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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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帰還命令

 僕とルーミエとフランソワちゃんの3人が、新西の村開拓地に来ているから、キイロさんには少しだけ城下村でゆっくりしてもらっていたのだけど、この地の責任者はキイロさんということになっているからか、そんなにしないでキイロさんは戻って来た。


 「ナリート、お前だけじゃなくて、ルーミエとフランソワちゃんにもだけど、領主様からの命令だ。 『3人とも城下村に戻って来い』ということだ」


 「えっ、なんで、まだ年長組でスライム退治が出来てない子がいるよ」

 「ヒールもまだ使えるようになっていない子がいる。 もう少しで年長組みんなが使えるようになるのに」


 「えっ、それって冒険者になった卒院生に教えるという話だったよね」


 「ついでだから、年長組にも教えることにしたのよ」


 「全く、お前たち、何をやらせているんだよ。 ナリート、監督不行き届きだぞ」


 キイロさん、僕にルーミエとフランソワちゃんがする事を抑えられると思っているの。 そんなの無理に決まっているじゃん。


 「とにかく、お前たち3人は城下村にすぐ戻ること、領主様だけじゃなくて、シスターにも俺は頼まれたからな、少し待ってからなんて甘いこと認められないからな。 すぐに戻ること」


 キイロさんは領主様だけじゃなくてシスターにも念押しをされたようで、僕らはその日のうちに城下村に戻ることになった。

 ルーミエとフランソワちゃんはぶつぶつ不平を言っていたけど、僕はやれやれと少し安心した気分だ。 2人は当初の自分たちがすることの予定を越えて、いつまでこっちにいるんだという感じだったからね。 またこれからもこっちで手伝ってもらう時もあるだろうけど、とにかく今回はもう城下村に戻って欲しかったから、僕にとっては領主様とシスターの命令ということなら渡りに船という感じだ。



 「さあ、それじゃあ具体的にどういう事があったか、全て詳しく話してみろ」


 城下村に戻った僕たち3人は、即座に領主様の前に呼ばれて、言われたのがこれだ。 何だか分からないけど、これは怒られる流れなのかなと感じて、僕たち3人は神妙にしている。


 「あ、私たち2人は、西の村の村長さんが来ている時、その場にはいなかったから、何も実際には見たり聞いたりしてないの。 ね、フランソワちゃん」

 「確かにそうね、ルーミエ」


 あ、2人ともずるい。 僕だけを置いて、この場を逃げるつもりだ。 でも、そうはいかなかった。


 「ルーミエ、フランソワ、あなたたち2人はどうしてその時に開拓村にいなかったのかしら。 その理由はナリートの話が全てきちんと終わったら、ゆっくり2人に話を聞くから、その場で待っていなさい。 それにナリート以外の人から聞いた話で、補足できることもあるかも知れないわね。 それも期待しているわ。 注意深くナリートの話も聞いていてね」


 領主様の隣、ほんの少しだけ後ろに下がった位置にいたシスターが、あなたたち2人も逃しませんよ、という威嚇がこもっていると思われる静かな声で、2人の逃走を軽く潰した。 2人とも、余計にしくじったかも、という顔をしている。


 ルーミエが、「西の村の村長さんが来た時」と言っているけど、僕も領主様が知りたい、話せと言っているのはその話だと即座に考えた。 ま、それ以外考えられない。 僕は知る限りのこと、狭い場所でのことだし、気になるから当然自分のところに来ている時以外は、聞こえる音を聞き逃さないようにと集中していたので、全容を僕は把握していると思うのだが、その全てを領主様とシスターに話した。

