
「うん、確かにスベスベしてて、それでいて柔らかい感じで、とても手触りが良いな」
「そうでしょ。 きっとすごく高い高級な布だよ、これ」
ルーミエは僕の感想に、勢いこんで言った。
僕はもう一つ気がついた。
「それであと、この間に挟んであるのは何?
ふわふわしていて、それも柔らかい感じがするけど」
「そうでしょ、その中身がこの間シスターが来た理由だったんだよ。
ほら、シスターに連れられて、女の子だけで草原に行った時あったでしょ。 シスターが危険なところに行く気はないから、ナリートやジャンやウォルフやウィリーの護衛は要らないって言って、行った時。
あの時は、この中身を採りに行ったんだよ。
その時に、採りながら、色々どう使うかの説明をしたから、男の子は連れて行けなかったのよ」
「えっ、この中身って草原で採ってきたの?」
「うん、そうだよ。 この中身は草原で採ってきた、中に種が入っている草原の草の綿毛だよ。
その綿毛が出来る時期で、それを私たちに採取させたかったから、シスターはこの時期にここに来たんだって。
だから私たちたくさん集めたんだ」
そう言われてみれば、あの時女の子たちは大きな軽そうな袋を持って帰って来たような気がする。
その頃の僕たちは、水道橋のアーチをどう作るかに頭が集中していて、気にもしなかった。
僕はちょっとあることに気がついた。
「ねぇ、ルーミエ、もしかして、まだ使っていないその綿毛ってある?」
「うん、まだ結構あると思うよ。 シスターが予備の分もなるべく採っておきなさいって言ったから。
私も持っているよ」
「それ、見せて」
僕が急にとても真剣に言ったのでルーミエは少し驚いたみたいだけど、見せてもらった物は僕が思った通りの物だった。
「やっぱり。 綿花だ、これ」
本当に僕の頭の中にある木綿と同じなのかどうかは分からないけど、少なくとも同じように使えるのではないかと思う素材なのは確かだと思う。
「何、ナリート、なに興奮しているの?」
「これ、綿花なんだよ。 これを使って、とても良い布を作ることが出来るんだ。
なんで今まで、この綿花に僕は気が付かなかったのだろう。
ルーミエ、この綿毛の中の種ってどうした?」
「えっ、中身に入れて使う時は、種は邪魔だから取り出して捨てちゃったけど」
「ああ、もったいない。
その種を畑に植えて、綿花畑を作るぞ」
「ええっ、この綿毛を採るための、畑を作るの?」
何故だろう、この世界だかこの地方ではだか分からないけど、綿花から糸や布を作ることは一般的にはなっていないようだ。
僕たちが今現在着ている衣類は、麻や蔦の繊維を使った物がほとんどで、それ以外は毛皮を使ったり、あとは毛織物がいくらかだ。
ちなみに靴は、大猪の皮が丈夫なので多く使われるけど、平原狼や普通の猪や狼の皮も使われる。
綿の衣類というモノは存在していない。
僕は綿花というか木綿というのは、この世界にはないのかと思っていたのだけど、そうではなくて、単純にその用途が限られて考えられていただけらしい。
どういう訳か、綿花の用途は生理ナプキンの中身としての需要ばかりが重要視されていて、そのせいかあまり男性がそれを見かけることさえないことになっているようだ。
僕からしてみれば、麻や蔦の繊維を糸にして布にするよりも、木綿を使って糸や布を作る方が楽なのではないかと思うのだけど、一度出来上がってしまった先入観というか常識というのは、なかなか強固なものなのだろう。
「これは絶対売り物になる。
よし、城作りより先に城下町を作るぞ」
僕は来春の孤児院の卒院生の受け入れも考えて、城にした丘の周りに、モンスター避けの壁を作ることを決意した。
「総構えの城作りだ」
まあ、現実的には、それぞれの村の周りにある囲いと同じことなのだけど。




