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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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改善すべき点は色々

 今回の大型の炉、高炉と呼んで良いか分からないけど、とにかく新しく作った炉で出来た鉄は、キイロさんは喜んでいたけど、僕にしてみると期待外れな結果だった。

 僕はどうも、まだこの世界の魔法というモノに過度の期待をしているようで、もっと良い鉄が作れることを期待していたのだ。


 炉の運転を止めると、送風を担当していた女性陣はあっさりと現場を離れ、城下村に戻って行った。

 送風を終えたとはいえ、まだ溶けた鉄を用意した型に流し込んだりの危険な作業は残っているので、その作業はしないとはいえ、男たちが働く姿を見守ってくれるのかと思ったのだが、その期待はあっさりと否定された。

 まあさ、下部の湯だまりから、まずは上面にある鉄ではない部分を外に流し、その後に溶けた鉄を地金の型枠に流し込む作業は、炉の運転中にもやりはした。 最初にその作業をした時には、初めてで珍しいし、危険だけど火花が散ったり煙が上がったりという、見る者が興味を引かれることがあるから、女性陣もたくさんその作業を見守った。 「危ないから」と近寄らないように注意したりが面倒だったし、送風をその時にしている人が「自分も見たいからちょっとだけ替わって」と大声を出したり、ちょっとした騒ぎだったのだけど、そんなのは1度切りで、2度目からは簡単に流されることになった。

 騒ぎになった時は、自分たちがしている作業が何だか凄いことをしているようで、誇らしいような良い気分だったのだけど、そんなものなのかな。 まあさ、糸クモさんの布が初めて機織り機で織られた時の、僕たち男性陣の反応もそんなものだったから、お互い様で、文句を言うようなことではないのだろう。


 とにかく女性陣がいなくなった鉄作りの現場で、最後の型枠に流し込む作業を終えると、ここ数日の作業の疲れが、みんな急に押し寄せたのか、その場に座り込んでしまった。


 「これだけ大変な作業をして、鉄って、あれだけしか出来ないんだな」


 初めて鉄作りをした後輩の奴らが、そんなことを言っていた。

 キイロさんは今回に近い作り方の製鉄の経験もいくらかあるし、僕やジャンたちは砂鉄から鉄を作った経験はあるので、後輩たちほどではないけど、それでもやっぱり確かに炉の中に投入した原料の量に対して、出来上がった鉄は量が少ないような気持ちになってしまうのは仕方ない。 でもまあ、炉の中に投入したのは鉄鉱石だけではなく、竹や麻の軸を炭にしたのや石灰なんかも大量に投入している。 それを考えると、こんなものかという気がしないでもない。


 「おい、お前たち、見てみろ。

  なかなか良い鉄が出来たぞ」


 キイロさんは、全体の監督をしていたので、一番休まずに働いていて疲れているはずなのに、僕らのように作業が一応終わったらへたり込むこともせずに、今回ではなくて前に型枠に流し込んで、もう冷えて固まっている鉄を一つ持って、僕たちの方にやって来た。 疲れよりも、出来た鉄の質が気になる方が勝ったのだろう。


 あまり寝てなくて、ずっと気を張って働き詰めのキイロさんは、身なりをキレイに整えてもいないせいもあり、薄汚れてやつれた顔をしていた。 その顔で、ニコニコしながら手に鉄の延べ棒を持って近付いて来られると、何だか迫力があって、僕たちは思わず立ち上がってキイロさんを出迎えた。


 「あ、もう最初のやつは、冷えて手に持てるようになっていたんですね」

 割と如才ないジャンが、まずはそう声を掛けた。


 「そうなんですか。 俺たちにも見せてください」

 「確かに良さげに見えますね」

 ウィリーとウォルフもジャンに続いて、キイロさんを労うように言葉を発した。


 僕も何か言わないと、と思ったのだけど、その鉄の地金を見せてもらって、がっかりして声が出なかった。

 見せられた延べ棒は、確かに鉄に見えるのだけど、僕が期待した鉄じゃなくて、いわゆる銑鉄という状態の鉄だったのだ。 僕が出来るのを期待していた鉄は、銑鉄ではなくて、鋼に近いような鉄だったのだ。 これだったら、機織り機作りの時に、簡易的には砂鉄から作った鉄の方が、まだ上質な鉄の気がする。 そっちは純鉄に近いから。


