よし、最初は
僕とルーミエとジャンは、孤児院の卒院となった。
孤児院を卒院すると、普通は最初は孤児院というか教会が作った住居というか寮に移り、そこからそれぞれが仕事に出て、徐々に独立することとなる。
多くは農作業の手伝いから始めて、雇い主に認められて正式に従業員として雇われることとなる。 そうなると独立となる。
農作業以外のことをしようとする者は、冒険者となるのだが、実はここ数年はその人数がほとんどいない。
何故なら、僕たちが狩りをするようになってからは、狩りに興味を示す者はもう冒険者に既になってしまっているからだ。
「ナリートくん、あなたたちはウォルフくんたちのように、領主様に仕えるために町に行くのよね?」
「いえ、僕はそのつもりはありません。 ルーミエとジャンはそうするかも知れないですけど」
「あたしは、ナリートがどうするのかはっきりとは聞いてないけど、一緒にいるよ」
「僕もだよ。 今更仲間外れにはしないでくれよ」
シスターの言葉に僕が答えると、ルーミエとジャンも僕と一緒に行動すると行動すると答えた。 ちょっと嬉しい。
「それじゃあ、あなたたちもとりあえず寮の方に住むの?
困ったわね、今、寮の方が一杯一杯なのよね。 何故かここのところ、みんな寮に居座ったままで、出て行こうとしないのよね」
シスターがちょっと困った顔をして言った。
「あ、それは大丈夫です。 僕は寮に入ろうとは思っていないですから」
「えーとナリート、僕もそれじゃあ寮に入らなくても大丈夫だよね」
「うん、まあ、僕に付き合ってくれるなら、ジャンもルーミエも寮に入らなくてもどうにかなると思う」
寮は本来は本当に独立するまでの一時的な住居ということなので、そんなに長く寮に居る者はいない。
素早く寮から出させる為もあるのか、孤児院に居る時には生活全てが基本保証されていて、費用は必要なかったのだけど、寮では費用を取られ、それが馬鹿高い。
働いて稼いだ金のほとんどを寮費として取られてしまう感じとなっている。
それが孤児院の運営費ともなっているので、寮に入っている元孤児院の子たちは、それに文句を言わないのだけど、独立すれば色々と面倒もあるけど、稼いだ金銭を全て自分で使えるので、なるべく早く独立しようとする。
まあそれが狙いでもあるのだろう。
「寮に長くいてくれると、孤児院の運営資金は多くなって助かるのだけど、それを求めている訳じゃないのだけど」
寮に居る元孤児院の子たちが、村で労働力として求められていない訳ではない。
元孤児院の子たちは、孤児院で今現在行われている農法を最初に学んで実践した経験はあるし、読み書き計算も出来るので、逆にすぐにでも完全な雇用にして、自分たちのところの大きな戦力にしたいという人も多い。
特に広く畑を作っている所ではそんな感じだ。
だから寮に留まっている理由はないのだけど、ここのところ留まっている者が多いのだ。
「まあ、あなたたちが寮に入らないなら、寮は現状維持だからなんとかなるのかな。
それでナリートくん、あなたはこれからどうするの?
あなたのすることに、ルーミエちゃんとジャンくんも付き合うという訳でしょ」
「はい、もちろん考えていることはあります」
僕が自分の考えていたことを本格的に進めようと思ったのは、領主様から話を聞いてからだ。
「えっ、土地の所有権がどうなっているかだって?
