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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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またまたスライムの罠

 「ナリート、今度はお前が町に行くか?

  お前とエレナとルーミエだと、ちょっと不安だからジャンも行って良いぞ。

  今度は俺たちがこっちを引き受ける」


 ウォルフがそんなことを言ってきた。


 忙しい毎日を過ごしていたら、ウォルフ、ウィリー、そしてジャンの3人が率いて木材を積んで荷車が戻って来てから、もう1ヶ月が経つ。

 気候が前よりも温度が上がったからか、それとも日が長くなってきたからか、植えた作物の成長は順調で、葉物野菜はもう少しづつ収穫が出来るようになってきた。

 それからいくらかは開墾以外にも労力を回せるようになってきたので、ウォルフとウィリー、そしてエレナは時々丘を降りて周辺の草原に行って狩りをしてくるようになった。


 いや、違うな。

 他のメンバーの大いなる期待を背負って、他の仕事を免除されて狩りに行かされているのだ。

 町から離れた今の場所は、スライムの数を減らしている訳ではないので、本来の一角兎なんかの数となっていて、町周辺のように数が多くなっている訳ではない。

 それだからそれらを狩るのは、町周辺で狩るより大変なのだけど、3人はもう本当なら兎狩りは禁止されている実力の持ち主たちだ。

 みんなの期待を裏切ることなく、獲物を狩ってくる。

 時には一角兎だけでなく、平原狼なんかも狩ってくる。 まあ、平原狼は食べるには肉は硬いし臭いし旨くはない。 皮は丈夫だけど。


 ある時は、エレナが1人で「手伝いに下に降りて来て」と呼びに来た。

 何かと思ったら、大きな大猪を狩って、丘の下までは木の枝を橇にして引き摺って来たのだが、さすがに丘の上まで運んで来るのは無理だったのだ。


 「もう坂が厳しくない下まで引き摺って来るだけで、2人は疲労困憊で、下で伸びて待っているわ。

  それで私だって疲れているけど仕方なく人を呼びに来たのよ」


 僕たちは揃って2人を迎えに行った。

 大猪は川に持って行って、傷まないうちに急いで冷やしながら解体する。

 血抜きはされているけど、冷やして素早く解体して処理しないとね。


 その日はおいしい肉を腹一杯みんな食べて、食べきれない肉は塩漬けや燻製に加工した。

 それから大猪は脂身もかなりあるので、そっちは出来る限り鍋で溶かして、脂だけを分離して、容器がなかったので大急ぎで太い竹を取ってきて、竹筒に移した。

 その方が長く貯蔵できるからだ。

 とは言っても、これからは温度が上がることもあるし、雨で湿度も上がる。

 そんなに長く保存できるものではない。


 こんな風に食生活は最初よりは充実してきたのだけど、もう運んで来ていた主食の穀物がほとんどないのだ。

 それ以上に問題なのは、肉の保存のために塩を使い切ってしまい塩がないのだ。

 僕たちは今現在毎日肉体労働に明け暮れているので、塩がないことは死活問題なのだ。


 どこかに岩塩がないだろうかと思うのだが、岩塩があるという話は領主館でも聞いたことがない。

 そうなると、町に運ばれて来て売られている塩を買ってくるより他に方法がない。

 その二つの理由から、また大急ぎで町に誰かが行く必要があるのだ。


 「僕はまだ大急ぎでやらなければならないことがあるから、また2人が中心になって行って来てよ」


 「そうか、そうなるとルーミエも行かないな。

  ジャンはどうする?」


 「僕は前の時行ったから、今度はエレナが行けば」



 僕が残ったのは大きな理由がある。

 それはスライムの罠を作るためである。 僕が一緒に作らないと、罠は経験値が入らない。

 それだから僕は町に行く訳には行かなかったのだ。


 スライムの罠を作ろうと考えたのには理由がある。

 一番の理由は、現状畑をもう広げられないという問題があるからだ。


