領主様によるレベル上げ
僕は水魔法のドロップウォーターで、大きさの違う水玉を割と簡単に出せたので、同じことを他の生活魔法でも出来ないかと考えた。
やってみると意外なことに、いや意外ではないのかもしれない、材料を先に用意できる土魔法のスモールクレイは、ドロップウォーターと同じように簡単に手のひらの上に少し大きな土塊を出すことが出来た。
風魔法のソフトブリーズは、僕は空気の塊の大きさを考えるだけで、同じように難しくは感じず、それを動かして当てると、広範囲に動きが見えるので確認することが出来たのだが、僕以外は上手く出来なかった。
とにかく難しいのはプチフレアで、これは何かを集めている訳ではないと思う魔法だからか、大きくするのはもの凄く大変で、僕でもほとんど大きさを変えることが出来なかった。 一番ありふれた魔法が最も難しく感じてしまうのは、ちょっと意外だ。
ドロップウォーターで出せた水は、基本的には丸くなるのは、大きさが違っても変わらないのだけど、残念ながらスモールクレイは、小さなサイコロが大きなサイコロとなるはずもなく、球にしようとしても大きくすると形が崩れる。
まあ小さなサイコロさえまともに作れないのだから、大きくして形がきちんとしているはずもない。
それでも材料が用意されていれば、大きさの違う球でもサイコロでも出せるということがわかったのは大きなことだ。 形は歪だけど。
そして僕は、食器作りの工房で食器作りの実際を見せてもらった時に考えた当初の目的を試してみた。
何のことはない、ただ自分たちが普段使っている皿だとかカップといった食器を自分で作れないかと考えたのだ。
孤児院で使っている食器は質が悪いからかもしれないけど、すぐに壊れるから、安物でもそれの購入費はそれなりに掛かる。 それを節約できるとも思ったのだ。
試した結果は、全くのダメダメ。 全然使えるような物は出来ない。
まあ考えてみれば当然の結果だろう。
サイコロの形でさえなかなか上手く作れないのに、皿や、カップの形が作れる訳がない。
「さすがに専門の職人さんがいる訳だよね。
そんなに簡単に誰でも出来たら、それが仕事になるはずがない」
僕はそう納得したのだけど、ガッカリもした。
スモールクレイで小さなサイコロの形も上手く作れないのだから、次のフォームやハーデンの魔法にまで行かない。
手のひらの上に出す量は多くすることが出来たので、スモールクレイのスモールを取ってクレイの魔法にはなったけど。
「薄い円盤状に出来れば、それをフォームでもう少し整形して、ハーデンの魔法で硬くするまでの一連の工程を覚えられるのだけどなぁ」
僕はそう考えていて、はたと思いついた。 何も食器に拘らなくても、土魔法の練習なら、他にも役に立つ形はあるじゃん。
僕はクレイの魔法で、サイコロの様な直方体ではなく、ちょっとだけ平べったい直方体を作った。
その形をフォームで整えて、ハーデンで硬化させる。
一連の工程を、この形なら試してみることが何とか出来た、そうレンガだ。
「やった、出来たぞ!!」
「ナリート、喜んでいるけど、そんなの作ったって何の役にも立たないんじゃないか。 練習だから、それでも良いのかもしれないけど」
僕が食器を作ろうとして土の魔法の練習を一生懸命しているのを知っているジャンが僕にそう言ってきた。
狩りに一緒に行くメンバーは、生活魔法と呼ぶ魔法の練習はずっとするようになっていたのだけど、土魔法は人気がなくて、僕以外は大体は水魔法が今は主になっている。
今は川に寄った時に、手のひらに出す水玉の大きさを競っている。
まあ今のところ、それが一番自分の進歩が目に見えるから楽しいんだよね。
「役に立たないことはないんだぞ。
これを沢山作れば、これを積み上げて色々な物が作れる。 頑丈な建物だって出来るくらいなんだ。
でもまあ、当面の目標は川のところにこれで竈を作ることだな。 そうすれば川で焼き魚だけじゃなくて、色々な物が作れる。
それに、これを作るのに、スモールクレイじゃなくてクレイを使って、その上フォームとハーデンも使っているんだぞ。 凄いだろ」
