急遽秋祭り開催
秋麦の収穫が終わると、それからは本格的に秋の収穫が始まる。
麦と共に代表的な貯蔵作物である豆も、豆の種類で収穫方法は違ったりはするけれど、収穫して乾かして、貯蔵に場所を取らないようにするために、鞘から豆が取り出される。
その殻剥きなんかも手間のかかる大変な作業だ。
その作業によって出た廃棄物である殻は、一部は燃やされたり、堆肥作りに回したりもしたけど、多くは集めて叩いて細かくして、トイレに木屑の代わりに使うことにした。
木屑と同じように、トイレが嫌な臭いを発しないでくれると良いのだけど、さあ、どうだろうか。
豆の収穫方法の違いは大きく分けて、茎を根元で切って、茎と葉と共に豆を乾すのと、茎から鞘を採って、鞘だけを乾かす方法がある。
しかし最終的にはどちらも畑には根の部分だけを残して、土から上の部分は除去されて、それらは適当に切られて、堆肥作りへと回される。
そして根はそのままに残されるし、畑を耕すことはしない。
畑を耕さない理由は、なるべく雑草を発芽させたくないからだ。
開墾したばかりの畑は、土中にたくさんの雑草の種が含まれる状態なので、ちょっと気を抜けば、植えた作物よりも雑草が蔓延ることになってしまう。
その雑草を抜くという作業が、とてつもなく大変なので、極力雑草には生えてもらいたくない。
今まで一生懸命雑草を除去して、やっと雑草の繁殖を抑えたのに、耕してしまうと、土中に含まれる雑草の種が、また発芽に適した環境に出てきてしまうのだ。
せっかく土の表層で発芽した雑草を除去したのに、また同じことを繰り返したくはない。
だから、耕さない。
耕やすことによって、土は柔らかくなったり、空気を含んだり、日光に晒されたりと良いことも多くあるのだろうけど、雑草との戦いを考えると、極力耕したくないのだ。
作物を収穫した後の根はそのまま残しているのは、残した根がその場で腐ることで、それが土の栄養になるのを期待する意味もあるけど、水分の通り道が出来ることで、土が水を吸いやすく柔らかくなるからだ。
だから作られた堆肥を畑に入れる時も、基本は上に撒いていく。
今年は忙し過ぎて、そこまで手が回らなかったけど、来春からは作物の芽が出たら、畑の土が露出している部分は、雑草を刈ってきて覆ってしまいたい。
そうすればより一層雑草を防ぐことが出来るはずだ。
あと、かぼちゃもかなり収穫出来た。
これは開墾した場所の縁の部分に、発芽したのを移植して、そのまま放っておいたのだが、邪険に扱われていたのに、ちゃんと実をつけたのだ。
縁に植えられ、蔓を畑方向に伸ばしてきて成長すると、それを反対側の開墾出来ていない草と灌木の茂みの方に投げやっていたのだ。
収穫も期待はしてたけど、1番の目的は大きな葉を広げるので、それによって開墾した土地に、また元の植物が侵攻してくる防波堤となることを期待したのだ。
本来なら、貯蔵できる作物として芋類だとか、他の雑穀も栽培すべきだったのだけど、一年目の今年は麦とすぐに食べれる作物の栽培を優先して、そこまで手が回っていない。
来年の課題だ。
かぼちゃは収穫したばかりだと、あまり美味しくないけれど、貯蔵して時間が経つと甘みが増すので、思ったよりたくさん採れたことを女の子たちが喜んでいた。
僕は来年はサツマイモも作ろうと考えた。 僕も焼き芋食べたい。
秋はすることが多くて、収穫をしつつ、冬野菜も植え、もちろんレンガ作りもしている。
もうちょっとしたら、枯れ葉を集めて、もっと堆肥を作りたいし、萱を刈ってなるべく多くの家の屋根を茅葺きにしたい。
竹屋根だと冬はきっと寒いんじゃないかと思うからだ。
そういう訳で、これからは多くの人数が、城とした丘を降りて、周りの林や草原で作業をすることになる。
となるとこの辺りは町や村から離れていることもあり、その周辺より危険は多い。
みんなもうスライムや一角兎には対処出来るはずだけど、さすがに平原狼や大猪は無理だ。
そこでウォルフとウィリー、そして職業の血が騒ぐのかエレナは、最近は近辺の危険を排除するために、狩りに出ることが多い。
