知識故の勘違いから始まって
僕たちが孤児院で毎日使っている食器は、何の変哲もない素朴な物だ。
土色をしたそれらの食器は割れやすく、孤児院はお金の余裕がないので丁寧な扱いを孤児たちは求められるのだが、丁寧に扱っていてもすぐに壊れてしまう。
まあ孤児院の大人たちは、それはしょうがないと思っているらしくて、余程変なことをして壊してしまったのでない限り、僕たち孤児を、食器を割ってしまったからと怒ることはなかった。
僕はその食器が簡単に壊れてしまうほど脆いのは、孤児院で使う食器は安物なので、その食器の焼き締めがきちんとなされていない粗悪品だからだと思っていた。
そう、僕はそれらの土色をした食器は、粗悪な焼き物だと思っていたのだ。
ある時、僕はそれが大きな間違いだということに気がついた。
最近の僕は、領主様の文官の人に連れられて、様々な場所に行くことがある。
それはどうやら領主様の意向で、領政を担う者が実際にはどういうことをしているかを僕に見せる為らしい。
それだけでなく、孤児院の中と学校くらいしか世の中を見たことがない僕やルーミエに、今まで見たことのない様々な物を見せようと領主様はしてくれているみたいだ。
そんな中の1箇所に、食器の製造現場の視察があったのだ。
文官さんの本来の目的は、税についての取り決めがあるので、それの確認らしいのだけど、僕はそれに付き添って行って、仕事場の見学となった訳だ。
行くまで僕は食器は簡単な焼き物だと思っていて、土を捏ねて形を作ったり、それを乾燥させて焼いたりする工程を見学するのだと思っていた。
ところが実際は、それらの食器は焼き物ではなく、魔法で作られた物だったのだ。
「魔法で作るのに、どうしてたくさんの土が用意されているのですか?」
僕はその工場には土の山がたくさんあることを疑問に思った。
魔法で作るなら、何も土を用意する必要はないんじゃないかと思ったからだ。
僕が使える生活魔法の一つのスモールクレイだって、その魔法を使えば、何もないところから掌に小さな土の玉を発生させることが出来る。
それなのに何故と、僕はその工場の長のような人にそう聞いた。
「坊っちゃんは生活魔法のスモールクレイが使えるのですか?
生活魔法はプチフレア以外使える人は少ないのだが。
俺たちここの職人は、当然スモールクレイは出来ますけどね」
長のような人もスモールクレイを使って見せてくれた。
「でも知ってますか?
何もない所から土の玉を出すより、原料を前にして、その原料を使って玉を作る方がずっと魔力の使用量が少ないのですよ。
例えば、この皿を作るにはスモールクレイで作れる土の玉がいくつも必要ですが、それを何もない所から出すと、それだけで魔力をかなり使ってしまう。
だけど、そこに見える土の山から、必要な分を掌の上に移動させるのだとしたら、魔力はそんなに要らない。
そして整形と硬化に使う魔力を集中することが出来る」
僕はなるほど、と思った。
「つまり魔力を節約する為に、土は用意しているのですね」
「まあ、他にも綺麗な色の土を用意すれば、その色の食器を作れたりとかもあるけど、1番の理由はそこだな」
「えーと、土を食器の形にするのは、難しい魔法なのですか?」
「いや、それはフォームという魔法なのだが、難しい魔法ではない。
スモールクレイの魔法を使う時には、丸い玉をイメージして魔法を発動するだろう。
それを四角いサイコロの様な物をイメージして発動すれば、四角い土のサイコロみたいなのが掌の上に出来る。
それの応用だな。
実際の俺たちは、スモールクレイではなく、単なるクレイという魔法を使って掌の上に土を出すのだが、その時にもう形を意識しているので、簡単な皿なんかだったらそのままでフォームを使うことはないのだけどな。
ま、何にしろ、魔法自体はスモールクレイの応用というか、スモールクレイに慣れていれば、クレイもフォームも、そして硬化させるハーデンも難しくはない。
