大蟻の罠と孤児院の最終年
遅くなりましたが今年初めての更新です。
本年もよろしくお願いします。
僕はルーミエに言われて、大蟻を罠で狩ることが出来ないかを考えてみた。
今まで大蟻を狩ってきて解った大蟻の第一の弱点は、上面の装甲の強さに比べて下面の装甲の弱さだ。
地を這っている大蟻を普通に攻撃すると、その強い装甲に阻まれて剣・槍・矢といった突き刺したり斬ったりという攻撃は全く効かず、ハンマーなどの重量のある武器でその硬い外殻を割って潰すような攻撃以外は効かない。 その攻撃方法が冒険者の普通の戦い方だ。
しかし、地面に向いている腹側はそんなに硬くはなく、下面へ攻撃することが出来れば突いたり斬ったりという攻撃も十分に有効だ。 こっちが僕らが巣自体を一気に潰す時以外の攻撃方法だ。
大蟻のもう一つの弱点は、たぶん水に弱い。
これはスライム以上に川に近づくことが少ないことから判る。
僕らが巣を全滅させている時は、この点を利用している。 ただ水だけで完全に死ぬかどうか、また全体に水が行き渡るかどうかに自信が持てないので、なるべく熱いお湯を注ぎ込むことにしている。
最初に僕が考えた大蟻の罠は、スライムの時と同じように落とし穴だ。
ただし、スライムのように竹の竿を登る訳もないので、通路を作り餌に行く簡単な道を限定し、その途中に落とし穴がある形だ。
しかしその落とし穴は実際に作ってみると難しかった。
ただ単に穴があるだけではそこに刺さるようには落ちないので、穴の上に蓋を付けて、そこに完全に大蟻の体が乗ると蓋が真ん中から割れて穴が開く仕掛けを作った。
竹が曲がることを利用してその仕掛けを作ったのだが、最初は大蟻が前足を乗せるだけで開いてしまい、そうすると大蟻は穴に端から入って行って、穴の底に植えられている竹の槍を簡単に壊して進んでしまった。
もっと大蟻の体全体が蓋の上に乗ってから開くようにしようと竹のバネを多くしたら、今度は開かなかったりと試行錯誤して、やっとちょうど良く開く仕掛けが出来た時は嬉しかったのだけど、その直後にこの罠ではダメなことが分かった。
「ナリート、ダメだな、この罠は。
1回に1匹しか狩れないなら、普通に自分たちで狩った方がよっぽど効率が良いよ」
ジャンの指摘の通りだった。
スライムは槍が刺さり死ぬと、その体はパチンと弾けるように液体となって消えてしまうのだが、大蟻の場合はそんなことはなくて、穴の中の槍に刺さった状態で体が残ってしまう。
その上、下から刺していることになるのだが、穴に植えられた竹の槍は大蟻の上面の外殻は貫くことが出来ない。
そして植えられた槍に刺さった蟻は即死という訳ではなく、足をジタバタと最後に暴れるので、刺さっていない槍までも壊してしまう。
結果として、これだけ面倒な用意をして、1匹しか狩ることが出来ないこととなり、効率が悪過ぎるという訳だ。
「うん、考え直すよ」
僕はジャンの言葉に、そうちょっと小さな声で答えることしか出来なかった。
「ナリートが失敗して、意気消沈している姿なんて珍しいな」
ウォルフが半分少し励ますつもりで僕を揶揄ってきたのだろうけど、それに反撃する気分にもならない。
僕だって、それは上手くいかないことだってたくさんあるよ。
僕たちがこんなことをしていても許されるのは、領主様に依頼されている大蟻の駆除は、何も大蟻の巣全てを絶滅させねばならないというモノではないからだ。
そもそも大蟻の巣がどこにどれだけあるかなんて分からないし、大蟻を全て駆除することが良いことかどうかも分からない。
スライムを僕たちが沢山狩ったことが原因で、一角兎の生息域が広がって、その数が増えた。
それは冒険者たちの生活の安定をもたらし、今までよりもこの地方の住民に沢山の一角兎の肉を食卓にもたらした。
