外に出る
季節は春が近づいたけど、寄生虫の問題がある程度収まった時から、僕はシスターにもう一つの役割を与えられた。
柴刈りを以前より素早く終えるようになって、僕たち林に行ける年齢の男の子たちも、罠を作ったりだけでなく、余った時間を別のことに使うようになった。
その一つが、草を刈ったり、枯れ葉を集めて来ての堆肥作りなのだけど、それ以外にも女の子が主に担っていた畑仕事といったことも手伝うことになった。
それによって女の子たちも、今までより余裕が出来て、ルーミエが林に出て来る日に一緒に行く人数が増えて、林の中の役に立つ草や、食べられる物の収穫量が増えることになった。
それは、寄生虫の問題をなんとか克服しつつある孤児院の子たちにとっては、幾らかの栄養の改善にもなり、体つきが少し変わっただけでなくて、行動力の増加という好影響も与え、以前より動けるようになったことで、より一層物事を広く手早く行えるという好循環をも生んだ。
とは言っても季節が冬になり寒くなると、より一層柴刈りは重要にはなるのだけど、林の中で収穫出来る物は減るし、農作業も少なくなる。
秋の終わりには落ち葉をたくさん集めて堆肥にしたけど、それを越えれば細々と枯草を集めてくる程度のことだ。
つまり日は短くなって、使える時間は減っているけど、それでも僕たちは暇な時間が出来たという訳だった。
そんな時に、僕はシスターから新たな役割を与えられた。
何かと言うと、孤児院のみんなに読み書きや計算を教えるという役割だった。
僕たち孤児院の子たちの仕事が暇になるこの季節には、元々シスターが年長の子に読み書きや計算を教えていたらしい。
「らしい」というのは、僕は今まではその対象となる年齢になっていなかったので、教わった経験がないからだ。
7歳になって、[職業]を教えてもらえるようになってから、という訳ではなく、もっと上の9歳と10歳の孤児院をもうすぐ卒業するという年齢を対象にしていた。
その教える対象をシスターはもっと広げて、「[職業]を知らされた者全員に広げることにすることにしたから」と言った。
どうやらスライムの罠を作ったおかげに、仲間のレベルが上がったこともそれを考慮することになった理由の一つらしい。
それからスライムの罠は全部で4つから、7つになった。 林に行く女の子たちもスライムの罠を作ったからで、これは秘密にしている僕の罠師としての特別なところを知っているルーミエが、男の子だけでなくて女の子もレベルを上げたいと、強力に推し進めたからだ。
「でもね、ナリートくん、問題があるんだよ。
その問題というのは、私は今、駆虫薬作りとその販売が忙しくて、みんなに教えている時間の余裕がないのよ。
薬作りはルーミエちゃんや、他の子にも手伝ってもらっているけど、村の人への販売は私がしない訳にはいかないからね」
孤児院の子たちの寄生虫問題の克服のために始めた駆虫薬作りは、今では孤児院の重要な収入源になっていて、孤児院の子たちの食料不足の解消に役に立っている。
孤児院の子たちの血色が良くなったことに気づいた村人が、シスターのその理由を尋ね、自分たちもその薬が欲しいという話となり、売り出したらば、とても良く売れる商品となったのだ。
肉などの食材が資金不足で購入できないで困っていたので、シスターは薬の販売にとても力を入れているのだ。
「という訳で、みんなに読み書きや計算をナリートくんが教えてあげてね。
ルーミエちゃんがその手伝いをすれば、出来るでしょ。
ルーミエちゃんも計算はともかく、読み書きはちゃんと出来るようになっているみたいだから」
「えっ、僕にシスターが教える手伝いをしろという話ではないのですか?」
「うん、言ったとおり、ナリートくんが教えるんだよ」
という訳で、僕がみんなに字を教えたり、計算を教えることになったのだけど、まず最初に石を取って来ることから始めなければならなかった。
今までルーミエに字を教えていた時は、地面に棒で書いて教えていたのだけど、今度は大人数だし、季節も外で教えるには厳しい季節になっている。
そこで石板に蝋石で書いて覚える方法が今までも行われていたのだけど、今回人数が大幅に増えたので、孤児院で今まで使っていた分では全然足りないからだ。
この問題はシスターも最初から気づいていたようで、石板として使えるような石が取れる場所を、あらかじめ調べておいてくれていて、僕に教えてくれた。