練習あるのみだな。
職人の道は1日にして成らずだよ」
何だか色々と、目から鱗の事柄ばかり。
まず一番最初に食器が焼き物ではなかったことが、僕には衝撃的なことだった。
自分の知識の中にある、夢の中では前世の記憶ということだけど、その知識の中の食器と比べると今現在自分たちが使っている物はとても素朴な物だとは思ってはいた。
でもそれは低価格の製品だから、簡単な素焼きの物であって、土も悪く、焼成温度も低いから脆いのだと思い込んでいた。
そしてそれらが焼き物ではなく、土の魔法で作られていたことにも驚いた。
作り方も、一番簡単な生活魔法のスモールクレイの応用ということだし、土を用意しておけば魔力の消費が少なくて用が済むことにも目から鱗だった。
「どうやら前に考えていたとおり、生活魔法というのは、色々な魔法の基礎だというのは確定的だな。
土を用意しておいて、その土を使うことを考えてスモールクレイを使うと、魔力の消費を大きく抑えられるということは、もしかしたら、土が用意されていない時は、漂っているチリや何かを集めて土にしているのかな。
だとすると、使う土を用意しておけば、魔力の消費を抑えられるのは当然の様な気がするな。
試してみないと分からないな」
僕は翌日に、狩りを早めに終わらせると、早速実験してみた。
最近は一角兎を狩るのに、僕がどこにいる兎を狩るかを指示しないで、エレナを中心にして任せて狩るようにしている。
モグラ狩りでの練習だけでなく、本番でも僕が卒院しても狩りが続けられるように、[索敵]で獲物をしっかりと把握することを練習させるためだ。
でもその日は急ぐ為に、僕が指示して一角兎の狩りは終えた。
材料となる土を用意して、スモールクレイを使ってみると、確かに魔力の消費がずっと少なくて済む様な感じがした。 実感としては簡単に魔法が使えている感じだ。
僕だけでははっきりしないので、狩りの他のメンバーにも試してもらう。
やはり、みんなも簡単に魔法が使える感じがするという。
魔法を使うことは、ルーミエやシスターでなくても、誰でも経験値になることに以前に気がついたので、僕はルーミエだけでなく、近しい人には毎日生活魔法を火魔法のプチフレア以外も練習するように勧めていて、当然狩りのメンバーにも疲れきって倒れない範囲で、毎日魔法を目一杯使うように言っていた。
それでみんなも生活魔法の使用には慣れているので、使用感の違いをしっかりと認識することが出来たようだ。
僕は次のことも試してみる、丸い玉を作るのではなく、四角いサイコロを作るのだ。
スモールクレイだけでなく、他の生活魔法、プチフレアやドロップウォーター、風魔法のソフトブリーズさえ何となく丸い球を動かすイメージだったので、今度はなかなか出来なくて何度も繰り返し練習する。
「ナリート、何をしているんだ?」 ジャンが聞いてきた。
「うん、スモールクレイで手の上に土を出す時に、丸じゃなくて四角いサイコロの様な形で出す練習をしているんだ」
「そんなこと出来るのか?」
「うん、食器を作っている人に教わったんだ。
丸い球じゃなくて、四角いサイコロで出すのが、まず最初の練習なんだって。
それが出来る様になったら、徐々に皿だとかの形も作れる様になるらしい。
もっとも、ある程度の形で出せたら、フォームという魔法で、もっときちんとした形にして、ハーデンという魔法で固めれば、食器として出来上がりらしい。
それらの魔法も、スモールクレイをしっかりと使える様になれば、簡単に覚えられるらしい」
「そうなのか。 それじゃあ僕たちもしっかり練習しなくちゃ」
ジャンたちも、四角いサイコロ作りの練習を始めたが、やはりなかなか上手くいかない。
そして魔法の練習をみんなでしてみると、僕は使える魔法の回数が人によって違うことに今になって気がついた。