その点は良いことだったのだけど、一角兎を食用としているのは人間だけではなくて、平原狼や大猪、そして大蟻もそれによって数を増やしてしまった。
それでもそういったモノたちは一定の数までしか増えはしない。 増え過ぎれば餌の一角兎が足りなくなり、餌不足に陥るからだ。
それだから、僕たちは人間の迷惑になる場所に出てきたそれらだけを狩れば良いのだ。
そして僕たちが領主様に命じられたのは、狩るのが難しいのに狩っても売れる物が得られる訳ではない大蟻だ。
普通の冒険者はそんな獲物は狙おうとはしない上に、どうしても狩らなくてはいけない場合は、特別な褒賞を冒険者に出す必要があることになるので、領地の予算を圧迫するからだ。
だから僕たちは、この領内の町や村の近くに出来た巣や、それらを繋ぐ道の近くに出来て、移動する人の脅威になりそうな蟻の巣を見つけて潰していけば、それ以外のことは割と自由にして良いのだ。
そのような大蟻の巣が見つかった報告が領主館にもたらされ、緊急にそれを潰すことが命じられる時がない訳ではないけれど、それ以外の僕たちが狩りとパトロールに当たっている時間は、僕たちは自分たちの行動を自分で考えて決めている。
そんな狩りの為に使うのが6日の内の2日だ。 1日は休日で後の3日は他の仕事となるのだけど、その内の1日はシスターも含めての領内の他の村へ行く日だ。
他の村に行くといっても、他の村は1箇所を除き僕たちの村からは町に行くよりも遠い。 それだからその1箇所を除く2箇所の村に行くと、1日では終わらず、その村に一晩泊めてもらっての2日がかりのこととなってしまう。
それでその2日の内の1日は狩りの日を当てることとなった。
残りの2日は、僕は前と同じに領主館で官僚さんたちの手伝いをしている。 お陰でこの領地のことには詳しくなった気がする。
休日は休日で、僕とルーミエとジャンは暇という訳ではない。
待ってましたという感じで、孤児院の他の仲間がその日に色々なことを要求してくるからだ。
まあ、狩りの仕方を教えて鍛えたり、薬草の採取をして薬を作ったり、スライムの罠などを一緒に補修したりしなければ、それは孤児院での生活に直結するのだから仕方ない。
という訳で、何がという訳なのか分からないけど、僕とルーミエ、そして蟻退治以来一緒に領主館に来るようになったジャンにとっては、何だか一番落ち着いた一日を過ごせるのは領主館で過ごす二日間のような気がする。
でもそんな風に思っているのは、もしかしたら僕だけかもしれない。
一年早く学校を卒業したフランソワちゃんも、この一年は領主館に通うことになり、休みの日を除いて毎日領主館にやって来ている。
マーガレットがシスターの学校に進学してしまったので、僕らが領主館にいない時はフランソワちゃんは少し寂しいらしくて、僕らが領主館にいる二日間はルーミエを離さない勢いだ。
それに負けてルーミエは他に特別に任される仕事がない時は、フランソワちゃんと一緒に何らかのことをしている。
ジャンはというと、官僚さんの手伝いは出来ないのかしたくないのか、ウォルフとウィリーと共に衛士としての訓練に加わっている。
来年からは一緒に衛士をするのだろうか。
僕の仕事の官僚さんの手伝いは、忙しい時と割と暇な時の差が激しくて、暇な時には割と時間が空いたりする。
僕はそんな時間を大蟻を狩る罠を考えて今は過ごしている。
でもあまり良い案は浮かんでこない。
落とし穴で下に植えた槍で突き刺す罠が実用的でないならば、あと考えられるのは地面をすり鉢状に掘って、人工の大蟻用の蟻地獄を作ることだろうか。
本物の蟻地獄は、すり鉢状の場所に入ってしまうと足を動かすと壁が崩れてどんどんハマって下に落ちていくのだけど、僕たちにはそんな物は作れない。
そこで逆にすり鉢状の壁の部分を滑らかに整形して、そして硬化させてみることにした。 まあ食器作りの応用だ。
