興味を持たれたお陰かな
「ほう、フランソワ、お前は自分の功績を誇らないのか?」
「いえ、ですから、領主さまが私の功績と考えられているであろうことは、私の功績などではなくて、ただ村の農民が私が村長の娘だから、私の話を聞いてくれただけのことで、ちっとも私の功績なんかじゃないんです」
「フランソワ、私はお前のことを見直した、お前のことを良く覚えておこう。
他人の功績でも自分のモノにしようとする者が多いのに、周りが功績だと言うことを『自分の功績ではない』という者は稀だ。
ま、今はそれは置いておこう。
そして其方たち2人が、フランソワと一緒に学校に通っている2人だな。
お前たち2人のことは話に聞いているぞ」
えっ、なんで領主さまが僕とルーミエのことを知っているの。
「あははは、領主の儂がお前たち2人のことを知っているのが不思議か、顔に書いてあるぞ。
考えても見よ、何も不思議なことはあるまい。
[職業]がシスターでも神父でもない孤児院の子が、フランソワの付き添いも兼ねてということではあっても、学校に入学するというのだ。
その申請がなされた時点で、もう珍しくて人目を引くし、それに反感とまでは言わないが懐疑的な気持ちを抱いていたであろう学校の教師どもが、入学のための試験をしたら、儂にまで特別に優秀な子が2人入学して来ましたと報告に来たのだからな。
実際のところ、今日ここに来たのは、儂がお前たち2人を見てみたかったということもあるのだ」
「あの2人はそんなに優秀なの?」
シスターが目を丸くして、マーガレットにそんなことを小声で訊ねているのが耳に入ってきた。
このシスターにとっての僕たちはきっと、シスター、僕たちのシスター、シスターカトリーヌが目をかけている子というイメージでしかなかったようだ。
「はい、物凄く優秀です。
2人とも私より一つ年下ですが、読み書き・計算などは私よりもずっと出来ます。
特にナリートは、学校の教師が教えることが無くて、そういった授業は免除されているくらいです」
小声で話してはいたけど、僕に聞こえていたのだから当然領主さまにも聞こえていたようだ。
「そう、お前はナリートというらしいな」
「はい、ナリートと言います。
本当はナルヒトという名前で、クロキという家名なのだと神父さまが僕を見た後で教えてくれましたが、見てもらう前からナリートと呼ばれていたので、そのままになっています」
「ほう、お前は家名持ちだったのか? クロキという家名は聞いたことがないが」
「はい、僕は物心がついた時にはもう孤児院の子でしたから、自分に家名があることなんて神父さまから教えてもらうまで知りませんでしたので、その家名については全く知りませんが、どうやらそういうことらしいです」
これ以上は話が出ないと領主さまは判断したようで、視線を僕から外しルーミエの方に移したのだが、ルーミエは何も言われる前に自分から名乗った。
「私はルーミエと言います」
「そうか、ルーミエと言うのか。
お前のことも話に聞いているぞ。
シスターカトリーヌがここでここの子たちの寄生虫を排除している時に、常に側に置き、お前自身もイクストラクトが使えるのだと聞いたぞ」
「イクストラクトはナリートも使えます」
そんな言わなくても良いようなことをルーミエは言った。
「僕はせいぜい怪我した時の異物の除去が出来るだけで、ルーミエみたいにシスターと同じように寄生虫の除去までは出来ないよ」
「何はともあれ、2人とも確かに優秀なのだな。
優秀と言えば、お前たちが慕うシスターカトリーヌもとても優秀らしいな。
この前成人したばかりなのに、もう中級シスターだと聞いた」
「はい、学校を出て、わずか3年で中級シスターになる者なんて、ほとんどいません。
寄生虫を排除出来ることも含め、とても優秀な若手シスターです」
「シスター、シスターは誰でもイクストラクトの魔法は使えると聞いたのだが、その知識は間違っていたか?
