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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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畑優先と雨の日

  僕とルーミエが2人で裸になって構わずに風呂に入っていたのは、今までの孤児院の生活の中で、2人とも裸になって一緒に作業するという機会が多くて、互いに裸の姿を見るのに慣れきっていたからだ。

 そう、僕とルーミエは水場で小さい子たちを洗ってやるのは、職業を神父様に見てもらう年齢になってすぐの時からのことで、その後魔法で水を汲んだり、お湯を作って使えるようになったこともあって、ずっとその役目というか係をしていたからだ。

 魔法を小さい子たちを洗ってやるのに使うようになってからは、魔法の練習の意味もそこに加わったので、ジャンも同じようなものだ。

 今回はジャンは町に行く方でいなかったけど、もしいたなら躊躇いなくジャンも一緒に風呂に入っていただろう。


 エレナが僕らが一緒に裸で入っていたことを注意はしたけど、そこはほとんど怒っていなかったのは、エレナだって卒院した1年前までは、僕らと一緒に魔法の練習を兼ねて、子どもたちを洗ってあげる時には、やはり濡れてしまうので裸でやっていたからだ。

 だからエレナが男女別ということを覚えたのは、領主様の館に来てのここ一年のことだ。

 ウォルフとウィリーは、魔法を使うようになったのは2人が孤児院を出てからの事だから、ちょっと違う。

 僕は知らなかったけど、寮になると一応体を洗ったりの場所は、元孤児院の子たちだけなのに、ちゃんと男女別に作られているらしい。


 もちろん町に材木を取りに行って戻って来た仲間たちにも、風呂は大人気だった。

 まあお湯に浸かる気持ちの良さは、誰だって体験すれば解る。


 一つ「ああ、そうか」と僕が思ったのは、風呂というモノを誰も知らなかったことだ。

 そういえばエレナが僕たちを注意した時にも、「水槽に入っている」という言い方だった。

 僕は大蟻の巣にお湯を注ぎ込んだ時から、チャンスがあれば絶対に風呂を作ろうと考えていたのだけど、確かに魔法でお湯を出すのでないと、エレナに水槽扱いされた風呂桶にお湯を満たすのは大変な作業となってしまう。

 普通にお湯を沸かすのだとしたら、燃料となる薪や柴の用意もたくさん必要でもある。

 そんな理由から、孤児院の僕らだけでなく、水浴びや、せいぜいお湯で体を拭くのが普通なのだ。

 寒い時期になると、僕らの出すお湯で体を洗っていた孤児院の子たちは、その意味では贅沢をしていたのだ。

 そんな訳で孤児院には当然ながら風呂はなかったし、領主館にも少なくとも衛士用の風呂はなかったみたいだ。



 僕は町に行ったグループが戻って来た時に、失敗したと思った。

 何もすぐに町に木材を取りに行ってもらう必要はなかったのだ。

 それよりも畑を作って、種を蒔くのを急ぐ方がずっと重要だったことに、後から気が付いたのだ。


 葉物野菜のような生育が早く、収穫までの日数が少ない作物はとにかくとして、僕たちが今、最も優先して栽培しなければならない穀類・豆類といった保存性が良くて、主食となる作物は収穫までに時間が掛かるし、タネを蒔かねばならない時期も限られている。

 今のこの春のうちに大急ぎで畑を作り、それらを植えつけないと、僕たちは食料を買う資金が尽きたら、穀類・豆類が食べられなくなってしまう。


 6人なら2年は大丈夫だと思った資金は、14人となると1年保つか怪しいくらいなのだ。

 人数が増えると消費する食料も増えるのだけど、それだけでなく必要とする建物や、ベッドに物入れといった個々の調度などに必要となる木材がずっと多量に必要となり、大きな金額が掛かるのだ。