小さな蟻ならば、僕らが作った滑らかな壁なんて、全く問題なく登り降り出来てしまうのだろうけど、大蟻の大きさだとそうはいかないのではないかと考えた。
実際に作ってみた罠は、すり鉢状に穴を掘っただけではなく、その中心に円柱を立てて、その天辺に餌を置くことにした。
餌がなければ、大蟻はわざわざすり鉢状の場所に入ってくる危険を犯しはしないだろうからだけど、ちなみに餌にしたのは一角兎の内臓だ。
僕たちは冒険者の獲物として一角兎を狩ることは禁止されているけれど、餌にする為になら狩ることを禁止されている訳ではない。 まあ内臓以外の部分も、組合に持って行ったり報告したりしないだけで、きちんと全て利用するけどね。
すり鉢状の中はした3分の1くらいまでは水を満たしておいた。
大蟻は僕の考えた狙い通り、餌を取ろうとすり鉢の中に身を乗り出し、引っかかりが無いので、頭から水の中に落ちていった。
そして水によって呼吸ができずに息絶えていった。
罠としては大成功なのだけど、一度にそんなに多くの大蟻を狩ることは出来なかった。
ある程度の数の大蟻がすり鉢の中で死ぬと、いや死ぬ前から他の大蟻が先にすり鉢に入った大蟻を足場にして餌を取るからだ。 それはもうどうしようもない。
「スライムと違って、死んだからといって体が無くなってしまう訳じゃないからな、どうにもならないよ。
それに餌を台に載せる時に、すり鉢の中に残っている大蟻の死骸を引き出して処理しなくちゃならないのが面倒だな」
「ナリート、それが普通のことだろ。
普通は獲物を獲るために罠を仕掛けるんだから」
「でも大蟻はその死骸が売り物になる訳じゃないから、面倒なだけじゃん。
一角兎とかの他の獲物なら、罠によって獲れたら嬉しいけど、大蟻は手間だけだもん。
やっぱり罠なんて考えないで、見つけたら巣ごと全滅させてしまう方が良いのかな」
ジャンは当たり前のことだと言うけど、僕はすり鉢状の罠で死んでいる大蟻をどかすという作業が、結構大変なのに儲けにもならないから、すぐに嫌気がさしてしまって、このすり鉢状の罠もダメだなと思った。
罠で狩ると経験値にはなるけど、手間に合わないと僕は思った。
僕は大蟻はやっぱり巣ごと一度に討伐してしまうのが一番だと、早々に罠で大蟻を狩ることに興味を失ってしまった。
罠で狩れないことで、なんとなく忸怩たる思いをしていたはずなのだが、割りが合わないと思ったら、簡単にどうでも良くなってしまった。
「この作業も、この後があると思うと、何も大変だとは思わないな。 かえって楽しいくらいだ」
僕が面倒に思って、もう大蟻の罠なんてそのまま放置しようかと思っていた時に、ウィリーがそんなことを言い出した。 それもすり鉢の中で死んでいる大蟻の死骸をすり鉢の外に引き出して、適当な所に移動すると言う面倒な作業をしている真っ最中だ。
「ああ、本当にそうだな、この後が楽しみだ。
少し時間を潰してというか、もう1箇所の罠で同じ作業をしてからここに戻れば集まって来ているんじゃないか」
ウォルフも笑顔でウィリーの言葉に返している。
僕は2人の話していることの意味が分かっているらしいエレナに聞いてみた。 ルーミエとジャンは僕と同じようにウィリーとウォルフの上機嫌の訳が分からないという顔をしていたから。
「昨日は、衛士の訓練は無くて、それならと私たちは3人でこの作業をしにやって来たのよ。 ほら、やっぱり巣ごと退治した時ほどの経験値は入らないけど、それでも罠に大蟻が掛かって死ねば経験値は入るのだから、そのままに放置するよりは良いじゃない。
で、ここに来たら、前の日にすり鉢の中から引き出して放置していた大蟻の所に、平原狼だとか、単なる狼、狐なんていう肉食の生き物が、大蟻の死骸を食べに集まって来ていたのよ。