 ルーミエとフランソワちゃんが捕捉することもない。


 「まあ、予想していたとおりの動きだな」


 領主様は軽くそう言ったのだが、シスターは心配そうな顔をして言った。


 「ミランダさん、きっと内心ではかなり怒っていますね。 これ以上怒らせるようなことをしでかさないと良いのですが」


 「誰かしら、西の村の村長か、神父か、さもなければシスターがやらかすだろうなぁ。 ところで、ミランダって怒ってブチ切れると、かなり怖いのか」


 「さあ、どうなんでしょう。 見たことないですから、私には判りません。 でも、ああいうとても真面目な人は、本当に怒ると怖いですから」


 「ことがあったら、まあ確実にあるだろうが、その時は俺が行くしかないかな」


 「たぶん領主が出て行くという事態ではなく、教会関係者の上位者が出て行かねばならないという事態になる気がします。

  その場合、さすがに高齢の院長先生に行ってもらう訳にもいかないですから、院長先生の名代として、現役ではありませんが、私が行くのが良いと思います。 たぶん院長先生も、ミランダさんを開拓村に移した孤児院の担当にした時点で、それは考えていると思います」


 シスターは院長先生を除けば、この領内では最も上位の上級シスターだ。 西の村のシスターたちよりは当然立場は上なのだが、神父さんとどちらが上かというと、少し微妙なところだけど、現役ではないマイナスはあっても、聖女という称号、領主夫人という立場があるので、上になるだろう。 その上、老院長先生の名代ということになれば、神父さんも全く歯が立たないだろうな、と僕は考えた。

 それにしても、そんな最初の頃から今の事態を予想して考えていたの?


 「お前たち、なんで儂がお前たちにすぐ戻れと命じたか解るか?

  特にナリート、お前はその理由をよく考えてみろ」


 領主様にそう言われて僕が考えていると、フランソワちゃんが先に質問に答えた。


 「今の話を聞いていると、開拓地では西の村との間で何かしらの揉め事が起こりそうってことだから、領主様とシスターは、私たちがその揉め事に巻き込まれて危険な目に会わないように、その場に居合わせないように先にこっちに避難させてくれたんじゃないかと思います」


 「えーっ、危険な目に会わないように避難なんてないと思うな。

  領主様は私たちに、大アリとかのモンスターの退治をさせるんだよ。 そりゃ普通の村民だからといって、絶対安全で大丈夫という訳じゃないだろうけど、モンスターの危険と比べたら、ぜんぜん危なくないよ」


 「ま、確かにルーミエの言うとおりだな。

  俺はナリートやルーミエのように[レベル]が見える訳じゃないが、西の村の村民とでは、フランソワとだって[レベル]が大きく違って、危険なことにはならないだろうと思うぞ。 不意打ちが危ないくらいだが、そんな揉めている時に、油断なんてしていないだろうからな。 

  つまり、ルーミエの言うとおり、危険を回避させるために戻るように命令した訳じゃない。 でも、揉め事が起きている場に居合わせないように、というところは正解だ」


 「つまり、僕ら3人は、その揉め事が起こった時にその場にいてはいけないということ?

  キイロさんや、ミランダさんは構わないけど、僕らはダメということなのかな。

  あ、そうか、僕ら3人は領主様の子どもということに今ではなっているから、そういう場にいてはいけないんだ」


 「そうだ。 そういうことだ。

  今回のような問題が起きた場合、領主である儂は、それを裁定し裁かねばならない立場となる。 それが領主としての役目でもあるからな。

  それだから、その揉め事の一方の当事者に、家族がいることは不味い訳だ。

  それだけじゃない。 もし、お前たちの誰かがあそこに居て、その時に揉め事、問題を西の村の誰かが開拓村に対して起こしたら、それは儂というか領主に対する反逆と見做さねばならなくなる。 そうなれば重罪として裁かなければならなくなる。

  儂は今までの西の村のあり方を良いとは思っていないが、それでも重罪として裁きたい訳ではない。

  だから、お前たちを大急ぎで城下村に呼び戻したのだ。 解るな」


 そうか、僕らは領主様の子どもになれたことが嬉しいと思うだけで、それで特別視されるのは照れくさく思って、やめて欲しいと思うだけのことだった。 自分でも領主様の息子という立場を利用することもあるから、ちょっと都合良くその立場を使っていて、矛盾しているなとか、申し訳ないなとか感じることもある、という感じだった。