それは町や村の中の土地はどこもきちんと誰が所有しているか、全てちゃんとはっきりしているぞ。
お前だってそれが税を取る基本になっているのは良く知っているだろ」
「いえ、そうではなくて、町や村だとか以外の、誰にも使われていない土地の話です。
ま、誰にも使われていないと言っても、冒険者がモンスターを狩ったり、猟師が獣を狩ったり、誰かしらが何かを採取したりはしているかも知れませんけど」
「ああ、そういうきちんと使われてはいなくて、そのままになっている土地か。
一応、俺の領地だから、俺のモノと言えなくもないが、まぁ、誰のモノでもないな」
「だとしたら、僕が適当なところに自分の畑を持って住んだら、そこは僕の土地ということになりますか?」
「ああ、それで大丈夫だ。
但し、しっかりと俺の部下にそれを申告しろよ。 そうでないと監獄送りだぞ」
「はい、それは僕もここで働いていたのですから分かっています。
そうして税も納めないといけないのですよね」
「ああ、その辺の詳しいことは、知り合いの文官に聞けば解るだろう。
ちゃんと申告して、税も納めることになれば、その場所はその申告した者の土地として認識されて、この領の保護下に置かれることとなる。
でも簡単な事ではないぞ。 俺の領の保護下に置かれるといっても、この前の大蟻の騒ぎのように、モンスターが増えて襲って来たりもある。
小さな集落だと、スライムが少し増えても全滅なんて、簡単に起こる事だからな」
人が町や村などの特定のところ以外には殆どいないのには理由がある。
最低でも農地を得るには、スライムや一角兎からその場所を守るための囲いが必要となる。
それも実用的な強度を考えると、石垣が必要で、作るには手間隙がとても掛かる。
そうなるとなかなか新たな場所を作ることは難しい。
その上、小さな場所では、ちょっとしたモンスターの襲来を撃退することもなかなか出来ない。 冒険者に急に来てもらおうとしても、そんなことは出来ないからだ。
それに元々ある場所を広げていく方が余程簡単だ。
「よし、やる気出てきた。
僕は自分の住む場所を自分で作るぞ」
「なんだナリート、卒院したらここでは働いてくれないのか。
俺はお前らが卒院したら、ここで働いてくれるのを期待していたのだけどな」
「領主様には良くしていただいているから申し訳ないのですけど、僕の夢ですから。
だんだん大きくして、孤児院を出た人が生き生きと働ける場所を作るつもりです。 ま、それはどちらかというとついでなんですけど」
「まあ、お前の言わんとすることは分かるよ。
どうしても孤児院を出た者は、なかなか上には上がれないからな。
それにまあ、お前らなら、モンスターに襲われてすぐに撤退ということもないだろう。 十分にその辺のモンスターなら戦えるだろうからな。
ま、撤退したらすぐに俺が雇ってやるから、気楽にやってみろ」
卒院までの残された時間、僕たちは課せられた役割をそれぞれにこなすだけでなく、生活魔法の練習を全種類励んだ。
それぞれの生活魔法が色々と有用なことは、今までのことで僕らには明白だし、使えば使うほど魔力やそれぞれの魔法のレベルが上がることも、レベルの見える僕は簡単に分かったからでもある。
生活魔法はそれぞれの種類をある程度使うと、火魔法、土魔法、水魔法、風魔法という[項目]が、みんなに生まれた。 治癒魔法と同じように、使えるようになると[項目]として出てくるのかも知れない。
僕が全く予想していなかったというか、意外で驚いたのが、ルーミエだけでなく僕たちにも結界という[項目]が出てきたことだ。
ルーミエは聖女だから、シールドの魔法をまだ使いこなせないみたいだけど、領主様に言われて覚えている。
そのルーミエにはかなり早くから結界という[項目]があったから、僕は結界は聖女または高位のシスターや神父など聖職者に生じる[項目]なのかと思っていた。
でもそれはどうやら違っていたようで、生活魔法の中にクリーンという作用が初め不明だった魔法が、どうやらその[項目]に該当する魔法だったらしい。
僕たちは魔力が少なくても使えるというか習得できる生活魔法は全部練習していたから、最初は良く理解出来ずにいたけどクリーンも練習した。 その成果らしい。
最も僕たちは今では全体レベルが上がっただけでなく、魔力のレベルも上がったので、生活魔法以上の魔法も使えるようになっている。
僕は急激にレベルが上がった時に、熱を出して寝込んだせいで、レベルup時に僕だけの特別だと思う残ポイントを[項目]に割り振ることが出来なかった。
僕は残ポイントを割り振るのはレベルupの時だけなのだと思っていたから、急激なレベルup時に得た残ポイントなどはそのまま残っていて、とても残念に感じていたのだが、ある時ふと1ポイントづつなら、毎日1回睡眠前に割り振れることに気がついた。
そこで僕は必要と思われる[項目]に、ほとんど魔力や魔法関係の項目にしちゃったのは仕方ないよね、毎日1ポイントづつ割り振っていった。
もちろん、常に割り振っていた知力は最初に入れたし、魔法全体に関わりそうな魔力の項目にも優先的に先に入れ、その後は出来ている魔法関係の項目だ。