僕はちょっとだけ躍起になってジャンに反論した。
「そのフォームとハーデンという魔法は難しいの?」
ジャンが新たな魔法に興味を示した。
「川に竈って、台所にあるようなのが作れるの?」
エレナは竈というところに注意をそそられたようだ。
「フォームもハーデンも、スモールクレイでサイコロみたいな形をきちんと出すよりも難しくない。
その前のクレイも、もうみんな大きな水玉が出せるのだから、同じように出来るんじゃないかな。
この形を作るのも、サイコロの形をスモールクレイでちゃんと出すのと違って、クレイで出すときは大体の形で、それをフォームで形を整えているから割と楽」
「それなら僕も、それをやってみようかな。
フォームとハーデンという魔法も覚えてみたいし」
「私もやるわ。 それを沢山作れば、竈が作れるのでしょ」
「うん、えーと、これはレンガって言うんだ。
僕だけじゃなくて、みんなが作れるようになれば、ずっと早く沢山の量が作れると思うよ」
「あなたたちも水で遊んでないで、明日からはレンガ作りの練習よ」
エレナの命令で年下の2人もレンガ作りをすることになった。 エレナには2人は逆らえない。
始めてみると、スモールクレイでサイコロの形を作ることには苦戦して、ドロップウォーターの水玉の大きさを大きくすることの方に行ってしまっていたジャンとエレナだが、レンガ作りは割と簡単に出来るようになってしまった。
年下の2人はレベルが低いせいか、そのせいで毎日の練習できる回数が少ないからか、2人と比べるとかなり時間が掛かったが、それでもレンガ作りは出来るようになった。
年下の2人は、レンガ作りが出来るようになると、年上の僕たち3人と同じように出来ることが出来て嬉しかったのか、毎日自分の限界までレンガ作りをするようになった。
まだレベルが低いので、次のレベルまでに必要な経験値が少ないせいもあるのだろうけど、その魔法の使用経験値が増えたこともあって、レベルが一つ上がることにもなった。
ま、とりあえず、僕の魔法もレベルを上げたいという気持ちに、僕は周りも巻き込んで、普段していることに加えて魔法に取り組んでいる。
その理由には、最近気がついたことも大きく関与している。
何に気がついたかというと、今までは[全体レベル]が上がる時にしか他の項目も上がらなかったのだけど、[全体レベル]が 10 になったからだろうか、理由は分からないのだけど、後から自分の経験や努力で得たような項目、つまり僕の場合[全体レベル]と共に確実に勝手に上がる[体力][健康][空間認識][魔力]、そして残念なことに毎回ポイントで上げている[知力]を除いた項目は、[全体レベル]が上がる時以外でも、自分が努力することでレベルが上がるみたいなのだ。
ただし、やはり残ポイントを使って上げるのは、[全体レベル]が上がる時以外には出来ないけど。
[全体レベル]が上がりにくくなって、ちょっと何というかやる気を出すための励みになることがない状態だったのだけど、それに気がついてからは、僕は一気にやる気が再燃したのだ。
そして今は、魔法のレベル上げだ。
生活魔法というのが、どうやら様々な魔法の基礎だとも判って来たのもあるしね。
僕たちが領主様の館に通い出してから、領主様が忙しくて僕たちに顔を見せないことも多いのだけど、そんな時に領主様のしていることの一つにモンスター退治もあるらしい。
本来、この地方の領主である領主様が自分でモンスター退治をする必要はないらしいのだが、元々が冒険者だった領主様である、じっとして居られないらしい。
もう一つの理由として、少し強いモンスターが近辺に増えてしまったこともある。
僕たちがスライムを罠によって狩るようになって、今までのようにスライムが爆発的に増えて冒険者組合に緊急依頼が入るようなことは無くなった、というかスライムの数がある程度に抑えられるようになった。
そのこと自体は、普通の領民にとっては農地の防御で対処しにくいスライムの害が大きく減って楽になって良いことなのだが、色々と生態系に変化を生んでしまったようなのだ。