「ナリートくんは私と変わらないレベルだということだから、たぶん石板にする石を取ってくることが出来るわよね、それに私と違って男の子だもの。
みんなにも手伝ってもらって、必要な石を取ってくると良いわ。
それから忘れているみたいだけど、蝋石も取ってこないとダメだよ。 それはこっちの場所らしいわ」
僕はシスターに二つの場所が記された地図を渡された。
どちらもそんなに遠い場所ではないので、シスターは割と簡単に考えているのだろうと思った。
「取りに行く時の一つだけ注意点を教えておくわ。
途中でもしモンスターに遭遇したら、絶対に戦おうなんて思わずに逃げること。
スライム以外のモンスターも出ることあるんだからね」
全然簡単じゃないじゃん。 僕はスライム以外は、肉として売られている一角兎くらいしか見たことない。
僕たちはちょっとびくびくしながら石を取りに行ったのだけど、結局はちょっと遠目に一角兎を見ただけで、他のモンスターに出会うことなく目的を達成した。
さてそれで、みんなに僕が読み書きや計算を教えるということになったのだけど、それ自体は別にどうということもなかった。
男の子たちは一番年長のウォルフとウィリーが、それ以前から僕の言うことに自ら従ってくれるから、しっかりと教えている時間は真面目にやってくれる。
女の子たちもそれを見ているし、ルーミエが僕を手伝ってくれているので、ちゃんとやってくれる。
そんな調子だから、ルーミエに字を教えた時と比べれば、やっぱり少し時間はかかってしまったけど、春が近くなった時には、ちゃんとみんなが字を覚えることが出来た。
計算はそれよりは難しくて、まだ二桁の足し算・引き算が出来るようになった程度だ。 そして今やっと、掛け算の九九をみんなで覚え始めたところだ。
読み書きで字を教える時には、ルーミエももうしっかりと字を覚えていたので、僕の協力者としてとても役に立ってくれたのだけど、計算に関してはまだルーミエにもまともに教えていなかったので、ルーミエも完全に教わる側になってしまった。
それでも物覚えの良いルーミエは、自分が理解できると周りの子に教えに回ってくれたのだけど、字を覚える時のように最初から教える側には回れないので、そのこともあって、計算の方がなかなかみんなが出来るようにならないのかもしれない。
九九を覚える時になったら、年長の子の方が苦戦しているしね。
でもそんな僕がみんなに教えたりする時間も、春になれば終わりになる。
男の子も女の子も、みんなそれぞれの仕事が忙しくなり、部屋の中で字や計算を教わっている余裕なんてなくなるからだ。
僕はみんなに何かを教えるのは、罠の作り方なんかだったら良いのだけど、字を教えたり計算を教えたりするのは、なんとなく自分が他の子から特別扱いされてしまうような気がして嫌なので、その時間がなくなると思うと嬉しかった。
そうして春がやってきて、以前と同じ日常になって少しすると、僕とルーミエはシスターに部屋に呼ばれた。
「ルーミエちゃん、ナリートくん、あなたたち2人、町の学校に通うことになったからね」
シスターに言われた言葉は、全く考えたこともないことだった。
町の学校なんて、今までこの孤児院から誰も通ったことない。 いや僕たちは町に僕たちくらいの子どもが通う学校があることさえ、全く知らなかった。 だって関係ないもの。
「この村の村長さんの娘さんが、その学校に去年から通っているのだけど、この村から通っているのはその子1人だからか、通うのを嫌がってしまったのね。
村長さんは、この村から娘が1人で通うのが嫌なのだろうと、一緒に学校に通う子を探したのね。 だけど、私は残念なことだと思っているけど、この村では学校に通わせたりということに熱心な人はいないのよ。
そこで、神父様が誰かいないかと相談されて、私に話が回ってきたのよ」
まあ、村から1人だけだと、きっと孤立しちゃったんだろうな、と僕は思った。
「それでルーミエちゃんを一緒に通わせようと思ったのだけど、ルーミエちゃんも1人では心細いだろうから、ナリートくんも一緒にという話になったのよ。
明日、村長さんとその娘さんとの顔合わせに行くからね」
シスターは、ルーミエと僕に意見は聞かず、決定事項を伝えるという感じで、明日はみんなと一緒にいつもの仕事には行かず、清潔な服を着て、待っているようにと言った。
「神父、こんな孤児院の子で大丈夫なのか?
