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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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シスターの反対

 僕はもしかすると、この地方の成り立ちに関して、その前提が大きく違っていたのかも知れないと考えていた。


 領主様が治めるこの男爵領は、その面積だけで考えれば伯爵領だとしても十分以上に広い。 そんな土地が成り上がりの男爵領となっているのは、その土地のほとんどが草原とは名ばかりの荒地で、人がほとんど住んでいないからだ。


 人が住むのに適さないのは、まず第一に水の確保が難しいことがある。

 川は領内のほぼ中央部を流れていて、それに合流する支流も何本かある。 僕たちが元々暮らしていた東の村も、今の城下村も、そんな支流の一つの側にある。

 それは北の村も、今問題になっている西の村もそうであったのだけど、西の村は支流の下部が今はほとんど消えてしまっていて、合流部まで水が流れていない。


 それらの村々が支流の源流に近い方に別れて存在しているのは、支流の源流の方には林や森があって、木が調達出来るという理由からであるのが、今の僕には分かる。

 ちなみに僕らの城下村の位置が開拓されずに残っていたのは、昔、開拓しようとした人が糸クモさんとの共存を選ばずに、その存在をどうにかしようとして逃げ帰る羽目になったかららしい。

 僕は知らなかったが、僕が選んだ城下村に続く峰のキラースパイダーはかなり有名で、その危険から近付く人は、古くからこの地に暮らす人は、まずいなかったらしい。

 僕は子供だったから、そんなことは知らなかったのだが、領主様や領主館で働く人たちは、他所から来た人がほとんどで、他に忙しかったこともあって、そのことは知らなかったらしい。

 知っていたら、きっと城下村の場所の開拓なんて大反対されていたことだろう。

 逆に、これは後からアリーが思ったことなのだが、アリーの両親なんかは、キラースパイダー、つまり糸クモさんの存在を知っていたのではないか、その為にこの地への移住を考えたのではないかとのことだ。


 南の町は、川の本流のこの領内の一番下流に位置しているのだけど、この町は他領との交易で成り立つ町となっている。 とはいえ、今までは大した交易量があった訳ではないので、小さな村だったのだけど、最近は僕らの城下村と王都の間での交易が盛んになって来て、中継点として、かなり栄えている。

 でもまあ、それは現在の話で、ほんの少し前は本当に小さな村だったのだ。 こっちから売る物なんてほとんど無くて、金がないから買うのも塩などの最低限の物だけだったから、交易が盛んになるはずもなかったからだ。


 町だけは本流の近くにあるのだけど、例外的に近くにある程度の林があった。 昔は竹林もあったらしいのだが、それは町が大きくなる時や、町が出来てからのスライム駆除に使われ過ぎて、なくなってしまったということだ。 ちゃんと残しておけよ、と思わなくはない。

 でも竹が消えてしまったお陰で、林は大事にされたようで、今でも残っている。 一つには町は領の中心部に近い位置にあるので、周りの村から柴や薪を買うのに都合が良かったこともある。


 他には、本当に小さい集落が点在しているのだけど、僕は元々がそういう土地だから、今のように人が少ない寂れた土地なのだろうと思っていた。

 しかし、もしかすると、それは違っていたのかも知れないと思った。


 元々は、こんな草原とは名ばかりの荒地ばかりの土地ではなくて、鬱蒼とした森に囲まれた豊かな自然に溢れた場所であったかも知れないと考えたのだ。

 町の学校では、この地の歴史なんてほとんど教わったことがないから、本当のところは何も分からない。 でも、スライムと一角兎なんかのせいで、この地は木が成長しずらくて、草地や荒地ばかりになったと思っていたのだけど、そうではなくて、人が木を切ってしまった後に、そのような場所に適したモンスターであるスライムや一角兎が増えてしまったのかも知れない。 それらが増えると、今度は新たな木が生えなくなって、木が減ることに加速がかかる。 そうして木がなくなり、最終的には人もいなくなったのではないかと考えたのだ。


 僕はそんなことを考えていて、少しの間、心ここに在らずの状態になっていたのだけど、領主様と一緒にやって来た文官さんたち数名は、何だか盛り上がっていた。


 「つまり、このまま人が増えると、より一層木が無くなってしまうことになる。 そうすると水源にしている沢なんかが荒れてしまって、農地も駄目になる」


 「かといって、領民に対して『子どもを増やすなとは』とは当然言えないし、それ以前に領の発展を考えれば、人を増やすことは絶対に避けられない」


 「ということは領内全域で、強力に植林を進めるしかないということだ。

  キイロくん、もちろん協力してくれるだろうな。 植林を進めるとなると、それに最も詳しくて実績のある君たちの協力は必要不可欠だ」


 「あの、そんなこと僕に言われても、僕はこの新西の村の開拓の責任者を領主様から言い遣っただけで、それ以外のことは分かりませんから」


 キイロさんが、文官さんたちに巻き込まれて、困っている。 可哀想だから助けてあげたいけど、少しでもそこに介入すると僕も巻き込まれそうだ。 逆にちょっと距離をとる為に離れようかな。


