来春に向けて
シスターは、僕たちは2-3日、長くても1週間程度で帰るのかと思っていた。
「シスター、誰か迎えが来るんですか?」
1週間が経った頃、エレナがそうシスターに聞いた。
シスターは僕とルーミエとジャンが居る家で寝起きしているから、僕たち3人は何となくシスターの予定を尋ねにくい雰囲気だったのだ。
「迎えなんて来ないよ」
「でもさすがにシスターでも1人で町まで戻るのは危険じゃないですか?」
ウォルフが続いた。
「うん、だから、次にここから町に買い出しや、物を売りに行く時に、一緒させてもらおうかと思っている」
「えっ、そんなに長くここに居て、大丈夫なんですか?」
これは僕だ。
「うん、村の教会には、新しいシスターも加わったから、私がいなくても大丈夫になっているから。
それに他の村の寄生虫の問題も、今は目処が立ったから。
もう私もここで暮らそうかしら」
僕たちが暮らしていた村の孤児院には、シスターが町や他の村にも行くようになって、忙しくなり過ぎたため、もう1人、シスターの学校を出たばかりの若いシスターが赴任してきたことは知っている。
どうやら、その若いシスターが任せても大丈夫なレベルにまで、村の孤児院に慣れて、もうシスターが村の孤児院を離れていても問題ないらしい。
でも、問題はそこではなく、どうやらシスターはなんだか村の神父に煙たがられていることにあるらしい。
シスターは、いやちゃんと名前を付けて呼ぶとシスター・カトリーヌは、成人して見習いから正式なシスターになった時、そのレベルの高さから初級を飛ばして中級シスターに任命された。
それだけで周りからは少し妬ましく思われてしまうのだろうけど、シスター・カトリーヌは自分が中級であることを驕らず、初級の先輩シスターを立てる振る舞いをした。
しばらくして、町の孤児院の初級シスター2人がイクストラクトで寄生虫を除去出来る様になると、逆に2人はシスター・カトリーヌと自分たちとの実力差を感じることとなった。 またシスター・カトリーヌの指導の下にイクストラクトを使ったり、駆虫薬を製薬することによって自分たちのレベルが上がったことも実感した。
すると2人は、自然とシスター・カトリーヌを自分たちより上として振る舞うようになった。
それらのことはすぐに領内の教会関係者には知れ渡り、いつの間にかシスター・カトリーヌは、領内の他のシスターから妬みの視線を受けることもなくなり、この領内の若手No.1シスター、将来を嘱望されるシスターとなっているらしい。
僕たちは教会の地位なんて全く知らないのだけど、この領内で神父さんも含めて一番偉い教会関係者は、あの町の年寄りシスターらしい。
シスター・カトリーヌは、領内の村を全て訪問して寄生虫の問題に取り組んだこともあって、顔も広く知られているので、シスター・カトリーヌは将来きっとその地位を継ぐだろうと期待された。 またそれを誰も反対しないというか、当然とみなされているようだ。 まあ、まだシスター・カトリーヌは若いから遠い先のことだが。
それでもそんな風に耳目を集めているシスター・カトリーヌが、村の教会で自分の下にいる事は、あの神父さんにはどうにも煙たくて仕方ないらしい。
具体的にどうということがある訳ではないのだが、シスター・カトリーヌが用事で村を離れると言うと、周りでもそれと判る調子で機嫌が良くなるのだという。
僕はルーミエにこそっと言った。
「まあ、神父様の気持ちも解らなくはない気がするな」
ルーミエも声を潜めて応える。
「うん、自分は偽物だから、シスターが広く知られて偉くなると、余計に肩身が狭くなる気がするんだよね、きっと。
変に自分も目立っちゃっても困るだろうし」
そう、みんなは知らないけど、僕とルーミエは僕たちの居た村の神父様は偽物なのを知っている。
そして、領主様がそのことを知っていながら、そのままにしていることも。
