畑作りと木材運び、そして風呂
城作りに都合の良い場所を選んだ訳だけど、もちろん良いことだけではなく悪いこともある。
悪いことの最大の事柄は、僕が城作りに選んだ場所が、町からも村からも離れた場所にあるということだ。
まあそれは当然の事だろう。
もし町や村に近くて良い場所なら、今まで誰も手付かずにそのままにしているはずがない。
僕はそんな風に考えたのだけど、実際はそうでもないような気もする。
僕は丘の上という場所をとても都合の良い場所だと考えるのだけど、一般的には丘の上は好まれない。
まあ普通に考えれば水の確保が困難だろうし、丘の上まで登らねばならないということだけで嫌なのかもしれない。
それは畑を作るには石垣で囲わねばならないという制約が大きくて、石垣にする石を一つづつ担いで登らねばならないことを想像するからだろう。
僕は丘の上なら、わざわざ石を担いで行って石垣を作る必要なんてないだろう、と考えるのだけど、他の人たちはそうは考えないみたいだ。
「ナリート、俺たちが戻るまでに、頑張って小屋を作れよ」
「うん、残るみんなに魔法の練習をさせながら頑張るよ」
僕たちは人員を2つに分けた。
片方はウォルフ、ウィリー、ジャンに連れられて、町に戻って材木を運搬して来る係だ。
本当は、レベルが高くて、魔法がたくさん使えるその3人もここに残って作業を進める方が全然作業は進むのだけど、狩りをしていた当初のメンバーが一緒に行かないと、町までの道のりは危なくて往復できないのだ。
町や村から離れている場所であることから、当然だけど町や村と繋がるきちんとした道はない。
基本は平原の中を進むだけなのだけど、単純な草地だけでなく、林もあれば、ぬかるんだ沼地のような場所もある。
直線で目的地に向かって行ける訳ではない。
村からあまり離れた経験のない者だけでは、単純に荷車を引いて進めるルートを決めることも難しいだろう。
それ以上に大きな問題もある。
道もない場所を行く訳だから、当然ながらモンスターがいるのだ。
出て来るモンスターは、大半がスライムか一角兎で、たまに平原狼と大猪が出る程度だ。
平原狼と大猪は、こちらからちょっかいをかけない限り、向こうから武器を持つ人間を襲って来ることはほとんどない。
それだから出会い頭を注意すれば避けられるのだが、そこは索敵のレベルが物を言う。
スライムや一角兎は、数が多いから会わずに行くことも出来ないし、多くは逃げるのだけど中には向かって来るモノもいる。
そういうモンスターに対処できる者が、護衛としてどうしても一緒しなければならないのだ。
僕が城の場所として選んだこの丘の上には、木は背の低い灌木しかなくて建物を建てる建材にはならない。
丘の下の林や、丘の本体の方には背の高い木も沢山あるのだが、そもそも伐ったばかりの木を建材にすることは出来ないから、将来的には使えるけど今の役には立たない。
そういった訳で、町で買った材木をここまで運んで来なければならないのだ。
木材は、当面の食料と共に、今回この僕たちの城を作るために必要だった物の中で、最もお金が必要だった物だ。
運ぶのも大変なので、何度も町との間を往復しなければならない。
みんなで初めて来た今は、最低限の生活道具、農作業その他に必要な道具、それにそれぞれの身の回りの物を積んで来るだけで精一杯だったのだ。
それだって僕たちが孤児院出身で、ほとんど自分の持ち物を持っていないから何とか用が済んだだけで、普通ならそれも無理だったろう。
残った方の僕たちは、当座の生活基盤作りだ。
僕はとにかくレンガ作りに励む。 まず小屋を完成させないと、ゆっくり休むことも出来ない。
エレナは新しい仲間のここに残っている4人の男の方の2人を連れて、丘を降りて竹を取りに行ってもらう。
僕たちは色々なことに竹を使うので、竹林が近くにあることも場所を選定する時の大きな要素だったのだ。
竹を取って来るというだけなら、何もエレナが一緒に行く必要はないのだが、この丘の上は一番最初にスライムを排除し、とりあえず他のモンスターもいないことを、僕がレベルが上がって範囲の広くなった[空間認識]と[索敵]で確認しているから、実はまあ安全なのだが、丘を降りてしまうとそんな訳にはいかない。
そこでエレナが一緒に行かなければならない。
エレナなら[索敵]で、モンスターに不意打ちされないし、スライムや一角兎、それに平原狼くらいまでのモンスターなら1人でも多数に囲まれない限り、問題なく1人で対処出来る実力がもうあるからだ。
「でも台車は町に行った方が持って行ってしまったから、竹を切るのは良いけど、ここに持って来るのは大変だよね」
