川は小さいし、またも寄生虫が
西の村の周りが、昔の僕らがいた村、東の村の過去の姿と同じで、僕は懐かしさを感じるよりも何だか怒りを感じてしまった。 フランソワちゃんが一生懸命指導して、新しい農業の仕方を教えたはずなのに。 そしてそうすればもっと豊かになっているはずなのに。
「本当にこうやって眺めると昔の村みたいだな」
キイロさんもそう言ったけど、その村というのは当然同じ東の村のことだろう。 キイロさんも同じ孤児院の出身だからね。
「今では東の村はフランソワちゃんの父親の村長さんが頑張って、俺たちの城下村を除けば一番発展した村になっているけど、俺が居た頃は領内の村と呼ばれている中では一番小さくて貧しかったんだ。
それをお前たちが変えたんだよなぁ。
俺はお前たちとシスターが孤児院と村を変えていっている時には、もう町に出て鍛冶屋の修行に入っていたから、その時のことを良くは知らないが、それでもやっぱり気になっていたんだぜ。 だから、お前やルーミエのことは町の学校に通うようになった時から、チラチラと見ていたんだ」
そうだった、僕がシスターに連れられてキイロさんに会った時にも、キイロさんはすぐに僕のことが分かったんだった。
「ここまで似ていると、昔のことを何だか思い出すなぁ」
キイロさんのそんな話を聞いていたら、パッと頭の中に心配事が浮かんだ。
「あの、この後もう鍛冶屋さんの家に戻るのだと思うのですけど、その前に西の町の孤児院に行ってみても良いですか?」
鍛冶屋さんが、急に何故孤児院に、と疑問に思ったのが顔に出た。
「俺も、ナリートも知っていると思うが孤児院出身だから、やっぱり孤児院のことは気になっちゃうんだ」
「そうでしたね。 私にとってはもう、キイロは一人前の鍛冶屋、ナリートくんは領主様の養子というイメージが強くて、孤児院出身というのは知ってはいても、頭の中に出てこないですよ」
「で、ナリート、なんで急に孤児院に行こうと思った?」
「キイロさん、昔の僕らといったら、寄生虫にやられて、ガリガリだったじゃないですか。 ま、シスターたちが頑張ってくれても、食べ物が足りなかったせいもあるのですけど」
「あ、狩った兎の片方は、孤児院に持って行ってあげようということですね。 構わないですよ、私も良い考えだと思います」
途中で狩った一角兎を奥さんへの土産にすると話していたので、西の村の鍛冶屋さんが、僕の意図を先回りして考えたのだろう、そう言って孤児院に行くことを賛成してくれた。
キイロさんは、ちょっと難しい顔をして言った。
「ナリート、それだけじゃないだろ」
「キイロさんも気がつきました?
昔の農法をそのまま今もしているとしたら、きっとまた寄生虫がぶり返してしまっているかもと思ったんです。 そうしたら一番被害を受けているのは、やっぱり孤児院じゃないかなって」
僕らは西の鍛冶屋さんの好意で兎1匹を土産にして孤児院を訪問した。 兎の肉を夕食にするのには間に合うか微妙な時間かと思ったが、西の村の孤児院ではすごく喜んでもらえた。 こういうところも昔の僕らの孤児院と全く変わらない。
その日はもう一泊、西の村の鍛冶屋さんの家に泊めてもらうことになっていた。 戻った時間が遅かったので、兎はそのまま後で西の村の鍛冶屋さんの家族が食べてくれれば良いと、僕とキイロさんは思っていたのだけど、奥さんは少し夕食の時間を遅くして、兎肉の料理も出してくれるということになった。
その空いた時間に僕らは少し話をした。
「やはり孤児院の子たちは小さく痩せていましたね。
私らにとってはそれが普通なのですが、他の場所も見た今の私には、やはりそれは問題があることだと感じました」
僕らは行った時間も夕方だったので、ほんの少し孤児院の子たちを見ただけだったけど、西の村の鍛冶屋さんも、そんな感想を持ったようだ。
「で、ナリート、どうだった? 見たんだろ」
キイロさんは当然ながら、もう僕が見ることが出来ることを知っているので、僕にそう聞いてきた。
「はい、思ったとおりでした。 やっぱり、みんな、寄生虫に冒されてました」
「そうだよな、あれじゃあそうだろうと俺も思ったよ」
僕が断定的なことを言って、それをキイロさんが疑いなく話を進めるのを、西の鍛冶屋さんがちょつと不思議そうな顔をして聞いていて、何か聞いてくるかと思ったけど、何も言わない。
