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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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西の村への対処

 「カトリーヌ様、新しく作る村の孤児院や、そこでの寄生虫なんかに関しては、今回は私に任せて下さい。

  マーガレットも私に付いてきてくれると言ってますし、王都から来たシスターも1人、見習いシスターも2人ほど一緒したいと言ってきているので、人手的には充分過ぎる陣容だと思いますし」


 「ミランダさん、ミランダさんが中心でやっていただければ、私は必要ないし安心してお任せしたいのですけど、様付けはやめて下さい」


 「いえ、個人的に話をしている時はともかく、今は公式な話し合いの中ですから、そこはきちんとしなければ。

  カトリーヌ様は今ではこの地の領主夫人、男爵夫人ですし、シスターの階級で言えば、そちらも私は中級で、カトリーヌ様は上級です。 それらは皆、私が様付けで呼ぶべき理由です」


 「もう、そんな堅苦しいこと言って。 本当、こういう時以外やめてくださいよ。 お願いします」



 僕とキイロさんは、西の村の村長さんとやり取りをしても、何ら話が進まないと諦めて、西の村のすぐ近くに、新たに村を一つ開拓して作ることを計画した。

 今ある村のすぐ近くを新たに開拓することに問題がないかを、文官さんに確かめ、領主様にも相談したのだが、何も問題ないということになった。


 「植林計画への参加も断り、村を広げることも無理だというのだろ。 それならば今の村としての境界外に関しては、西の村は全く関係無いということになる。

  文官も問題ないと判断したのなら、法的にも問題ないのだろう。

  新農法を教えても、即座に旧来の方法に戻すし、他では事実上根絶している寄生虫の問題も結局昔のままとか、為政者として怠慢以外の何物でもない。

  ナリート、キイロ、全く構わんから西の村の村長の鼻先に、今の西の村よりも大きく快適な村を作って見せてやれ」


 領主様や文官さんは、キイロさんだけでなく僕まで西の村に行ったのに、非協力的な態度に終始した西の村の村長にかなり怒りを覚えたみたいで、領主様の言葉はちょっと過激だ。

 正直に言えば、僕は今回の事態に怒ってはいない。 逆に「シメた」と、内心ではニヤッとしてしまったくらいだ。

 なかなか言うことを聞いてくれない、歳をとった爺さんに一々理解出来るまで説明して、協力を仰がねばならない苦労を、向こうから失くしてくれたのだ。 逆に今回のことはありがたいくらいだ。 これで自由に計画して動くことが出来る。


 単なる2番目の植林事業のはずが、新たな村の開拓事業に変貌してしまったけど、正直なところそんなにやることは変わらないと思う。 植林するためにしなければならないことに、幾らか付け足せば、十分に新しい村の開拓になりそうだからだ。

 西の村の村長などの、動かすのに手間がかかりそうな人との交渉が無くなったことを考えると、新たに村を作る方が楽だと僕は思う。


 僕が西の村の近くを新たに開拓して村を作ることにしたのは、やっぱり水の問題があるからだ。

 西の村に村長が管理する井戸が一つあるだけということは、きっとあの周辺は、実際は分からないけど、井戸を掘ってもなかなか水が出にくい土地なのではないかと思う。 そうでなければ、もっと井戸の数があって良いはずだ。 試したことがないはずはないと思うのだ。

 だとすると、流れが枯れることもあるとはいえ、西の村近くを流れる小川の水は、とても貴重で、それを利用しないことは考えられない。 そうするとどうしても今ある西の村の近くに新たな村を作ることになるのだ。


 「で、ナリート、どうするんだ? 今のままだと、川の近くに村を作って水を引いても、時々その川が枯れてしまうなら、水に困るのは目に見えているぞ。

  それが解っていないお前じゃないだろ。 何か考えがあるんだろうな」


 「はい、それに関しては考えがあります。

  ただ川の水を引いただけだと、川の水が枯れて無くなっている時には、水が来なくなって、結局水不足で困ってしまいます。

  結局は水がない時を作らなければ良いのですから、そんなのは答えは簡単です。 水を溜めておけば良いんです。

  水路だけじゃなくて、溜池も作りましょう。

  西の村の鍛冶屋さんの話だと、川の水が完全に枯れて流れない時って、そんなに多くはないみたいですから、その間に使う水を貯める溜池というなら、そんなに難しくないと思うのです」


