鍛冶屋から始まった植林計画
「キイロ、お前の元親方は、また別の鍛冶屋を連れて来たのか?」
「領主様、元じゃなくて、今でも俺の親方です」
「お前も一人前の鍛治職人になったのだから、もう元親方と言う方が正しいんじゃないか。 まあ、それはどっちでもいい。
これで何人目だ。 もう町の鍛冶屋全員より多く来たんじゃないか」
「はい、親方は町の鍛冶屋だけじゃなく、この地方の鍛冶屋全員に声を掛けているみたいなんです。 高炉を見せに来るなら、できれば纏まって来て欲しいと言っているのですけど、なかなか時間を合わせるのは難しいらしくて、結局1人づつ連れて来ることになっているみたいで。
まあ毎回それで時間を取られるのは、良くはないけど我慢できるんですけど、それ以上に大変なのは、親方に最初からダメだと言っておいてくれと念を押していて、親方もちゃんと言っているのですけど、来る奴来る奴、おっとみんな先輩鍛冶屋だから奴なんて言っちゃダメですよね、来る人来る人全員が「地金を売ってくれ」と粘るんですよ。 それを断るのが大変で大変で」
「まあ、売ってくれという鍛冶屋の気持ちも分からんでもないからな。 この地では鉄に限らないが金属の地金はなかなか手に入らないからな。
俺も見たが、それが倉庫に積まれていれば、欲しくて売ってくれと、ダメ元でも言って粘る気持ちは分かる。
俺がちょっと疑問に思うのは、お前の親方は、何故そうなることが分かっているのに、そんなこの地の鍛冶屋全員に高炉を見せたり、出来た地金を見せたりしているんだ。 金になる訳じゃないだろ。
自分の弟子が作った高炉を見せびらかしたいというんじゃ、理由としては弱いなぁ」
「親方は、俺が地金を売らないと言ったら、何とかならないか、という話になって、高炉を使って製鉄するのに必要な炭を自分で集められれば、地金を渡せると思うと言ったら、俺は諦めてもらうために言ったつもりなんですけど、本気になってしまって」
「炭を買い付けてくる資金集めを考えたという訳か」
「いえ、自分たちで炭を作る、その為の植林をするという遠大だけど確実(?)な方法です。
この村ではそのために植林を懸命にしていると話したら、村の周りに植えた木なんかも見に行って、自分もやる、鍛治仲間にもやらせる、と。
高炉や出来た地金を見せるのは、そうして他の鍛冶屋も巻き込もうとしている第一歩ということです」
「鍛冶屋みんなで、炭を作るために、木の植林をしようというのか。
キイロ、お前の親方はなんて言うか、なかなかすげぇ人物だな。
お前は、それを聞いてどう思っているんだ。 出来ると思うのか」
「なかなか大変だと思うのですけど、もしかしたら親方なら、本当にやるかも知れないなんて思います。 そりゃすぐにという訳にはいかないだろうけど、何年か先には、少し大きくなった木の剪定した枝とか、その周りに植えた他のモノを使ったりして、炭を作るかもなぁ、と。
俺も昔だったら、そんなことはあり得ないと、即座に考えるのですけど、ここで魔法を使っての土壁作りやら、植林したりの経験から、鍛冶屋はある程度、村の奴らほどじゃないけど魔法は使い慣れてますから、やってやれないことはないかも知れない、なんて風にも感じてしまうのですよ。
ま、ここの独特な方法ですから、それを教えないとダメだと思いますけど。 うーん、それでも鍛冶屋だけだと、スライムや一角兎の対処に困ってダメかも知れないな。
親方、モンスターへの対処はどうするつもりなんだろ」
「でもそうか、ここの土壁作りや植林の方法を使えば、植林をここ以外の者でも出来る可能性がある訳か。
そうだな、この城下村の周りは、糸クモの為だけじゃなくて、色々な木を植林しているな。 それは見て分かっていたが、他の者でも出来るかも知れないのか。
キイロ、ありがとうよ。 良いことを聞かせてくれた」
俺が領主様に名前を覚えられて、普通に声を掛けられるなんて、この城下村に住むようにならなければ絶対になかっただろう。 それだって、シスターが領主様と結婚されて、それでシスターが俺のことを領主様に紹介してくれたのだ。 それが無ければ領主様に名前を覚えてなんてもらえなかったし、今みたいに直接気楽に話をしてもらえることなんてなかったと思う。
今晩、タイラに自慢だな。
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「おい、ナリート、土壁作りと植林をどこかで今やってないか。 ちょっと、それらをしっかりと見せてくれ」
何なんだ急に、領主様が呼んでいるというから、とりあえず今やっていることを、ジャンたちに任せて行ってみると、何の前触れもなくそんなことを言われた。
「土壁作りは、やってた所あったかな? どっちにしろ鉄作りで一度止まってしまっていると思うけど、どこか再開し始めたかな? ロベルトに聞いて来ましょうか?