 そう売られている建材というのは、どうしても金額が高いのだ、当然だけど。

 それに細かいけど、道具から作物の種に至るまで、人数が増えればそれだけ多くの量が要るのだ。

 そういった諸々は全て、食料を買う資金を圧迫してしまう。


 「ま、最悪俺たちが兎や狼なんかを狩りまくれば、飢え死にするようなことは無いさ」


 ウォルフがそう簡単に言って、その意見にウィリーも賛成のようなのだけど、僕は冗談じゃ無いと思った。

 そりゃ、以前は孤児院で肉をほとんど食べる機会がなくて、タンパク質という栄養素不足で身体が大きくならないという問題が出たりもしていて、それを克服する為に兎狩りを頑張ったりした。

 でもそれは、肉ばかりを食べたいということではない。


 嫌な顔をしたのは僕だけじゃなかった。

 ルーミエとエレナが嫌な顔をしたのは、なんとなく分かる気がしたのだけど、予想外に一番「嫌だ」という強い拒否の顔をしたのはジャンだった。


 「ナリート、他の全ては後回しにして、とにかく畑を作ろうね」 「う、うん」


 ガシっと肩を掴まれて、真剣な顔で僕にそう言ったジャンは、何だか凄い迫力で、僕はちょっと狼狽えてしまった。


 「馬鹿なこと言っている2人は放っておいて、明日からの作業計画を考えましょう。

  目一杯畑作りに力を注ぐわよ」


 エレナがそう言ってこの話をまとめたのだけど、何だかウォルフとウィリーが可哀想な気がしてしまった。

 2人はただ単に、飢え死にだけはしないと安心させたかったのと、もしもの時はみんなが飢え死にしないように「頑張ろうぜ」と言いたかっただけなのだろうと思う。


 エレナの危機感は正しいと思うのだけど、僕はエレナに釘を刺されてしまった。


 「ナリートも一日の終わりに風呂をいれている余裕は無いよ。

  風呂にお湯を溜める魔力が残っているなら、その分を使って少しでも畑を大きくしなければ。

  それに今はもう冬じゃないんだから、身体が汚れたら水で洗えば用は済むよ」


 「ええっお風呂気持ちが良いのに」とルーミエは反対したそうな顔をしていたけど、エレナの言うことは誰が考えても正論だから、口にはしなかった。

 僕も、エレナだって風呂に入ってすごく喜んでいたことを知っているぞ、と心の中では思ったのだけど、それを言葉にはしなかった。

 ウォルフ、ウィリー、ジャンの3人も、変なとばっちりを受けるのを避けようと、沈黙を保っている。

 なんか知らないけど、エレナが何か決めて宣言すると、誰もそれに逆らえない。

 僕とルーミエとジャンにとってはエレナは一つ年上だからというのもあるのだけど、ウォルフとウィリーはそのエレナより一つ上なのに、エレナが女の子だからなのか、それとも何らかの弱みを握られているのか、やっぱりエレナに逆らえない感じなんだよなぁ。


 実際問題として、畑を広げて大急ぎで作物の種を蒔くことを優先すると、風呂は我慢するしかない状況になってしまう。

 普通は開墾作業となると地道な力仕事となるのだが、僕たちは魔法の力で灌木や草が茂っている場所の土を柔らかくして、灌木や草を除去し、畑にするために耕すのをかなり楽にすることが出来る。