「それでどうする? あのまま放ってはおけないだろ」
「そうですね、でも僕はイクストラクトで虫を排除することは出来ないし、今回駆除薬を持って来てもいないから、この情報は持ち帰ってシスターに報告して、どうするかを決めてもらうしかないですね。
ルーミエやフランソワちゃんなら、即座に虫を排除出来たんですけどね」
「フランソワちゃんもできるのかよ」
「そうなんですよね。 2人とも下級シスターの称号も持っているし、それだけじゃなくてちゃんと登録もされているんですよ」
「俺もそれは知らなかったな」
「前に王都で、2人とも老シスターにこき使われて、その時に必要があって登録されたみたいですけど」
「で、フランソワちゃんも出来るけど、お前はダメなのか。 お前の方がレベルが上なのに」
「なんででしょうね。 僕だって、傷口に入った砂とか小石とかはイクストラクトで取れるんですよ。 でも寄生虫は出来ないんだよな。
他にもミランダさんとかマーガレットとか、王都から来たシスターたちにも何人も出来るようになったみたいなんだけど、僕には出来ない」
「それは[職業]の違いのせいじゃないのか。 [職業]シスターは使えるようになるとか」
「でもそれじゃあフランソワちゃんが使えるのが解らない。 フランソワちゃんの[職業]は農民だから」
「あ、そうだよな。 フランソワちゃんの[職業]は、そりゃ農業の女神様なんて呼ばれることもあるくらいだから、当然農民だよな」
「そうなんです。 でも使えるんですよね、しっかり。 たぶん、シスターとルーミエの次に、たくさん使っていると思うし」
僕がイクストラクトで虫の排除が出来ないのをぼやくのを、キイロさんが面白がって突いてきたのだけど、西の鍛冶屋さんが意味が分からず黙っている状態になっていた。 それに気づいて、僕らは謝った。
「私も一つ思い出したことがあって、それを2人に教えないといけないと思ったのですよ」
なんだろう、西の村の鍛冶屋さんがちょっと真剣な顔をして話をしてきた。
「この村の近くの川は、どうでしたか?」
「スライムや一角兎は、確かにまあ少し数がいるんじゃないかと思ったけど、水路を作るのに問題になるという程じゃ無かったな」
キイロさんがそう答えると、西の村の鍛冶屋さんは首を振って言った。
「そういうことではなく、川の大きさです。 川と言うよりは、小川というような規模でしょ」
確かに、それは僕も思った。 山というか、丘の間から出て、平原になっている所を流れている川だが、川と言うより小川、山間部を流れているなら沢という規模の小さな流れだ。
町の近くを流れる川は、周りの川の水が集まった流れで、ある程度大きな川になっているし、城下村が水路で引いている川も丘の間から流れ出ている、町近くの川に流れ込む一つだけど、もっとずっと水量が多い。 元居た、東の村近くの川ももっと水量がある。
「まあ、今は時期的にも水量が少ないのですけど、あの位の水量は普通なんです。
あの川と言うか小川は、雨が少し長く降らなかったりすると、水が枯れてしまうことも結構あるのですよ。
それだからでしょうか。 スライムにみんな食べられてしまうのでしょうか。 あの川には魚などの生き物が全くいません」
なるほど、そういう問題もあったのか。
そりゃそうだよな。 スライムや一角兎の問題があっても、村長の管理する井戸一つだけに水を依存しているなんて状態を、普通ならそのままにしている訳が無い。
水路を作っても、結局水が流れない時が結構あるということならば、作る手間や危険を考えると難しいのかも知れない。
うーん、どうしよう。
翌日、僕たちはもう一度、西の村の村長に会いに行った。
「昨日、あれから僕たちは川の様子を見に行きました」
「それなら理解出来たことだろう、私が水路を作る計画に協力しないと言った理由が」
「確かに単純に水路を作っただけでは、川の水量が足りなくて、この村の水問題が解決しないだろうことは理解出来ました。
ただそれだけじゃなくて、この村に戻って来る時に、あらためてこの村を眺めて、まだ昔の農法が続いていることにも気がつきました。
それはどうしてなのでしょほうか。 新農法についての指導は、この村でもされていますよね」