その集まって来ていたのを、私たちは片っ端から狩ったという訳。
単なる狼とか狐とかは、モンスターである平原狼とは違って、そんな経験値にはならないけど、逆に毛皮としては組合で高く売れるから良い儲けになったわ。
ウィリーとウォルフは、それで味をしめちゃったんじゃない」
なるほど、死んでいる大蟻ならば、いくら大蟻の上側の殻が硬くても、下側は普通に剣や槍が通るのだから、肉食の動物にとっては食い破るのは難しくないのだろう。
普段は襲われることはあっても襲うことは出来ない大蟻であっても、死んでいて、それでいて新鮮で大量にあれば、彼らにとっては僕らが大蟻の死骸を放置した場所は良い餌場だ。
それに僕は今まで、スライム、一角兎、そして大蟻とモンスターばかり狩ってきたけど、普通の獲物が身近にいない訳ではない。
普通の狩人ならば、普通の兎や狐なんていう小動物を狙うのが、それこそ普通だろう。
僕がそれらを狩らなかったのは、ただ単に一角兎の方が普通の兎より大きくて、食べる為の肉を得ることを第一の目的とするならば、効率が良いからだ。 竹の盾でほとんど危険なことがなく狩れるなら、一角兎を狩る方がみんなが食べれる肉の量が増えるからというだけだ。
そこから大蟻に急に飛んじゃたんだよなぁ。
でも確かに普通の狼や狐が僕の目に映っていなかったことは確かだ。
大猪や平原狼といったモンスターに分類されるモノは、ウォルフとウィリーが領主様に狩る訓練をさせられたりしていたと聞いたから、僕の目にも映っていたけど、普通の狼や狐なんかは僕は完全に忘れていた。
危険度が高いから、モンスターである大猪や平原狼の方が冒険者組合での買取価格は高いけど、それを1匹狩って運ぶ労力で、それらより体の小さい普通の狼や狐なんかなら、数匹運ぶことが出来る。
そうすると、結局一度に運べる量で考えると、普通の狼や狐の方が実入りが良かったりもするのだ。
普通の狼や狐の買取価格が、その大きさの割には良いのは、毛皮としてはモンスターである大猪や平原狼よりも皮も薄く毛も柔らかいので、衣料なんかに加工するには都合が良いからだ。
モンスターの皮や毛は、厚く強靭だったり、毛は固かったりするので、防具に加工するならともかく、普通の用途には適さないし加工もしにくいからだ。
「つまり大蟻の死骸は、そういうのを集める罠になっているという訳さ。
あいつらを見つけて狩るのはなかなか大変だけど、向こうから集まってくれているなら狩るのは簡単だからな」
弓士であるウォルフにとっては獲物が集まっている状態はとても都合が良いのだろう。 それはエレナにとっても同じことだ。
2人は狼や狐をどんどん弓で射て、気づいてこちらに向かってくる平原狼をウィリーが倒すということらしい。 レベルが上がったウィリーにとって平原狼は不意打ちでなければ敵では無い。
「なるほど、だとしたら、僕も一緒に大蟻を運ぶ作業をしたから、大蟻の死骸を放置したことは罠になるかな」
僕はかなり本気で期待したのだけど、残念だけど大蟻の死骸を放置しただけでは罠認定はされず、特別な経験値は入ってこなかった。
それでも大蟻の罠は放置されることはなく、維持されることになった。
でもやっぱり大蟻の罠は維持に手間がかかるので、その後に現れた大蟻の巣は、そのほとんどはすぐに全滅させることになったけど。
そうこうしているうちに、僕はレベル15のまま、他のみんなはレベル14で揃った。
そんなことをしていて、僕とルーミエ、そしてジャンの孤児院で暮らす最後の一年は過ぎてしまった。
60話が、それ以前の話と設定が違っている部分があり、修正しました。
指摘していただいたマツオトンさん、ありがとうございます。
自分が前に描いていたことを忘れるとは、物書きとしてあるまじき失態です。