イクストラクトが使えるならば、シスターカトリーヌのように、シスターならば誰でも寄生虫の排除が出来ると思うのだが」
何だか領主さまとシスターが真剣な話を始めてしまった。
「確かに、イクストラクトの魔法はシスターの養成学校で教わる魔法ですから、シスターになった者は誰でも使える魔法です。
でもそちらの男の子が言ったように、普通イクストラクトは怪我にヒールをかける前に、怪我の部分に付着している異物を除去するのに使われる魔法で、恥ずかしながら私もシスターカトリーヌが見せてくれるまで、イクストラクトに寄生虫を排除するために使うことが出来ることを知りませんでした。
イクストラクトで寄生虫を体内から除去するというのは、きっとシスターカトリーヌが初めて編み出した技ではないでしょうか。
それもシスターカトリーヌの年齢に見合わぬ高レベル故かも知れません。
私もレベルは一応まだカトリーヌより上ではありますし、今までもイクストラクトは使ってきたのですが、カトリーヌのように寄生虫を排除することはできません。
ですから私は先ほど、そちらの子、ルーミエと言いましたか、あの子がカトリーヌと同じようにイクストラクトで寄生虫を排除できると聞いて、大変驚いているところです」
後から聞いた話では、僕たちはシスターカトリーヌのことを単純にシスターと呼んでいたが、本当はつい最近まではシスター見習いというのが正しい地位だったらしい。
15歳でシスターの養成学校を出て、成人になる18歳で正式なシスターとなるらしい。
実際はその時点でシスターを辞めて、結婚して家庭を持ったり、地位のある家の娘や裕福な家の娘は元の家に戻るなどして、半分程度に減ってしまうらしい。
その正式なシスターになる時に、正式にレベルなどが確認されて任命を受けるのだが、その時点では[全体レベル]は 5 か 6 が普通で、それでも一般的な高くて 5 それ以下も多いという実情からすると見習いシスターはレベルが高いのだが、シスターカトリーヌはレベルが 8 と他より抜きん出ていた。
それに特筆すべきは[治癒魔法]と[製薬]という項目で、普通はどちらも 3 くらいが関の山らしいのだが、シスターカトリーヌはそれぞれ 6 と 5 という高レベルだった。
その為、シスターカトリーヌは、正式任命の時に初級を飛ばして、中級シスターに任命され、将来が期待される有望な若手シスターと周りから認識されたらしい。
「そう言えば、そのシスターカトリーヌは今日はどうしたんだ?」
「シスターカトリーヌは今日は都合がつかず、子どもたちだけなのです」
「そうか、それはちょっと残念だ。
おっと、少し話に夢中になってしまい、すまなかったな。
もう何人か村から来てくれたんだったな」
領主さまはそう言いながら、ウォルフ、ウィリー、ジャン、エレナにも声をかけようと注意を向けた。
そしたら驚いたように言った。
「なんだ、学校に通ってきているこっちの2人だけが特別なのかと思ったら、残りの子たちもみんな特別なのか!」
何を領主さまは言い出したのだろうかと僕は思ったのだが、急にマーガレットが我が意を得たりという感じで領主さまに説明を始めた。
「領主さま、そうなんです。
私も学校でルーミエとナリートに知り合って、この2人は特別なのだと思っていたのですけど、村の孤児院に行ってみたら、今ここに来ている4人と同じように、村の孤児院の子たちはこことは違って、みんな読み書きや計算が出来るのです。
それはシスターカトリーヌの提案で、最初はこの2人がみんなに教えたのだそうです。
今ではフランソワちゃんも、ナリートとルーミエがあまり得意にしていないことを教えて、学校に通っていないのに、みんな色々なことを知っていたり出来たりして、私から見ると孤児院の子なのに、みんな特別になっているんです。
私はそれを見て、ここ町の孤児院も、同じようにしていかなくてはいけないと思っています」
マーガレットの熱のこもった言葉に、領主さまはちょっと心を動かされたようで、ちらっとシスターの方を見た。
「マーガレットから、ここでも村のように孤児みんなに勉強を教えるべきだと提案されて、今その実現に向けて検討しているところです。
ここでは村と同じように教えられるのは、マーガレット1人ですから、村の孤児院のようには難しいのですが」
「なるほど。
だが、子どもたちみんなに教育をするというのは良い案であろう。
