レベルが上がった、けど
翌日、孤児院のベッドで、僕は熱を出して寝込んでいた。
僕だけではない、隣でジャンも寝込んでいる。
僕たちは昨晩の遅く、大蟻の巣にお湯を注ぎ込む作業を終えると、領主様の所の人たちに付き添われて、孤児院に戻った。
僕たちは、体力が尽きるギリギリまで大蟻の巣にお湯を注ぎ込んだので、もうふらふらの状態だったので、
「大丈夫です。 自分たちだけで帰れます」
「そんなにフラフラの状態では、いくら冒険者として特別に一人前と認められていても、子どもだけじゃ危ないだろう。
特にこんな雨の夜なのだから尚更だ」
と、領主館の人に付き添われて、正直やっとの思いで戻って来たのだ。
うーん、帰りの体力を考慮せずにギリギリまで魔法を使ったのは失敗だった。
体力がない状態で、冷たい雨に打たれた僕は風邪を引いたのだろうか、今は高熱で寝込んでいるという状態だ。
こんな状態なのに、寝ている場所をシスターの部屋に移されないのは、隣のジャンも寝込んでいるから、もしかするとルーミエとエレナも同じ状態なのかな、と熱であまり回らない頭で考えた。
僕としては本当に久しぶりにベッドで寝込むことになった。
[全体レベル]が上がって、一番の基礎項目だと思う[体力]と[健康]もレベルが上がり、特に寄生虫の問題を克服してからは、体調を崩すようなことはずっと無かった。
周りの多くの大人よりも自分はレベルが上だということで、どうやら僕は自分の体を過信していたようだ。
レベルと現実は違うというか、レベルが高くなっても風邪はひくよね。
体力が尽きた状態で冷たい雨に打たれたんだ、冷静に考えれば風邪を引いても全くおかしく無い、いや引いてしまって当然の状況だろう。
呼吸の調子から肺炎は起こしていないようだから、ラッキーだったと言えるかも知れない。
ジャンは一日寝てただけで、翌日にはケロッと良くなって、もう普通に過ごしていた。
「ナリート、まだ熱があるのだから、ゆっくり寝ていろよ。
町の学校に行く事になった時くらいから、ずっと忙しそうだったから、少し寝てるのも良いんじゃないか。
僕だけじゃなくて、エレナも一日寝たら良くなったみたいだけど、エレナによるとルーミエもやっぱりまだダメらしい。
二人とも忙し過ぎたからだよ」
時々見にきてくれるジャンがそう教えてくれた。
「ナリートくん、日頃から色々と無茶のし過ぎなのよ。
良い機会だから反省しながらしっかりと休みなさい」
シスターは僕たちが領主館の大人の人たちに、抱えられるようにしてボロボロで帰って来たので、酷く慌てたらしい。
その後で、何をやっているの、と怒る方向になったらしい。
その怒りの一番の矛先は僕の方なんだよな、今回の作戦だって僕だけが考えた訳じゃ無いのに。
二日目はそんな感じで、少しは何か思ったりすることは出来たのだけど、やはり熱が高くて半分は完全に寝てて、残り半分もぼんやりした感じだった。
三日目になって、やっと熱も下がってきて、寝床の中で少し考えることが出来るようになった。
それで僕は思い出した。
僕たちはみんなお湯を注ぎ込んでいた時に、かなりの数の大蟻を倒して経験値を得ていた実感があったのだけど、どのくらいの経験値を得たのだろうか。
僕はちょっと期待感でワクワクしながら自分を見てみる事に意識を集中した。
自分を見た瞬間、僕は驚きで寝床から一気に跳ね起きそうになったところをギリギリで抑え込んだ。
もし僕のことを見ている人がいたら不審なんてもんじゃない。
熱でおかしくなったかと思われて、シスターを呼びに行かれてしまうかも知れない。
僕は深呼吸をして意識を静めようとしたが、心臓はバクバクしているし、汗も吹き出している。
とにかく深呼吸、深呼吸。
僕が何に驚いたかというと、レベル11に上がったばかりだった僕の「全体レベル」は、なんと 3 も上がりレベル14になっていたのだ。
驚異的なレベルアップだ。
だって、レベル12になるには6万近い経験値が、レベル13では18万近く、レベル14では50万以上の経験値がレベルアップには必要なのだ。
合わせると75万以上の経験値が入った事になるのだ。
いくらなんでもなんだってこんなに多量の経験値が入ったのか分からない。
僕はそんな必要な経験値の数を、興奮のあまり一生懸命に何度も計算し直したりもしてしまった。
僕はちょっと考えた、僕だけがこんなに経験値が入ったのだろうか。
僕は見に来てくれたジャンに言った。
「ジャン、お前のことまた見ても良いかな?」
「別に構わないけど、この前見たばかりだよね、みんなと同じレベル10になった時に。
まあ、そのすぐ後にナリートもレベルが上がったから、また差がついたけど」
「うん、そうなんだけど、大蟻の巣にお湯入れた時、たくさん経験値が入った気がしただろ。
僕もだけど、ジャンもそうだろ。
それが確かめられないかと思って」
「そう言われてみたら、そうだな。
それじゃあ、見てみて」
ジャンを見てみると、予想通りと言えるのだろうか、ジャンのレベルも上がっていた。
「ジャン、レベルが上がっている。
ジャンはレベル11になっているよ」
「嘘、ついこないだレベル10にやっとなったばかりだよ。
レベル11になるのに必要な経験値っていくつ?」
「えーと、やく2万」
「そんなの一気に貯まる訳ないじゃん」
「そう思うけど、確実にレベル11になっているよ」
「信じられないけど、僕に見て良いかと聞いてきたということは、ナリート、自分も上がっていたということだよね、たぶん」
「うん、それでちょっと信じられない気分だったので、ジャンはどうかなと思って見せてもらった」
「なるほどね。
それじゃあエレナとルーミエはどうなっているかな?