 銑鉄は鋳物として使うには良いけれど、僕たちが欲している武器だとか農具だとかには脆すぎて向かない。 鋳物が割れてしまったりすることからも分かるように、銑鉄は脆くて、銑鉄で武器や刃物を作るとすぐに折れたり刃こぼれしてしまって、役に立たないのだ。


 キイロさんのような専門家じゃない僕でも、その延べ棒が銑鉄と呼ばれる質の鉄であることは分かった。 延べ棒といっても、型枠に並べられたように溶けた鉄を流し込まれて作られただけの物であるから、厳密には一つ一つが完全に分離してなくて、薄くくっついたり、枝がくっついたりしている。 それをキイロさんは折り取って持ってきたのだが、その折られた部分なんかを見ると、鉄の質が僕なんかでも分かるのだ。


 高炉を用いて製鉄を行うと、鉄に炭素分が入り込み過ぎて、銑鉄と呼ばれる鉄が出来ることは知識としてはあった。

 ただ、この世界では魔法を使って鉄鉱石の温度を上げて溶かしているのだから、僕の頭の中の知識とは違った結果が出ると期待していたのだ。 温度を炭の燃焼による熱で上げる訳ではないので、キイロさんが決めた炭の投与量も頭の中の知識よりもずっと量が少なかったのも、そんな期待が膨らんだ理由だ。

 しかし、現実は甘くなくて、出来上がった鉄は頭の中の知識と同じで銑鉄だったという訳だ。


 「ナリート、お前、何浮かない顔をしているんだ。 これだけ鉄があれば、今まで滞っていた武器や農具だけでなく、鉄を使った器なんかも作れるぞ。

  大成功じゃないか」


 この世界の現実的な評価としては、キイロさんの言うことが正しいのだろう。 だけど僕が夢見ていた結果とはかなり差があったんだよなぁ。


 「はい、そうなんですけど、僕が想像していたよりもずっと質の悪い鉄が出来ちゃって、ちょっとがっかりしたと言うか」


 「何だ、お前はどんな鉄が出来ると想像していたんだ。

  確かにこの鉄の地金は、そのまま武器などの刃物を作ることは出来ない。 それにはもう一手間必要だ。 これを溶かして、坩堝の中に棒を入れてかき混ぜると、だんだん粘ってきて棒にくっつくんだが、そのくっついた鉄で、刃物なんかは作るんだ」


 キイロさんが言っているのは、いわゆる錬鉄という状態の鉄のことだな。 僕の知識の中にもあって、棒で練って作ることから錬鉄と呼ばれることになった鉄の状態だ。

 しかし、そこまでにすると今度は炭素分が少なくなり過ぎて、粘りはあるけど、硬さの足りない鉄だったのだ気がする。


 うーん、反射炉とか転炉とかと言うのも作らないと、なかなか鋼鉄は作れないのかな。 たたら製鉄で作るという方法もあるけど、あっちは効率が悪いからなぁ。


 僕はちょっと色々考え込んでしまい、僕以外の人の「鉄づくり、やったぜ!!」というような、ちょっとお祭り気分に、1人だけ乗れないでいた。 とりあえず僕たち男連中も疲れているので、この作業場での今しなければならないことが終わったことで、城下村に向かって歩いている。

 道は重い物の移動のために馬車が楽に動くよう整備してあるから、注意力散漫で、他のことを考えて歩いていても大丈夫だ。 人数も多いし、一角兎やスライムもそうそう向かって来ない。

 僕以外も緊張感なく、鉄作りを終えた興奮がまだ残っているのか、ワイワイという感じで歩いている。 僕だけ物思いに沈んで静かに歩いているのだけど、そのことで周りの誰かに何か言われることはない。 「ま、何か考えているのだろう。 いつものことさ」と、別にそれを気にも留められてもいないと思う。

 家に戻った僕とジャンは疲れていたので、もう食事も良いやという気分で、作業場で腹が減って仕事にならない時の飯を食ったからね、そのまま寝床に入ろうとしたら、ルーミエとフランソワちゃんとアリーに怒られて、何とか風呂に行って体を洗ってきて、すぐに寝てしまった。