やってみて、中には才を見せる子がいるかもしれない。
そしたら、[職業]がシスターだったからという理由ではなく、才を見せたからという理由で、ここからきちんと学校に通う者をマーガレット以外にも増やすことを検討しても良いのではないか。
そうすればここでも教えられる者も増えるからな」
マーガレットは領主さまの言葉に喜んでやる気を見せているが、シスターはやれやれという顔をしている。
これを見ていると、やっぱり領主さまよりずっと年上であろうシスターともなると、今までとは違う新しいことを始めるのは抵抗があるのだろうと思った。
村の孤児院はここよりずっと規模が小さいから、シスターも1人だけで、シスターカトリーヌが神父さまからその運営を任された形になってしまっているのだが、それが僕らにとっては幸運だったのかもしれない。
この町の孤児院は、今一緒の歳がかなり上のシスターだけでなく、他にも2人のシスターがいるらしい。
2人は若く、特に1人はシスターカトリーヌと同年らしいのだけど、流石に2人が孤児院の運営に関して持つ権限は、この今一緒のシスターよりずっと少ないだろうと思う。
マーガレットが何かしようとしてもなかなか大変だろうなと僕は思った。
そりゃマーガレットだって、まだ9歳の子どもなのだから、子供の言うことを一々聞いてその実現なんてしようとはしないよね。
今、こうして村の孤児院でしていることを、この町の孤児院でもやろうとさせてくれているのは、村の孤児院での成功を、主に寄生虫の駆除ということだけど、ここのシスターも知っていて、それにシスターカトリーヌの協力を要請していて、シスターカトリーヌからの後押しもあるからだろう。
「おっとまた違う話に夢中になってしまった。
私が今日ここに来た目的の話もしなくてはな。
そもそも、もうすぐ昼とはいえ、まだ作業をしているだろうと思いながら来たのだが、もう昼までの作業は良いのか。
私のために中断させてしまったか」
領主さまは、そんな偉い人というよりは、体つきはガッチリしていて、何だか外で働いている人みたいだ、その大きな体をちょっと小さくするような感じで僕らに問うた。
「いえ、予定よりも早く進み、昼前の作業は終わっているので、問題ありません」
マーガレットが答え、ウィリーが言葉を足した。
「ここにはちゃんとした鉄製の道具があったので、僕らが考えていたよりもずっと楽に早く作業が終わったんです」
ウィリーは鉄製の道具を使ったのが、珍しかったので、それを話題にしたかったのだろう。
その言葉に領主さまはちょっと引っかかりを感じた顔をした。
フランソワちゃんは、村の孤児院に鉄製の道具がなかったことに気がついた今は、そのことを気にしていたのだろう、領主さまが何か言う前に言わなくてはと焦った感じで言った。
「すみません。 私も父も村の孤児院に鉄製の道具がないことに気づいてもいなくて、そんな訳で村の孤児院の者は、穴を掘ったりなどの作業にもっと時間がかかると思っていたのです。
私と父の手落ちだったと思います」
「ああ、そういうことか。
えーと、フランソワだったな、お前とお前の父の手落ちという程のことではないだろう。
儂はたまたまこの孤児院にそれらの道具を呉れてやったに過ぎない。
お前の父の手落ちだったり、怠慢だったと言うなら、この地方の孤児院の内情をもっとしっかり把握していなかった、領主である私の怠慢の方がずっと大きいだろう。
この件は、お前たち以外の村も含めて、善処することを約束しよう」
この後は普通に、僕たちがやって来た目的の作業についてのことを、領主さまは熱心にあれこれ聞いてくるという当たり前の時間となった。
僕には、忙しいであろう領主さまが、なぜ孤児院で子どもによって行われていることを知っていたのかも、それを見に来て僕らと真剣に話をしているのかも分からなかった。
「それはこの地方を預かる者としたら、注目しているに決まっているじゃないか。
確かに、村の孤児院で寄生虫の問題を克服したというだけなら、それだけでも大したことなのだけど、儂のところにまで注意を促す意見は届かないかも知れない。
だが、お前たちの村の豊作は見過ごすことは出来なくて報告が上がってきている。
そして村から孤児院の子が2人も学校に入ってきて、学校の教師がとても優秀だからと注目しておくことを進言してくる。