 ここの所の大急ぎでの作業で、現状でもちゃんと秋に穀物が実れば、今の僕たちがなんとか暮らしていけるだけの収穫はあると思う。

 それだからか、みんなにはちょっと安心感が生まれてしまい、次は何をしようかという弛緩した時間に今はなってしまっている。

 それはこの丘の上で作れるだけの畑を作ったという気持ちになっていることも大きい。

 作れるだけ作ったと言っても、もう開墾できる土地がないという訳ではない、開墾出来るというか、使える土地のまだ3分の1も使っていないだろう。

 でも開墾が終わってしまっているのは、自分たちに必要な最低限の広さを得られたからということもあるだろうけど、それより何より、開墾しても水が不足して、作物を植えても育てられないからだ。


 現実的には乾燥に強い作物の作付け面積を広げたりの手段はあるのだけど、僕には密かにやりたいこともある。

 それは麦ではなく、米の栽培だ。

 米は同じ面積ならば、得られる収量は麦より多く、より多くの人口を養うことが出来る。

 それに何より、米がこの世界にあることを領主館で食べて知ってからは、僕は米を作りたくて仕方ないのだ。


 前世の知識はあるけど、記憶はないらしい僕なのだが、それでも米を作りたいと思ってしまうのは、どうしてなのかな。


 とにかく、将来的には米を作るためにも、まずは畑を増やしたり、生活の質を上げるためにも、もっと水を確保したい。

 そのためには一番最初から考えていたのだが、丘の本体の方にある池から、この離れているこっちまで水を引かなければならないのだ。


 水場があれば、当然だけどそこにはスライムもやって来る。

 まずはその丘の本体にある池に集まるスライムを、少なくともその数を減らさないと、水を引くどころの騒ぎではないのだ。

 そのためにはスライムの罠を設置しなければならない。

 ここの小さな水場にいたスライムのように、狩り尽くしてしまえば良いという規模ではないからだ。


 それともう一つスライムの罠を作りたい理由がある。

 それは最初に冒険者となり、狩りをしていて、今では銀級の冒険者となっている僕たち6人と後からメンバーになった8人とのレベル差を、少しでも縮めたいのだ。


 モンスターを狩ることは経験値がたくさん得られるということでもあり、本当はモンスター狩りを彼ら8人にもレベル上げの観点でいえば勧めたいくらいだ。

 だけど、彼らは元々モンスターを狩ること、スライムと戦ったりすることに対する拒否感が強い。

 スライムと槍で戦えないのに、他のモンスターと戦える訳が無い。


 これは実はとても面倒なことで、彼らは最低でも僕ら6人の誰かが一緒しなければ、今現在は城を作ろうとしている、この本体から離れた丘の上しか行動範囲がないのだ。

 丘の上から降りれば、そこではもうどこにスライムや一角兎、もっと問題のある平原狼なんかがいてもおかしくないのだ。 まあ平原狼と出会う可能性はかなり低いだろうし、大猪だともっと低いだろう。

 そしてこの丘の上だって、元々いたスライムは駆除したけど、今の状態ではまたいつ下から侵入してきてもおかしくはない。


 この8人の安全を確保するのって、実はかなりめんどくさい。

 丘の下の竹林から竹を一本伐って来るのだって、今はまだ引き抜いた灌木を薪にしているけど、将来的には丘の下の林に柴刈りに行く時でも、誰かが護衛につかないとならないのだ。


 ま、とりあえずその点は置いておいても、僕らの開墾や、家作りなどは魔法を使うことが前提になっている。

 今のところはその多くは土系の魔法だけど、開墾する土地を柔らかくしたりも、家の外側を雨に強くするのも、レンガを作るのも魔法を使っている。

 使っている魔法自体は生活魔法を少し応用した魔法ばかりで、それは8人も練習していて使える魔法ではある。

 でもレベルが低いため、使える量が僕たち6人に比べると極端に少ないのだ。


 魔法を使ってすることだけが日々の仕事ではないし、それ以外の特技を生かすこともたくさんあると思うのだけど、今現在求められる仕事は魔法が使えればより素早く進められることが多いのだ。