スライムが減って、生息域を争っていた一角兎が増えたことは分かっているし、僕らの村やこの町では、以前よりも沢山一角兎を獲ることが出来るようになり、その肉の流通量も増えたし、低級冒険者の懐も潤い、村や町に活気も出て良い影響を与えている。
だけど一角兎が増えて、その恩恵に預かっているのは何も人間に限らない。
それを捕食するモンスターも、餌が豊富になったということで、その数を増やしてしまったのだ。
そしてそれらの危険度は、スライムと一角兎とは比べ物にならず、村や町、そしてそれらを繋ぐ街道近くに出没するようになれば、絶対に駆除する必要があるのだ。
そういう依頼が冒険者組合に多く寄せられるようになったばかりか、領主様宛てに「どうにかして欲しい」という嘆願が寄せられるまでになっているのだ。
それらの討伐となると、普段一角兎しか狩っていないような低級の冒険者だとなかなか厳しいものがあり、またほとんどの冒険者は低級だったりする訳で、それらに対処出来る冒険者は大忙しだったりする。
そういった状況の中で、元冒険者の領主様は他人に対処を任せてじっとしていることが出来ず、自分自身もその討伐に赴いているという訳なのである。
「ナリート、それは間違っているぞ。
儂が我慢することが出来なくて、自分もそれをしている訳がないじゃないか。
冒険者組合には個々に出される討伐依頼だけではなくて、この領としても依頼を出している。
つまり儂は討伐の依頼主でもあるのだ。 その儂が討伐したいという理由だけで討伐に向かう訳が無かろう」
領主様は僕の、いや僕だけじゃなくて文官の人もそうだと思っている見方を、真っ向から否定した。 それなら何故?
「お前の孤児院の先輩のウォルフとウィリーに、戦いの経験を積ませるには程よい相手ではないか、アイツらは。
2人は一角兎は全く問題にしないし、それなりのレベルにもなっている。
平原狼や、大猪なら丁度良い相手だろう。
とはいえ、その危険は一角兎とは比べ物にならない。
そこで冒険者の大先輩である儂が、一緒に行って、その戦いを監督しているのだ。
儂の前では、そんなモノは危険でも何でもないからな。
儂としては自分の子飼いの衛士を鍛えることは必要なことでもあるしな」
ま、一応筋が通っていることはいる。
でも僕も文官さん達も、それは絶対に単なる言い訳に過ぎないと思っている。
単純に領主様の冒険者の血が騒いで、それにウォルフとウィリーが付き合わされているだけだと思う。
文官さん達は何だか、仕方がないと諦めているようだけど、その代わり領主館にいる間は、しっかりと領主としての仕事をさせているみたいだ。
だから余計に僕やルーミエと顔を合わす時間が減ってしまっているのだけどね。
領主館で領主様と会って話す時間が前ほどないのに加え、領主様が居る時間に仕事を詰め込むために、文官さん達もその時間は忙しくなり、僕はまあ見習いとしてその仕事を手伝いはするのだけど、それでも出来ることは限られているし、文官さんも忙しくて外に出る仕事を控えることとなっている。
つまり僕やルーミエは逆に暇な時間が増えた訳で、そんな時には領主様に付き合わされて疲労困憊のウォルフとウィリーを労いに行ったりした。
領主様は疲れるどころかストレス解消になっているのか逆に元気なのだけど、ウォルフとウィリーは2人の部屋で完全にグロッキーだ。
先輩の衛士達も気の毒がって、衛士の仕事を免除してくれているのだから、2人の状態は推して知るべしだ。
領主様は衛士を鍛えることを理由にしているのだから、何もウォルフとウィリーじゃなくて別の衛士をお供としても良いのではないかと思うのだけど、それは文官さん達の反対に遭って、狩りのお供はウォルフとウィリーに限られているそうだ。
その理由は、さすがに体力が2人が一番下だからで、お供の体力が尽きると領主様も仕方なしに引き上げることになるので、最も短い時間で館に戻ることになるからである。
「俺たち、毎回館に戻る時には2人して領主様に肩に担がれて戻って来るんだぜ。
衛士の俺らの方が領主様に担がれて戻って来るなんて、かっこ悪いことこの上もない姿なんだけど。
