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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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領主館に行く

 昼食の後、領主様は上機嫌で僕たちが行うことを見学していて、僕たちが町の孤児院の子たちにする説明にも、頻繁に質問をしてきた。

 それは孤児院の子たちの理解を深めるためにはとても良かったと思うのだが、教わる方の主役であるはずの孤児院の子たちは何だか遠慮した感じになってしまった。

 まあ当然だよね。


 領主様が参加したおかげで、僕たちが町の孤児院の子たちに堆肥作りを教えることは、何だか微妙な感じで終わってしまった。

 まあ、何か問題があれば、マーガレットが何か言って来るだろうから、心配する必要はないだろうと思う。

 僕たちは村に戻る前に、領主様に連れられて、町の冒険者組合に行った。

 事前に領主様からの連絡が届いていたのだろう、僕たちが連れられて行くと職員が用意を整えて待っていてくれた。


 「一応小さくとも、書類に記入する必要がある。 代筆が必要かな?」


 「いえ、僕たちは字は書けますので」


 「そうだった、学校に通っている子がいるそうだね」


 「いえ、全員字は書けます」


 領主様と一緒に組合に入ったからか、その場にいた他の冒険者に僕たちは遠巻きに見守られていたのだが、その冒険者たちが一瞬どよめいた。


 「あはははは、ちょっと驚くであろう、儂も驚いた。

  まさか孤児院の子たちが、皆、字の読み書きや計算が出来るとは思わないからな」


 領主様の言葉に、周りがまたどよめいた。


 「なるほど、でもそれなら冒険者組合に連れて来るのではなくて、学校に通っているという子と同じように、他の子も学校に通わせてゆくゆくは文官をさせる方がよろしいのではないですか。