 その点でも8人にはレベルを上げてもらいたいのだ。


 僕はとりあえず残っている全員で、穴掘りの道具などを持って、本体の丘の池を目指した。

 丘を降りたところで、ジャンとルーミエに竹の調達を頼む。

 竹林に向かう2人以外の4人と共に僕は直接に池を目指す。

 そして池の畔、スライムがいない場所に穴を掘り始めた。

 4人もスライムの罠は孤児院に居た時に作った経験があるから、すぐにその作業に入った。 この辺は手慣れたものだ。

 遅れて竹を抱えてやって来たジャンとルーミエから竹を受け取り、4人とともに罠を作っていった。


 僕は罠作りを手伝おうとしたルーミエを、手伝い始める前に止めた。

 「ルーミエとジャンは、罠作りには手を出さないで」


 「どうして、私とジャンも手伝った方が早く作れるじゃない」

 ルーミエがちょっとムッとした感じで文句を言う。


 「いや、罠で得られる経験値は、関わった人の人数で割られてそれぞれの経験値になるから、人数が増えると一人当たりに入る経験値が少なくなっちゃうから。

  だから、なるべく少ない人数で作った方が良いんだ。

  それにルーミエとジャンは、もうレベルが上がっているから、スライムの罠で得られる経験値なんて微々たるものだよ」


 「それならナリートが一番手伝っちゃいけないじゃない。

  レベルが一番上になっているのはナリートなのだから」


 「僕が手伝わなかったら、誰も経験値が入らないじゃないか。

  罠で経験値が入るのは、僕の罠師というちょっと珍しい職業の特別なところなんだから」


 「あ、そうだった。 忘れてた」


 ジャンも罠作りを手伝おうとしていたみたいだけど、僕とルーミエの話を聞いていて、こっちは素直に手伝うのを止めてくれていた。

 しかし、僕の言葉を聞いていて、ジャンは何か考えていた。


 「あのさ、ナリート。

  ルーミエじゃないけど、僕もナリートが手伝わないと罠で経験値が得られないことを忘れていたのだけど、だとしたら少し問題じゃないか」


 「えっ、何か問題がある?

  というか、これは問題であってなくても、僕の職業の特別なところだから、どうしようもないのだけど」


 「うん、あのさ。

  僕たちは、僕たちというのは僕たち6人だけじゃなくて、他の8人も、そして今までナリートがスライムの罠を一緒に作ってあげた、どこの孤児院でもそうなんだけど。

  最初にレベルが上がったのって、スライムの罠で得られた経験値によるよね。

  だとしたら、ナリートがここに来ちゃったから、今それぞれの場所で作られているスライムの罠は、ナリートが一緒に作っていないから、経験値は入らないことになるよね。

  つまり、今現在孤児院にいる孤児たちには、スライムの罠で経験値は入らないんじゃない」


 「うん、そうなっていると思うよ」


 「それって、僕たちに比べると、かなり可哀想な状態じゃないかな」


 「まあ、言われてしまうとその通りだと思うけど、それは仕方ないと思う。

  いつまでも僕が一緒にスライムの罠を作ってやることは出来ないし、それが普通なのだから」


 「それはそうよ。 いつまでもナリートに頼っているのはダメだとも思うし。

  それに、スライムから経験値が得たければ、ナリートや私が最初にしたように槍でスライムの核を刺して討伐すれば良いのだし、竹の盾を使えば、一角兎だって、罠としての割増はなくてもまあまあ安全に狩ることは出来るわ。

