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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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 シスター・カトリーヌがまだ町に戻らないでいる時から、僕は春麦の種の蒔き方を一番最初にみんなに指導したくらいで、みんながしている作業にはほとんど加わらなかった。

 一度指導すると、もう僕の指導というか、僕が何かのやり方を教えて、それにそって物事を進めることに村から来た者は慣れてしまっていて、それからはマイアとロベルトが中心になって、町から来た者たちが混ざっても、彼らだけで作業を進められるようになったからだ。


 かといって、狩りに行くかというと、そちらにも僕は参加していない。

 狩りも十分人手は足りているからね。

 だけどそっちは、時々ウィリーとウォルフに「手伝え」と言われる。

 それは狩り自体は、エレナとジャンを加えた4人で十分に足りているのだけど、最近なるべく狩る様にしている大猪を狩ると、その運搬が大変だからだ。

 さすがに最近は大猪の運搬には台車を使うようになって、最初の時の様に木の枝に載せて引き摺って来る訳ではなくなったので、少しは楽になったのだけど、それでも大猪を狩って、それを血抜きして、川まで持って行ってという作業となると、力仕事となるので男手が欲しいのだ。

 ま、僕は逃げるけどね。


 で、僕が何をしているかというと、最初は近辺の地質を見て回っていた。

 地質を見て回るというと、なんだか凄くカッコ良い感じだけど、実はもっと現実的な理由がある。

 僕は城の近くに、塩分を含んだ地層はないだろうかと探していたのだ。


 この僕たちが暮らしている地方は海からは離れているので、塩が取れない。

 でも塩は何も海がないと絶対に取れないという訳ではない。 世の中には岩塩というモノがある。

 都合よく岩塩が見つからなくても、自然の獣たちは塩分を含む土を舐めたりするという。

 そういう塩分を含んだ土が露出している場所に、獣は集まったりするらしい。


 僕はこの世界でもそういった場所があるのではないかと、探してみたのだ。

 レベルが上がって高度になった僕の空間認識は、結構な広さの周りのスライムなどといったモンスターだけでなく、普通の獣も認識出来るのだけど、それは今現在どこにいるかが分かるだけで、その行動パターンまでが分かる訳ではない。

 たくさんの種類の獣やモンスターが、同じ場所に何度も通っていたら、可能性は高いだろうと思ったのだけど、そこまでのことなんて分かる訳がない。

 足跡なんかで行動パターンを見つけるのは、狩人の基本技能だと思うのだけど、僕は罠師という狩人の一種だけど、変な方向に上達して、普通の狩人としての技能はあまり上がっていない気がする。

 こういうことはエレナの方が余程上手だと思う。


 「見つからないね、ナリート。

  やっぱり、そんなに都合の良い場所はないんじゃない。

  それにそんなの見つけたら、領主様が怒るんじゃない」


 ルーミエは僕に付き合って、一緒に探している。 なんだか僕とルーミエはもう1セットの様に、周りのみんなは思っているみたいで、ルーミエが僕と一緒にみんなと違うことをしていても誰もそれを問題視しない。

 ルーミエが「領主様が怒るかも」と心配したのは、塩はこの地方では領主様が専売品としているからだ。

 塩の取れる他領から領主様が買い付けて、それを領内で独占的に売っている。

 まあ塩の専売による利益は、領地運営資金の大きな位置を占めはするのだけど、一番の目的は、領内に安定してなるべく安価で行き渡らせる為だろう。

 塩を変に操作されたら、とんでもないことになる。


 「いやルーミエ、そんなことないぞ。

  塩が発見できたら、領主様は他から塩を買わずに済むようになるのだから、きっと喜ぶよ」


 「そうかなぁ」


 現実的には、土に含まれる塩だと、その土から塩だけを取り出す作業をしなければならない訳で手間がかかる。

 その手間をかけるのと、他領から買うのと、どっちが有利かの問題になるのだけど、それ以前に僕はそんな都合の良い塩を含む場所を見つけられなかった。

 いや、他に見つけた物があって、それを使ってどうにかすることの方を優先してしまったのだ。


 塩をみつけたかったのは、かなりの量の塩を毎回町から買ってきているので、そのお金が意外に馬鹿にならないから、それをどうにかしたいと思ったからだけど、僕は歩き回っていて、違うものを見つけたのだ。

