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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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騒動はまだ続いた

 「結局俺も来ることになってしまったな」


 「それは仕方ないですよ。 ここまでになるとキイロくんやナリートだけじゃなく私でも収めるには役不足ですから。 あなたが領主として事態の収拾をしたことにしないと問題になると言われたじゃないですか。

  西の村の神父様とシスターだけは、私が院長先生の代役として、決定したことを伝えねばなりませんけど」


 結局、西の村の騒動は、事態の影響が思っていたよりも大きくなり過ぎて、領主様自らが赴かねばならないことになってしまった。 領主様とシスター、それに付き添う形で、本来の開拓村の責任者としてキイロさん、そして僕の2人がそれに付き従う形だ。 良いのか、悪いのか分からないけど、ルーミエ、フランソワちゃん、それにウォルフやウィリーは来ていない。 エレナたちは、こっちにいたから居るけど。


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 西の村の騒動、その原因となったスライムを村の中から駆逐し、侵入経路の出入り口を塞いだキイロさんとロベルトは、やれやれとは思ったけど、その後に大きな問題があるとは思っていなかった。 ミランダさんも、スライムの酸によって怪我した人の治療さえほとんど出来なかった西の村のシスター2人と神父を腹立たしく思っていたが、治療を終えたことを確認したら、なるべく速やかに西の村から撤収しようと、そればかりを考えていた。

 ミランダさんは治療は、孤児の子たちと、スライムを狩り終えた城下村から土木工事を主に担当するために来た者たちで間に合うと見てとって、自分の直接の指揮下に入っている見習いシスターたちは、西の村そこら中に可能な限りクリーンの魔法を掛ける事を優先させた。 ミランダさんは、孤児たちの寄生虫駆除がまたやり直しになる事態を一番恐れたからだ。 それだけじゃない、清潔度合いの違いから、他の病気も警戒したのだ。 下痢を起こしただけだって、命に関わることもあるのだ。 ミランダさんは結局のところ、スライムを退治してやって、治療が終わったら、なるべくさっさと西の村からは離れたいと考えていたのだ。 孤児をはじめとする開拓村のみんなの健康の方が、ミランダさんには優先するべきことだったのだ。


 ところが西の村の騒動は、それだけでは終わらない大事となっていた。


 ミランダさんのなるべく速やかに開拓村に戻るという指示は、その理由も気持ちも良く解るので、キイロさんもロベルトもマーガレットも、全員を急かすようにして西の村から戻った。 その時は、騒動はそれでもう終わったと誰もが思っていたからでもある。


 それでは済まない大事だと分かったのは、その翌日になってからのことだった。

 開拓村の方では、普通の一日が始まっていたのだが、西の村の村長宅に、今回の事態を緊急依頼の形にした冒険者組合の職員が、その依頼費徴収の交渉に向かったのだが、すぐに血相を変えて戻って来たのだ。


 「キイロくん、西の村がちょっと大変なことになっています」


 「えっ、またスライムが入り込んだんですか?」


 「違います。 緊急依頼にした報酬をどうするかを西の村の村長宅に話し合いに行ったのですが、今、西の村はそれどころじゃなくて。

  とにかく、一度キイロくんも私と一緒に西の村に行ってください。 いや、キイロくんだけじゃ足りないですね。 ロベルトくんと、あと数人年長の方の城下村か来た人を選んで一緒に行きましょう」


 「ええと、どういうことですか。 僕はここの開拓に関しての責任者を領主様から任されていますが、西の村自体には直接関係はなくて、西の村は西の村の村長やそこの村人に対して何の権限もないので、昨日のような緊急事態に仕方なく関わることはあっても、他は関わる気もないのですけど」


 「そうでしたね。 でも、そうも言っていられません。 西の村の神父さんたちにも影響が出ていそうでもありますし、シスター・ミランダにも一緒してもらいましょう。 シスターは私が呼んで来ます。 ロベルトくんたちをお願いします」


 キイロさんは、職員さんがそれ以上の説明をしないで、即座にミランダさんを呼びに動いてしまったので、訳が分からないまま、池作りの作業を始めてしまっているロベルトたちを急いで呼びに行った。 こっちの方が距離が遠いから走らねばならない。



 「村長、この状況をいったいどうしてくれるんだ?