ルーミエがそう同情しているけど、そのルーミエも僕が作ったレンガを小屋を作っている場所まで運ぶには苦労している。
灌木を伐った木を、その辺にあった蔦で縛って、2人で前後を持って運ぶ台を作り、それに載せてレンガを運んでいる。
残りの1人が小屋の場所でレンガを積んでいるのだ。
女の子3人で力仕事という感じだけど、今はそれで仕方ない。
小屋の近くでレンガを作れば良いだけなのだけど、僕は水場の近くでレンガを作っている。
水場近くの土が柔らかくキメが細かいので、レンガを作るのに魔力の消費が少なくて都合が良いからだ。
レンガ自体の強度は、少し小石くらいの粒も混ぜて作った方が上がるのではないかと思うのだけど、どうせハーデンで固めてしまうのだから、そんなに違いはないと思う。 どうだろう。
もう一つ僕が水場近くでレンガを作っていたのには訳がある。
レンガ作りをしながら、僕は水が湧き出ているであろうあたりの泥を、レンガの素材として退けていたのだ。
竹を取りに行ったエレナたちが戻り、取ってきた竹を半分に割り、節の抜く作業が終わる頃に、やっと小さな小屋の壁の部分のレンガを積み終わった。
大急ぎの小さな小屋で、広さもだけど高さも低い位置はまだ体の小さい僕やルーミエでやっと背が立つ程度で、もう大きくなっているウィリーなんかだと立てない高さだ。
それでも一応積み上がったところで、僕は水が湧き出ている辺りを、ちょっと無理矢理な感じだけど魔力で四角く整形して、その後壁と底になる部分にハーデンをかけて水が溜まる水槽を作った。
これでうまくいけば、綺麗な水が溜まって、飲水の確保に魔法を使わなくても困らないはずだ。
その後僕たち残った者は全員で大急ぎで小屋に竹で屋根を作った。
出入り口と明かり取りの窓が一つあるだけの簡単な小屋で、その出入り口と窓の上部も三角形になってしまっている小屋だ。
屋根を壁の上に作ると、背が低い小屋だから中に入ると圧迫感があるけど、それでも布で覆っているより余程良い。 これなら雨が降ってもちゃんと凌げる。
本当に当座だけの間に合わせの小屋だから、家の真ん中に小さな火を焚くところを作っただけで、煙は屋根の一角に穴を開けて外に出すだけだ。
窓と出入り口を塞ぐのも、ただ竹を組み合わせて作った物だ。
「出来たね、私たちの最初の家」
ルーミエの言葉に他の女の子たちも嬉しそうにキャッキャと笑っている。
残りの男2人も笑っていて、僕はこんなのはほんのちょっとの間だけのことで、すぐにここは単なる倉庫にする予定だと思って、平然とした顔をしていたいと思ったのだけど、やっぱり顔が笑ってしまう。
「今日は昨日よりは豪華な晩御飯が食べられるよ、期待して」
エレナがとても仰々しくそんなことを言った。
何なのかと思ったら、竹を取りに丘を降りて行ったついでに、途中で食べられる野草をエレナは摘んできてくれたらしい。
エレナの大袈裟な言葉に反して、晩御飯はただ単に、穀物を煮た物に摘んできた野草が入っているだけだった。
それでも僕たちは、朝以来何も食べずに作業をしていてお腹が減っていたからか、気を利かせて野草を摘んできたエレナの気持ちが嬉しかったからか、何だかとても満足できる食事だったような気がした。
次の日は朝から残っている者全員で、とにかく一枚の畑を作ることにした。
僕たちは今は狩りをしている時間的余裕もないから、食べる物が運んできた穀物だけに偏っている状況だ。 それを早く改善するためにも畑が要る。
丘の上の土地はほとんどの場所が草や灌木が生えている。 畑にするには、まずそれらを除去しなければならない。
草だってしっかりと根を張っていれば、それを抜くことはかなり大変だ。 ましてやしっかりと根を張っている灌木をどけるのはとても大変な作業になる。
だけど僕たちはその作業を普通に考えられるよりずっと速い速度で進めていく。
そんなことが出来るのも、もちろん魔法のお陰だ。
僕は土を固めるハーデンという魔法があるのなら、逆に土を柔らかくする魔法があるのではないかと思って、領主様の館にある魔法の本を調べてみたら、やはりそれは存在した。 ソフテンという魔法だ。
それもハーデンの逆を行うということで、ハーデンが使えるようになっていた僕たちにとっては難しい魔法ではなかった。
僕は新しい仲間にもこの魔法を教えて作業を進める。
とはいっても新しい仲間はレベルが低いので、魔力がすぐに尽きるし、魔法の効果も弱い。
それだから、彼らには草を抜いてもらい、僕とルーミエとエレナが灌木を担当した。
灌木の周りの土にソフテンをかけて柔らかくして、灌木を揺らして引っこ抜くのだ。
