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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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家名

 僕たちが王都の邸に着くと、邸の管理を担当しているハンスさん夫婦に加え、前回僕らが来た時にはあとは数人の女性が出迎えてくれただけだったのだけど、今回はそれ以外に数人の文官の人も門前に並び、領主様を先頭にした僕たちを出迎えてくれた。


 「領主様、奥方様、皆様、道中お疲れ様でした。

  王都の屋敷を預かる我々一同、お待ちしておりました。

  今回、皆様は王都では忙しく過ごされることになると思いますが、この屋敷では寛いで過ごせるよう願っております」


 ハンスさんが代表して、歓迎の言葉を述べた。 騎士の人が1人先に邸に向かったのは、この準備があるからだったんだな、と僕は思った。


 「ああ、ハンス、そして他の者たちも、今回もよろしく頼むぞ。

  さっそくだが紹介しておこう。 王都の者たちとは初顔合わせとなるが、こちらが儂の妻となったカトリーヌだ。

  王都は初めてではないが、こういう立場になっては初めてで、慣れないこともあろう。 何かと気を遣ってやってくれ」


 「奥方様、お初にお目にかかります。

  男爵様と王宮との連絡と、王都の邸の管理を担当しているハンスと申します。

  聖女でもある奥方様に親しく接していただく機会を得たこと、とても光栄に感じております。 どうか気軽に何でもご下命してください」


 ハンスさんの言葉に、シスターが慌てて応えた。


 「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。

  私は単なる元シスターで、聖女なんて呼ばれ方は、ちょっと過大な評価が勝手に独り歩きしてしまっただけで、そんな凄い人に思われると困ってしまいます。 こちらこそ気軽に接していただけると嬉しいです」


 「おいおい、ハンス。 何だか儂よりも妻に対しての方が接し方が丁寧じゃないか?」


 「それはそうだよ、自分でも当然だと思うんじゃないか。

  奥方様、王都は知っているとはいえ、貴族の妻として振る舞うのは初めてのことだろう。 それに奥方様は王都でも顔は知られていなくても、名前は広く知られているから、聖女様としても振る舞わねばならないだろう。

  慣れないことで大変だと思うけど、私たちが出来る限り支えられるように頑張るからね。 少しは気を楽にしておくれな」


 「ありがとうございます。 よろしくお願いします」


 領主様の冗談口に応えたのはハンスさんではなく、奥さんの方だった。 それにしても前から思っていたが、ハンスさん夫婦は領主様に対してとても気安く接しているなぁ。 もしかすると昔からの知り合いというか、仲間だったのかもしれないな。

 シスターは奥さんの言葉が、嬉しかったみたいだし、少し安心したような感じだ。 シスターは、シスターの学校に通っていたから王都は知っているが、さすがに男爵の妻としては、どういう風に振る舞えば良いのか悩んでいたみたいだ。 僕たちも、そんなことは分からない。


 「それで、こっちの3人は?」


 奥さんは僕たち3人にも注意を向けてきた。


 「ああ、前の時は儂の小間使い扱いだったが、今度は子ども扱いだ」


 「前回はナリートは、お館様の副官の様な扱いだったし、ルーミエとフランソワの2人は老シスターに使われていて、気づけばシスターになっていて、3人とも小間使いという感じじゃ無かったけどね。

  おっと、お館様の子どもになったんなら、ちゃんと様を付けて呼ばないと駄目だね」


 「いえ、前と同じにしてください。

  私はナリートと一緒だったから、領主様に子どもにしてもらっただけですから」


 「私も前と同じで。

  私なんてもっと軽くて、ルーミエと一緒にナリートの妻になったからだけですから」


 「私たちにとっては、領主の子どもになったことを別にしても、老シスターに引っ張り回されたり、いつのまにか初級シスターになったりしているだけで、十分に特別なんだけどねぇ。

  まぁ良いだろう。 あんたたち3人の待遇は、希望通りに前と同じだよ」


 憎まれ口のような言い方だったけど、笑顔だ。 笑顔だったのはハンスさんの奥さんだけでなくて、前の時に見知った、こっちで働いている女性たちみんなが笑顔だった。

 でも僕たち3人に割り振られた部屋は、前とは違っていた。 僕らが前に使っていた部屋に、とりあえず向かおうとしたら、前の時にルーミエとフランソワちゃんが親しくしてたおばさんに呼び止められたのだ。