町の学校で、娘の供だとしても、教えていることが理解出来なくては、逆にこの村の恥になる」
「はあ、シスターもその辺のことは考えての人選ですから大丈夫でしょう。
シスター、そうだろう」
「はい、2人とも読み書きも出来れば、計算も出来ます。
特にナリートくんの計算能力は私よりも上なくらいですから、町の学校に行っても誰にも引けを取らないでしょう」
「それならば良いが、歳はフランソワの一つ下とのことだが、2人とも随分と小さいではないか。 そこも大丈夫なのか」
「はい、確かに体格は劣りますが、2人とも同年代の子よりも体力はあると思います。
きっと問題はないのではないかと考えます」
僕とルーミエの[全体レベル]が普通の子よりも上なのを知っているシスターは、確信しているという感じで村長に答えたので、村長もそれ以上は言わなくなった。
「お父様、私、こんなみすぼらしい格好の2人と一緒に学校に行くのは嫌ですわ」
村長の娘が、僕とルーミエの格好に文句を付けてきた。
僕とルーミエはきちんと洗ってある清潔な服を着てきたけど、今までは気にする必要もなかったから考えたこともなかったけど、確かに村長の娘の格好と比べると、かなりみすぼらしい格好であることは、僕にも理解できた。
とはいっても、僕たち2人がその辺をどうにかしようがある訳がない。
村長は僕たち2人を軽く眺めると、
「確かにそうだな。 孤児院の子では、用意することは難しいだろう。
よし、着る物や学校で必要となる物は、こちらで適当な物を用意しよう」
「ありがとうございます。
孤児院ではなかなかそこまでの余裕はないので、ありがたいことです」
神父様が村長にお礼を言った。 シスターと僕たちも頭を下げた。
まあ孤児院でもらえる服よりも上等な服をもらえるならば、ラッキーかもしれないし、シスターが頭を下げるのに合わせただけだけど。
それから僕とルーミエは、町に向かう時に乗る馬車を動かす人にも引き合わされた。
僕たちは今まで馬車になんて乗ったことはないから、村から町までは歩いて行くのかと思っていたら、村長の娘さんは馬車で移動するので、僕たちもそれに同乗することになるのだそうだ。
馬車を動かすのは、気の良さそうなちょっと年配のおじさんだった。
僕は最初、村長の娘は甘やかされているんだ、と思ったのだけど、確かにそういったところがない訳ではないのだろうけど、馬車を使うのにはちゃんとした理由があった。
その理由というのは、あまり多くはないのだけど、村から町に向かう間の道では、一角兎に遭遇する可能性があるかららしい。
そんなに危険なモンスターではなく、冒険者の一番簡単な収入源で、食肉として最もポピュラーな一角兎だけど、それでも子どもが遭遇したら危険ということらしい。
一角兎は馬車を襲っては来ない、そこまで危険ではない。
その後は、今度は村長の娘のところに連れて行かれた。
子ども同士の顔合わせという感じだろうか。
「ナリートにルーミエね、覚えたわ。
いい2人とも、私のことはフランソワ様と呼びなさい。
あなたたち2人は私より小さいし、私は[職業]貴族だから、あなたたちのことを守ってあげるわ。
ノブレス・・・、えーと、なんだっけ、ノブレスなんとかよ」
「ノブレス・オブリージュですね、フランソワ様」
「そう、それよ。 あなた、良く知ってたわね」
「たまたまです」
「ナリート、それ、何?」
「うん、高貴さは強制される。
つまり、偉い人は、色々な責任を自ら負わねばならないっていうことで、フランソワ様は、僕たちのことを保護してくれるって言ってくれているんだ」
「そう、だからあなたたち2人は私のことを頼ってくれて良いのだからね」
そう村長の娘フランソワ様は僕たち2人に宣言したのだけど、僕はちょっと気になって、見てみた。
[名前] フランソワ
[年齢] 8歳
[全体レベル] 1
[職業] 農民
あれっ、[職業]は貴族じゃなくて、農民だよ。
確かに年齢は僕たちより上だけど、[全体レベル]は一度もレベルアップしていなくて、1のままだよ。
[全体レベル]が 1 のままだから、見えることが少ないのだけど、もしかしなくても僕たちに比べたら、すごく弱いんじゃないだろうか。