  冒険者にとっては、字の読み書きや計算はもちろん出来た方が有利ですが、あくまでそちらは副次的な事柄です」


 まあ、そうだろうな、しかし領主様の言葉に答えた職員さんの言葉から考えると、きっと冒険者の多くは読み書きや計算が苦手なのだろう。


 「まあそれは考えなくもないが、この子たちにとっては今は冒険者登録をすることの方が必要なことなのだ。

  それに、冒険者としての実力もこの子たちはそこそこのモノを持っているようだ。

  昼に儂はこの子たちが狩った一角兎を食べさせてもらったからな。

  そういえば、お前たちは今日は何匹狩って持ってきたんだ?」


 「はい、9匹です」


 領主様が職員さんや他の冒険者に向かって話したりしている間に、もう書類の署名を終えていた僕らはウォルフが代表して答えた。


 「村から町まで歩いて来る間に、9匹も狩って来たのか」


 領主様がちょっと驚いたという声を出したら、冒険者の1人が


 「女の子2人も加えて6人で、たったそれだけの間に9匹も狩ったのか」


と言うと、ルーミエがフランソワちゃんの名誉の為と考えたのか、即座に訂正した。


 「違う、もう1人ここには来てないけど女の子がいて、1匹はその子が止めを刺した」


 「フランソワはそんなことまでしているのか」


 領主様はちょっと苦笑してそう言った。


 「あっ、言わない方が良かったのかな」


 ルーミエがちょっと慌てた。


 「そうだな、村長には知らせない方が良いと思うぞ。

  儂は黙っていてやろう」


 領主様は少し揶揄うような調子でルーミエにそう言って、周りに目立つようにルーミエに向かってウインクした。

 それを見て、周りにいた冒険者たちが笑ったのだが、1人意外な事実に気がついたみたいだ。


 「そのもう1人っていうのは、隣の村の村長さんの娘さんなのですか?」


 「儂が黙っているのだから、それは秘密だ。 ちゃんと察しろ。

  ま、とにかくこいつらは、形はまだ小さいが、十分に冒険者になれるだけの実力は持っていると儂は特別に判断したのだ。

  と言っても、まだ孤児院で暮らしている小さな子供だ。

  ここに居る者たちは、他の者たちにも声を掛けて、もしこの子たちが困っているような時には手を貸してやるように。

  ま、儂は、そのうち逆のことが起こる可能性の方が高いと思っておるがな」


 「領主様、その依頼、金にはならないが承った。

  まあ儂らが逆にその子らに助けられないように気をつけよう」


 その場に居た、身体が大きくて一見ガサツに見えるちょっと周りの冒険者から一目置かれているらしい冒険者が笑いながら領主様にそう言った。


 その後、木で出来ていて首から下げる札をもらい、僕たちは冒険者組合を後にした。

 その札には表側に組合の紋章が描かれていて、裏にはそれぞれの名前が彫られている。

 一番下の冒険者証らしくて、冒険者としてのレベルが上がれば、その札の材質が変わっていくらしい。


 「あ、お前たち2人、ナリートとルーミエだったな。

  お前たち2人は次の休みの日には、シスターカトリーヌと共に儂の館に来るように。

  シスターカトリーヌについては、この町のシスターから伝えるように正式に申し込んでおいたから、お前たちが心配する必要はないぞ。

  それではまたな」


 冒険者組合を出ると、領主様はそう言って、僕らに別れの挨拶もさせないまま、スタスタと離れて行ってしまった。

 僕らから離れると、即座に近くで待機していたのだろうけど、側近らしい人2人が領主様に近づいて直ぐに何かの話を始めた。

 僕たちは呆然とそれを見送った。

 あれっ、今度の休みの予定が、知らないうちにもう完全に決まってしまっていたよ。



 翌日の学校に行った時には、さすがにまだ間に合わなかったようだけど、その次の時、つまり3日後の学校が終わった後、僕らがフランソワちゃんの迎えの馬車に行くと、馬車にはちゃんとした農具と、初心者用の武器が載っていた。

 領主様は僕たちとの話をちゃんと覚えていて、即座に用意しておいてくれたのだった。

 農具とウィリーの剣は用意してくれるのではないかな、と思ってはいたのだけど、それだけではなく、町に行って領主様に会った全員に、記念品としてナイフを呉れて、それに加えて冒険者登録した者には武器も用意してくれた。

 ウィリーにはもちろん剣、ウォルフ、エレナには弓、ジャンと僕には槍、ルーミエには短槍だ。

 それらがフランソワちゃんの送り迎え用の馬車に無理矢理括り付けられていた。


 僕たちがもらったナイフは実用的な物だったのだけど、フランソワちゃんが貰った物だけは実用的とは言えない、装飾が施されていた物だった。

 フランソワちゃんが村長の娘だから、という立場を考えてのことだと思うのだけど、何だか僕は領主様がフランソワちゃんに、

「あまりお転婆はするなよ」

と言っているような気がした。


 フランソワちゃんもそれに気づいたのか、気づかないのか分からないけど、

「私もみんなと同じナイフが良かったのに」

と、領主様から貰った物だから大っぴらにはいえないけど、文句を付けていた。


 孤児院がその領主様の贈り物に沸きたったのは当然のことだ。

 特に男の子たちがみんな、僕たちがもらったナイフを羨ましがった。

 女の子たちも羨ましがったけど、男の子たちに比べればそこまでじゃない。

 女の子たちはナイフよりも農具を喜んだのは、普段担当している仕事によるのだろう。

 最近はみんなレベルが上がったためか、男の子たちの主な仕事である柴刈りが以前より素早く終わり、余裕が出来た時間を今までは女の子たちが主力だった農作業を、堆肥作りのこともあり手伝うことが多くなったし、女の子も薬草採りに外に出る機会も増えた。

 それでも女の子たちには、農作業は自分たちの領分という気持ちがきっと強いからだと思う。


 「これは領主様から直々に俺たちが貰った物だから、全員の物としたりすることは出来ない。

  だけど、大切に使うならば、必要な時には貸しもするから、安心しろ。

  それに俺たちは領主様のおかげで、冒険者にもなれたから、今までよりも頑張って狩りをして、そのうちの幾らかを冒険者組合でお金に変えて、こういったナイフだとかの道具を少しづつ買っていこうと思う。