植林は、確かまだ植えてない苗木があるって、アリーが言ってた気がするから、少なくとも糸クモさんのための木の植林というか植え付けは見れると思いますけど」
「そうか、それじゃあ、それらを確かめて来てくれ。
時間が分かったら、俺とあと文官何人かで見に行くことにする。 お前も、一緒に来い」
えっ、僕が呼ばれるだけじゃなくて、文官さんまで付き合わされるのか。 一体どういうことなのだろうか。
ま、何だか訳は分からないけど、領主様にそう言われたら、その要望に応えない訳にはいかない。 僕はロベルトを探して、壁作りをしているかの確認をして、それからアリーのいる所に向かった。 アリーは簡単だ。 この時間なら布織りの工房にいるはずだからだ。
領主様と文官たちの土壁作りと植林の見学には、面白そうとフランソワちゃんも付いてきた。 まあ植林は、いや違うな植林をするための苗木作りは、農作業全体を広く担当しているフランソワちゃんの担当部署の一部だと言えなくもない。
「ここら辺の場所になると、水場からは遠くなるので、まずスライムが出ることはありません。 出るとしたら一角兎です。
でもまあ、城下村の近くは、みんなすぐ狩ってしまうのであまりいないのですけど」
ロベルトが領主様と文官さんに、そんな説明をしていると、作業をしている村の男が一角兎を見つけたようだ。
「あっ、珍しくいたみたいです」
と、ロベルトが言っているうちに、見つけたのとは別の男が素早く投石して、その兎を倒したみたいだ。
「ずるいぞ、俺が見つけたのに」
「そんなの早いもの勝ちに決まっているだろ。 持って帰って、みんなで食うんだから、誰が狩っても同じだろ」
ま、一角兎を狩る程度だと、そんなに争いにはならない。 それにしてもみんな、投石器で石を投げるのが上手くなったな。 誰もがほぼ百発百中という感じだよ。
「と、まあ、僕らの場合は一角兎は危険ではないので、逆に気をつけるのはスライムです。 この辺りはさっきも言ったとおり水場からは遠いのですけど、たまに小さな水溜りがあることがあります。 まあ、それは雨の季節なんかがほとんどなんですけど、そういうのがあるとスライムがいることがあって、その時は作業を中断して、危険がないようにスライムの罠を仕掛けて、この場での作業はちょっと中断して、別の場所を優先します。
安全第一ですから」
「うん、安全に気をつけるのは一番大事だな。 よく分かったぞ。
それじゃあ今度は本番の壁作りを見せてくれ」
ロベルトが長々と作業中の安全について説明していたのだが、それを領主様と文官さんは辛抱強く聞いていた。 だけどとうとう領主様は痺れを切らしたようだ。
「壁作りですか。 ここで作る壁は、そんなに大したものではないので、わざわざ見るほどのことではないと思うのですけど。
おい、お前たち、兎狩りで遊んでないで、もう狩った兎を回収して来たんだから、領主様と文官さんに壁を作るところを見てもらえ」
ロベルトの号令で、兎狩りでちょっとはしゃいでいた年下の男たちは、いつものように土壁を作っていく。 別に面白い作業ではない、ソフテンで土を柔らかくして掘って、掘った土を掘っている場所の隣に積み上げ山にする。 山の高さが1mくらいになるようにしていき、ある程度の長さの山になったら整形して、その土の山と掘った穴の表面にハーデンをかけて、形を保つようにするだけだ。
「こうやって1mくらいの高さにしますけど、穴の深さもありますから、穴の底からだと2mはないけど、1m50はありますね。