「確かに新農法の指導は受けた。 しかし、この村の状況では、その農法は不適だと判断したまでのことだ」
「でも、その為に、他の土地ではほぼ撲滅している寄生虫の問題が、この村では続いていますね」
「ほう、そうなのか。 しかし、それは仕方のないことではないだろうか。
私としては防ぎようがない。
確かに新農法で農業をすることにすれば、寄生虫の問題はどうにかなるのかも知れない。 他の土地の話を聞くとそういうことなのだろう。
しかし、それではこの村ではスライムに入り込まれて、村が壊滅してしまう。 仕方のないことなのだ」
「いえ、それは別問題ではないでしょうか。 新農法に変えたからといって、水の使用量が大きく変わる訳ではないでしょう」
「そんなことはない。 新農法は収穫量が増えるというが、収穫量が増えれば人口が増えるだろう。 その増えた人数が使えるだけの水はない。
現状維持、それがこの村にとっては最善の道なのだ」
うーん、これはもうどうにもならない。 西の村の村長は、今の西の村の現状が、西の村にとっては最善の状況なのだと信じ込んでいる。 きっと西の村の住人も、古くからの人、言い換えれば、年齢が上の人はみんなそう信じてしまっているのだろう。
孤児院の子どもたちのように、それでは救われない人もいるのだが、そこは無視してしまっている。
そういうシステムが強固に出来上がってしまっていて、以前城下村に西の村の孤児院出身者を受け入れたが、それ以降来なくなったのは、この村の中で孤児院の子たちやその卒業生が必要とされる役割があって、そこが上手く回らなくなったからじゃないだろうか。 僕はふとそんなことに気づいたというか、考えついた。 たぶんそんなところだろうと思う。
「はあ、全く参ったな。
俺は協力依頼さえすれば、木の苗を作る畑を作って、植林の道筋くらいは簡単に作れると思っていたのだけど、全く糸口も掴めないぞ。
ナリート、どうしたら良いと思う?」
「とりあえず、城下村に戻りましょう。
西の村の村長さんと話をしても、何も得られるものはありそうにないですし、孤児院の子たちをこのまま放っておく訳には行きません。
戻って、シスター、文官さん、それに領主様にも相談しないと、どうにもならないですよ。 少なくとも寄生虫に関しては、僕とキイロさんだけでは対処できませんから。
それと、もしかすると町の老シスターにも相談しないといけないかも知れない」
「ナリート、何か考えついたのか?
何だか随分大事な感じがするんだけど」
キイロさんがちょっと困ったというより怖気付いたような感じで聞いてきた。
「そうですね。 このまま西の町の村長さんと交渉しても、何も出て来ないと思うので、仕方ないですから、こちらで勝手に色々やってしまう方が良いと思うんです。
まずはそれで大丈夫かどうかの確認ですね。 きっと問題ないと思うのですけど。
それと、寄生虫の問題への対処。 こっちはシスターに相談です。 ルーミエとフワンソワちゃんにも来てもらうことになるかなぁ」
「勝手に色々やるって、大丈夫ですか?
私としては、村長と揉めるのは、ちょっと困るのですけど」
西の村で暮らしている鍛冶屋さんとしては、水を押さえられている村長と揉めるのは困るのだろう。 まあ当然と言えば当然だ。
「大丈夫ですよ。 なんだったら、西の村を離れて仕舞えば問題ないのだし。
西の村の鍛冶屋さんが生活に困ったりするようなことはないように、それと僕たちも考慮しますから安心してください」
「はい、ありがとうございます。
まあ、私は鍛冶屋ですから、他に移っても家族で食べていくことは出来ると思うのですが、こんな私でも西の村の住人からは頼られている部分もあります。 ですから、出来ればですが、そういう人たちが私が離れてしまうという結果となって、困ることのないように出来ればとも思うのですよ」
「はい、了解しました。
それも考慮して計画を考えます」
「元はと言えば、鍛冶屋たちが始めた植林事業です。 西の町ももっと私が主導してスムーズに進められれば良かったのですが、逆に申し訳なく感じています。
しかし、最初に始めた町を除けば、私の西の村が最も困難になるのは文官さんも解っていたと思うのですが、なんで2番目に行うのに選ばれたんでしょうねぇ」
西の村の鍛冶屋さんの言葉は最後は愚痴になった。




