植林はいろいろな樹種を
「おい、キイロ、なんだ、フランソワ様も一緒に来たのか」
町に着いた僕らを見ると、親方さんは驚いたようにそんなことを言った。 親方さんの後ろに集まっていた、たぶん同業の鍛治職人やその弟子の人たちも、「おおっ」ってどよめいた。
「まだ植林ではなくて、苗木を育てるための畑作りからだからな。 畑を作る指導は、そこは本職のフランソワちゃんの方が良いだろ。 それで一緒に来たんだ」
「みなさん、挿木をして、ほんの幾らか成長した苗木と、木の種、ドングリですね、それもとりあえず城下村から持って来ました。
今日はそれらを使って、どの様に苗木の畑を作るかを教えますが、今後はそれらも皆さんが用意しなければなりません。 その方法も後で教えます」
フランソワちゃんが挨拶がわりに今日のこれからの予定を、少し大きな声で告げると、集まった人たちはちょっとだけ緊張した顔で静かになって聞いている。 さすがフランソワちゃんだ。 『農業の女神』様扱いされる名声は、とても広がっている。
「親方さん、苗木の畑を作る場所はちゃんともう決まっているんですよね?」
「おう、大丈夫だ。 町の関係者との話も終わっているし、ちゃんと役人とも話を通してある」
「それじゃあキイロさん、キイロさんとフランソワちゃんで、土地壁作りや畑作りの指導は手が足りますよね。 そうしたら、僕はあっちにいる孤児院の子たちとスライムの罠を作ってきます。
出来る子がいそうなら、モグラ退治も教えようかな」
「ああ、そうしてやれば、町の孤児院の連中にも良いだろう。 良いぜ、それで。 俺ももう、土壁作りくらいは教えられるからな」
僕の[職業]罠師の特別なところは、もうとっくにキイロさんも知っているので、そう言ってあっさりと僕の別行動を許してくれた。
「おい、もう1人のあれは誰なんだ?」
「なんだ解ってなかったのか、あれがナリート様だ。 領主様の息子になった人じゃないか」
「あれっ、そうなのか。 領主様が聖女様と結婚したお披露目の時には見たけど、普通の格好をしてたから分からなかったぜ」
僕が孤児院の子たちの方に向かうと、背中の方でそんな会話がされるのが聞こえた。 フランソワちゃんはこの領内ではとても有名で、シスターと共に誰もに知られているのだけど、ルーミエも実は聖女様のお弟子様として、領内でかなり知られている。 僕はその妻の2人と比べると、一部の人にしか知られていない。 領主様の養子になる前も、一応城下村の代官だったのだけど、そんなのはあまり名前と顔が広まる役には立たなかったようだ。
それにしても、親方は城下村に来ていた時には、キイロさんに倣って僕のことは「ナリート」と呼び捨てだったのだけど、同業の人に僕のことを説明するときは、領主様の養子ということから「様」付けで言っていた。 なんだかくすぐったい気分だ。
僕はそれから、ちゃんと竹を準備していた町の孤児院の子たちとスライムの罠を、今回の場所近くにいくつか作り、モグラ退治の仕方を教えた。
モグラ退治で重要なのは、地中のモグラを見つける[索敵]の力だけど、[索敵]のレベルが上がれば、それだけ自分の周りのモンスターなどの気配に敏感になるので、孤児院の子たちの安全にもつながる。 それにモグラ退治が出来るようになれば、冒険者となって、モグラ退治という依頼を受けることが出来るようになる。
僕たちは特例で年齢制限より早く冒険者になれたのだけど、僕たちの次の代、今エレナの子分みたいになっている子たちの代から、安全な町や村の中の依頼なら受けて良いという形で、少し年齢制限が引き下げられた。 だから、モグラ退治が出来るようになれば、孤児院の子たちも冒険者登録して小遣いを稼ぐという手段にもなる。
「ナリート、俺にも馬車の動かし方を教えてくれ」
鍛治職人たちに土壁と畑作りの方法を教えに行った数日後、キイロさんは僕に御者の仕方を教えて欲しいと言って来た。