  柴刈りを指揮したのも村長だし、一番に逃げ帰って来たのも村長たちだ。

  そもそも、孤児院から薪を仕入れずに、柴刈りをさせたのも村長だ」


 「出入り口の戸を閉めなかったのは儂じゃない」


 「それは村長が大した怪我もしてないのに、一番に逃げ帰ってきたからだろう。 あとからも逃げてきているのに、自分で扉を閉める訳にはいかないよな。 それにその時、村長は最後に逃げ戻った者はきちんと扉を閉めろと命令したのか。 最後尾を這々の体でスライムから逃げて来た、怪我を負っている者が閉める余裕があると思うのか。 それとも誰か、閉める為の要員でも残したとでも言うのか。 俺は知らねえぞ」


 「それに、この村のシスターや神父が怪我の治療をしたのは、村長とその取り巻き数人じゃないか。 俺は孤児院の子に治療してもらったんだぞ。 それまではそのままに放って置かれた」


 「柴があまり取れないからと、スライムのいる奥に取りに入れと命令したのも村長だ」


 「村長や神父がしたことの責任は後からでも話し合えるよ。 それより今は、これからどうやって生きていくかが先よ。 村長、そこは考えているんでしょうね」


 「いや、この惨状は私も今朝になってから聞いたばかりで、まだ何も」


 「何もって、村長がスライムを呼び込んでしまったのだろう。

  助けが来るまで、俺たちは家に閉じこもって、家の中にスライムが入り込まないようにするのが精一杯だった。

  アンタたちが教会で治療を受けて、保護されている間、村の畑はスライムに荒らされ放題だった。 つまり春小麦が全滅だ。

  俺たちはこれから何を食っていけばいいんだ。 もちろん備蓄はちゃんと放出してくれるんだろうな」


 村人たちに迫られて、村長は青い顔で沈黙している。 なおも迫られて、村長は渋々口を割る。


 「備蓄は無い」


 「待て待て、無いと言うのはどういうことだ。

  俺たちは収穫からきちんと税としての分の穀物を納めている。 納められた物の半分は領主様のところに持って行くが、半分はこの村の収入になっているんだよな。

  孤児院に使う分も今は無くなっているし、何か特別に何らかの事業をした訳でもない。 領主様も賛同しているという鍛冶屋が持ってきた事業の話も、村長は断って、それでこの村とは関係なく、別に開拓があっちで始まったんだよな。

  それじゃあ、俺たちの納めた半分はどこに消えたんだ。 村として備蓄しているんじゃ無いのか」


 「単純に備蓄しているのでは、管理も大変だし、古くなった物は安く買い叩かれてしまうから、良質なうちに処分する方が良いのだ」


 「つまりは売り払ったということか。 それならその金で、きちんと村の者が食いつなげられる食料を調達してくれるんだろうな」


 「いや、なかなかそこまでの資金はない」


 「とりあえず食い繋ぐことが重要だ。 不味い古くなった物でも、仕方がない。 飢え死にするよりはずっとマシだ。 良質な時に高値で売ったんだ。 不味い古い物ならある程度の量は買えるだろ」


 村長は益々青くなって沈黙するしかない状態になった。

 村長やその取り巻きの一家、それに加えて神父やシスターが、村民にまだ暴力を加えられていなかったのは、今回の件だけでなく、諸々の鬱憤が溜まっていた村民達が、それぞれに言えなかった不満を一斉に浴びせる状況になっていたからだ。 まずはそれらを言葉でぶち撒けねばいられないという村人の心境が、暴力に傾くのを何とか阻止しているというよりは遅らせている。


 そんなもう風船がいつ破裂してもおかしく無いような状況で、ミランダさんやキイロさんは西の村に入って行った。

 前日に助けてもらったばかりだからか、開拓村からの一行を西の村の村民はすんなりと受け入れ、とりあえず静かになった。


 「ええと、一体これはどういった状況なのでしょうか?」


 糾弾される側に、西の村の神父がいるのを見つけたミランダさんが、神父さんにそう訊ねた。


 「えーと、私たち3人は村人たちから、何故村長さんたち数人の治療しかしなかったのかと問い詰められていました」


 「あ、それは当然ですね。 それでその村長さんたちは、どうしてそんなに青い顔をして震えているのですか?」


 「あの、それは、これから村民がどうやって食べていけば良いのかと、村長を問い詰めていて」


 「ああ、村の畑はスライムに荒らされてしまっていますからね。 村人が心配するのは当然です」


 ロベルトはスライムが畑を荒らしてしまっていたことに気がついていたみたいだ。


 「春の小麦の収穫がダメでも、一度の不作を乗り越えるくらいの備蓄は当然しているはずだから、そこまで問題では無いだろ。 俺はスライムが建物の中に入り込んでいたという話は聞いてないぞ」