ナリート、今の調子だと晩飯はみんなと食べれそうだね。 その後で二人も見せてもらってみなよ」
「そうだね、確認してみた方が良いかも知れない」
「ところで、ナリートも上がったということはレベル12になったの?」
「そこは詳しくはちょっと待って。 色々確かめてみてから教えるよ」
「何かあるの?」
ジャンが少し顔色を曇らせた。
「うん、大したことじゃないと思うけど、少しね。
後で分かったら全部教えるよ」
エレナとルーミエに関しては、こちらで見せて欲しいと言うまでもなかった。
ルーミエもその晩の食事はみんなと一緒に取れるようになっていて、食事が終わるとエレナと二人で、僕とジャンの方にやって来たからだ。
「ねえねえ、何だか凄いことになっているよ。
エレナはレベル11になっているし、あたしなんて3つも上がってレベル13だよ」
ジャンが驚いてルーミエに言った。
「ルーミエ、3つも上がってレベル13て、凄すぎる」
「ジャンも上がってレベル11じゃん」
ルーミエはジャンに断りもせずにジャンのレベルを見たようだ。
ルーミエはその目を僕の方にも向けて、止める間も無く言った。
「ナリート、すっご〜い。
ナリート、レベル14て、どうしてそうなったの凄すぎる」
エレナは驚いただけの表情だけど、ジャンは、えっ、そういうこと、というような顔をした。
「ルーミエ、断りもなく他人を見たらダメじゃないか。
ま、確かにそうなんだけど、ちょっと僕は、ルーミエもだけど僕の場合は余計に、レベルが一気に上がり過ぎていて、何かおかしいんじゃ無いかと思って、僕のレベルはジャンには言ってなかったんだ」
「あ、そうか、そうよね。 ごめんなさい。
あたし、レベルが凄く上がってて、浮かれてて、何も考えてなかった」
「私もレベル10にやっとなったばかりだったのに、もうレベル11って、ちょっと余りに早過ぎると思っていたの」
「うん、僕も同じ。 いくらなんでも早過ぎるよ」
「そう言われてみると、あたしも3も上がるなんて、もっと変かも」
「僕も3上がっているのだけど、知ってのとおりレベルが上がると、どんどんレベルが上がり難くなるだろ。
僕の計算だと、レベル13からレベル14に上がるのに必要な経験値なんて、50万を超えるんだ。
ルーミエと同じに3上がったと、簡単には言えないんだ。
必要とする経験値が大き過ぎると思うだろ」
「うん、確かにそうだね。
僕はレベル10に上がるのに必要な6500ちょっとを貯めるのだって大変だったもの。
でも僕は9に上がる時の方が長くかかったし、大変だった気がするけど。
10になる時は、狩る獲物が大蟻になっていたからかな。
それにしても14となると桁が違い過ぎるよ」
ジャンも僕がおかしいと思っていることを理解してくれたようだ。
でもみんなレベルが上がったことは確認出来たけど、それ以上のことは何も分からない。
ウォルフとウィリーはどうなったのだろう。
その翌日、結局のところ僕とルーミエは3日間ほぼ寝込んでいたことになる訳だけど、
僕たち、僕、ルーミエ、ジャン、エレナは揃って領主様に会いに行くことになっていた。
僕とルーミエは言われなくても、普通はフランソワちゃんと一緒にまだ町に行くので、領主様の館に行くのだけど、ジャンとエレナはそうではない。 つまり2人も呼び出されたということだ。
「僕たち何か失敗しちゃったかな。
少なくともレベルが上がったのだから、大蟻を何匹かは討伐できたのだと思うけど、きちんと結果を確かめている訳じゃないし。
お湯を巣の中に注ぎ込んだのが何か問題だったのかな」
町に向かって歩いて行く途中、ジャンは何だか心配になったようで、そんなことを言った。
4人も行くことになると、フランソワちゃんの馬車には乗り切れなくなるので、いや僕が御者さんと一緒に御者席に座れば乗れるけど、そうするとジャンが女の子3人と馬車の中となるので嫌がるので、今日はフランソワちゃんとは別々だ。
僕は別のことを考えていた。
夜になってから、改めて自分のことを見ていて、[全体レベル]以外も注意して見たのだけど、いくつか気になったことがあったからだ。
その中で一番頭を悩ましているというか、気になってしまったのが、[残ポイント]だ。
前に一度貯めておいたことがあるのだけど、貯めておくことに意味はないというか、すぐに使っておいた方が良いと分かったので、レベルが上がった時には必ず使うようにしていた。
特に最近は、僕はレベルが上がる機会が本当に少なくなったというか、次に上がるまでに長くかかるようになったから、[残ポイント]を即座に使わないと、ずっとそのままになっている事になる。