 「今回はそっちの部屋じゃないわよ。 家族の部屋をそんなに離れさせたら変でしょ。 今回はこっち。 付いていらっしゃい」


 僕たちが案内されたのは、、領主様とシスターの部屋に当然なった、前の時は領主様の部屋だった一番広い部屋の隣の部屋だった。

 僕はなんだか変に感じた。 領主様の部屋の隣って、資料の棚とテーブルがあって、側近の人とかと打ち合わせなんかをした部屋じゃなかったっけ。


 「ナリート、驚いた? ルーミエとフランソワは老シスター様に付き合わされていて、ここに来ることはほとんどなかっただろうから覚えてないだろうけど、ナリートは何度もここに来ているからねぇ。 ここは、あなたたちが正式に旦那様の子になった知らせが届いたから、今日の日の為に改修しておいたのよ。 中に入ると分かるけど2部屋を繋げたから、旦那様たちの部屋までじゃないけど広いわよ。 あなたたちに子どもが生まれた時にも大丈夫なようにね」


 僕は、そんなに早くから僕たちが来ることを見越して準備を始めてくれていたのだと、なんだか申し訳ない様な気分なった。 なんかとっても分不相応な感じ。 僕らは前の時の部屋で十分なのに。

 僕はそんなことを考えていたのだけど、ルーミエとフランソワちゃんは、おばさんの最後の言葉に反応して、顔をちょっと赤くしたり、モジモジしたりしたので、おばさんに追撃されている。


 「あたしたちも楽しみにしているのだからね、2人とももっともっと可愛がってもらって、次に来る時にはちゃんと子どもも連れて来るんだよ。 今回ももしかしたらと期待したんだけどねぇ」


 最後のは完全におばさんの冗談だろうに、ルーミエが躍起になって、「まだ子どもを作るのはシスターに許されてない」と弁明したりしている。 部屋のドアの前の廊下でする話じゃないだろうと思いはするけど、3人は楽しそうだから、ま、良いか。


 到着したその日は、さすがに何かするということはなく、静かに旅の疲れを癒すことになった。 前の時は風呂がなくて、かなりがっかりしたのだけど、今ではきちんと王都の邸にも風呂はあるし、領主様や側近の人たちも城下村の暮らしに慣れて、自分でお湯を入れることも出来るようになっているので、僕らが呼ばれることもない。 なんだか手持ち無沙汰な気分だ。 ルーミエとフランソワちゃんは、前と同じに扱って欲しいとお願いした手前があるからか、食事の準備の手伝いに出て行ってしまった。 違うな、暇だったので半分遊び気分で手伝いに行ったのだと思う。

 ま、そんな訳で、僕は今回はシスターも来ているからか領主様に呼ばれることもなく、部屋で1人のんびりしている。 たまにはそういうのも良いと思う。



 翌日、僕たちは領主様に連れられて、王都の服屋へと行く。


 「出来ているか?」


 「はい、お待ちしておりました。 持ち込まれた布を仕立てましたが、流石に最高級のスパイダーシルクです。 最高の品に仕上がっと自負しております」


 僕たちが試着させられて、最後の調整がされたのは、貴族の正装の服らしい。 前の時は僕は領主様とは違って、基本的には執事の様な感じの子供用の服だったのだと思うが、今回は領主様と同じ形の服だ。

 ちょっとした差し色とか細かいところは違っていて、やはり当主と息子では違いがあるらしいのだけど、僕には良く判らない。


 「こうして服装を整えて、あらためて見てみると、ナリートも体が大きくなったのが実感できるな。 普段はあまり感じないのだが」


 「うん、ナリート、前より何だか格好良くなっているよ」


 領主様の言葉に続いて、フランソワちゃんが僕の姿を褒めてくれた。 ルーミエとシスターは、それどころではないみたいだ。

 ルーミエはまあ当然なのだろうけど、シスターも貴族の正装ということでドレス、それも最高級スパイダーシルクで作られたドレスを着せられて、もうそれだけで自分のことで精一杯で、他の人を見る余裕はないみたいだった。 フランソワちゃんだって、ここまで高級なきちんとしたドレスを着たのは初めてだったのだろうけど、周りの人よりも高級な物を着ているというシチュエーションは、程度の違いはあっても慣れているからかな、まだ少しは余裕があるのだろう。