 「井戸水じゃなくて、川が枯れた時には溜めた水を使うとなると、病気が出ないか?」


 「やだなぁ、キイロさん。 この村だって食べたり飲んだりの水は、病気の危険を避けるために魔法で出しているじゃないですか。

  まあ、一回それで大失敗してから、そうなったんですけど。

  水が周りにない場所でウォーターの魔法を使って水を出すのは大変だけど、近くに水があって出すなら簡単です。 溜池という水が近くにあるなら、口に入れる水を魔法で出すのは難しくないから、すぐに出来るようになりますよ」


 「出来るようになるって。 薄々感じてはいたけど、お前、水路を作ったり、溜池を作ったりに、西の村の孤児院の子どもや、卒院して寮にいる奴らを使うつもりだな」


 「当然です。 新しい西の村の最初の住人には彼らになってもらおうと思っています」


 「えっ、つまり孤児院とそれに付随する寮は、新しく作る場所に移すということか?」


 「はい、そのつもりです。 明日は僕は町に行って、老シスターに会って、その許可をもらうというか、問題がないかなんかの話をして来ようと思っています」


 「そうだな、孤児院や寮は教会に所属しているからな。 だとすると、西の村の教会も新しい所に移すのか?」


 「いえ、それは考えていません。 西の村の教会は、西の村のために建てられたモノですから、それを勝手に移転は出来ませんよ」


 「孤児院と寮だけか」


 キイロさんは、何だか少し考え込んでから言った。


 「なあ、ナリート、お前、もしかして怒っているのか?

  西の村から孤児院と寮を新たな場所に移して、新しい所の事業に孤児院の子たちと卒院生を優先的に使うということは、なるべく西の村との接触を減らすということだろ。 西の村は孤児院と卒院生の労働力が失くなって、やっていけるのか。 これは俺の勘だけど、たぶん外れていないだろうと思うが、西の村では、下働き的なことを大きく孤児院とその卒院生に頼っているんじゃないか」


 「僕もそう思います。

  西の村からは、最初に卒院生が城下村に来た以外、それからは来てません。

  ま、それは西の村に限った訳ではなくて、他もそうなのですけど、卒院生がみんな僕らの城下村に来てしまうと、村の労働力が足りなくなってしまうので、以前よりも高待遇を用意して村に残るようにしたと聞きました。

  それでも、モグラ退治なんかでいくらかレベルを上げた子が冒険者になったり、こう待遇を蹴ってこの村に来ようとする卒院生もいて、マイアが受け入れています。

  まあ、この村に来ると、この村の仕事での必要性もあって、読み書き計算とか、色々な魔法を使うこととか、色々なことを教えられて学べますから、それが魅力になっているのかも知れません。

  それらはそれぞれの人の選択だから、僕は良いと思うのですけど、西の村だけはそれがなかったんです、あらためて調べてみたら。 おかしいですよね」


 「そうだな、他の村と違うのは変だ」


 「それだけじゃないです。

  西の村は、今ではもう違ってしまっていますけど、以前の僕らの居た東の村くらいの規模ですよね。 昔の東の村でも、キイロさんのように町に出たり、冒険者となって村を去る卒院生が何人もいました。

  それなのに、今、西の村からは卒院生が外に出ていないのは不自然だと思うんです。

  今、孤児院にいる人数は、どこも減っているらしいのですけど、それはスライムや一角兎で命を落とす人が、スライムの罠や、竹の盾で安全に一角兎が狩れて、村の近くからそれらが減って安全度が高まったかららしいのですけど、西の村は見た感じ減っていません。

  つまり何が言いたいかというと、西の村では孤児の数が減らないほど、今でも何らかの形で、命を失っている人が多くて、孤児が成長して卒院しても、村で吸収出来てしまえるんじゃないか、ということです。

  そして、その人の数が増えない原因となっていることに、昔ながらの寄生虫があるとも思うのです。

  僕は寄生虫が蔓延ったままなのを、西の村の村長はそのままで良いと思っているんじゃないかと思います。 今、村人の数の調和が取れているのだから、調和を乱すようなことをしたくない、と考えているんじゃないかと思うのです。 寄生虫を撲滅して、村の人口が増えれば、村を大きくしなければならない。 それは出来ないから、と。

