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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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予定外、基本的には良い事だけど

 暑さがまだ終わらないうちになんとか最低限、つまり丘の縁の部分の上部ほんの少しを、スライムや一角兎が登れないように固めることが出来た。


 「スライムが登って来れないようにするのは、なんとか終わったけど、水路をちゃんとしたモノにするのは、とても手が回らなかった」


 「それは仕方ないよ。

  麦の収穫前に丘の周りを固められただけでも、みんな良く頑張ったと思うよ」


 僕のぼやきにジャンがそう言って、無理を諌めてきた。


 僕が何をぼやいているのかというと、とにかく水路がよく壊れるのだ。

 僕たちが作った丘の本体とこちらを繋いでいる水路は、両方を隔てている凹んだ部分を、ただ丸太を組んだヤグラのような物を作り、竹のパイプを渡してあるだけだ。

 ちょっと強い風が吹くと、簡単にその竹製のパイプが壊れてしまうのだ。

 それはそうだ、単純に空中を竹製のパイプが、スケスケの支えで横切っているだけなのだ。 風が吹けば、もろにその力を受けてしまう。

 そして丘の凹んだ部分は風の通り道にもなってしまうのだ。


 僕らは天候が悪くなる度に、水路の補修をしなければならなかった。

 もちろんそのうちきちんとした立派な水道橋を、レンガ造りで作ろうという腹積りはあったのだけど、こんなに簡単に壊れて補修が必要になるとは考えていなかった。

 まだ水田を作った訳ではないので、必要とする水の絶対量は少ないのだけど、それでももう元からある水場から湧く水の量で、生活や畑に必要とする量を確保し切れないところまで開発しているので、壊れる度に最優先で補修をしなければならず、他の作業がストップしてしまう。

 一度などは丸太のヤグラまで強風で倒れてしまい、復旧に数日かかるという時まであった。


 「でもさ、水路が壊れると修理が終わるまで、風呂も使えないんだよ」


 「ナリートが一番問題にするのは風呂なのかよ。

  畑の水やりに困る方がもっと問題だろ」


 「畑は数日くらいは枯れない。

  だって強い風が吹いた時って、大体雨も一緒に降るでしょ。

  お風呂に入れない方が問題よ」


 僕らの話にルーミエが加わってきた。

 ちなみに風呂はもうちゃんと、簡単だけど脱衣場も付けた建物を、男湯と女湯と分けて2つ作ってある。

 場所もちゃんと自分たちの家の近くにしてあるのだけど、エレナの主張によって周りからは風呂が見えないように、きちんと視線を遮る建物にしたからか、ルーミエはあまり新しい風呂場は好きでなく、よく水場に作った元の風呂に行こうと誘う。


 「だって、こっちの方が気持ちが良いじゃん。

  新しいのは周りが囲まれちゃっているから、風呂に入っていても空しか見えないし、風も感じられない」


 まあ、そう考えるのはルーミエだけじゃないみたいで、ルーミエが僕を誘って元の風呂に行こうとするのに気がつくと、マイアも加わってくる。

 マイアがここでは最も年上の女の子で、もうそこそこ発育もしているので、エレナの主張からすれば、僕と一緒に風呂に行くのは一番問題があるのだろうが、マイアも気にしない。

 僕はマイアも一緒する時は、ジャンも誘うのだけど、時々ジャンに逃げられると、最近は男1人だとなんとなく気まずい。


 「ま、とにかく、秋麦の収穫が終わらないと、とてもじゃないけど水路をしっかりしたモノにすることなんてしている余裕はないよ」


 そう、ジャンの言うとおり、今現在の問題は秋麦の収穫なのだ。

 秋麦と言っているけど、この麦の収穫は秋というよりは夏の終わりだ。

 まだ暑さが残っている時期に、穂が黄色くなって頭を下げ、収穫の時期となる。

 春に種を蒔いて、夏の終わりに収穫できるという時間のかからない作物だし、主食となる穀物でもある。

 僕たちが城作りを始めた時に、一番最初に開墾して種を蒔いた作物が、この秋麦だ。

 もうこの秋麦の収穫がちゃんと出来るかが、この場所で暮らしていけるかの最初の一番大きな関門だから、僕らは懸命に開墾して、可能な限りどんどん秋麦の種を蒔いたのだった。

 それがやっと収穫の時期を迎えようとしているのだ。


 ちなみに麦には大きく2種類というか、秋麦と呼ばれるこの春に種を蒔いて、夏の終わりに収穫する麦と、秋に種を蒔いて、春の終わりというか夏の始まりの頃に収穫する春麦と呼ばれる種類がある。