 僕たちがそんな衣装を準備する必要があったのは、王宮に呼ばれていたからだ。 国王が一臣下の、それも下位貴族である男爵の婚姻や養子縁組なんかに口を挟んだり、気にして何かすることなんてないのが普通なのだろうが、何故か僕たちには関心を示されたらしい。

 とはいっても、公式に呼ばれるはずはなく、あくまで私的に呼ばれたという形だ。 それでも当然国王陛下にお会いするということになれば、服装を整えねばならないのは当然のことだ。


 「ナリート、何難しい顔して、固くなっているのよ」


 フランソワちゃんは、褒めた後に今度は貶してきた。 うん、僕だって頭で色々考えるのは、着慣れない格好をして、オロオロした気分を紛らわすためだ。 フランソワちゃんが僕に構うのだって、もしかしたら同じかもしれない。


 「ま、儂は王様には前にも会ったことがあるからな」

 1人落ち着いている領主様は、そう言って自分の経験を誇った。



 私的に呼ばれたということで、僕たちは王城内の庭園脇の部屋で、国王陛下と対面することになった。 僕にとっては豪華な広い部屋で、庭園に向かってガラス窓が広く作られているので、半分外の様な部屋でびっくりしたのだが、王城内ではとても小さい部屋の一つだという。

 国王陛下と護衛の人か何かと一緒に対面するのかと思っていたのだが、そういう人は陰に隠れているのか見えなくて、その代わりに王妃様だけが隣に一緒に部屋に現れた。 

 僕たちは教わったとおりに、膝を折って頭を下げ、床を見て2人を迎えた。


 「ここは私的な場じゃ、その様な礼は要らん。 顔を上げて、体も楽な姿勢をするが良い。 

  私的な場にまで、礼儀やら何やら持ち込まれては、私たちは誰とも普通に話すことも出来なくなってしまう」


 領主様は少し苦笑しながら、「それでは、お言葉に甘えまして」と、割と普通の調子で国王夫妻に挨拶をして、僕たち家族を紹介した。


 「おお、其方が有名な聖女カトリーヌか。 会えて嬉しいぞ。

  こちらの娘がもう1人の聖女で、こちらの娘が農業の女神と称される娘か。

  そしてこっちが問題の息子か」


 領主様の紹介に、国王陛下はそう言った。 うーん、僕たちのことをどれだけ知っているのだろう。 どう考えれば良いのか困惑してしまう。


 「陛下、私は領内ではそのような過大な尊称をされてはいますが、実際は単なるシスターだっただけの女に過ぎません。 陛下にまで聖女などと言われますと困ってしまいます」


 「いや、カトリーヌよ。 其方が[称号]に『聖女』を持っているのは、私もしっかりと知っているぞ。

  あの老シスターでさえ、『聖女』の称号を持つ者など『初めて見た』と言うのだ。 私が聖女と呼んでも問題はなかろう。

  それに娘の方は、片方は[職業]が『聖女』で、もう片方は[称号]に『農業の女神』などというとんでもない2人だ。

  ランドルフよ、お前はとんでもない者たちを家族にしているな。 そして極めつけが『罠師』の息子か。

  この息子が、他の3人が領民から高評価を受ける原因を作り、主導したということだが、『罠師』の能力というのが凄いらしいな。 詳しくは解らないらしいが」


 「ま、こいつの場合は、[職業]の『罠師』のその特別な力もあるのですが、そうではない別の特殊性もあるようなのですが、私も妻も、そして本人も良く分からないみたいなのです。

  それでも今の私の領の発展は、この息子の力によるところが大きいと、私は考えているのです」


 「そのようではあるな。 老シスターも『分からない』と言っていたし、私も報告を聞いてもちっとも分からないしな。

  ま、それは良いだろう。 お前の息子となっているのだ。 悪い方向に力が用いられることはないだろう」


 領主様と僕に向けた国王陛下の目が一瞬光った気がした。 無礼講という感じで気安い調子で会話を進めていたので、僕は油断していて、背中が一瞬だけヒヤッとした。 領主様は平然としていた。