 翌朝起きたら、どうやら僕が一番遅かったみたいだ。 ベッドには誰もいなくて、みんな下の部屋に降りている。


 「鉄作りはキイロさんがリーダーだったけど、ナリートも色々考えてしたことだから、きっと色々と疲れが溜まっていたんだよ」


 ジャンが女性陣に、そう言ってかばってくれた。 なんか女性陣というより、ルーミエとフランソワちゃんは僕に言いたいことがあるみたいだった。 それをジャンは、僕が寝坊したのを怒ろうとしているのだと思ったみたい。

 けど、そうではなかった。


 「あのさ、ナリート、フランソワちゃんとも話してみたのだけど、私たちが担当した風を送り込む方なんだけど、あれって絶対に改良する余地があるよね」


 「炉の中に風を送り込むということだけど、あの作業は途中でナリートが魔法の呪文を考えてくれたけど、なんていうか、すごく効率が悪い感じがするのよ。

  一生懸命魔法で決められた穴に向かって風を吹き込むのだけど、無駄に魔力ばっかり使っていて、あまり穴の中に風が入っていかない感じ。 動かした風の多くが他に逃げちゃっているのよ」


 「穴に吹き込み始めて、すぐはちゃんと風が入って行くのだけど、すぐに穴の方の反発する力か強くなって、それから後はその力と張り合うことに魔力を使っているみたいな感じだわ」


 うん、ま

あ、確かにそんな感じになるみたいだな、僕も少しやってみたけど。 送風機の代わりを魔法でしようとしているのだけど、確かにあまり上手く行ってない気がした。


 「ねぇ、ナリート、あれってさ、吹子の代わりを魔法でしようとしているんだよね。 だけどさ、あれなら大きな吹子を作って、それを動かす方が効率が良いんじゃない」


 ルーミエに魔法を使う方が効率が悪いんじゃないかと、身も蓋もないことを言われてしまった。


 「僕もそれを考えなかった訳じゃないのだけど、どうしても可動部分は木材で作る必要があるだろ。 炉が結構大きいから、吹き込む空気の量も多くなるから、当然吹子を作ればその装置も大きくなる。 すると木がたくさん必要になる」


 「でも、それは仕方ないんじゃないかな」


 「いや、他の色々な所も、みんな木は使わずに、土を固めたりで作っているし、使っている炭だって、麻の軸だったり竹だったりにしているんだ。

  鉄作りに木を使ったら、ここら辺の木は、すぐになくなっちゃうよ」


 「うん、まあ、それは分かるよ。 それで木は極力使わない方法を試しているという訳ね」


 「うん、それと装置を動かして風を作るとしたら、その動かすのをどうやって動かすのかということもある。 人力で動かすのも大変だし、動かすのを魔力でというのも大変なんじゃないかな」


 「そっか、難しいわね」


 「ルーミエ、もう一つの方も言ってみようよ」


 途中からちょっとルーミエとだけ話している感じになっていたのだが、フランソワちゃんも、まだ言いたいことがあるようだった。 僕が視線を向けると、自分から言ってきた。


 「ナリート、炉の中に出来れば熱い空気を吹き込みたいんだよね」


 「うん、その方が炉の中の温度が下がらないから、炉内の温度を上げる方の魔力が少なくて済むから。 それに炉内に入れた炭が、温度を上げるために燃える量を減らせるはずだから」


 「その理屈は私には良く分からないけど、暖かい空気を送り込む方が良いなら、暖かい空気を作って送り込めば良いじゃないと思ってやってみたのよ。 ほら私たちはホットブロウは良く使っているのだから、ストロングウインドにホットをつければ良いんじゃないかと。 そしたら出来たわ、ホットストロングウインド」


 えっ、フランソワちゃんは新しい魔法を作って、その呪文も自分で考えてしまったらしい。 確かに使っていた魔法や、その呪文の組み合わせなのだけど、呪文まで作ってしまったのは初めてではないだろうか。 今までは教わって得たり、本に記述してある魔法と呪文以外は、僕だけが頭の中にある知識を利用して作っていた。 それをフランソワちゃんは、意識せずにやってしまったらしい。