 それは川を少し遡って歩いていた時だった。

 綺麗な白い砂のある場所を僕はみつけたのだった。


 見つけた砂はかなり粒子が大きく、花崗岩の表面が風化して崩れて小さくなってから時間があまり経っていない状況なのだろう。

 その割には白い部分がほとんどで、色の着いた粒は少ない感じだ。

 きっと花崗岩の組成自体が石英が多く長石は少ない、そして雲母は黒雲母ではなく白雲母が多いのだろう。


 僕はその粗い砂を手に取って、遠目では白く見えた粒が、近くで見ると透き通った粒が多いことに気がついた。

 そう当然だけど、石英の粒、つまり細かい水晶の粒は透明なのだ。

 その透明な粒を見た時に、僕は普段とても不満に思っていることを思い出した。

 何を不満に思っていたかというと、家の中が昼間でも窓を開け放たないと暗いことだ。

 薄暗いではなくて、暗いのだ。


 僕たちの家には、当然だけど各部屋に窓がある。

 だけど窓に嵌められているのは、木と竹で作った戸板だ。

 そしてその戸板は、風雨が家の中に侵入するのを防ぐ為に作られた物だから、当たり前だけど陽射しというか光は、その戸板を開かないと入って来ない。

 季節が良い時や暑い時は、窓はほぼ何時でも開け放たれているから、あまり意識しないけど、雨の時や風が強い時は窓を閉めてしまうと、途端に家の中はほぼ真っ暗になってしまうのだ。

 完全に真っ暗になってしまうのを防ぐために、壁の上部の一番高い位置、つまり屋根の軒に出っ張っているところの内側になるように、小さな明かり取りの穴を設けてあるけど、気休め程度に室内が明るくなる程度のことだ。

 これから季節が冬になり、寒くなってくると、家の内部の暖かさを逃がさないように、窓を開け放つことはほとんどしなくなるし、明かり取りの小さな穴も熱が逃げるので塞いでしまう。

 そうすると家の中は一日中ほぼ真っ暗ということになってしまうのだ。


 「で、雨の日は仕方ないけど、少しくらいの風を防いで、空気は入れ替わらない様にして、それでいて光は入って来るようにするには、薄い紙で外と中を仕切れば良いと思うのだけど、まだ紙を作ることも出来ない。