狩ってきた獲物の肉はそのまま食べたり、保存食に加工されている。
特に大猪の肉は美味しいので、みんなから歓迎されいる。
ただ現状僕たちにはその毛皮は利用価値がない。
平原狼や大猪の皮は、丈夫なので防具を作ったりには重宝されるのだけど、その毛は固く、防寒具や敷物などに加工するには適さない。
スライムや一角兎を狩るのに防具は必要ないし、防具を必要とするような狩をする僕らはすでに防具をしっかり持っている。
また防具を作れないこともないだろうけど、それを専門とする職人がいる訳じゃないし、作っている余裕もない。
そこで、それらの毛皮は町で換金して、資金の足しにすることになった。
町には定期的に誰かが何らかの用事で行くのだが、今は僕たち以外の者が順番に行っている。
一角兎まではみんな狩ることが出来るようになっているから、僕たちが護衛することなく町に往復することは、訓練というか良い経験になる。
道が出来ているから迷うこともないし、その道をいくらかでも改善して来ることも課題としているので、回数を重ねるとより往復が楽になっているはずだ。
自分たちだけで往復すれば、自信にも繋がる。
なんて理由をつけているけど、一番の理由は僕らは行きたくないからだ。
僕らが行くと、領主様をはじめ、官僚さんたちにも何か仕事を押し付けられるんじゃないかという気がするんだよな。
だから僕たちは今は町に近寄りたくないのだ。
今回町に行ったリーダーはロベルトだったのだが、戻って来た途端に僕たちに言った。
「聞きたくない話かも知れないけど、今度領主様が直々にここの視察に来るということだよ。
正式な予定とかは誰かが連絡に来てくれるらしい」
ええっ、なんで領主様が自らここに来るんだよ、と僕たちは思ったけど、それだけ僕たちのことを気に掛けてくれているのだとも思う。
それにまあ、今の状態だと来てくれる領主様を歓迎しようにも、何か特別なことが出来る訳でもないし、そんなことは承知しているだろう。
春からの成果を見てもらえば、それで良いのだろうと思った。
領主様はそれから、あまり間をおかずにやって来た、運ぶことの出来る僕たちにとっては十分過ぎるほどのご馳走を持って。
「お前たちのことだ、どうせ忙しく毎日休み無しでやって来たのだろ。
そればっかりじゃ、体は慣れて疲れなくなっても、心は疲れたままだ。
時には、美味いものを食って、楽しまないとな」
領主様は春からの僕たちの成果を見て、想像していた以上だと褒めてくれたのだけど、きちんと休みの日も作らないとダメだとアドバイスもくれた。
そして、持ってきたご馳走を一気に使って言った。
「秋の収穫をしたら、その収穫に感謝して、収穫祭をしないとな。
さあ、今日は腹一杯美味しい物を食べろ」
僕たちはまだ子供なので食べ物だけで、領主様は酒は持って来なくて、宴会というよりは食事会だ。
採れる作物も限られていたし、食材を買うのも倹約していた僕らは、どうしても質素で代わり映えのしない食事をしていたから、領主様のこの計らいはとても嬉しかった。
持って来てくれた領主様自身と、一緒に来た人たちは、ちょっと物足りなそうだったけど、それは仕方ない。
僕たちは領主様と、一緒に来た人たちが一晩過ごすのに、自分たちの家を提供したので、ちょっと夜が大変だったけど、そんなことは苦にならない小さなことだった。
「予想より上手くいっているようだ。 これなら維持できずに逃げ帰らずに済みそうだし、もっと発展させられるかも知れないな。
そうしてもっとたくさんの人数が暮らせるようになることを期待しているぞ」
領主様はもう少し何か言いたげではあったのだけど、それ以上の事は言わず、あっさりと帰って行った。
考えてみたら、確かに領主様に言われた通り、今まで休みなんて考えてもいなかったことを僕たちは反省した。
美味しい物をお腹いっぱいに食べたのが一番の理由だと思うけど、一日仕事をせずにお祭り気分で過ごしたら、何だか身体に力が新たに湧いて来たような気がする。