 「良いアイデアだと思ったけど、やってみたら、意外に難しかったよね。

  ホットブロウだと、そんなに意識しなくても出来たけど、ストロングウインドの風を熱くして、吹き込もうとすると、すごく大変。

  何故だろう。 水を熱くするのは、目の前の水玉を熱くするだけで、そんなに大変だと思わないのだけど、空気を熱くするのは、その熱い空気を維持するのが大変な気がする」


 ルーミエのやってみての感想に、僕はそれはそうだろうと思ったので、その理由を説明してあげた。


 「うん、水はどんどん温度を上げていっても、沸騰するまで体積がほぼ変わらないけど、空気を温めると体積がどんどん変わってしまって、その変わるのを抑え付けないと温度も上がらない。 その温度が少し増えると、体積が大きくなるのを抑え込むための圧力がかなり大きな力だから、ホットストロングウインドは難しい魔法になってしまうんだね。 きっと魔力の消費量も大きい魔法だな」


 僕は詳しく説明したつもりなのだけど、ルーミエとフランソワちゃんだけじゃない、一緒に居たジャンとアリーも僕が何を言っているのか全く分かってないようだった。

 でも、フランソワちゃんは、なんかとても考え込んでいた。


 「えーと、良く分からないのだけど、結局空気は水と違って、温度が上がると大きくなるということなのかな。 そして大きくなる力はかなり強い」


 「うん、そういうこと」


 フランソワちゃんが、そう僕の言ったことを簡単にまとめると、他の3人も何となく僕の言ったことを理解したようだ。

 その場にいたみんなが僕の言ったことを、何となく納得して、話が終わるのかと思ったのだけど、フランソワちゃんはまだ話を続けた。


 「だとしたら私、思うのだけど、箱のようなのを用意して、その中の空気を熱くしたら、もっと楽に空気を吹き込めるのではないかしら。 熱くするのは私たち、誰でも風呂の水を温めたりするので慣れているでしょ。 簡単に出来るんじゃないかしら。

  そんな感じの箱みたいなの作るなら、木を使わなくても作れるんじゃない。 それなら施設としても問題ないじゃん」


 なるほど、確かにフランソワちゃんの言うとおりだ。 僕は頭の中にある内燃機関を、ちょっと想像した。 魔法で熱く出来るのだから、何かをシリンダー内で燃やす必要はない。 動力にする必要もなくて、そのまま圧力を使えば良いだけだから、ずっと簡単な構造で良い。 圧力を高くする為といっても、魔法の風で吹き込む程度の圧力だから、そんなにシリンダーというか箱、いや箱の形より球形、球形は作るのが難しいからやっぱり円筒形、いやカプセルみたいな形が圧力がなるべく均一にかかるので良いか。 それから吸気と排気の弁を付けて・・・・

 僕はフランソワちゃんの言葉を聞いた後、ほんの一瞬でそんなことが頭の中に次々と浮かんで来た。 うん、もしかしたら、ずっと上手く行きそう。


 どうも僕は、前から分かっていたことだけど、頭の中の知識があることで、逆に魔法に期待し過ぎてしまう部分があったり、この世界に合った方法を考えつかない部分があるみたいだ。


 「フランソワちゃん、やっぱり凄いね。 よくそんなこと考えたね。

  私たち、どうも色々考えるのはナリートの役だと思って、全て任せちゃっている部分があって、考えようともしなかったよ。

  ホットストロングウインドウという魔法を考えるのは一緒にやったけど、それだって私には珍しいことで、鉄作りのための施設まで、こうしたら良いかも知れないなんて考えるなんてこと、全くしようともしてなかった」


 「そうだね、確かにルーミエの言うとおりだ。

  僕やルーミエは新しいこととか、何かを作るとかは、みんなナリートが考えて、それに協力するばっかりだったから、自分でどうすれば良いかとか、改良できないかなんて考えたことなかったよ。

  僕もフランソワちゃんは凄いと思うよ」


 ルーミエとジャンがフランソワちゃんを、そう褒めたら、フランソワちゃんは何だか凄く照れていた。 褒められたりするのって、フランソワちゃんは慣れているだろうに。


 でも確かに僕も、誰かにアイデアを求めたり、改良点を求めるということをしたことがないなぁ。 もちろん今までだって、他人の意見を取り入れてもきた。 でも積極的に相談したり、考えてくれと要求したりはしたことがなかった気がする。

 これも、頭の中に他の人にはない知識があるから、自分が一番と自惚れていたのかな。 そんなつもりはなかったのだけど、無意識にそうだったのかも知れない。


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