 収穫までの日数が大きく違うからだろうか、春麦は冬の間はあまり成長しないのに、面積当たりの収穫量は秋麦よりも多い。

 それもあって、僕たちは秋麦を目一杯頑張って作付けしたのだ。 春麦より収穫量の少ない秋麦だから、収穫量が少なくては困るからね。


 その秋麦が収穫時期をもうすぐ迎えようとしている。

 運よく今年は天候に恵まれたし、開墾したこの丘の上の土壌は栄養が豊富だったらしくて、豊作と言える結果をもたらしてくれたようだ。

 ただ反面雑草が抜いても抜いても生えてくるという、雑草との戦いは壮絶だったけど。 まあそれは開墾したばかりの土地だから仕方がない。


 一つだけ、とても大きな誤算があった。

 だいたい普通は同じ作物を植えていても、その土地がどっち向きに傾斜しているかとか、周りの状況でいくらか温度差があるとか、諸々の条件の違いで、その収穫の時期は少しづつ場所によってズレてくる。

 ところが、この地は丘の上の平地ということで、僕らの開墾した畑一面がほぼ条件に違いがないみたいで、種を蒔いた時期は開墾の進み具合で少しづつズレていたはずなのに、その違いは誤差範囲だったのか無視されて、麦の畑全ての収穫時期がほぼ同時になるようなのだ。


 麦の収穫の適正時期は短い。

 実って、穂が頭を下げて、色が変わり、実を取ってみて、爪で線がつく位になった時に収穫しなければならない。

 それを超えると、乾きすぎて実が硬くなってしまったり、落ちてしまったり、逆に雨に長く濡れるとカビたり腐ったりしてしまう。

 麦の実を茎から落とす脱穀も、その乾き具合に応じて素早く行う必要もある。

 とにかくその収穫期は大忙しなのだ。


 どうしたら良いかな、僕はそんなことをぼんやりと考えながら、ルーミエとマイアの3人で風呂に浸かっていた。 ジャンには逃げられて3人だ。

 ルーミエは元々全く気にしないし、マイアも他に人がいなければ、ルーミエと同じ調子で僕に接してくるので、僕がちょっと心ここに在らずで湯船でぼんやりしていると、僕の気を引こうとルーミエが僕の腕を自分の体に引き寄せると、面白がっているのか同じようにマイアはもう一方の腕を引き寄せた。

 僕はさすがに上の空ではいられず、ルーミエの疑問に答えた。


 「いや、麦の収穫をどうしようかと考えていたんだ。

  作物作りは女性陣が中心にやっていたけど、収穫はみんなで一斉にしなければならないじゃん。

  で、僕が見ても明らかに全部一斉に収穫時期になりそうだからさ、どうしたら良いだろうかって」


 「麦の収穫か、私たちもちょっと前から、そうなりそうだと感じてて、どうしたら良いか悩んではいたんだよ」


 やはりマイアたちもこの問題点には、僕よりも先に気がついていたようだ。


 「それじゃあ何か良い考えあるかな?」


 「それが考えつかないんだよね」


 「ナリートは何か考えついたの?」


 「ルーミエ、そんなに都合良く何か考えついたら、風呂の中でまで考え込んでいないよ」


 うん、そうだよな、という顔をしてルーミエも考えている。


 僕たち3人は風呂桶の片方の長辺を背にして同じ方を向いて湯に浸かっていた。

 僕が真ん中で、2人がそれぞれに僕の腕を自分の体に引き寄せるようにしたから、僕を挟んで2人が向き合う形になっていた。

 マイアは僕の腕を離すと、僕の正面に自分の位置を移動した。

 そんなに大きな湯船ではないし、湯船の短辺の距離で向き合うことになるので、僕は伸ばしていた足を膝を抱えるように引っ込めないと、マイアは正面の位置で湯に浸かってはいられない。

 それでも長さが足りなくて、マイアは僕の足の両側に自分の足を伸ばした。

 何だか僕はマイアに捕らえられたような感じだ。

 マイアは曲げている僕の膝に両手を掛けて、余計に何だか逃さなぞという感じで言った。


 「私、他の女の子たちにも言ってないのだけど、一つ案があるのだけど、ナリート、聞いてくれるかな」


 僕はこの捕まってしまったという体勢で、マイアに何を言われるのだろうと、何だかドキドキしてしまったのだけど、そんな僕の心情には全く関心がないのか全然気が付かないルーミエが言った。


 「えっ、マイア、私にも言ってないことなの?