でも現実的には高さはそれほど問題じゃなくて、1mもあれば兎は飛び越えられません。 穴もそのままになるようにするのは、兎が塀の下を掘って侵入しないようにです。
それよりも重要なのは、土塀の形で、上の方が少し外側に湾曲するように形を整えます。 そうしておかないと、雨が降ったりして穴の中に水が溜まったりすると、どうしてもスライムが出てきたりするのですけど、そのスライムが登ってきて侵入するからです。
形をしっかりと作って、それを維持できるように、その外側に出っ張る部分にはハーデンを強めにかけるようにしているのですけど、所詮は土を固めただけですから、壊れるところは出てくるので、作った土壁は常に見回りと修繕という保守管理が重要になります。
あ、あと、ソフテンを掛けても、やっぱり土を掘る時は道具が物を言うので、最近は鉄の道具をみんなが使えるようになったので、楽になりました」
おお、素晴らしい。 僕から何も付け加えることのない素晴らしい説明だったと思う。 というより、作った後の保守管理の重要性を強調したのなんて、担当しているロベルトだからだと思う。 僕だったら言い忘れていたかも知れない。
「なるほど、普段何気なく見ているが、城下村の周りの土壁は、こうやって作っているんだな。
ところで、ロベルト、この作業はこの村の連中はみんな出来るのか?」
「はい、土を掘るのは魔法を使っても結局は力仕事なので、男たちが担当していますけど、基本は農作業と同じなので、誰でも出来ます」
「ソフテンとかハーデンも、誰もが使える生活魔法の応用だということだったな。
つまりは俺たちでも出来るということだな」
土壁作りを感心して見ていた文官さんたちは、領主様にそう話を振られると、「いえ、私には出来ませんよ」という感じで、露骨に領主様から視線を逸らした。
1人が話題を変えるためか、僕が手持ち無沙汰な雰囲気を出していたのか、僕に話を振ってきた。
「ところでナリートくん、こうやって壁を作っても、横から入ってきちゃうよね」
「はい、ですから当然、壁は囲うように作っていきます。
でも囲う場所が繋がったら、堺の壁は邪魔になるんで、崩してしまうんです。 石の壁と同じです。
ただ、普通の石の壁だと、土台というか、地面に埋まっていた石まで退かすのは面倒なので、境界を示すことにもなるので、それらはそのままで、その上を葛が這ってたりになるんですけど、これは土なんで、ソフテンをかければすぐに穴に埋め戻せるので、元の壁だった位置は関係なしに、土地利用を考えることが出来るんです」
「なるほど、その為に石壁じゃなくて土壁なんですね」
「いえ、それは結果としてそういう利点もあったということで、土壁なのは、石壁より楽に作れるからというだけです」
それから植林についても説明をした。 こちらは何も難しいとか、特別とい作業ではない。
あ、だけど植林に関しては、苗木作りや、植える時期なんかの問題がある。 それに関しては一緒に来たフランソワちゃんが、主に文官さんにきちんと説明した。
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「領主様はさ、苗木作りの方法とか、時期によって苗木が上手く育つかに違いがあるなんていうこと、重要なのにちっともちゃんと聞いてくれないの。
仕方ないから、その辺は文官さんに私が説明して、ナリートは塀の外に木を植えるのを見せて教えたんだけど、そっちには興味津々なの。
途中で文官さんもそれに気付いて、文官さんまでそっちに行っちゃうんだもの。 やんなっちゃう」
領主様と文官さんの態度にフランソワちゃんは腹を立て、ベッドの中でルーミエにまで愚痴っていた。