「あー、もう、本当に私もここに来ようかしら。
私自身が何かした訳でもないのに注目されるのも嫌だし、神父様に煙たがれているのは分かるし、気が休まらないったらないわ。
ここに居る分には、前と同じに過ごせるでしょうから。
フランソワちゃんも、きっとすぐにここで暮らすようになると思うわ。
何しろフランソワちゃんも、新農法の伝道師とか言われちゃってるから。
さすがに新農法の開発者というのは、『私ではない』と強硬に主張して、それは言われなくなったみたいだけど、フランソワちゃんもそこら中で、堆肥作りの指導をすることになって、呼ばれる時には『フランソワ様』よ。
フランソワちゃんもここで暮らすと言うのも、解るわ」
僕とルーミエが、城作りに集中してしまい、マーガレットは町のシスターの学校に行ってしまったので、寄生虫の駆除や寄生虫を防ぐための堆肥作りをする農法の普及は、シスター・カトリーヌとフランソワちゃんの2人が担うことになってしまっていた。
その所為もあって、2人の名声がここの領内ではどうも爆上がりしちゃったみたいだ。
他人事だからかも知れないけど、2人は名声に値することをしたのだから良い事なのではないかと僕は思ったのだけど、2人にとっては冗談じゃないらしい。
僕らの城から町に行く人数が出たのは、それから1ヶ月以上経ってからのことになったのだが、結局シスターはその間ずっと僕らと一緒に居た。
何だか本気でここへの移住を考えていそうで、ちょっとどうしたものか。
1ヶ月以上町に行く事がなかったのは、領主様が来た時にお土産に食料を持ってきてくれたこともあるが、考えていたよりも豊作で、収穫が多かったことにもよる。
そしてそれ以上に、まだまだやらねばならない事が多くて、町に行く人手を割きたくなかった事が大きい。
春麦の種蒔きは、秋麦とは違い、今度はきちんと畝を作り、間隔をきちんと開けて面倒だけど植えていった。
今まではただばら蒔くだけだったので、その手間をみんなが嫌がるかと思ったのだが、同じ村の子たちが僕の指示に従うと、町の子たちも文句を言わずに僕の指示通りに作業を進めてくれた。
来春、今までのやり方との違いがきちんと出てくれると良いなと僕は思った。
城に近い茅場の茅を刈り、家の屋根を葺き直した。
竹屋根では長くは持たないし、冬は寒いのではないかと思ったからだ。
屋根の葺き直しは、申し訳ない気分でいたウォルフたちの家から始めた。
次に同じ村のみんなの2棟を葺いて、僕らの家を葺いたところで、この秋の屋根の葺き替えは終わってしまった。
刈り取れた茅が、それで精一杯だったからだ。
町から来た人の家は竹屋根のままだけど、この冬は我慢してもらうことになる。
後から来たのに優遇するのも変だしね。
それから秋は枯れ葉集めをしなければならない。
集めた枯れ葉を堆肥にするのに混ぜる僕らの排泄物は、集められた枯れ葉の量に対して不足するので、一部はただ積まれるだけとなるけど、積む時に土も混ぜて積むことにして、切り返し時に他の堆肥と混ぜることとした。
枯れ葉だけだと、寄生虫の心配はないのではないかと思うけど、それでも出来れば一度は温度を上げたい。
切り返し時に混ぜることで、その後温度が上がると良いのだけど。
林の木もかなりの数伐り倒した。
建材とする木だけでなく、薪にする木、それだけじゃなく大きくなり過ぎて、他の成長を阻害しているような木も伐り倒した。
今はただ伐り倒すだけで、伐った木はそのまま放置している。
春になって、伐り倒された木の枝が芽吹いたら、その時に全ての枝を落とす。
そうすると養分が芽吹いた葉の方に吸われて、木が締まるのだ。
それは春になってからの作業だ。
この辺りは、スライムと一角兎なんかの生存競争のせいもあってか、木はなかなか育ちにくいので、木を伐るだけだと、どんどん林は減ってしまう。