新入りの年下の子2人は、あっという間に疲れきって使えなくなってしまったのだ。
そして次にエレナ、そんなに変わらずジャンと使えなくなってしまったのだが、僕はその時点で一番多く練習の為に使っていたのだけど、まだ全く疲れてもいなかった。
まあ、あれだよな、[魔力]の項目のレベルがそれぞれ違うからな、当然なのかも知れないな、と思ったのだけど、そのレベルの違いの数字以上に何だか違うような気もする。
みんなを待たせて僕だけ練習しているのも悪いので、少しして僕も練習を止めた。
みんなよりもずっと多く練習したはずだけどその日は、やっと何となく丸い球に少し平らな面が出来た様な形になっただけだった。
その日僕はもう一つ試してみた。
孤児院への帰り道、僕らは狩った一角兎を解体したり、その肉や角、それに皮などの利用する部分以外をスライムの罠の餌にするためもあって、いつもの川に寄る。
最近では、その見取ったりの作業は僕とジャンはすることはない、エレナが指導しながら新人にやらせるからだ。
僕はそのちょっとだけ暇な時間に、ドロップウォーターを試してみたのだ。
スモールクレイの時に用意した土を意識して、それを使うように魔法を使ったら、何もないよりずっと楽に使えたので、水のある場所でそれを意識して使えば、ドロップウォーターも楽に使えるのではないかと思ったのだ。
「やっぱりだ」
僕は試してみて、同じように楽に使えることが分かって、満足した気分でついかなり大きな声で独り言を言って、それをジャンが聞きつけた。
「何がやっぱりなんだよ」
「ドロップウォーターもやっぱり水のある所で、それを使う感じで使うと楽に使えるんだ」
ジャンも少し回復したのだろう、自分でも試してみている。
「本当だ。 ドロップウォーターも楽に使えるんだ」
僕は調子にのって色々試してみる。
「駄目だ。 ドロップウォーターで出す水の形も四角くしてみようと思ったのだけど、スモールクレイよりずっと難しいかもしれない」
僕は頭の中で、水には表面張力があって丸くなりやすい性質があるから難しいのかもしれないな、なんて考えていた。
僕はもう一つのことを思いついた。 ドロップウォーターで掌の上に出す水の大きさを大きく出来ないかと思ったのだ。
水のある所で使うと楽に使えるのだから、大きさを大きくしても使えるのではないかと思ったのだ。
こっちは成功した。
「ナリート、凄いよ。 ずいぶん大きい水玉を作れたね」
「うん、楽に使えるなら、大きいのをイメージすれば出来るんじゃないかと思ったんだ」
「僕も試してみたいけど、スモールクレイの練習で魔力を使い切って、ちょっと回復した分もさっき使ったから、もう試せないや。
明日にでも僕もやってみよう」
僕はちょっと考えた。
スモールクレイが、原料となる土を用意しないで使っている時には、大気中のチリなんかを集めているなら、ドロップウォーターはもっと簡単に大気中の水分を集めているのではないかと。
だとしたら、大気中に湿気として水分があることを知っている僕は、それを意識すれば無意識にドロップウォーターの魔法を使って水玉を作るよりも、ずっと楽に使えるのではないかと。
「ドロップウォーター」
試してみたら、思ったとおりだった。
やはり大気中の水分を集めるイメージでドロップウォーターの魔法を使うと、そうでない場合よりもずっと楽に使うことが出来た。
「まだ、やってるの?」
ジャンに言われて、僕はすぐに今分かったことをジャンにも教えようかと思ったのだけど、それは止めた。
ジャンに教えるには、それよりも先に空気とか大気とかを教えて、それに水が湿気として含まれることを理解させなければならない。
それを理解していなければ、大気中から水分を集めるということをイメージすることは出来ないから、僕の様に楽になるということはないだろう。