「なんでそんなに塀の外に植えるのに、領主様と文官さんが興味を持ったのかな?」
「領主様も文官さんたちも、植林出来るのもスライムや一角兎を入れなくしている塀の中だけだと思い込んでいたからみたいだよ。
でもそもそもスライムは木は自分たちの生息域を広くするために、枯らしはしないし、一角兎も木が本当に小さい時だけ食べるだけ。 だから植林したときに、本当に簡単な土壁の囲いをしておくだけで大丈夫なんだけど、知られてなかったみたい」
「その土壁だって、低くて小さいモノで良いのにね。 でもさ、小さい方が効果的なのは私もちょっと意外だったよ。
あれ、ルーミエ、良く気付いたよね」
「あれは偶々。 入れなくするんじゃなくて、出れなくしたらと、ちょっと思って、出れなくするには狭い方が飛び出せないんじゃないかと思ったのよ。
そうしたら、逆に絶対に入って来ないなんて、私だって思わなかった」
ルーミエのこの発見で、塀の外に木を植えるのはとても簡単になった。
それまでは入れないように、それなりの高さの壁で囲ったのだけど、そうすると陽射しも入りにくくなるので、壁との距離も必要になって、広くする必要が出来て、壁作りが大変だった。 それが低くて狭くても良いことが、もしかしたらその方が有効なくらいなので、
1本の苗木を植える手間が大違いだ。
「でもさ、そう考えてみると、一角兎って弱点が多いモンスターだよね。 竹の盾使うと簡単に獲れるし、投石器で石を投げても獲れるし」
フランソワちゃんとルーミエは、笑っているけど、忘れちゃいけない。 冒険者を一番殺しているのも、一角兎なのだ。 スライムは大怪我になっても、死ぬことはほとんどないけど、一角兎は突進を盾で受け止められなかったり、盾がなかったりすると、避け損なって刺さりどころが悪いと、何も出来ずに死ぬ可能性があるのだから。
ま、それは2人とも忘れている訳じゃないと思う。 それよりもルーミエに話しておかなければならないことがある。
「それでなんだけど、僕とフランソワちゃん、それにキイロさんは、ここの領内全部の村、あ、町もだけど、つまり全部のところで植林の仕方を教えて回ることになった。
この地の一番の問題は、木が少なくて、それによって草原や荒地ばかりのところだから、植林によって、その問題を少しづつ克服するんだってさ。
それで炭が作れるようになれば、もっと鉄の生産も出来るから、一石二鳥ということらしい」
「それだけにはしないつもりよ。
植林のためには苗木作りのための畑が必要だけど、塀の外にも植林したら、そこは結果として一角兎は減るわ。 そうすれば綿は植えられる。 麻は木が少し大きくなってじゃないとダメだけど、そんなにしないで麻も植えられるかも知れない。
そうしたら、糸クモさんの糸の布だけじゃなくて、もっとたくさん木綿と麻の布も作れるようになるかも知れない。
ね、アリーも良いと思わない?」
フランソワちゃんは隣の部屋のアリーにも声を掛けた。 ま、音は筒抜けだから、きっと話をじゃんとアリーも聞いていたよね。
「私もそれ、良いと思う」
当然即座に返事が返ってきた。
「えっ、ちょっと待って。 それじゃあもしかして、私だけ除け者で、2人で出掛けるの。 それ、ずるいよ」
「2人じゃないよ。 キイロさんも一緒するよ」
「でも、私一緒じゃないじゃん。 今日だって、ずるいなぁと思ったのに」
「ルーミエだけナリートと一緒に行動していたことが今まで多かったんだから、たまには私とだけというのもあっても良いじゃん」
フランソワちゃんはニコニコだが、ルーミエは膨れている。