  だけど、もっと良い方法があるじゃないか」


 「ナリート、何急に大きな声で言い出したの?」


 僕が興奮して結構大きな声で考えていることを口に出してしまっていたらしい。 ルーミエが変な顔をして僕に聞いてきた。


 「おっと、ごめん。

  ルーミエ、雨の日とか風が強い日、それにこれからは寒くなるだろ。 そうすると窓を開けられなくなって、家の中が暗くなっちゃうじゃん」


 「うん、まあ仕方ないよね」


 「でもさ、領主様の館だと、透明なガラスで光が入る窓があるじゃん」


 「うん、あれ、良いよね。

  それから窓のところに、紙を張った枠が付いているところもあるよね、書類仕事をしている部屋とか。

  あれでも随分明るくなるよね。

  ガラスの窓はとても高そうで無理だろうけど、紙のだったら、そのうち取り付けられる様になるかな。

  ナリート、紙の作り方って知っているでしょ」


 ルーミエはガラス窓は最初から度外視しているみたいだ。


 「うん、確かに紙の作り方は知っているけど、すぐには作れないよ。

  それよりも今はこれ。 この白い粒の粗い砂を、手に取って、良く見てみろよ」


 ルーミエは言われたとおりに、足元の砂を手に取って眺めると言った。


 「この砂粒って、一つ一つをよく見ると、領主様のところにある窓のガラスみたいに透明なんだね。 綺麗。

  大きい粒だと透明なのが良く分かるよ」


 「うん、そうだろ。

  ルーミエはあの領主様のところにあるガラスって、どうやって作られたか知っている?」


 「んーん、知らない」


 「ガラスは、この白い砂のとても細かいのと、木を燃やして出来た灰を混ぜて、それを火でとても熱くすると、溶けて出来るんだ。

  この砂は、だからガラスの原料になる砂なんだ」


 「すごい!! だとしたら、ガラスが作れるってことね。

  木の灰は、畑に撒かないで集めておけば良いのだし、それなら出来るね」


 「そう簡単にはいかないよ。

  とても熱くする為には、そうすることが出来るような設備を作らないとならないし、それより何より、すごく沢山の燃やす木が必要になってしまう。

  とてもじゃないけど、そんなにたくさんの燃やす物を用意できないよ。

  ガラスを作るのに必要だからと、燃やすために木を伐っていたら、林なんてあっという間に無くなっちゃう。

  それだからガラスはほとんど作られなくて、とても高価な物なんだ。

  この辺りは、ただでさえ草原とか荒地ばかりが多くて、林や森は少ないだろ。

  とてもじゃないけど、ガラスを作ることは出来ない」


 「お湯を作るみたいに魔法で熱くすることはできないの?」


 「もっとずっと熱くしなくちゃならないから、無理だと思うな。

  僕らよりもずっと魔力がたくさんあって、凄い魔法を使う人なら出来るのかも知れないけど、今の僕にはとてもできそうにないし、出来る人は聞いたこともないな」


 「それじゃあ、この砂を作ってガラスを作ることも無理なのね」


 「いや、やってみないと分からないけど、もう一つ魔法を使ったやり方があるんじゃないかと思ったんだ。

  レンガを作るのと同じように、あの砂をクレイで集めて、フォームで板の形にして、ハーデンで固めれば、それっぽくなるんじゃないかな」


 ・・・・・・っ!! はぁ・・・・

 ならなかった。 甘くなかった。 上手くいかない。


 僕はまず最初に、白い砂から石英だけを取り出すことに挑戦した。

 僕は考えたのだが、泥からドロップウォーターで水を除去は出来る。 今はそれを利用して日干しレンガもどきを作っている。

 土魔法のクレイも、近くにそれ用の土を用意して、その土を意識して使えば、その土を引き寄せることで、何もない状態からクレイを使って土を集めるより簡単に手の上に土を集めで使うことが出来る。 これは前に、クレイを使って様々な食器や容器を作るのを職業にしている人から教わった魔法技術だ。

 この二つのことを考え合わせると、僕はこの白い砂の中の石英だけを意識すれば、それだけを手の上に引き寄せて集めることが出来るのではないかと考えたのだ。

 実験は成功した。


 「すごいね。 良く見てみると、全部透明な粒なんだね。

  細かい粒は、白く見えちゃうけど、よ〜く一粒一粒みると透明なんだね」


 「うん、この透明な小さな石の粒のことを石英というんだ。

  こういう物だときちんと知っていれば、ルーミエも石英だけを意識すれば、僕と同じように石英だけを集められるんじゃないかな」


 この作業は試してみるとルーミエも簡単に出来た。


 次に僕は集めた石英の砂をその粒の大きさで選別することにした。

 小さい粒では、ルーミエも言うとおり、透明というよりは白く見えてしまうからだ。 大きい粒を集めた方がずっと透明感が上がる。

 この作業はどうということもない。 少し目の粗いザルを竹で作って、それで振るって選別するだけのことだ。 難しいことではない。


 ここまではとても上手くいっていたので、僕は少し楽観していたようだ。

 僕は大きめの粒で揃えられた石英の砂を手に、広げた手のひら4つ分くらいの板ガラスをイメージして、フォームの魔法を使った。

 手のひらの上で、石英の粒が形を作り、僕のイメージする板の形になった。

 良しっ!! これであとはハーデンを掛けて、強化すれば出来上がり。

 そう思って、ハーデンをかけようとした時、石英で作った板はその形を保てずに、崩れてしまった。


 「えっ、どういうこと?!!!」


 僕は全く考えていなかった結果に、頭がちょっと真っ白になった。

 フォームで作った形が、ハーデンをかける前に崩れてしまうなんて考えもしなかったのだ。


 それから僕は色々と試してみた。

 フォームの魔法をかけるのを止めたことで形が崩れてしまうのなら、フォームの魔法で形を維持している間に、ハーデンの魔法で強化してしまえば良いのではないかと思って、ルーミエに僕が形作っているままにハーデンをかけてもらったが、やはりフォームを止めると崩れてしまう。

 逆にルーミエにフォームで形作ってもらい、これもルーミエは僕と同じようにできたのだが、僕が思いっきりハーデンをかけたけど、やはりダメ。


 根本的なところから考え直さなければダメなのかも知れない。

 僕はどうも魔法というモノを便利に考え過ぎていたようだ。


 結局、フォームの魔法で出来ることは、普通の焼き物でいったら、整形して乾かした状態にしたところまでのことだ。

 この状態の時には、まだ作られた物は、土の細かい粒子がそれぞれの摩擦力などでくっ付いているだけに過ぎない。 だから水に当たって、水分が含まれると、容易に形が崩れてしまうし、そうでなくても簡単に壊れる。