  そうすれば、もっとみんなが使えて、楽に色々なことが出来るようになると思う」


 ウォルフが男の子たちをなだめるために、そんなことを話している。

 うん、確かに、冒険者登録をしたのは、それが目的だからね。



 次の休みの日には、領主様からの直々の招待ということだけど、実質的には命令で、僕たちはシスターと共に領主様の館へと行った。

 僕もルーミエも、前にフランソワちゃんの家で用意してくれた服の中で最上級の物を今回は着ているので、町に向かう途中で狩りはしない。

 シスターは、普段と変わらない服装をしている。

 シスターがしている格好は、シスターとしての正式な格好で、シスターは常にその格好だ。


 マーガレットに教わって、僕たちはシスターの格好で前とは違う部分があることにも気がついている。

 前には無かったのだが、正式なシスターになった今は、そのシスターの格好に胸に小さなリボンというか色のついた布が取り付けられてた。

 その色は茶色で、中級のシスターであることを示しているらしい。

 初級は黒で、茶色、黄色、銀色、金色と進むらしいのだけど、町で領主様と話していた老シスターは銀色で、とても高位ということだ。

 ちなみに金色は国内に片手に足らない人数だそうだ。


 「シスターカトリーヌ、お前はここの孤児院では、年上だけど初級のシスターに従っているそうだな」


 町の孤児院にもう2人いるシスターは、1人は僕らのシスターカトリーヌと同期だから当然だけど初級の黒なのだが、もう1人も少し年上だけど黒らしい。

 つまりシスターカトリーヌは、正式にシスターになった時点で、シスターとしての立場ではその人より上に立った訳である。


 その人にとっては当然面白い訳がなく、請われて町の孤児院に来ているのだけど、上手く物事が進まないかと思ったら、シスターカトリーヌは、

「自分が中級になったのは、イクストラクトで寄生虫を除去できることが分かったからだけのことで、それも自分の功績という訳でもない。

 ですから、茶色とは考えずに同期のシスターと同じに扱ってください」

とその人に言って、実際に同じようにその人に従った。

 これでは不満な気持ちをぶつける訳にもいかなくて、良好な関係になっているらしい。


 「はい、領主様、それは当然のことです。

  彼女は年上なだけでなくて、他の事でも、寄生虫のことを除けば全てにおいて私より経験豊かで、実力があるのですから」


 「それでもお前は中級で、そのシスターは初級であろう。

  中級の其方が、初級の者に従うのは嫌ではないのか」


 「私の中級なんて、まやかしと言うか間違いみたいなモノです」


 「イクストラクトと作る薬によって、寄生虫の撲滅をしているという大きな業績があるのだから、まやかしでも間違いでもないであろう」


 「それらも私の功績ではありません」


 「ほう、それでは誰の功績だと言うのだ」


 「それは・・・」


 シスターは領主様の質問に答えるのを躊躇った。


 「今この場は儂らしかいない、何も問題は無かろう、はっきりと答えてみよ」


 「はい、それではこの場限りの秘密にしてもらうという事で、申し上げます。

  イクストラクトで寄生虫を排除することも、寄生虫の駆除薬に関しても、その功績はここにいるナリートのモノです。

  どちらも私はナリートに教えられて、出来るようになった事です」


 「ナリートはイクストラクトは使えるが、寄生虫の除去は出来ないという話だが、それは本当は違うのか」


 「いえ、それは本当の事です。

  でもイクストラクトで寄生虫を排除できる可能性に気がついたのはナリートですし、そもそも寄生虫の知識自体がナリートに教わったことが大なのです」


 「面白いな。 ナリートは自分では出来ないが、お前なら出来ると考えたという訳か。

  そして、ルーミエも使えるということだったな。

  他のシスターでも使えないというのに、何故ルーミエは使えるのだ?

  それにそもそも[職業]が村人の2人は何故魔法が使えるのだ」


 何だか領主様の追及は厳しくなった。

 こういう追及をするために、呼び出されたのか。

 シスターは青くなって、答えている。


 「はい、そこが秘密にして欲しい一番大きな理由です。

  でもその前に訂正しておくと、他のシスターには使えないという事ではありません。

  ここの孤児院の私と同期のシスターも、つい最近ですがイクストラクトで寄生虫の除去が出来るようになりました」


 「それは知らなかった。 まだ報告が上がってきてないな。

  で、一番大きな理由とはなんだ?」


 「はい、そもそもこの2人の[職業]は村人ではありません」


 「それは、村の神父から聞いた事なのか?」


 「いえ、村の神父様はそのようなことは、私には話してくださいませんが、私は神父様が話してくださらなかった理由も推察出来ています」


 「よし、じっくり話を聞こう。 一体どういう事だ」


 「はい、この2人は私は出来ませんが、見え方は互いに違うようですが、自分だけでなく他人のことも見ることが出来るのです」


 「それで、この2人の本当の職業は何なんだ?」


 「はい、ナリートの方は罠師という聞いたことのない職業だそうです。

  そして、ルーミエの方は聖女です」


 「なるほどそういうことか、それで納得したぞ」


 僕は領主様がそのシスターの言葉であっさりそう言った事に本当に驚いた。

 僕だけではない、シスターとルーミエも目を丸くしている。


 「あはははは、儂が納得したことに驚いておるな、解るぞ。

  それではこの場の話は秘密だからな、儂も秘密を一つ教えよう。

  儂もな、見ることが出来るのだよ。

  ただし、儂が見えるのはどうやらとても限定されたことらしいがな。

  それでも今、シスターカトリーヌが言った言葉で諸々納得出来るだけの情報は、お前たちを見ることで得られるのだよ」


 僕たちが驚いていると、領主様は楽しそうに言葉を足した。


 「たぶん、レベルの関係で、お前たちには儂は見えていないだろう。

  そこで、お前たちが驚くことを教えてやろう。

  儂の[職業]は、本当に単なる村人だ。

  [全体レベル]は、お前たちよりずっと上だがな。

  しかし、儂だってお前たちの年頃には、お前たちほど高レベルでは無かったぞ。

  シスターカトリーヌのレベル 8 というのもなかなかだが、ルーミエのレベル 7 、そしてナリートに至ってはレベル 9 というのは、どうしたらそんなレベルになれたのか、想像出来ん。

  きっとスライムを狩り尽くしたのだと思うが、それにしてもあり得ない」


 僕は領主様の言葉にまたとても驚いた。


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