見えている物を掌の上に移すのとは、きっと全く違うのではないかと思うのだ。
僕たちが孤児院に戻ってみると、思ったより時間が早くて、狩りには行かなかったルーミエが小さい子の仕事の後の水浴びを、いつもの様に手伝っていた。
「ナリート、今日は早いね。
早く戻ってきたんだったら、手伝ってよ」
「ああ、いいぞ。
今日はちょっと魔法を色々試したくて、早く狩りを終えるために、僕が兎を見つけたから。
それでも小さい子の水浴びに間に合うとは思わなかったよ」
僕は喜んで、小さい子の水浴びの手伝いをする。
小さい子のちょっとした傷を見つけて、気付かれないようにヒールをかけたりもするので、良い練習にもなるからだ。
その時、ふと僕は思いついた。
小さい子の水浴びを僕たちが手伝う一番の理由は、小さい子たちでは水を汲むのがなかなかたいへんだからだ。
井戸に下ろした釣瓶に水をいっぱいにして、それを引き上げるのはなかなか力がいる。
僕はもちろんだけど、ルーミエもレベルが上がって体力や筋力のレベルも上がっているから、僕たち2人にとっては前にも増してそれは、どうということもない作業になっている。
以前はこの作業を僕は筋力を鍛える為に良い作業だと思っていたのだけど、今では楽過ぎてその役にはきっと立たないだろう。
でもそれなら、さっき川でやったみたいに、井戸の中の水を掌の上で玉にして出したらどうだろう。
大きな水玉も作れたから、釣瓶で一回に汲むくらいの量の水玉は出せるのではないかと思う。
「ドロップウォーター」
成功だ。 掌の上に出した水を、ムーブの魔法も意識して、置いてあるバケツに入れた。
それを見ていた小さい子から歓声が上がった。
まあ、魔法で水をバケツに満たしたのだから、それを見たら歓声くらいあげてくれるよね。 僕はちょっと良い気分だった。
「ナリート、何しているの?」
小さい子たちが僕の周りで騒いでいるのにルーミエは気づいて、何をしているのか聞いてきた。
「うん、今日、生活魔法を色々と試していたのだけど、その成果を小さい子に見せたんだ」
僕は自分が今していたことと、今日試したことをルーミエに説明した。
ルーミエは僕の言っていることを理解すると、すぐに自分でも試してみて、すぐにドロップウォーターで、僕と同じようにバケツに水を満たすことが出来る様になった。
さすがに[魔力]の項目のレベルが僕よりは低いからか、僕の様に1回でバケツを満たす大きさの水玉は出せず2回かかって、ちょっとだけ悔しそうだけど。
でもこれは良い練習になるな、と僕は思ったのだけど、今では小さい子の水浴びを僕が手伝う機会は少なくて、それに比べるとルーミエは前ほどではないけど良く手伝っている。
つまり練習する機会が、きっとルーミエの方が多い。
よし生活魔法の練習は、絶対にサボらないようにしなくちゃ、と僕は決心した。
職業が違うから仕方ないと思うけど、ヒールとイクストラクトは僕よりルーミエの方がずっと上手で強力だから、他は負けたくないんだよね。
そんなことをしていたから、小さい子たちが僕たちの周りで騒いでいた。
それをいつものように小さい子を次々に連れてきていたシスターに見られてしまった。
小さい子がシスターに興奮気味に色々と話してしまったから、隠すこともできない。
「えーと、2人とも、どういうことか説明してちょうだい」
ルーミエにした説明をまた、今度はシスターにもすることになってしまった。
シスターも話の内容に興味を示したのだけど、シスターは生活魔法は火魔法のプチフレアしか使っていなかったみたいで、ルーミエの様にすぐに同じことが出来るという訳にはいかなかった。
「私もそれじゃあプチフレア以外の生活魔法も練習するわ。
私も[魔力]のレベルはそこそこ高いと思うから、練習すれば出来る様になると思うわよね?」
何故かシスターもやる気になったようだ。