その2人を連れて来た見習いシスターが正式なシスターとなった時には、初級を飛ばして中級で任命される。
これだけ物事が重なれば、儂が直々に見に行ってみようと考えても、少しも不思議なことではないだろう。
それにそもそも寄生虫の問題は、何も孤児院だけの問題ではなく、もっと大きな問題であるのは知っているだろ」
領主さまはそんなことを話しながら、なんと僕たちと同じテーブルについて、食事までも一緒した。
午後は僕たちのする作業に加わるつもりらしい。
でも本当にこの領主さま、男爵貴族さまなのに気さく過ぎないか。
「しかし孤児院の食事はもっと質素なのかと思っていたが、豪華なのだな」
「いえ、今日は特別です。
村の子たちがお土産だと言って、たくさんの兎を持参してきてくれたのです」
シスターの答えに領主さまは、僕たち村から来た子たちを見て、「なるほど」と頷いた。
「えーと、お前、名はなんと言ったか?」
「僕でしょうか、ウィリーです」
「お前は何か、悩んでいるか困っているかしているのか?」
領主さまはウィリーに急に言葉をかけてきた。
ウィリーは急に自分が声を掛けられてドギマギしている。
僕も領主さまは何を言い出したのだろうと思った。
「僕ですか、いえ、普通にみんなと一緒にやっていて、これと思うことはないのですが。
まあ、このジャンと僕とは、どうにも才能がないのか、ウォルフとエレナとは違い弓は使えませんが」
僕は一つ思いついて、領主さまに今ならチャンスかと思って言った。
「あの領主さま、一つウィリーのことでお願いがあるのですが」
「ん、何だ言ってみろ。」
「ウィリーは一緒に狩りや訓練をしてみて、僕たちは分かったのですけど、ウィリーはどうやら剣を使う才能があるのではないかと思うのです。
一角兎を狩るのに、そうならないように考えて狩りをしているのですけど、最悪の事態も考えて、それぞれが武器で戦う練習もしているんです。
その時に、槍だとジャンが一番強いのですけど、剣だとウィリーが一番強いんです。
でも僕たちは、竹槍や、一角兎の角を利用した槍は作れるのですけど、竹や角だと剣は作れなくて、ウィリーは自分が得意な剣は実際の場では使えないんです。
ちゃんとした鉄の剣とまではいかなくても、簡単な剣で構いませんから、何か剣をウィリーにいただけないでしょうか」
「なるほど分かった。
剣なら儂が使わなくなった物が何本もあるから、後で一本やろう。
いや、儂の剣ではまだ重過ぎて使えないか、それでも何かしらあるだろう。
見つけてあげることを約束しよう。
しかし、ここでみんなで食べた肉の量からすると、お前たちはかなりの数の兎を狩ることが出来るんじゃないか。
それならそれを冒険者組合で金に換えれば、武器にしろ道具にしろどうにか賄えるんじゃないか。
なぜそうしない?」
「一つには僕らが兎を狩るのをシスターたちに危険でも許されているのは、孤児院の食事はどうしても肉がなかなか手に入りませんから、それを補うことが出来るからです。
ですから食べるために狩っているからです。
それに僕たちはまだ、冒険者登録が出来ないので、冒険者組合で兎を換金することが出来ないんです」
領主さまは、そうだった忘れていたという顔をした。
一角兎は冒険者が一番最初に狙う獲物で、ある程度経験を積んだ冒険者にとっても日々の生活を支える基本の獲物だ。
一角兎は攻撃が直線的で単調だし、大きさも所詮は兎だから大したことはなく、力も強くない。
それだから対処は難しくはないのだが、それでも危険であることは確かで、油断して数匹に囲まれて攻撃を受け、怪我をしたり、最悪死亡という例も多い。
もっと強い魔物に臨む時には、冒険者も警戒しているし、実力が足りなければそもそも臨まないし、臨む時にも退路を考えて臨むから、怪我をすることはあっても、そんなに死亡する人は多くない。
一番の初歩の魔物でありながら、一番冒険者を殺している魔物が、僕らがいつも相手としている一角兎とスライムなのだ。
「そうだった、冒険者として登録出来るのは、10歳以上、孤児院を卒業しなければ出来なかったか。
うーん、子どもたちの保護を考えると、その規則を変えることは出来ないが、お前たちの現状に合っていないことも確かだな。
よし、この後の用事が終わったら、お前たち儂と一緒に冒険者組合に行って、特別に冒険者登録を儂の権限でしてやろう。
あ、フランソワ、お前はダメだぞ」
フランソワちゃんが盛大にがっかりした。