倒れて動けなくなるまで、領主様は俺たちに狩りを続けさせるんだ」
「『なんだもう動けないのか』と言われ続けているのだけど、それでも最近は少しづつ動けなくなるまでの時間も伸びているし、危ないところを領主様に助けてもらう回数も減っては来ているんだ」
「それから俺も弓だけじゃなく、本格的に剣も練習させられているし、逆にウィリーも剣だけじゃなく弓も練習してるんだ」
「領主様は何でも使えるから、俺たちにも『そうなれ』と言うのさ」
話を聞きながら、ルーミエは2人にヒールをかけてあげていた。
本人達も言っていたように、危なくなると領主様が助けるから、大きな怪我を負う心配はないみたいだけど、それでも動けなくなるまで狩りをさせられていれば、擦り傷や小さな切り傷はどうしても沢山作ってしまうみたいだ。
「ルーミエ、ありがとう。
俺たちもヒールは覚えているのだけど、倒れるまで体力を使ってしまうので、ヒールを自分たちでかけている余裕がないから助かったよ」
「これであと、疲れと全身の筋肉痛がとれる魔法があれば良いのだけどな。
ナリート、お前、そんな魔法知らないか?」
うん、そういう魔法があるのなら、僕もぜひ覚えたい。
僕はちょっと興味があったので、2人に先に許しを求めてから、2人のことを見てみた。
何を考えていたかというと、モンスターのレベルが上がると、モンスターを討った時に得られる経験値がレベルの差以上に増えると分かっていたので、もしかすると2人はレベルがとても上がっているのではないかと思ったからだ。
今までは罠で入る経験値のお陰で、僕が得る経験値がみんなよりもずっと多くて、孤児院の友達たちの中では僕のレベルが一番高かった。
レベルが上がってきて、次のレベルになるまでの必要とする経験値の量が多くなったために、ルーミエやシスターをはじめとして、僕にレベルが追いついて来たけど、それでも僕が今のところ一番レベルが高い。
ウォルフとウィリーは[職業]が弓士と剣士なので、弓と剣を使っての経験値はもしかすると少しプラスアルファがあるのではないかと思うのだけど、それらは使わねば意味がない。
今回、それらを目一杯使っているだろうし、僕らが普段狩っているモンスターよりも強い、つまり高レベルのモンスターを沢山狩ったのだから、2人の項目のレベルがどうなっているのかに興味があったのだ。
「あっ、2人ともレベルが9になっている!!
私もやっと9になったばかりなのに、追いつかれちゃった」
先に見たルーミエが驚きの言葉とがっかりした言葉を吐いた。
「ルーミエ、俺たちの方が歳上なんだぞ。
お前と同じレベルでだったり、お前よりレベルが上だって、お前ががっかりする様なことじゃないだろ」
ウィリーがちょっとムッとした感じでルーミエに反論したけど、どちらかというとルーミエを揶揄っているだけだろう。
「そうだけど、何だか悔しい。
だってあたし、シスターのお手伝いで、すごく頑張ったんだもん」
「だから、俺たちも領主様に付き合って、すごく頑張っているんだって」
何となくルーミエが悔しがる気分は解る。
ウォルフもウィリーもつい最近までレベル7だったのだ。
レベル7から8になるには729の経験値が必要で、レベル8から9になるには2187もの経験値が必要なのだ。
今までの僕らにとってはなかなか貯まる経験値の数字ではなく、ルーミエだけでなく僕もそこのレベルが上がるのにはかなりの時間を要した。
それなのに2人はこの短期間でレベルを上げたのだ。
つまり領主様に教わった通り、まあレベルの違う一角兎で検証したから理解はしていたけど、本当にレベルが高いモンスターになると、ずっと沢山の経験値が入るということだな。
それでもこの短期間で、レベル7から9になるなんて、領主様はこの2人に何をさせているのだろう。
このままだと僕がこの2人にレベルが抜かされるのは時間の問題の気がする。
別に僕はレベルが友達なんかの中で一番で居たい訳じゃないから、構わないけどね。
ま、ちょっとだけ悔しいような気もするけどさ。