やってみると、土を柔らかくして灌木を揺らすまでは簡単なのだけど、引っこ抜くのはなかなか大変だった。
灌木を手で抜こうとすると、結局自分が立っている位置は灌木の根を踏みつけていることになるからだと気づいてからは、灌木の根本近くにロープを縛って、土を柔らかくしたら少し離れてロープを引っ張って抜くようにすると、ずっと簡単になった。
それでもやはり新しい仲間はすぐに魔力が枯渇する。 無理をして魔力を使うと何故か体力が枯渇して倒れることが判っているから、無理のない範囲でソフテンの使用はやめさせる。
それで人数の多い女子組がルーミエとエレナが魔法を使って草を抜くことにして、男組は僕が魔法を使って灌木を抜くことにする。
灌木を抜くのは最後はロープを引っ張る力仕事だから、男組がやった方が効率が良い。
抜いた草は堆肥にするために集めて山にしておき、灌木はまず根本を切って、その後ある程度の長さに切って干しておく。 薪にするためだ。
男の新しい仲間2人が夕方までに終えられる量の灌木を抜いたところで、その日作る畑の大きさが決まる。
女性陣4人は、草を抜くのが終わったら、作られた場所を耕して畑にして、葉物野菜の種を蒔いた。
葉物野菜なら、早ければ2週間もすると食べられるようになって来る。
今は春だから、どんどん畑を広げて、作物を植えなければいけない。 そうしないと冬が来た時には食べ物に困ることになってしまう。
僕は畑の作業をみんなに任せて、1人で水場に行く。
前日に作った水槽には、しっかりと綺麗な水が溜まっていた。
「思ったより水量があるんだな。
良かった、これなら大丈夫そうだ」
僕は嬉しくて、つい大きな声で独り言を言ってしまった。
僕はまた水場の近くで、大急ぎでレンガを作る。
今度はそのレンガを違う場所に運ぶのではなく、水場の側に自分で積み上げて、もう一つ水槽のような物を作る。
その水槽の周りにも、水がかかっても汚れないようにレンガを少し敷き詰めた。
「ナリート、何1人でやっているの?」
僕が1人で何かしているので、何をしているのかとルーミエが見に来た。
「ちょうど良いや。 ルーミエ、まだ魔法使える?
僕はもうそろそろ尽きそうなんで、手伝ってもらえるかな」
僕は新しく作った水槽の方に、温めた水を魔法で溜めていたのだけど、ずっと魔法を使っていてそろそろ限界だったのだ。
ルーミエは僕がしていることを何も言わずに手伝い始めたのだが、作業を始めてから何のためにこんなことをしているかを聞いてきた。
「体をここ数日綺麗にしてなくて、気持ちが悪いじゃん。
だから体を洗おうと思って」
「そのためにこんなにたくさんの量のお湯が必要?」
「その後があるんだって、良いからとりあえず手伝って」
お湯がだいたい溜まったところで、僕はもう我慢できずに着ていた物を脱いで、土で作った大きなお椀でお湯を汲んで、体にかけて洗った。
土で作った大きなお椀なんて、すぐに割れて駄目になるだろうけど、まだ桶なんて作ってないから仕方ない。
僕は全身を洗い終わると、水槽に飛び込んだ。 ああ、最高。
ルーミエは僕があまりに凄い勢いで体を洗っているので、何だか呆れた感じで見ていたのだが、僕が水槽に飛び込むと、
「ああ、そういうことなの」
と言って、自分も僕の真似をして体を洗うと水槽に入ってきた。
作った水槽は、もう1人くらいなら入れる大きさだ。
「何これ、すごく気持ちが良い。
暖かいお湯に浸かるのって、こんなに気持ちが良いの? 川の水浴びで水に浸かるのとは全然違う」
ルーミエもとても気にいったようだ。
僕とルーミエがゆっくりとお湯に浸かって、少しボケッと時間を過ごしていると、エレナがやって来た。
「なんでナリートを見に行ったルーミエまで戻ってこないのよ。
って、あなたたち何しているの?」
エレナは何だか少し怒っているみたいな調子だったのだけど、お湯に浸かって気持ち良くなっているルーミエは、そんなこと少しも気がつかないみたいだ。
「エレナも入る? すごく気持ち良いよ」
「あなたたち何で2人で裸で水槽に入っているのよ。
孤児院を出たら、男女は一緒に裸にはならないのよ」
「そうなの? でも本当に気持ち良いよ。 エレナも入ろうよ」
「入ろうって、私、体を拭く物も今持ってないわよ」
あっ、僕らも持ってきていない。
その後、体を拭く布をエレナに持ってきてもらい、エレナを含む残りの人は、男女順番に入ることになった。
あまりにルーミエが気持ち良さそうだったので、エレナも好奇心から入りたかったらしい。
みんな、汚れたり汗をかく作業をしていたのもあるだろうけど、全員に好評だったのは言うまでもない。