孤児院でも、仕事が休みの日はちゃんとあったのだから、これからは定期的に休みの日を作ろうと思う。
今までは余裕がなくて忘れていた。
領主様たちが戻られて、来た人全員が帰ったかというと、そうではない。
領主様たちと一緒に来たシスターが、一緒には戻らなかったのだ。
シスターは1人ではなく、女の子を1人連れていた。
「つい最近孤児になってしまった子なのだけど、孤児院に入る歳ではないのよね。
だけど知り合いもいない子だから、急に自分だけで暮らせる訳でもない」
たまにそんな孤児が生まれてしまう。
孤児院で暮らす年齢なら、孤児院に収容すれば、とりあえずは生きていけて、他の子と同じように孤児院を卒院する時には進路を選べば良い。
問題なのは、孤児院を卒院している年齢なのに、急に孤児になってしまった場合だ。
その場合、孤児院で暮らしていた子とは違い、自分と同じ境遇の友達がいる訳でもなく、卒院した孤児院の子たちが当座暮らしていく寮に入れても、そこで自分1人で暮らしていくことも困難だ。
何となく立場的に中途半端で、浮いてしまうのだ。
元々、町や村で暮らしていた子なら、血縁者がいたり知り合いがいたりして、誰かしらが身の振り方を考えてくれるのだろうけど、流れ者だったり、行商人がモンスターに襲われたりしての生き残りだったりすると、そういった人間関係がないから、どうにもならない。
まあ、それだから孤児という括りになり、シスターが関わったりすることになるのだけど。
「それで、まあこれはお願いなのだけど、この子をここの一員にしてくれないかしら」
今回のシスターの目的はそこらしい。
「この子は年齢はエレナと一緒ね。
この地方に親と共に移住して来ようとして、その移動中に平原狼に襲われて、両親とも失ってしまった。
近くに居た、というか襲った平原狼を狩っていた冒険者に助けられたのだけど、まあ、なんて言うか、それで親たちが持っていたお金なんかはそのまま引き継いだので、冬を越すのに必要な金銭的蓄えは持って来ているわ」
言いにくそうに話したシスターの言葉で、僕たちは大体の事情を推測することが出来た。
つまりこの孤児になった子とその両親は、たぶん移住のために町を目指して移動している途中で、不運にも冒険者たちの平原狼狩に巻き込まれてしまい、平原狼に襲われてしまった。
冒険者たちは慌てて助けに走ったけど、それが間に合わず親は平原狼に殺されることになってしまった。
冒険者たちは良心が痛んだのもあるのだろうが、生き残ったこの子に親の持っていた財産などをきちんと渡して、その上でシスターにこの子の生き末をどうにかしてやってほしいと頼んだのだろう。
シスターがここに連れて来たのは、年齢が僕たちと変わらないこともあるだろうけど、町や村で仕事を探すことになると、全く人間関係が作れていない中で、大人に混ざって働いて行かねばならないことになる。
寮に入れてやっても、そこはもう人間関係が出来上がっている上に、1日の大半はどこかの仕事場で過ごす訳で、新たにその中で関係をゆっくり作る暇はない。
きっと孤独に沈んでしまうだろう。
ここならば、みんな一緒に仕事をしている訳だし、みんな元々は同じ孤児だ。
町や村で暮らすよりは、ずっと気分的には楽だろう、それに幸いにも冬を越す為の資金は持っている。
「そういうことなら、受け入れてあげても良いんじゃない。
私たちのとこが一部屋空いているから、そこに入れば良いし」
「エレナ、私たちのとこというのは、今使っている家か?」
「そうよ。 もう良いじゃない。
誰か来た時、一々動くのも面倒だわ。 私たちはあっちに住むんで良いじゃん」
「あの家は問題あるだろう」
「大丈夫よ。 ヤニが出ているところは、乾いた土でも擦り付けておけば、そう問題にはならないわ。
それも徐々に少なくなるだろうし」
僕たちは領主様たちに場所を提供するために、失敗作の家で一晩6人で過ごしたのだが、エレナはそっちに失敗作と解る前に計画したように移ろうと提案したのだ。