  でもそれって、弱い者は死んでも良いと考えているということですよ。 その弱い者の一番手は孤児院の子たちです。

  寄生虫撲滅の方法を教わって、一時的にはシスターやルーミエの頑張りで、寄生虫を抑え込んだはずなのに、自分の都合でそれをやらなかったんです」


 「人が増えたら、それで自分の村では養えなければ、外に出せば良いだけのことだろう。

  昔は他で受け入れてくれる所も少なかっただろうし、かといって新たな場所を開拓するのもなかなか成功しないということがあったが、今は違うだろ。 結構どこも人不足で受け入れ先はあるだろうに。

  なんで西の村の村長は、それなのにこんなに閉鎖的なことをしていたんだろう」


 「きっと自分が井戸を押さえていて、それによって西の村の住人を支配しているという状態を続けたかったからじゃないですか。

  村から人が出て行けば、孤児が少し出るくらいなら、そういった専制的なことをしていることが外に広まって問題になることも、あまり考えられないですけど、有力な村人が家族の数が増えて、西の村での暮らしが難しくなって、外に出るとなると、西の村の村長に対する不満を外で広めると考えたんじゃないかと思うんです」


 「閉鎖的にしておく方が都合が良いのか」


 「たぶん、村長だけでなく、西の村の有力者はみんなそんな感じに考えていたんだと思うんですよね。

  それって、おかしいですよね。 特に教会関係の人は、救済が使命のはずなのに、何をしているのか、と僕は考えます」



 僕が老シスターに話に行くと、老シスターはミランダさんを自分のもとに呼び、ミランダさんを正規のシスターに戻した。 つまり、西の村の孤児院と寮を新しく作る場所に移す時に、それまでの西の村のシスターはそのままにしておいて、ミランダさんを中心とするということだ。 これは西の村の教会と、孤児院と寮を切り離すということだ。

 ミランダさんが城下村に戻って来た時、服装がシスターの服になっていて、ちょっと注目を集めてしまい、ミランダさんは恥ずかしそうだった。 城下村ではシスターをはじめとして、シスター名簿に名を連ねている人は多いのだけど、みんな一般人として普段は生活しているので、シスターの制服を着ている人はいないからだ。

 ミランダさんには恥ずかしいだけでなく、大きな不満もあるようだ。


 「シスターの正式な衣装が、こんなにも着心地の悪い物だったことを忘れていました。 どうにかならないですかねぇ、これ」


 さすがに糸クモさんの糸を使った布は高級過ぎて、僕たちの普段着には使われていないけど、それでも今では城下村は一大布産地になっていて、他の布、今まではあまり織られていなかった木綿なんかも豊富になって、前よりずっと良い布で普段の服も作られている。 それに慣れきっていたミランダさんは、丈夫なだけが取り柄のゴワゴワの、イラクサの繊維を使った分厚い布で作られたシスターの服は、耐え難い着心地の悪さのようだ。

 そんな挫け方で良いのかと僕は思ったのだけど、ミランダさんと一緒に行くつもりのマーガレットもミランダさんに倣って、シスターに戻って行くか迷ったみたいだったのだが、即座にやめた。

 さすがにあまりに可哀想に思えたので、アリーとマイアと、それにエレナの同期の女の子が中心になって、大急ぎでミランダさんのシスター服を新調した。 以前、老シスターに糸クモさんの糸で織った布を使ったシスター服を作って贈った経験もあったので、新たな西の村建設に向かうのに余裕で間に合った。 もちろん素材は糸クモさんの糸ではない。


 新しい西の村を作るのに城下村から向かうのは、キイロさんと僕、それにミランダさんとマーガレットだけじゃない。 まず水路を作るのに、城下村の水路の責任者になっているロベルトにも一緒してもらう。 他にも何人か水路作りの手伝いが必要なのだが、それには西の村出身の者が立候補してくれた。 西の村の孤児院の子たちや、卒院して寮に住む者たちが水路にしろ、畑作りにしろ、土壁作りにしろ、最初はきっと役に立たないだろうと思うから、最初の方の作業の人手は絶対に必要だ。