 領主様とシスターも、僕と同じようになんだか少し考え込んでいて、自分の世界に入っているようで、その動きに対応していない。


 「それなら領主様から、城下村の村民に協力を要請すれば良いということですね。

  領主様、今ここで、城下村の代官であるナリートくんに要請し、城下村に戻ったら、一応マイアさんにも要請してください。 マイアさんへの説明は我々が行いますから」


 領主様は急に声をかけられて、少し驚いた。


 「ん、何だ。

  すまん、聞いていなかった。 もう一度説明してくれ」


 「ですから、早急に領内全域で植林を強力に進めなければいけないことが分かった訳です。 そうなるとその為には城下村の村民の全面的な協力が必要となるので、その要請をすぐにしっかりと行ってもらいたい、ということです」


 「そうだな、ナリートが言ったことが正しいとすると、そういう事になるか。

  つまり、お前はナリートとマイアに、植林に城下村全体で協力するようにと、命令しろと言っている訳だな。

  うーん、そうするしかないか」


 領主様は考え込む感じだったが、渋々と文官さんの言葉を認めようと思ったみたいだ。


 僕はそれを見ていて、これは大変なことになったと思った。 領内全域の植林を城下村で責任を持って進めるなんてことになったら、すごい大事だ。 何年も、いや何十年もかかるような大きな事業だ。


 僕は、領主様がそう言った時、色々なことが頭によぎり、即座には何の反応も出来なかったのだけど、シスターは違った。


 「待って、それは駄目よ」


 シスターは普段、自分の仕事、一応外面的にはシスターではなくなっているのだけど、いつの間にかシスターより上の存在の聖女とされていて、何だか前よりも教会に関係するような仕事が増えて忙しくしているのだけど、領主様の妻となって、夫である領主様の仕事、つまり領の政に関しては一切口を挟むようなことはなかった。 領主様や周りの文官さんたちに、何かの事柄について意見を求められれば、それに応じて意見を述べることはあったが、自分から積極的に割り込むように声を出すなんて、初めてかも知れない。

 領主様と文官さんたちは、驚いてシスターを見た。 文官さんたちだけでなく、領主様も、何か叱責を受けるような間違いを犯してしまったかと、頭の中で考えを巡らせているのが、僕にも見えるようだった。


 「城下村の村民が、最も木を植えて増やすことをし慣れているのは確かだと思うけど、あの子たちを領の都合で、その事業の中核にするのは問題だと思うわ。

  あの子たちの能力だけを考えて、忘れてしまっているみたいだけど、ここにいるキイロくんを除けば、あの子たちはみんな、まだ孤児院を卒院して数年しかならない、若者と呼んで良いかさえギリギリの年齢なのよ。 それを領の都合で、勝手に何年も掛かるであろう事業に拘束して良いはずがない。

  彼らは今、やっと自分たちが暮らして行ける場所を作って、飢えないための田畑を開墾して、お金が得られる仕事を工夫して立ち上げたのよ。 やっと彼らが小さい時から求めていた、幸せな家族の暮らしを得ることの基盤が整ったところなのよ。

  その今、彼らがこれから自分たちの暮らしを考えていく自由を、領の都合で勝手に何年も縛り付けて奪って良いはずがないわ」


 その言葉を聞いて、領主様と文官さんたちは、ハッとした感じだ。


 「確かにカトリーヌの言うとおりだな。

  領の発展を考えるあまり、その効率ばかりに目が行って、子どもたちの幸せや願いまでは全く頭に上っていなかった」


 「そうですよね。 マイアさんも、今年こそは私が最初に子どもを産んで、みんなの先例になる予定を実行したいと言っていましたし、それもあってナリートくんがキイロくんと共にここの開発を担当することには、本当は難色を示していたのですから。

  私も、ついそういったことを忘れてしまっていました」


 あ、そうだったのか、僕はつい忘れてしまうのだけど、マイアは前から常にそれは念頭にあるからな。 僕が城下村の代官の仕事をしないと、その皺寄せがマイアに行って、忙しくなってとても妊娠・出産・子育てをする余裕がない、と考えているのだと思う。


 シスターの言葉はまだ続いた。


 「それにね、ナリートの言うことだからって、何でそんなに簡単に信用してしまうのかしら。

  ナリートは自分でも解らない頭の中の知識から、西の村の山の方の木が減ったから、川は枯れ易くなり、井戸の水も少なくなったと判断したようだけど、それが正しいかどうかなんて、今のところは判らないじゃない。

  もちろん、それが本当であれ、間違っていたとしても、領内に木を植えて林を広げる努力はしなければならないと私も思う。 でも、一度に急に大きく手を広げられる訳はないのだし、まずはナリートの言う仮説が本当かを確かめるところから始めるといった、地道な計画を立てる必要があるんじゃないの。