 「ま、それよりもこっちだ。

  ランドルフよ、家名を変更するのは本気なのじゃな」


 「はい、陛下。 陛下より頂いた家名は、私には少し分に過ぎると思いますので、身の丈に合った家名にさせていただきたいと思います。 やはりあの家名はもっと高位の方がふさわしいことでしょう」


 「物は言いようじゃな。 まあ、良い。

  それでお前が新たに名乗るという、クロキというのは、どこから引っ張って来たんだ。 私は聞いたことのない家名だが」


 「はい、私が家名の変更を願ったのは、先ほども申しましたが、陛下に名乗るように下された家名が立派過ぎたのが第一です。 こんなことをお耳に入れるのはどうかとも思うのですが、高位の方々の一部からは、『名誉過ぎる家名だから、素早くお返しした方が良い』と強く勧められたりもしておりました。

  ですが私も、陛下から下された家名でありますし、その様な言葉に負けたくないという意地もあったのですが、実は息子となったナリートには元から家名を持っておりました。 それならば、その家名をナリートには名乗らせてやりたいと考えてしまったら、意地になってしまっている自分の器の小ささにも気付くこととなりました。

  それで今回、陛下に直接結婚と子を得た報告をする機会を得たので、良い機会と思い変更を願い出ました。 一応、クロキという家名を現在名乗っている貴族がいないことや、過去の記録にもないことは確認してあります」


 「なるほどな、そういうことであったか。

  それならば私が、其方の家名の変更願いが、他のくだらん者どもの画策ではないかと気を回す必要もないな。 

  何、それなら構わない。 ランドルフよ、其方の家名は今より正式にクロキとする。 お前の後継者にも、きちんとその家名を名乗らせるように」


 全く聞いていなかった話に、僕は驚いて、感激して、知らない間に涙が頬をつたって落ちて、部屋の高そうな絨毯の色を少しだけ変えていた。

 僕が自分でも謂れを知らない家名を持っていたことは、ルーミエとフランソワちゃんも知ってはいたから、この話にやはり驚いていた。

 シスターは、・・・、シスターはニコニコしている。 シスターは領主様が家名を僕の家名に変えることを知っていたのだと解った。


 僕は正式には、ナリート・クロキと名乗ることになり、領主様の治める地は正式にはクロキ男爵領と呼ばれることになった。 領主様も正式にはランドルフ・クロキとなる訳だ。

 ちなみに領主様は元々はランドルフではなく、ランドという名前だったが、陛下がランドルフと呼ぶので、ランドルフに改名したらしい。 その経験があるから、家名の変更も簡単に考えたのかな。

 僕は自分でも迂闊というか、ないだろうと後から思ったのだけど、領主様が陛下から名乗るようにと下された家名を覚えていなかった。 領主様の子どもにしてもらえたことはとても嬉しかったのだけど、やっぱり男爵家の跡取りというのは、全く実感が湧かなかったし、きっと心の奥底では、それは考えたくない事柄だったからなのかな。


もう先々週なのですが、自転車で大転倒をしちゃいまして、その拍子に肩をおかしくして、まだ左手がまともに使えません。 日々の暮らしにも不自由する状況で、今現在はとりあえずのリハビリをしていますが、今後改善しないと手術の可能性もと医師に脅されています。 やれやれ。

文章を書くのは、片手でも、指一本でも出来るから関係ないと思ったのですが、実際には両手でキーボードを打つのに慣れきっているので、左手がまともに使えないと、とてもイライラする状況です。 それだけならまだ良いのですが、調子が狂ってしまって、全然書けません。

病院通いに時間が取られ、一つのことをするのにも余計に時間を取られて、色々な物事がどれもとても遅れてしまっていて、この話の更新速度も酷く遅くなってしまいそうです。 しばらくご容赦ください。


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ゆっくりして下さい。お大事に。
お大事にしてください 健康でいてこその創作活動だと思いますのでご無理のなさらないようにご自愛ください
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