 この魔法の力がなければ、とてもではないが、次の冬に間に合うだけの収量を上げるだけの畑を、短期間に開墾することは出来ない。

 だけど、みんな魔法を使えるように訓練しているとはいえ、後から参加したメンバーはレベルが低く魔力量が少ないので、魔法を使って土を柔らかくするのは僕らがメインだ。

 でも、それで魔力が尽きて風呂のお湯を溜められない、という訳では実際はなかった。


 僕たちがこの丘に来て、幸運なことにそれから天気が良くて、開墾が捗り畑は思っていたより順調に広くなっていく。

 でも天気が良い、つまり雨が降っていないということは、蒔いた種に水を撒かねばならないということだ。

 食料に余裕があれば、天気を眺めて、雨が降りそうな前に種を蒔くなんてことも出来るけど、僕らに今その余裕はない。

 種を蒔いたら即座に芽を出して、どんどん成長してくれないと困るのだ。

 そのためには、種を蒔いたら水を撒き、芽が出てきてからも枯れないように気をつけて水撒きを続けないとならない。


 畑を広げるほど、水を撒かなければいけない面積は増え、使用する水の量は増える。

 今あるこの場所の水源は、そんなに水量が豊富な訳ではないので、その水を耕して種を蒔いた畑に撒くと、途端に水が足りなくなってきてしまったのだ。

 さすがにその水源の水をお風呂に使う訳にはいかない。

 魔法でお湯を出すといっても、全く水が近くにない状態で水を出してお湯にするのは、魔力がとても必要で、僕らにしても大変過ぎるし、畑を作るために土を柔らかくするのに魔力をたくさん使った後の僕らには無理だったからだ。

 それに雨が降っていないからか、水源に水が湧く量も減って来ている感じがするんだよなぁ。


 「これは水を引く計画を前倒ししないとダメかな」


 なんて切実に考えていたのだけど、僕らがここに来てから8日目に雨が降った。

 雨の力はやっぱり偉大で、それまでは蒔いた種は簡単に芽が出て育つ葉物野菜しか芽を出していなかったのに、雨の次の日には、他の作物の種も一斉に芽を出していた。

 乾いていた作った畑の土も、全体がしっかりと水気を含んだみたいだった。


 雨の日はさすがに危ないので開墾という畑作りの作業はしない。

 濡れずに過ごせるのは、小屋の中だけなのだけど、この人数がやっと全員が横になって眠れるだけのスペースしかない、最低限の大きさだから、ただでさえ狭いし、中で何か作業をするという余裕はない。

 さすがにちょっと息苦しい感じだ。 窓も小さいし、あとは出入り口しかないのも理由かもしれない、屋根も低いし。


 「ナリート、今日だったら、どうせ畑作りはしないのだから、またお風呂をいれても良いんじゃない。

  行こうよ、ジャンも行くでしょ」


 僕たち3人は一応身体を拭くための布だけ持って、外に出た。 雨が降っているから、何か持ち出しても濡れてしまうからね。


 水源の水槽は雨が降って水量が増えたのか、一杯になっていた。

 溢れて最初見た時には沼地になっていた所にも水が溜まり始めていたから、「今度水槽をもう一つ増やした方が良いかもしれない」と、ジャンが言った。


 僕たちは3人で風呂桶にお湯を満たす。

 雨が降っているので、水槽の水を意識して魔法を使わなくても、簡単にお湯を作ることが出来るし、3人でお湯を入れれば1人でするよりずっと楽に早く出来る。

 僕らは身体を洗うと、湯船にゆっくりと浸かった。 やっぱり気持ちが良い。

 僕たちは自分がお湯に浸かったり、身体を洗ったりするだけでなく、着ていた服の洗濯もした。

 ちょっと涼しいけど、どうせ雨で濡れてしまうのだから、小屋まで裸で走って行けば良いだろう。

 またエレナに怒られるだろうけど。


 そうして僕ら3人が、ちょっと長々と風呂で過ごしていると、エレナたち残りの女の子たちがやって来た。


 「あなたたち3人がなかなか戻って来ないから、探しに来たのよ」


 エレナはそう言ったけど、手にはしっかりと身体を拭くための布を持って来ていた。

 