 それからもっと重要なのは、今ある西の村からの援助は全く期待出来ないから、当座の食料だとか資材だ。

 これはまあ今では城下村では備蓄されている食料もあるし、余剰分が出るだけの生産量になっている。 これは僕らだけでなく、後から外側に増えた移住してきた人が、米の生産に力を入れてくれたことが大きい。 ま、そのために水路の責任者のロベルトが苦労したんだけど。

 食料は逐次マイアが荷造りの責任者をして、馬車で送ってくれることになった。 その馬車はウォルフとウィリーが責任者を引き受けてくれることになった。 ここのところキイロさんがこの仕事にかかりきりで、鍛冶仕事を休んでいるから、2人は結構暇なのだ。 それに2人が来てくれたら、僕とキイロさんはそこを2人に任せて、帰ってきて休むことも出来る。 新村建設のために行きっきりになっているのは嫌だからね。


 行く気満々だったルーミエは、とりあえずは新村建設には行かないで、城下村待機だ。 ミランダさんが新しい村に移す孤児院の責任者として行くのだから、シスターが行かないのは当然なのだけど、ルーミエやフランソワちゃんが行くと、ミランダさん、マーガレット、それに王都から来たシスターたちの、イクストラクトの練習が進まないのは目に見えているからだ。

 2人が行ったら、2人がどんどんイクストラクトを掛けてしまうのは、ありありと予想出来る。 ま、少なくともミランダさんとマーガレットはしっかりと使えるから、2人が行かなくても問題にならないからなんだけど。


 「私が行かないと、寄生虫に冒されているかどうか見ることが出来るのは、ナリートだけになっちゃうじゃん。 それじゃあ効率が悪過ぎるよ。

  どうせ孤児院の子たちに、まずはスライムの罠を作らせたりするんでしょ」


 「ま、確かにそうなんだけど、最初はほぼ確実に全員だと思われるから、小さい子から順番に掛けていくだけだよ。

  駆虫薬を飲ませたりもするけど、どうせ一回では終わらなくて、2度目、3度目が必要になると思う。 その時には、見てまだ冒されているかを判断する必要が確実にあるから、ルーミエに行ってもらうことになる。

  フランソワちゃんは、畑作りが始まってからだな。 だからフランソワちゃんもまだ先だよ」


 ルーミエの文句を受けて答えながら、先手を打って、フランソワちゃんも牽制する。 そうすれば、どちらもあまり強く無理を言ってこないはずだと考えた。

 作戦は成功した。


 またそれとは別に、エレナ率いる冒険者グループというか狩人グループには、最初に一緒に行ってもらう。 新たな村建設地周辺のモンスターを、危険が無いように狩ってもらう必要があるからだ。 スライムはともかく、一角兎から上のレベルのモンスターや、普通の獣でも孤児院の子たちや、単なる卒院生には脅威となるだろうからだ。

 それともう一つ仕事を頼もうと思っているけどね。


 僕たちは当座の食料と道具を馬車に積んで、西の村近くを目指す。

 建設地は大体は決まっているけど、最終的には行ってみてロベルトの意見も聞いてみてから決めるつもりだ。

 まずは全員で、狭い範囲を囲む土壁作りと、その中に簡単な家を倉庫を作らなければならない。 衛星のためのトイレももちろんだ。 そこをしっかりしないと寄生虫の撲滅が出来ない。


 西の村近くまでの道のりは、かなりの速さで進んだ。 全員が馬車に乗って、馬を走らせればもっと速いけど、荷物は全部馬車に載せて、人間は空身で歩くだけにしたから、休みも少なくどんどん距離が稼げたからだ。

 建設地も最初に僕とキイロさんが考えていた場所に決まった。 ロベルトも水路や溜池を作るのに、その場所で問題がないということだ。

 ウォルフとウィリーも馬車の御者として来ていたが、2人は荷物を降ろすと、すぐに引き返した。 とりあえずはあと2-3回、城下村との間を往復して、色々と運んでもらうことになる。

 季節は今は冬だけど、春が近いから、春蒔きの作物を作るのに畑はちょっと間に合わないかも知れない。


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