 キイロさんがそう言うと、ミランダさんもそれはそうね、と軽く聞いていた。


 「それが村長が言うには、備蓄は無いということで」


 「えっ、どうして? 税の半分は村の物になっているわよね。 それをもしもの時のために貯めておくのは当然のことでしょ。

  一定量以上は蓄えられないから、新たな収穫があった時には余剰分を古い方から処理していくのは当然だけど」


 「ええ、普通はそうなんですが、ここの村長は古くなると売るときに安く買い叩かれてしまうのを嫌って、新しい物を次々と売ってしまっていたようで、備蓄をしてなかったようなのです」


 「えっ、そんなのあり得ないだろ。 何かあった時のために備えるのは上に立つ者の責任だし、そのために税の半分はそれぞれの村の取り分になっている。

  あ、そうか、もしもの時は高く売った金で買い集めれば良いという考えか。 確かに、自分の所だけの問題だったら、それでも用が足りるな。 利口なやり方の気がしないでも無いけど、問題がもっと広域な時には即座に干上がってしまう危ない賭けだぞ、それは。

  ま、今回はこの西の村だけのことだから、大丈夫か」


 「キイロくん、確かにそうですね。 今回はそれで良かったですけど、危ないやり方ですね。

  西の村の神父様は、この件は知らなかったのですか?」


 「いえ、神父は俗世には関わりませんから」


 「あら、多くの所では、神父はその村や町の長から、さまざまな相談を受けたり、アドバイスを求められたりしていますよね。 それは当然のことだと私は思います。 多くの人々の今後に関わることなどを決める時に、信頼のおける知識を持つ人の意見を聞いたり、アドバイスをしてもらえたらと考えるのは当然ではないでしょうか。

  ですから西の村の神父さんもこの件に関して、事前に知っていたのではないかと思ったのですけど」


 ミランダさんのこの言葉は悪意がなかったようだが、西の村の神父さんは沈黙してしまった。 相談やアドバイスが求められなかったと認めると、自分が村長にとって、それらを求めるに値しないと判断されていたと認めることになる。 相談されていたなら、神父さんにも責任があることになる。 そしてもう一つの可能性としては、村長が相談をすることが憚られる事柄だと認識してのだと、神父さんも認めることになってしまうからだ。 どれも神父にしてみると都合が悪い。


 「シスター様、それが村長の奴は、金もないと言い出しやがったんです」


 話を聞いていた村人が口を挟んだ。

 今度こそ開拓村から行った一行は、冒険者組合の職員さんを除いて驚いた。 職員さんは村の険悪な様子から、予想がついていたようだ。


 驚いたけど、一気に状況の把握が出来た。 なるほど、この暴力が起こりそうな険悪な雰囲気はその為かと。


 「キイロくん、ちょっとこれは私たちだけの手には余る事態よ」


 「そうですね、ミランダさん。 ここまでの酷い状況は、僕も全く想像してませんでした」


 「大急ぎで領主様たちに、この状況を連絡して。 あ、町の院長先生にも一緒に伝えてくれるかしら」


 「はい、昨日の事を伝えなければならないので、今日連絡をしようと思っていたのですが、僕自身が急いで一度城下村まで行ってきます」


 「そうね、その方が良さそうね」


 ミランダさんはキイロさんとそう話すと、村人に少し大きな声で言った。 どうやら領主様に開拓の担当に任命されたキイロさんよりも、中級シスターという自分の肩書きの方が、西の村の村民にとっては分かりやすい権威に感じられるのだろうと判断したようだ。


 「みなさん、今はこんなことをしている余裕はありません。

  村長の追及は、もっと上の領主様たちに任せましょう。 護衛がいなければ遠くまでは行けませんから、大丈夫逃げられることはありません。

  今はまず、スライムに荒らされた畑をきちんと丁寧に点検して、幾らかでも収穫出来ないか確認することが一番先にしなければならないことです。 その上でどれだけの食べ物が残っていて、食い繋げるかを考えないといけません。 これからどうするかに、頭を切り替えてください。 それも大急ぎです」


 村人たちは「それはそうだ、こんなことしてられない」と、それぞれに動き出す。


 「村長さんたち、当然のことですが、責任を追及されるのは覚悟していてください。 馬や馬車はこちらで押収します。 逃げるという選択肢はありません。 今のところは家に篭っていただくことになりますね。 この場は解散になりましたけど、外に出て村人と接触しては安全が確保出来ないでしょう。 それだけのことをしてしまっている自覚はあるでしょうから、私からはこれ以上は何も言いません。

  西の村の神父たち3人も、今回の件で当然何らかの沙汰があるのは覚悟していてください」


 キイロさんとロベルトは、ミランダさんが西の村の神父さんたちを、今までと違って何の敬称も付けずに高圧的に呼び捨てたのに気が付いた。


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