 「いくらなんでもそろそろあなたたちは風呂から出るでしょ」


 エレナと同じ代の1人はそう言うともう服を脱ぎだした。

 最初から風呂に入るつもりだったことは明白じゃん。


 「なんでもう脱いでいるのよ。 まだナリートとジャンもいるのよ」


 「2人とも年下だし、去年までは私も一緒に水浴びしてたのだから、別に私は気にしないわ。

  孤児院で一緒だった人以外がいると、そういう訳にはいかないけど、ここは他に人がいないんだから、エレナもそんなにうるさく言わなくても大丈夫よ」


 エレナ以外は、その先に脱ぎだした1人に続いて、次々ともう脱ぎ始めた。

 風呂はそんなに大きい訳ではないので、後から来た5人でも一緒に入るのは苦しいだろう。


 「それじゃあ、僕らはもう完全に身体が温まってもいるから、もう出よう」


 ジャンがあっさりと交代を申し出て、僕らも従った。


 「エレナ、女の子の方が先に来ることになったの?」


 ルーミエがエレナに、僕らを探しにではなく、自分たちも風呂に入るためにやって来たと決めこんで質問した。

 エレナももう仕方ないという感じだったけど、白状した。


 「ウォルフとウィリーが男の子を連れて先に出そうだったけど、私が無理矢理先を譲ってもらったのよ。

  だって、あなたたちはお湯を3人で溜めたのだと思うけど、女の子だけだと、お湯が少なくなったら私1人て足さなければならなくなるじゃない。

  男の方は2人でだから、足りなくても温くなっていても大丈夫だろうから」


 ああそうか、僕たち6人の中ではエレナが一番魔力量が少ない。 それだから、お湯を沢山足さないとダメな状況になったら、自分の魔力量では足りなくなる懸念があると考えたのだ。

 女の子たちが身体を洗い出したが、それにも湯船からお湯を汲み出して浸かっているから、確かにお湯の量は少なくなっている。

 僕たち一番年下の3人だと、ジャンが少し魔力量が劣るけど、僕とルーミエは魔力量が豊富なので、他でたくさんの魔法を使ったのならともかく、風呂でお湯を出すのに困るようなことはない。

 僕たち3人は、小屋に戻る前に湯船にお湯を足しておいてあげた。


 そんなことを僕らがしている間に、エレナを含めた5人の女の子は、完全に裸になって身体を洗っている。

 その姿が目に入って、僕はエレナが男女別を少し口うるさく言う理由が分かった。 エレナの胸は少しだけ膨らんできていたからだ。

 ちなみに最初に気にせずに脱いだエレナの同年の子は、まだ膨らみがないというか、まだ僕には分からない。

 ウォルフとウィリーの代の唯一の女の子は、もうしっかりとした膨らみがある。

 そういえば、僕たちはみんなもう第二次性徴の時期だったのだ。

 僕にはそういった知識もちゃんと頭の中にある。


 「それじゃあ僕らはもう戻ろう」


 僕はエレナの理由が分かったら、何となくちょっとだけ恥ずかしい気がして、急いでそうジャンとルーミエに提案した。

 ちょっと不意な感じだったのだろうか、2人は一瞬キョトンとした顔をしたが、もう一度湯船に入る訳にもいかないので、すぐに僕の提案に従った。 とは言っても、裸で戻ることに変わりはないが。


 「あなたたち裸のままで戻るの?」


 エレナが咎めて来たけど、ジャンが答えた。


 「僕たち、着ていた服を洗っちゃたんだ。 それにどうせ雨で濡れるし」


 「それはそうね。 私たちも着てきた服を洗いましょう、毎日の畑仕事で土や汗で汚れているから。

  そして裸で戻って、替えの服に着替える方が確かに良いわ」


 意外にもそう言ったのは、一番上のもうしっかり膨らみのある子だった。

 彼女は案外気にしないタイプのようだ。



 結局、女の子たちも裸で小屋に戻ってきたし、最後に風呂に行った残りの男たちも裸で戻ってきた。

 翌日、天気はまた良くなり、小屋の前には竹で作った物干しに、みんなの洗濯物が旗めいた。

 物干しが足りなくて、ウォルフとウィリーの代の男が2人大急ぎで竹林で竹を切ってきて、物干しを増設することになった。


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― 新着の感想 ―
[一言] とてもとてもほのぼのしました。ナリートがとてもとてもかわいいい。 次回も楽しみです。
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