僕はそれも考えて、木を伐るだけでなく、木を増やすことも考えて作業をした。
まずは、もし伐った木の側に若木があったり、木の芽が出ていたら、それをスライムや一角兎から守る為に、その周りに低い土壁を作り、外側をハーデンで硬化させておくことにした。
ほんのちょっとした障害だけど、それだけでもきっと、スライムと一角兎の食害はかなり防ぐことが出来るんじゃないかと期待しての作業だ。
それだけでなく、開墾した土地の一角を使って、実って落ちていた木の実を植えた。
落ちている木の実は、僕が普通と感じるよりもずっと少ないのは、きっとそれもスライムが食べてしまうのだろうと思う。
だからきっと、発芽率はとても良いんじゃないかと思うから、来春が楽しみだ。
秋は季節じゃないけど、挿木に適した季節になったら、挿木もして木の苗を育てたいと思う。
食べられる木の実は、畑に植える分だけじゃなく、もちろん自分たちが食べるためにももちろん採集する。
秋は本当にやることが多い。
全員で進める収穫と種蒔きが終わってからは、基本的には町から来た後からの参加者には、僕たちが最初にやっていた開墾を、自分たちの手で行ってもらう。
僕たちが開墾した時には、とにかく大急ぎで開墾しないと食べ物に困るので、魔法をたくさん使える僕たちが、魔法でどんどん土を柔らかくしたりして開墾を進めていった。
しかし、町の子たちには自分たちの手で開墾を進めてもらう。
もちろん土を柔らかくするのにソフテンの魔法を使って効率良く開墾する方法は彼らにも教えたが、村を卒院した子以上に魔法を使う訓練をしていないし、レベルも低いので、使える魔法量が少ない。
それだから開墾は僕ら以上に苦労するのだけど、そういった苦労はしっかりと体験してもらいたいと思うのだ。
ということで、レンガを作って、水道橋を作るのはもっぱら村の卒院生が行うことになった。
毎日、秋の色々な作業を終えて、最後は使える限りの魔力を使って、レンガを作って、それを積む作業を行うことになった。
村から来た子たちは水道橋作りのために、町から来た子たちは開墾のために、どちらも毎日限界まで魔法を使ったので、その経験値で[全体レベル]も上がったけど、[魔力]、[土魔法]の項目も上がった。
町から来た子たちは[全体レベル]が低かったせいもあって、最初の上がりは早く、一つレベルが上がるだけでも、開墾できる広さが違ってくるので、成果が目に見えやすいので励みになったのか、本当に自分たちの限界まで毎日魔法を使って、開墾を進めていた。
村からの子たちも、それに負けられないと、レンガ作りを頑張り、水道橋も僕が考えていたよりも順調に工事が進んだので、途中で少し作る物の構造を変更して、単純に水を流す竹の筒を支えるだけではなく、その上を人が歩けるだけの大きさの橋にすることにした。
僕らの城とした丘から、本体の丘の上に行くには、そんなにすごい段差がある訳ではないけど、一度両方を分けている谷の部分に降りて登り返さねばならないので、ちょっと面倒だったのだ。
それが橋で行き来が出来れば、楽になると考えたのだ。
橋はアーチを作って、橋の下はその左右が分かれることなく、また風がそこを抜けることで風にも強くなったと思う。
まあそのアーチを作るには苦労したけど、その下が空間になっている上を、僕らは最初は恐る恐る歩いていたのだけど、大丈夫だと分かると、すぐに橋の便利さに慣れてしまった。
スライムの罠に餌を付けたり、壊れた部分の修復に行くのが何だか俄然楽になった気がする。
村から来た人、町から来た人、どちらも目一杯魔力を使っていたが、基本的には魔力の豊富な僕たちは、それらの作業には手を貸さず、魔力を使わなかった。
その理由は色々あるのだけど、大きい理由は2つだ。
1つ目は、僕らは狩りをするために、魔力を温存しておきたい。