たった1日で、ある程度広さのある場所の土壁作りや畑作りが終わる訳もない。 鍛治職人たちは、一般の人から比べると金属を熱したり溶かしたりに魔法を使うので、魔法を使うことに慣れていて、魔力量もある。 それでも慣れない土魔法を使うのは、生活魔法の応用で、誰でも練習すれば使えるとはいえ、レベルも高くなっていて魔法力も大きくなっていて、なおかつ慣れている僕らがするのとは違う訳だから、そうそう簡単には作業は終わらない。
僕とフランソワちゃんは初日だけ日帰りで行っただけだけど、キイロさんはそれから数日後から2度ほど指導のために行っている。 僕たちが行った時には馬車で町に向かったので、少し早朝発だったりはしたのだけど、日帰りの仕事なのだが、キイロさんが1人で行く場合はそうはならない。
ま、実際は1人で町に向かうというのは、道がしっかりと出来ていて、ある程度の往来はあるからほとんど安全ではあるのだけど、やはりなんらかのモンスターが出る心配もあるので、年下の村人を2-3人連れて行くのだけど、徒歩で向かうことになる。 城下村から町に徒歩で向かうと半日は十分掛かってしまうので、キイロさんが町に行くと行くのに1日、実際の指導に1日、帰って来るのに1日で結局3日掛かりとなってしまうのだ。
「俺としては向こうでは親方の所に泊めてもらって、話し合いも出来るから、それはそれで良いのだけど、ちょっとタイラの奴がツノを出していてな。
ま、その話し合いで、町の側だけじゃなく、他の村にも
苗木を育てる畑を作りたいということで、これからも俺はまだ指導に行かないといけなくなると思う。
という訳なんだ」
何が「という訳」なのかを、キイロさんははっきりと口にはしなかったけど、そこは僕にも簡単に察することが出来る危険かつ重大な問題だ。
「キイロさんが馬車を使いたい理由は、完全に理解しましたけど、キイロさんが馬を御すことを覚える以外にも、結構ハードルはありますよ。
そもそも馬自体が僕たちが自由に使えるという訳じゃないですし、馬車も作らないとならない」
「えっ、お前かルーミエの馬を貸してくれれば、馬は大丈夫だろ」
「僕とルーミエのモノとなっている馬は、どっちも騎乗用の馬で、馬車を牽く馬じゃないんです」
「馬って、そんな違いがあるのか?」
「まあ、どっちにも使う馬もいますから厳密ではないのですけど、僕とルーミエの馬は騎士の使う馬を別けてもらったので、馬車を牽く訓練はしてないんです。
この前使ったのは、馬車もですけど、フランソワちゃんが家から連れて来たモノなんです。
それから馬は村の牧場にある程度いますけど、僕らが自由に使えるという訳じゃないので。 でも、それは楽観視して大丈夫だと思います。 領主様に言えば、一頭くらい馬車を牽く馬を回してもらえると思うから。
問題は馬車ですね。 キイロさんの使用目的を考えると荷馬車だけど、荷馬車なんて村にはないからなぁ。 作るか買うかしないと・・・。 あ、そうか、高炉との間の荷物運びに使ったのを改造して、あれに人が乗れるようにすれば良いのか」
「いろいろ大変そうだけど、必要なのはお前もしっかり分かるだろ。 まずはとにかく御者の仕方を教えてくれ」
とりあえずフランソワちゃんの馬車と馬を借りて、キイロさんに御者の仕方を教えたのだけど、キイロさんも必要に迫られているからか、とても素早く御者の仕方を覚えた。 ま、馬がしっかり馴れているから、順ってくれているという面も大きい。
荷運び用だった台車は、ジャンとロベルトさんで御者席のある荷馬車に改造された。 それだけの改造でも貴重な木を使わねばならないという問題はどうしてもあるんだよな。
馬も牧場の中の一頭の使用を、領主様が許してくれた。
ちなみにキイロさんに御者の仕方を教えていると、ウォルフ、ウィリー、ジャンも教わりたいと言ってきて、それにロベルトもおずおずと加わってきた。
「ナリート、ついでだから俺には騎乗も教えてくれ。