 でも、そうか、こういう風に、領主様の子どもという立場になったのなら、気をつけないといけない、慎重にならないといけないこともあるんだ。

 たぶんミランダさんもなんだろうと思うけど、西の村の村長さんの話を聞いていたら、西の村の孤児院の子たちや卒院生のことを、とても軽く考えて、都合良く使おうとしている感じがして、凄く腹が立った。 でも、確かに、領主様の言うように、重罪として裁きたいかというと、理由は良く分からないけど、何となくそれは違う様な気がする。

 僕だけじゃなくて、ルーミエとフランソワちゃんも難しい顔をして考え込んでいる。

 領主様が「解るな」と言ったのは、こういうことを僕らに考えさせようとしてのことなのだろう。


 僕はそんな事を考えてから答えた。

 「はい、解りました」


 「私も色々考えましたが、解ったと思います」 「私も」


 フランソワちゃんに続いてルーミエも、同意の言葉を短く言ったけど、ルーミエが一番難しい顔をしている。

 フランソワちゃんが、領主様たちが僕らを「危険な目に会わないように考えて」呼び戻したと考えたのは、きっと村にいる自分の父親と母親なら、そう考えるだろうと思ったからだと思う。 だけど、孤児院で育ったルーミエや僕には、そういった甘い幻想はない。 僕らはそんな甘いことで、呼び戻されるなんて考えられない。

 それと同じで、ルーミエは西の村の少なくとも村長を、きちんと裁かなくてはいけないのではないかと考えてしまったのではないかと思う。 僕は重罪として裁くのは「違うな」と、すぐに考えたのだけど、ルーミエは僕以上に都合よく便利遣いされていた孤児たちの気持ちに寄り添って、重罪として裁くべきではないかと考えたのだと思う。 それで簡単に重罪として裁くことが出来るなら、逆に自分たちがいた方が良かったんじゃないかと考えてしまったのだと思う。

 ま、そんなルーミエの考えが読めるのは、僕にもそう考えてしまう気持ちもあるからだ。

 ルーミエがその気持ちを抑えて、納得したのは、領主様の子どもという立場、つまり領主様を困らせないようにとか、領主様の役にたつにはとか、そっちの考えの方をより優先させたからだろう。


 「あなたたちが納得してくれて良かったわ。 特にルーミエは心配だったのだけど」


 シスターがそんな風に言ったのは、やはりルーミエは孤児の立場で考えて、西の村の村長を『裁きたくない』という領主様の言葉に反発するのでは、と心配していたのだろう。 ルーミエの性格なら、裁くはともかくとして、西の村の村長が怒られるとか、何らかのペナルティが課せられないのは我慢できないところだろうと思う。 それをシスターも理解しているのだと思う。


 僕はそんな事を考えていて、ルーミエの内心を少し心配するまでいかないけど、考えていたら、フランソワちゃんが別の事を領主様に質問した。


 「それにしても、どうして領主様はこんなに早く、私たちを呼び戻すことが出来たんですか?

  キイロさんが向こうに戻ってきて、その時一緒に来た人がこっちに戻って来た後なら、私にも解るのですけど、何でキイロさんが私たちに戻るように伝えることが出来たんですか?」


 あ、確かにそれは言えてる。 西の村の村長さんが開拓村に来てから、キイロさんが戻って来る前に、開拓村と城下村の間では誰も行き来してないと思うのだが。


 「それはな、儂がミランダにこういう事態があったら、直ぐに伝えてくれと最初から頼んであったからだ。

  お前たちは気づいてないようだが、その日のうちに、冒険者組合の職員が1人、町の老シスターと儂に、西の村の村長がやって来て、どういうことがあったかを知らせて来た。 ま、最初からこういう事態は想定出来ていたから、西の村に冒険者組合の職員を2名派遣してもらっていた。 1人は連絡係になってもらうためだな。