 土器はこの状態の土の塊を低い温度で焼いた物だが、焼くことによって、土に含まれる主に長石の成分であるケイ酸塩が熱によって水酸基が還元されて変化して、可塑性が無くなる。 また石英が熱によって一度体積が膨張し、それが冷える時に収縮する。

 この二つの作用で、形が固定するのだ。


 僕たちが普段使っている食器は、フォームで形を作って、ハーデンで表面を固めている物だが、どうやらハーデンという魔法は、かけた物の表面のケイ酸塩を熱でではなく魔法の力で変化させて可塑性をなくしているだけらしい。

 可塑性を無くすことで水分を弾くというか、含ませないようにしているのだが、それは表面のことだけで、僕らが使っている食器の内部は弱い土の塊だ。

 その表面もとても強い訳ではないので、小さなヒビはすぐに入り、そこから水が侵入すれば、簡単に壊れてしまう。


 新しい食器には使用前に脂を塗りつけるのだが、僕はその意味を初めて考えた。

 小さなひびから内部への水の侵入を防ぐためなのだろう。

 そして長く使っている食器が丈夫なのは、きっと細かいヒビから中に食物からのデンプンなどが幾らか浸透して固まることを繰り返して、水分の中への浸透を防ぎ、また内部を丈夫にしているのだろう。


 結局、魔法は便利だけど、完全に僕の頭の中にある物理や化学の法則を無視できるモノではないということなのだろう。


 大きい石英の粒同士だと、それを集めてもそれぞれが接する面積は大きくないので、形を保つことが出来ない。

 石英だけを集めているから、ケイ酸塩を変性させるハーデンをかけても意味はなくて、形が固定化されないのだろう、きっと。


 試行錯誤の末、やっと出来たのは、ある程度不透明の長石も混ぜて作った、手のひらサイズの板でしかない。

 僕としては作る前にイメージしていたのは、領主様のところにあるガラスの窓ほどではなくても、それを通して外の景色が幾らか歪んでいても見えるようなモノだったのだけど、出来上がったのは、透明な粒もかなり含んでいる板という感じで、精々僕の知識の中にあるすりガラス程度の光が通るだけの物だ。

 自分の努力しての結果なのだが、ガッカリだ。


 と、僕は自分でしたことながら、その結果にガッカリしていたのだけど、ルーミエの評価は違った。

 「これだったら、組み合わせれば、ちゃんと外の光が中に入る窓が出来る。

  私にも作れるかな、作れるよね」

 「うん、作れると思うよ」


 僕はルーミエに急かされて、この小さな半分くらいだけ透明と言えるかなという板を、2人で量産した。

 そして僕とルーミエの部屋は、内窓としてこの板を何枚も嵌め込んで作った窓が設置された。

 ルーミエはとても喜んでいるが、設置してみると、やはりこの板は脆くて、すぐに壊れてしまうので、毎日の様にハーデンをかけ直さねばならない始末だ。


 と、僕は不満ばかりが残る出来なのだけど、ルーミエだけではなくて、他の人にも好評で、作り方はレンガ作りの延長みたいなことで、ルーミエがやり方を教えたら、上手くいくいかないの騒ぎも起こったけど、結局誰の部屋もこの板をはめ込んだ内窓が付けられることになった。

 やっぱり少しでも部屋の中が明るく過ごせることは、大事だからかな。



 「ナリート、僕、思うのだけど、この板を作るのと同じ方法で、食器を作っても良いんじゃないかな。

  食器だから、別にそこまで透明さにこだわる必要もないからさ、細かい石英を多くして作れば、普通の食器と変わらないか、それに近い強度の食器は出来ると思うんだ。

  この板は脆すぎて運んだりには適さないだろうからダメだけど、白い食器ならば、町に持って行ったら、珍しいから高く売れるんじゃないかな」


 ジャン、凄いぞ。 僕は全然そんな風なことは考えもしなかった。

 確かに今現在は、不必要な毛皮を売る以外は、僕らが大蟻の討伐でもしない限り、ここには現金収入はなくて、出ていくばっかりだ。

 白い食器だったら、確かに売れるかも知れない。


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― 新着の感想 ―
ゾーンメルト(CTスキャンのような加熱方法です)で局部的な加熱を行えば歪んだガラスくらいになるのでは?
[一言] なるほど、ハーデンはどんな流動体でも固体化するご都合魔法ではなくて、素焼きか野焼き効果な魔法なのですね。あまり魔法がチート過ぎると子供の知育に良くないですからね。 でも窯無しで陶器が作れるの…
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