ウォルフとウィリーは反対のようだけど、人が1人増えると僕たちの6人用の家では無理がある。 他の家も空きは無い。
「まだ少しシスターはここに居るでしょ。
そしたらどうせ部屋足りないし」
「シスターは、私がナリートと一緒に寝るから大丈夫だよ」
いや、ルーミエ、それなら僕はジャンと一緒の部屋で寝るよ。 この失敗作の家でも僕は構わないし。
「それにフランソワちゃんも来るって言っていたから、きっとそんなにしないで来るよ。
そしたらやっぱり足りなくなるじゃん。
私たちがあっちに移るのが、一番面倒じゃ無いじゃない」
エレナが受け入れに積極的なのは、シスターの連れて来た新しい子に親近感を覚えたからだろう。
年齢が一緒というのが理由ではなく、親を平原狼に殺されているというところが一緒なのだ。
エレナの母親は、エレナが物心がつく前に亡くなっていたらしいが、父親は平原狼に襲われて亡くなったらしい。
「えーと、とにかく受け入れてくれる、ということで良いのね」
シスターの確認にウォルフが答えた。
「はい、それは構いません。 ナリート、良いよな。
あと、家は俺は移るんで構わない。
確かにエレナの言うとおり、それが一番問題がない」
「しょうがねぇなぁ。 俺も諦めるよ」
ウォルフは何となくエレナに甘いし、ウィリーもすぐに妥協する気がする。
自分のことなのだけど、蚊帳の外に置かれていたような連れて来られた子にエレナが言った。
「ということだから、あなたは向こうの家の私の隣の部屋になるわ。
寝床だとかは、すぐに作りましょう。
それであなた、名前は何ていうの?」
「アリー」
「そう、私はエレナよ。 何でも聞いて」
とエレナがこの新入りの「面倒を見る」と宣言したような感じだったのだけど、実際に一番面倒を見ることになったのは、この場では全然存在感を出していなかったジャンだった。
シスターが連れて来た子は、それまで孤児だった訳ではないから、僕たちのように孤児院での生活に慣れていない、というか何でも自分のことは自分で行うような生活をしていた訳ではなく、それだけではなく僕たちはもちろん他の子たちと比べても[全体レベル]に差があって、色々なことに付いていけないことが多かった。
差が大きかったので、優遇措置で1人だけのスライムの罠を作ったら、僕たちはもう忘れていたけど、熱を出して倒れたりもした。
エレナはもちろん色々と気にしていたのだけど、エレナはウォルフ・ウィリーと共に城から出て狩に行くことも多く、離れていることが多い。
それで結局、優しくて面倒見が良くて、常識的なジャンが一番面倒を見ることにいつの間にかなってしまった。
ま、それは少し後のことだけど。
「エレナの言ったように、私も少しここの様子も前の時よりきちんと見たいし、この子もいきなり1人にされたら不安だろうから、ちょっとの間ここで暮らさせてもらうわ。
それからもう一つ。
結局、領主様は何も言わずに戻られてしまったけど、まあ、それはまだ何か言えるような時でもないと判断したのだろうけど、私から教えておくわ。
実は、町の子たちがここに来た時から、他の村の孤児院を出た子にも、ここに来たがる子がいるのよ。
他の村の孤児院は、町はもちろん私たちの居た村の孤児院より人数が少ないくらいだから、合わせてもそんなに沢山という訳でもないけど、それでも合わせればここに来た町の子たちくらいになるわ。
領主様は、その人数もここに来させてやれないかと考えているみたい。
というのは、その子たちは、冬を越せるだけの資金があれば、ここで受け入れてもらえると思って、かなり無理をしてその分の金銭を得ようとしちゃったりしたのね。
それで怪我したりとか、ちょっと組合でも問題になっちゃったのよ」
まあ気持ちとしては、解らなくはないけど、現状としてはとても受け入れる余裕はない。
今このシスターが連れて来た1人を受け入れるかどうかでも、こうやって話し合いをしていたくらいなのだから。
領主様も一緒に来た他の人たちも、僕たちが頑張ったことを褒めてくれたけど、現状では無理だと判断して、言葉にはしなかったのだろう。