  多くの冒険者はみんなそうして一角兎を狩っているんだし」


 「まあ確かに、そりゃそうか。

  ナリートが一緒に作ってあげていたら、ここで城作りしているなんて出来ないものな。

  それに冒険者はみんなそれぞれに頑張っているのだものな。

  僕たちだって、ナリートの罠師という職業の特別なところに気が付く前は、そうだったんだしな。

  僕とナリートも、レベルが低い時にスライムにやられて、それで[酸攻撃耐性]なんてのを持っているんだったっけ。

  そうなんだろ、ナリート」


 「うん、確かにその通り。 僕もジャンもスライムの攻撃を受けているからな」


 「そうだよな。 僕たちも痛い思いをしているのだし、それが普通だな。

  罠で楽にレベルが上げられることの方が普通じゃないんだな」


 「ま、みんなのレベルを上げたいから、その普通じゃないことをするために、今罠を作っているのだけど」


 後からのメンバーの4人が、僕たちの話を聞いていて、ちょっと神妙な顔になってしまっていたので、僕は少し冗談口調で明るく言って笑った。


 「ナリート、私も[酸攻撃耐性]ってあるよね」


 「ルーミエにはない」


 「えっ、なんで? 私だって竹の槍でスライム討伐してるじゃん」


 「ルーミエはスライムの攻撃を受けたことはないだろ。 だから[酸攻撃耐性]はないんだよ」


 「そうなの? それじゃあ、私もスライムの攻撃を受けてこようかしら。

  今だったら、スライムの攻撃で負傷しても、たぶんヒールで治せるし」


 「馬鹿、わざわざその為にわざと攻撃を受けることはないだろ」

 「ルーミエ、やめときなよ。 たぶんルーミエの今のヒールなら、簡単に治せるとは思うけど、本当に痛いんだよ、スライムの攻撃を受けてしまうと」


 僕とジャンは即座にルーミエと止めたけど、ルーミエはまだ迷っているみたいだ。


 「何だかさぁ、今、思っちゃったんだけど、ナリート、ジャン、俺たちにも竹槍でスライム討伐するのを教えてくれ。

  ルーミエが、[酸攻撃耐性]を自分も持つために、わざとスライムの攻撃を受けようかと迷っているのに、俺たちは全く危険がないスライムの罠でのレベル上げを、もう孤児院にいる連中さえ出来ないのに、優遇をしてもらっているなんて、だんだん情けなく感じて来ちゃったよ。

  いつまでスライムに襲われた時の恐怖を引きずっているんだ、ってことだよな」


 僕らの話を何だか黙って聞いていた、残り4人のうちの男1人がそう言った。

 えーと、確か名前はロベルトでウォルフとウィリーと同じ代だった。

 ジャンがちゃんと答えてくれた。


 「それなら一角兎の狩り方の方を教えるよ。

  一角兎を狩るのは、やり方さえ覚えれば、竹の盾を使えばスライムを狩るより危険が少なく、それでいて得られる経験値はスライムより多いし、食べられるしね。

  竹の盾も、ナリートと一緒に作れば罠扱いになって、経験値がプラスされるんだ。

  でもまあ、最初は僕らが付き合うから索敵の練習だよ。

  今までやってないから、索敵はあまり出来ないだろ。 一角兎は周りを囲まれないようにすることだけは重要だから」


 ジャンが結構ノリノリで答えているのは、ジャンも後から参加したメンバーだけでは、丘を降りた作業が全く出来ないのは問題だと感じていたのだろう。



 罠を作り終えた僕たちは、その罠に虫やミミズといった餌を仕掛けると、その後は柱にする為の木を何本か伐った。

 枝を落とし、落とした枝は周りの皮はトイレ用のチップに、枝の芯の部分や葉の方は乾かして燃やすために丘の上に持って行くことにした。


 それから僕とジャンとで、一角兎を2匹だけ狩って戻った。

 もう盾を使わなくても、僕の弓とジャンの槍でその程度のことは出来る。

 兎を狩ったのは、もちろん晩の食材という意味もあるけれど、それ以上にスライムの罠の餌が欲しいと思ったからだ。

 僕らが食べない部分でも、スライムを誘き寄せるには、虫なんかよりずっと効果がある。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] ルーミエちゃんは、ナリートの教育がないと聖女特性の自己犠牲精神で他者に甘々な成長をしたと思う。 仲間たちは、ナリートの指摘が無くとも自立心に気付けてえらいですね。 次回も楽しみです。
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