秋になって林に入った作業をするようになると、注意しなければならないことがあった。
それはこの時期は、雑食の大猪も木々が落とした実を目当てに、林に多く集まって来ていることだ。
僕たちにとっては、肉と油脂の確保のために、探す手間が要らずに都合が良いことではあるのだけど、それは領主様に連れられてそれらを狩ることを訓練したウォルフとウィリーをはじめとして、それ以上のモンスターである大蟻を狩りまくった僕らだから言えることであって、他のみんなにとっては大きな脅威だ。
それもあって、僕らは大猪などを防ぐために、常にそれらと戦えるだけの魔力を温存している必要がある。
まあ実際としては、大体はウォルフとエレナの弓矢と、ジャンの槍で用が足りてしまって、あとはウィリーがもしもを考えて止めを確実に行うだけのことで、殊更魔力を使って、何らかの攻撃をするということもないのだけど。
それに僕たちは、実は攻撃魔法をほとんど知らない。
今のところはせいぜい牽制に、ファイアで出した火をムーブで投げつける程度のことで、大した攻撃力はないだろう。
2つ目は、僕らまで魔力を使ってしまうと、温かい風呂に入れなくなるからだ。
開墾はもちろんだけど、レンガ作りも日干しレンガ形のレンガを作るには土に水と枯れ草を混ぜて捏ねる作業があるから、身体が汚れる。
もう少し夕方には肌寒くなってきたから、温かい風呂で身体を洗うことを覚えてしまった僕たちは、もう今更、冷たく感じる水で身体を洗いたくはない。
そして町からも人が来て、人数が増えたので、使うお湯の量もより沢山必要になったのだ。
僕たち以外は、それぞれの仕事で魔力を使い果たすので、僕たちまでそうしてしまうと、お湯を作れる人がいなくなってしまうという大問題が起こるのだ。
まあこちらも実際は、心配してたのは僕らの中では魔力の少ないエレナだけだ。
男湯の方は男は人数が多いから、全く問題を感じていなかったし。
一番問題を感じていたのはルーミエで、女湯のお湯はエレナとルーミエが作るので、ルーミエも女湯に入ることになってしまった。
ルーミエ自身は、女湯よりも最初の水場に作った風呂の方が好きなので、そっちに僕やジャンと行けないのが不満なのだが、ま、仕方ない。
水道橋が完成してしばらくして、一つ問題が起こった。
何かというと、僕らの城に撲滅して、侵入できないようにしていたはずのスライムが見つかったのだ。
驚いてすぐにみんなで索敵し、すぐに僕らの城の丘の上に侵入したスライムは掃討したのだが、スライムの侵入は全く予想していなかった。
どこから侵入してきたのだろうか、と考えたのだけど、侵入経路はすぐに判明した。
何のことはない、水道橋を渡ってスライムはやって来たのだった。
今までは、竹の櫓に竹の筒の水路だったから、スライムはそれを伝って本体の丘からこちらに渡っては来なかったが、レンガ作りの橋となったので、そこを渡って来たという訳だ。
うん、スライムが渡ってきても、ちっとも不思議ではなかった。 完全にその対策を忘れていた。
僕らは急いで橋を渡った先と、橋のこちら側の2箇所に竹の壁を作った。
橋を渡るのに、壁に作られた扉を一々開け閉めしなくてはならなくなってしまった。
仕方ないけど。
水道橋を作り終わった村から来たみんなは、城作りの次の段階に入った。
僕らが城にした丘を取り囲むように、土の壁、つまり土塁作りを始めたのだ。
丘の上だけの開墾でも、今の人数を養えるだけの畑は作れると思うけど、これからもっと多くの孤児院の卒院生が、ここで暮らしていくことを考えねばならない。
それを考えると、新たな耕作地を作ることは絶対に必要なことだ。
そのためにはモンスターから耕作地を守るために、壁を作らなければならない。
村や町のように石で壁を作るよりは、盛り上げれば良いだけだから、土で壁を作る方が少しは楽だ。