前から馬に乗ったり、御者をしたりは出来るようになりたいと思っていたのだけど、忙しかったりして、教わる機会がなかったからな。 良い機会だ」
ウォルフとウィリーは馬に乗るのも教えろと言ってきた。 馬に乗るのは御者をするより難しいけど、その練習に使う馬は僕とルーミエの馬だから、その点は気が楽だ。
ジャンとロベルトは、と思ったのだが、2人は「御者は出来れば良いと思うけど、馬に乗るのは必要ないや、今のところは。 そのうちもし必要になったら教えてよ」と、断ってきた。 ウォルフとウィリーが苦戦しているので、ちょっと面倒に思ったのかも知れない。
騎乗だって、以前の騎士の人みたいに簡単な鞍があるだけじゃなくて、鎧も使うので、そんなに難しい訳ではないと思うのだけど。 ウォルフとウィリーの場合、領主館で働いていたから騎士が騎乗する姿を見る機会も多くて、鎧がない騎乗のイメージが頭の中に出来てしまっていて、鎧を用いての騎乗することとイメージが一致しないから苦戦したのだと思う。 でも騎士の人もすぐに慣れて、鎧がある方が簡単で楽だと、みんな鎧を使う方に向かったから、2人もすぐだと思うんだけどな。
「もう1度で、町の方は一通りお終いだ。
前回で、苗木の畑の方はほぼ終わりだったので、もう1度今回はもう少し大きくなった苗木をここから運んで、壁の外に苗木を植えるのを教えることがメインだ。
それに加えて、前回言っておいた竹林を増やすことも、どうなっているか確認しないとならない。 竹は成長が早いから、すぐに伐って使えるようになるからな。
とにかく、確認は怠ってはダメだ。 村の者たちは自分で対処が出来てしまうから、つい忘れがちになってしまうのだけど、作業中にスライムや一角兎に遭遇してしまうと、親方たちだと危険がある。 だから作業する場所の付近の、モンスターの駆除を冒険者組合に頼んでおかなければならないんだ。 それを忘れていて、この前少し危険なことがあったらしい。
教える時に、そういった注意も忘れないようにしないといけないと反省したよ」
確かにそうだった。 僕らは自分たちで対処してしまうから、スライムも一角兎のことも忘れて計画を作って動いてしまうけど、普通の町や村の人たちの場合は、自分たちでそれらに対処することは難しくて、冒険者組合に依頼を出すのだった。 スライムはスライムの罠が広まって、あまり問題にならなくなっているけど、それでも実際に遭遇すれば、その場を離れることになる。 一角兎は、そおっと逃げるのみだ。
だいたいにおいて、僕は何でと思うのだけど、一般の人たちって、索敵を鍛えてないんだよな、それでスライムや一角兎に驚くことになる。
あれっ、キイロさんて、これで教えに行く仕事はお終いじゃないのかな? なんだか言葉に違和感を感じる。 あれっ、それにこれで終わりなら、一回のために御者の技術とか覚えようとしないよな。
「ナリート、お前、忘れているだろう。
教えに行くのは町だけじゃないぞ。 これは最初だ。
文官さんたちに頼まれたじゃないか、この領内の全ての所で植林を進められるように、その方法と技術を広めて欲しいと。
それに領主様にも言われたのだろ。 その仕事を進めるのに、『俺の息子になったという立場を利用しろ』って。
つまり、そういう立場を使ってでも、この取り組みを大きく進めて行こうとしているということだろ。
まだまだ始まったばかりじゃないか」
そうだった、そういう話だった気がする。
僕は高炉の最初の試しで忘れていたことや改良する所、それらの為の施設作りの方に気を取られていて、正直こちらはキイロさんが主役だからとお任せ気分で、頭が回っていなかった。
「えーと、だとすると、次の村にキイロさんが取り掛かる時には、少なくもと最初は僕とフランソワちゃんも行かないと駄目ということですか?」
「当然だろ。 町は親方が主導していたし、町の孤児院の子たちもすることに慣れていたから、簡単に物事が進んだけど、これからはそうは行かない。