  西の村との間は道はしっかりしているが、モンスターが出ない訳じゃない。 その為に、ここから資材を運ぶ時には安全を考えてウォルフやウィリーが同行するだろ。 だから連絡係として急報してもらうにも、それなりの人が必要だ。 そこでまあ冒険者組合の職員は適役だったのさ。 元冒険者だからな」


 なるほど、あの後ルーミエとフランソワちゃんが率いていた柴刈り組なんかが戻って来た時も、冒険者組合はちゃんと開いていて業務をしていたから、少しも気がつかなかった。 きっとその時にはもう、その1人が連絡に走っていたのだろう。

 確かに考えてみれば、今の新西の村開拓地に、職員が2人居なければならないような、冒険者組合の業務なんてない。 単純に新たに開設するためだから、職員が2人で来ていた訳じゃなかったんだ。


 それにしても、やっぱりそんな最初から、領主様、シスター、そして町の老院長先生なんかは、今回のような事態が起こる事を想定して動いていたのだな、と僕は思った。 そんなことは僕は全く考えていなかった。


 「さて、謎解きも終わったから、次の話をしましょうか。

  ルーミエ、フランソワ、2人が何故居合わせなかったか、そしてあなたたちは何故もっと早くに城下村に戻らなかったのかを、しっかり説明して。 あなたたちが向こうでしなければならない仕事というか、することを求められた仕事はもうずっと前に終わっていたはずよね。

  今まで何をしていたのかしら」


 今まで、たぶん心の中での葛藤がまだ続いていて、フランソワちゃんが聞いて始まった謎解きも、なんとなく上の空で聞き流している感じで、いつもと違って静かだったルーミエが、急にギクっとした感じで焦って喋り出した。


 「えーと、それはね、シスター。

  西の村の村長さんが来たという時は、私たちは柴刈りに出ていたからなの。

  私たちが向こうに行ってみると、実際は聞いていたより、私たちが期待されていたこと以外にも、私たちが作ったり、孤児院の子とか卒院生なんかに教えたりしなければならないと思えることがたくさんあったのよ。

  ね、フランソワちゃん」


 「そうなんです。

  元の村にいた先輩たちが来てくれてて、助かってはいたのだけど、やはり技量的には少し劣っているようで、それでエレナが先輩たちを連れて、修行の狩りに出かけちゃったりもしたから、私たちが孤児院の年長組を率いて柴刈りに行かなくては行けなかったりとか、色々。

  それにナリートは、風呂がまだ無くて困っているのに気づいてなくて、風呂を作ったりもしたし、本当に色々だったんです」


 シスターは珍しく、何だか悪い顔をして2人に言った。


 「まあ、私に対する弁解はいいわ。 後のことが想像出来るから、私は怒らないでいてあげる」


 後のこと、というのをルーミエとフランソワちゃんは、とっさには思い浮かばなかったようだ。 僕は想像がついた。


 「あら、解らない?

  あなたたちが戻って来なくて、とても影響を受けてしまった人がいるでしょ。

  そう言えば分かるでしょ、マイアが激怒りよ」


 2人も事態を把握したようだ。 2人とも一瞬で青い顔になるまでじゃないけど、暗い顔で下を向いてしまった。


 「ナリートも笑っていられないわよ。

  あなたはマイアに怒られはしないかも知れないけど、『この村の代官として溜まっている仕事を、今度こそはしっかりとやらせる』と言ってたわよ」


 だから、もうこの村の代官はマイアで良いと僕は思うんだ。 そうすればマイアが書類の決済なんかも出来て、事務仕事が滞らなくなるじゃん。

 僕も暗い顔の仲間入りだ。


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