  即座に大々的に計画を推し進めるために、城下村の子たちに命令して、総動員して計画を進めようというのは、あまり大雑把な考えだと思わない。

  そもそも、新西の村の開拓という計画で出てきたのは、鍛治士たちの植林計画を助ける為でしょ。 その植林計画は、製鉄には木材が必要だから、鍛治士たちが中心になって始めた計画よね。 だからまずは、鍛治士たちと話し合って、植林計画をもっと大きくすることを前提として計画し直すことが最初じゃないの」


 止まらないシスターの言葉を、領主様と文官さんたちが、なんだか怒られている子どもみたいに、ちょっと小さくなって聞いているような感じだ。

 僕が考えてもシスターの言っていることは、とてもまともで、反論の余地がない。 でも川や井戸と木の関係は、間違っていないと思うけど。


 僕はシスターが、自分が正しいと思ったり、それ以上に僕らを守るために、何かを主張する時は、毅然と主張するのを知っていたから、こういうシスターを見ても、なんと言うか頼もしく感じたり、守られているように感じるだけなのだけど、キイロさんは僕らと違ってシスターとの付き合いは、そのほとんどは城下村に来てからのことだからか、驚いているみたいだ。


 ま、今シスターの矢面に立つことになってしまった領主様と文官さんたちは困っていると思う。

 シスターは普段は優しいけど、こういう時は怖い。


 「これは全面的にカトリーヌが正しいな。

  儂らは勇み足だったと認めない訳にはいかない。

  まずはキイロにここの開拓をしっかりしてもらって、それから少し計画を変更して西の村の現在住んでいる住人たちも、その開拓計画に組み込むことを考えよう。

  それに一番最初はとにかく援助計画を早急に立てて、即座に動かねばならない。

  それと並行して、まずは西の村周辺、今までの計画よりも山の方までの広範囲をりん含めた植林計画にすることを鍛治士たちと話し合う。

  領内全域に関しては、その後だな」


 「はい、一つ一つ順番に、無理のない計画を立てて実行していく必要があります。

  考えてみれば色々な要素が絡みますから、細かい検討も必要ですね。

  城下村に戻ってから、十分に時間をかけて、他の人の意見も求めて考えることになるでしょう」


 領主様と文官さんたちは冷静になって簡単な議論を始めたみたいだけど、どっちかというとシスターの怒りから逃れる為みたいな感じだ。

 大の大人の男の人が、シスターを恐れて、そんな風に誤魔化すのが僕は少し可笑しかった。 顔には出さなかったつもりなのだけど、少し出ちゃっていたみたいだ。 領主様が、そんな僕の反応に気がついたみたいだ。


 「こほん、ま、とにかく確かにまともな話は城下村に戻ってからだな。

  今は今回の騒ぎの、とりあえずの収拾だけに集中しよう」


 西の村の騒動の収拾に集中すると言っても、もう領主様や文官さんたちのするべきことは終わっている。 西の村の住人たちの動揺を抑えるために、領として西の村を見捨ててなどいないことを示す意味も込めて、少しの間文官さんを1人置いておけば、あとはキイロさんが中心になって、開拓作業に合流させることになるだろう。

 もう領主様たちは、城下村に戻るだけなのだ。


 結局、領内の植林事業は、城下村の者が技術指導をすることで、それに携われる人を増やしはするが、基本的には鍛治士たちの始めた植林事業を領として全面的にバックアップして進める形に落ち着いた。

 冷静になって考えてみたら、一気に植林を進めたくても、植える苗木の数さえ揃えることが出来ないのだ。


 苗木の育成畑を広げたり、その苗木を植えてある程度まで大きくなるまでの主に一角兎の食害から守るための苗木を守る囲いなどの作成は、どれも簡単な土魔法から派生した魔法を使うのだけど、城下村の者たちを除くと、ほとんど使える者がいない。

 そもそも誰でもすぐに使える生活魔法も、ほとんどの人が種火となるプチフレアと、女性たちがクリーンが使えるだけだ。 大人の女性がクリーンを使えるのを知ったのは、僕もかなり後のことだし、その使える理由が、クリーンが避妊に使える魔法だったから納得もしたのだけど、つい最近まではその為だけの魔法だと思われていたんだよな。 ちょっと脱線した。

 多くの人はそれしか魔法を使わない。 誰でも練習すればある程度は魔法を使えるということを知らない。

 城下村では、そこでの生活に魔法を常に使うから、誰もかある程度は使える。

 そして、植林に必要なソフテン、ハーデン、フォームなんて魔法は、誰もが必然的に練習させられていて、もちろん使える。

 城下村のみんなは、単純に苗木を増やしたり、植樹をしたりの方法を教えるだけでなく、そういった魔法も教えることになるし、また誰もが教えることが出来たのだ。


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