お前たちも、初回だけじゃなく、それ以外にも行ってもらうことになると思う。
そもそもにおいて、具体的なことが始まる前の交渉にも行ってもらうことになると思うぞ。 それこそがお前の立場や、フランソワちゃんの高名を利用して、進めるということで、お前たちに期待されている部分だと思うぞ」
えー、そういうの、なんか嫌なんだけどな。 それに面倒臭そう。
でもまあ、仕方ないのかな。 領主様の養子になったからには、そういう仕事も期待されるのは仕方ないのかも知れない。
キイロさんと次の村に向かうまでに、少しだけ日があったのだけど、その隙間の時間を狙うかのように、マイアに声を掛けられた。
「ナリート、あなた、ここで使われている紙が何から出来ているか知っている?」
言われてみれば、あまり考えたことがなかった。
字を覚えたり教えたりしていた時には、最初は地面に書いたり、細かい砂を乗せた板を使ったり、それから学校に行くようになって、蝋板をもらった。
領主館で仕事をするようになってから、紙に文字を書くようになったけど、その紙がどういう風に作られているかを気にしたことはなかった。 僕の頭の中にある知識のモノと比べて、紙にしろ筆記具にしろあまりに簡単なモノであるので、書きにくさとかは常に感じていて、どうにかしたいとは思っていたけど、僕の中の優先順位は低くてそのままだった。
それでもマイアに知らないというのは悔しくて、僕は考えて答えた。
「ええと、きっと麻の糸を作るときに出る、糸に出来ない短い繊維を利用して作っているんじゃないかな」
「半分正解よ。 確かにそうやって紙を作ってもいる。
だけど、最近は紙が全然足りなくて、かなり大量にお店から買ってもいるのよ。
領主様たちが、この村に居る時間が多くなって、ここで仕事をしていることも多くなって、そこで紙が大量に使われることも、紙を買う量がすごくなる理由でもあるわね。
お店は運んで来れば来るだけ売れて儲かるかも知れないけど、村の支出、これに領主様たちが使う分は入ってないけど、とにかく村の支出としては大きくなっていて無視できないわ。 それで私としては、もう少し紙の自給率を上げたいのよ。
ナリート、麻以外にも紙を作る方法って知っている?」
「紙を作る原料か。 ええと、一番すぐに手に入る物では藁からも作れるけど、藁から作った紙は質が良くないからな。 でも作れるよ。
一番良いのは、コウゾとかミツマタとかの枝なんだけど、そういう灌木ってあったかな」
「ルーミエ、フランソワちゃん、ちょっと来て」
マイアはルーミエとフランソワちゃんを呼んだ。 マイアは僕らの家に来て話していたから、2人とも2階にはいる。 というか、真剣な顔をしてマイアが僕と話をしようとしていたので、2人は座を外していただけだったのだ。
「たぶん聞いていたと思うけど、私は詳しくないから分からないのだけど、この辺に今ナリートが話した灌木ってあるの?」
「私もフランソワちゃんほど詳しくはないから、確実だとは言えないけど、マイア、ほら最初にここで畑作りした時に、沢山あって、畑にするのに邪魔で引き抜いた灌木ってあったじゃない。 あれって、そうじゃないかな」
「えっ、あれがそうだったの?」
「たぶん、あれがミツマタだと思う」
「へーっ、そんなのが生えていたのね、ここには」
「たぶん、あっちの峰の方にはあるよね。 春に花が咲いてた気がする」
「あ、確かにあったかも知れない。 それならほぼ確実ね。 明日にでも見に行ってみよう。 もう一つのコウゾだっけ、私はそれも見たことがある気がするよ。
でもさ、本で知っている小さい木があったと思っただけで、ちゃんと確認していないから、ちょっと自信ないけど」
「それもあるの?
それでフランソワちゃん、それらの灌木って増やせるの?」
「どうなんだろう。 それらの木について書かれていた本は、町の学校にあったのは確実だから、今度調べてくるよ」