今回のレベルアップでは、レベルアップしたことに寝込んでしまっていたので3日近く気づきもしないでいたので、使い損ねてしまったのだ。
「20ポイントもあったし、それに毎回必ず入れていた[知力]に入れることも出来なかったなぁ」
僕は何だかそれが気になってしまっていて、他のことは考えられなかった。
領主様に呼ばれたのは、ま、行って会ってみないと分からない。 今から考えても仕方ない。
領主様と接した機会がジャンよりもずっと多いからか、僕とルーミエは気楽な調子だったけど、エレナもジャンと同じでちょっと心配みたいだ。
領主様の館に着くと、すぐにウォルフとウィリーも呼ばれ、6人揃って領主様と会うことになった。
ウォルフ、ウィリーと何か話す時間もなく、領主様の執務室に入れられた。
領主様は部屋に入って並んでいる僕たちを見て、ちょっとため息をつくような感じで言った。
「確かにお前たちの仕業だということだな」
何のことだろうと思ったら、領主様が僕らが質問する前に自分から教えてくれた。
「お前らが館の者たちを連れて大蟻の巣に何かした次の日から、大蟻が全くいなくなったんだ。
冒険者の連中は、何が起きたのかと、疑心暗鬼になっているぞ。
で、お前たちは何をやったんだ?
お前らがふらふらになり、ここに戻ってきたり孤児院に戻るのも大変な様子だったという報告は受けているが」
「はい、大蟻の巣の出入り口をレンガで塞いで、巣穴の一番高いところに穴を掘って、そこから全員で魔法でお湯を流し込みました。
巣の中をお湯で満たせば、大蟻だって力尽きるかなと思って」
何となく立場上僕が答えると、領主様は変な顔をした。
「お湯を全員で魔法で流し込んだって、それ、どんな魔法だ?」
「えっ、普通の生活魔法です。
ドロップウォーターで水玉を出して、それをプチフレアを重ね掛けして熱くして、それを流し込んだんです。
僕らは小さい子の体を洗ってやるのに、井戸の水を汲むのは大変だからドロップウォーターで桶に出してやったり、最近は寒くなってきたから、その水を暖かくすることには慣れているんです。
その応用です」
「生活魔法の応用なのか?
プチフレア以外、それぞれ何らかの特殊性がある者しか、他の生活魔法を使っている奴は見ないぞ。
そんな使い方があるのか。
しかし、お前らまさか本当にとんでもないこと考えついたな」
「えーと、領主様、それじゃあもしかすると僕たちがやったことで、本当に大蟻の巣に大きなダメージを与えることが出来たのですか?」
ウィリーが気になっていることを聞いた。
「ああ、確実にな。
お前らを見てみて、俺は大蟻の巣をお前らが全滅させたと確信したよ」
「「「「「「ええ〜っ!!?」」」」」」
「お前ら全員[称号]に、『大蟻の天敵』という称号が出来ているぞ、前から『大蟻討伐者』という称号を持っているのには気づいていたから、お前らが大蟻を自分たちでも狩っていたのは、報酬を得ようとしなくても分かったのだが、大蟻の天敵とはなあ。
かなりの数の大蟻を討伐しなければ、大蟻の天敵という称号は得られないぞ。
その上、ナリートなんか『大蟻の女王討伐者』なんて称号まで持っていやがる。
大蟻の女王を討ったということは、その巣は崩壊したということで、今回の大蟻の騒ぎはお終いだ。
まだ儲けられると思っていた冒険者たちは、これを知ればがっかりするだろうよ」
僕は領主様に言われて、自分の称号を見てみたら、確かにそんな称号が有った。
レベルアップばかりに気を取られて、また称号をきちんと見るのを忘れていた。
「あの、領主様、僕が一番最後にお湯を注ぎ込んだんですけど、その本当に最後に何だかドンと経験値が入った感じがして、自分でも驚くほどレベルアップしていたのですけど、それって関係あるのですか?」
「ああ、その時にきっと女王蟻が死んだんだろう。
女王蟻を討てば、そりゃ結構多くの経験値は入るさ。
ということは、お前らがみんな寝込んだのは、風邪をひいたのではなくて急激なレベルアップのせいか。
俺にはお前らの[全体レベル]が見えるが、いやお前らに限らず見えると思っていたが、お前らのレベルが上がり過ぎで確信が持てんわ、自己申告してみろ」
「11になりました」 「僕もです」
「「僕たちは12です」」
「あたしは13です」
「僕はその最後の女王が効いたのか14です」
「やはりか!!
はあ、お前ら、その歳でか。 レベルが上がり過ぎだな」