でもそれぞれの[項目]の入れられる最大値は、全体レベルの1つ下までだった。
そんなこともあって、どんどん僕は魔法も上達したので、練習することが楽しくて仕方なかった。
僕はそんな感じで、どの[項目]の魔法もみんな上達していったのだけど、みんなはそれぞれの個性がなんとなく反映されていった。
ルーミエが治癒魔法と結界魔法のレベルがどんどん上達するのは予想していたが、ウォルフとエレナは風魔法、ウィリーとジャンは火魔法が他より上達した。
僕は卒院が間近になってから、自分の計画をみんなに相談した。 卒院までに準備を進める必要があるからだ。
ルーミエはきっと僕と行動を共にするだろうし、ジャンも誘えば一緒に行動してくれるだろうと僕は考えていたけど、あとのウォルフ、ウィリー、エレナはちょっと判らない。 もうすでに孤児院を卒院して、しっかりと領主様の下で働いているからだ。 まだ孤児院に所属していて、領主様に特別待遇をされている僕たちとは立場が違う。
「卒院したら、僕は自分の居場所を自分で作ろうと思っている。
ルーミエは一緒にやってくれると思うけど、ジャンも手伝ってくれるかな」
ルーミエは当然という感じで、何も言わない。 ジャンは応えてくれた。
「ああ、僕もナリートとルーミエと一緒に卒院だから、これからも一緒にやって行きたいと思っていた。
もちろんナリートの計画に付き合うよ」
「でも何をするにしても、必要な物はあって、お金が必要なんだ。
それで領主様が貯めておいてくれている僕たちの報酬を等分して、僕たちの分を貰えないかな。 そのお金で必要な物を買いたいんだ」
「ナリート、何を言っているんだ、俺たちもお前たちと一緒に行動するに決まっているだろ」
「俺たちが何のために領主様の家臣にならないで、衛士として雇ってもらっているだけにしていると思っているんだ。
これからも当然お前たちと一緒にやって行くさ」
「私ももちろん一緒に行動するわ。
女の子がルーミエ1人だけだと、やっぱり何かと不便でしょ」
「それだから俺たちの貯めた報酬は、みんなで使えば良いさ。
幾らあるか知らないけど」
僕はウォルフとウィリーとエレナも、これからも一緒に行動してくれると聞いて嬉しかった。
とりあえず僕は必要になる物を考えてみた。
「僕たちみんなが住む家を作らないといけないし、そうすると家を作るのに必要な木材が必要となる。
基本はさ、自分たちで作れるレンガで家を作ろうと思うけど、どうしても木材は必要だから。
それに内部の家具を作るにも必要だろうし」
「畑を作らないとダメだろうから、農機具も買わないと」
「布が必要よ。 寝床を作るのだって、カーテンだって」
「そもそも大工道具やロープなんかの資材も必要だろ、それ以前にそういった物を運ぶための台車が必要だ」
げっ、考えるとどこかに居場所を新しく作るとなると、すごく色々な物が必要になりそうだ。 ちょっと考えただけで、凄くたくさん出てくる。
「何より食料よ。
肉は兎くらいどこでも獲れるだろうから大丈夫だろうけど、畑も新しく作るのだから、食べる物がそれしかないよ。 あとは林や草地で採れるモノだけになっちゃう」
うん、ルーミエの言う通りだ、それが一番の問題だ。
「そんなに色々買えるほど金があるのか?
まず一番最初にそれを確認することから始めないとな」
ウィリーのすごく尤もな意見で、少し熱くなっていた話は終わった。
その後すぐに僕たちは領主館の文官さんの1人に、僕たちの貯まってる報酬額を訊ねた。
貯まっていた金額は僕たちが考えていたより、ずっと多かった。
「これなら僕たち6人なら、色々な必要な物を買ってもきっと数年は食べて行けるよ。
畑が出来れば畑から作物が採れるようになるだろうし、意外と楽に新しい僕たちの居場所は作れそうだね」
ジャンが喜んでそんな見通しを言ったのだが、エレナが申し訳なさそうに言った。
「確かに私たち6人だけだったら、そうなのかも知れないのだけど、実はもう8人ほど私たちの計画に加わる人数がいるの」
「ああ、エレナの代もだけど、俺たちの代も、お前たちが卒院するのを待って、寮から離れずにそのまま待機しているんだ。
俺とウィリーが、お前たちが卒院したら一緒に行動するつもりでいることを知ったら、自分たちもと言って。
エレナの代も同じだろう」
「あいつらは知ってのとおり、寮にいると最低限以外のお金は孤児院の方に寄付することになっているから、金は持っていない。
俺たちが新しい生活を始めるに全て出してやらないとならない。
つまり、貯めてある金は、俺たち6人で使うのではなくて、14人で使うことになるし、新しく作らなければならない家なんかも、6人ではなくて最低14人で暮らせる物が必要になる。
きっと次の年になれば、次の年に卒院する奴らも来ようとするだろうから、それも考慮に入れて考えないとダメかもな」
僕も最終的には孤児院を卒院した者が暮らしやすい場所を作るために、という目標があったけど、あくまでそれは最終的な目標であって、当初は最低は3人、多くとも6人が暮らせる場所としか考えていなかったのだけど、それではどうやら全然足りないみたいだった。
大丈夫だろうか、とても不安になってきた。