  なーに、聞かせて」


 「うん、ルーミエにも言ってないよ。

  あのね、私は町の教会の卒院生をもうここに呼んでしまって、それで収穫をすれば良いと思うんだよ。

  予想より収穫量が多いみたいだし、また大蟻の討伐報酬をもらったから、前よりはいくらか余裕が出来たのでしょ。

  もう町の子たちが増えてもなんとかなるんじゃないかな」


 「あっ、そうだよね。

  思ってたよりたくさん収穫出来そうだから、大丈夫かも知れないよね。

  人手が足りないと、ちゃんと収穫出来なくて、収穫量が減っちゃうのだから、結局は同じことだから、町の子たちを増やす方が良いわ」


 いや、ルーミエ、そんなに単純な計算じゃないだろ。

 でもまあ、確かにどうせ受け入れることになるのだから、それならこの収穫の一部を無駄にしてしまうより、早めに受け入れてしまう方が良いかも知れない。

 それにマイアの言うとおり、新たな大蟻討伐の報酬で、少なくとも増えても今度の冬を越すのに必要な食糧を買えるだけの資金はあるはずなのだ。

 町の卒院生を即座に受け入れなかったのは、甘い考えのままで受け入れるのは嫌だったからに過ぎない。


 「名案だと私は思うけど、でも何でマイアは、その案を私たちには言わなかったの?」


 「それはさ、ルーミエ、町の子たちのことについてはエレナは責任を感じちゃっているから、ナリートのOKがもらえるか判らないことは、エレナの前では言い出しにくいよ。

  それに私たちも町の子たちと同じ立場だからさ、優遇されている私たちが町の子たちも優遇しろとは言い出せない。

  それから、大蟻を退治して報酬を得たのも、私たちじゃなくてあなたたちでしょ。

  その報酬を当てにするようなことも、やはり言い出しにくいよ。

  私、これでも今の話するのに、かなり勇気を振り絞って、ドキドキしながら言ったんだから」


 えっ、マイアがドキドキしてたの? ドキドキしていたのは、こっちなんですけど。


 「で、ナリート、どうかな?」


 「あ、僕? うん、僕も名案だと思うよ。

  でも確かにマイアの言うとおりで、ウォルフ、ウィリー、ジャンにも聞かないと、そうするとは決められないけど」


 「ナリートがそれで良いと思えば、もうそれで良いんじゃない。

  だって、この城作りはナリートが始めたんだから」


 「私もナリートとルーミエがOKしてくれたら大丈夫だと思うけど、あの3人も了解してくれたら完全よね。

  それじゃあ、風呂から出て、みんなのところに戻って、この話をしましょう。

  すぐにでも町の子たちを呼びに行かないと、収穫に間に合わなくなってしまうかも知れないから」


 翌日すぐに町の卒院生たちを呼びに、エレナ、ウォルフ、マイア、それにもう1人、ウォルフとマイアの代の男が向かった。

 エレナは町の卒院生たちに、この報せを自分で持って行ってあげたいだろうから、当然の人選で、ウォルフは護衛だ。

 マイアともう1人は、これからは僕たちだけでなく、僕たち以外も自分たちだけで町や村に行けるようになるための訓練を兼ねてということと、ウォルフ1人が主力で町まで荷車を持って行くのは大変だろうからだ。


 町に向かった4人は、大急ぎで戻って来ることになっているから、たぶん往復で3日だ。

 単純な往復なら2日で戻って来れるけど、さすがにそれは無理だ。

 残った僕らは、大急ぎで新しい家の土台や、壁の中の部分になる竹の枠を作ったりしなければならない、それから屋根にする竹も。

 とりあえず町の子たちが来たら、僕らが最初に暮らした倉庫にする予定の建物で寝起きしてもらうことになるが、収穫した物をそちらに貯蔵する必要があるから、早急に彼らが暮らす家を作る必要がある。

 人数は8人分だ。

 村の孤児院より町の孤児院は規模が大きいので、もしここに居る村の孤児院出と同じだけの代の、つまりウォルフたちの代とエレナし代と僕の代の卒院生が、みんな来るとしたら、とてもそんな数では済まないのだけど、来るのはエレナの代だけだ。

 それも何人かは抜けているらしい。 それでも8人。

 僕らは大急ぎで、4人用の家を2棟作ることにした。 大きな家を作るよりも簡単だからだ。 前に作ったのと同じ形だから、速やかに間違えずに作れもするしね。


 彼らは予定通り、3日後には戻って来た。

 町の子たちは、まだ始めてから半年にもならないのに、僕らの城作りが随分と進んでいることに驚いている。

 畑の広さに驚き、ちゃんとした家があること、水が引いてあることは予想していなかったみたいだ。


 でも今はそれに構っている暇は無い。

 僕たちは彼らに、まあ教えなくてもなんとなく出来るであろう、普段の農作業だとかは任せて、彼らが出来るはずのない家作りを僕たちは大急ぎで進めた。

 何でも、使ってくれとウォルフが彼らから渡された、彼らがあれから必死に貯めた金額は、この家作りに使う木材を買ったらば全て無くなったらしい。


 「でもまあ、アイツらなりには、かなり頑張ったんだと思うぞ」


 ウォルフがそう評したけど、同感だ。


 僕たちは本当に大急ぎで家を建てて、柱を立て、梁を渡し、屋根を掛け、床を張り、壁にする枠を嵌め込むまでの事は出来た。

 しかしまだ壁に土を塗って、きちんと雨風を防ぐようにするのは間に合わなかった。

 懸念していた通り、麦の収穫時期が一斉に来てしまったのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] お風呂会議はいいですよね。マイアに手玉に取られているナリートがかわいい。そして、露天風呂の良さをきちんと語れるルーミエが末恐ろしい。 結果的に、エレナの思いが叶って良かったですね。 次回も…
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