耐火煉瓦作りに没頭してたら
領主様とシスターの結婚式というか、結婚のお披露目の会は開催日程が早まった。
出来上がった領主様用の応接室というか建物を、領主様がとても気に入って、自慢してそれからの誰かとの会談のほとんどを、その応接室で行ったからである。
そこに呼ばれた人は、まずは僕らの村に来ることに違和感を感じて、村の中を珍しそうに見て、そして領主様の応接室に驚く。 ガラスが沢山嵌め込まれて、内部も外光で明るいという建物は、少なくともこの地方には今までにはなかったので、驚いてしまうのだ。
領主様やその側近の人にとっては、そこで驚かすことが出来れば、立場だけでない心理的な優位さ会談で最初から持てるので、とても話を進めやすくなるらしい。
ま、少し領主様が自慢し過ぎということらしいけど、そこまで領主様が気に入ってくれた事を、僕たちは嬉しく感じている。
やって来た人たちは、領主様との会談を終え、その建物から出て来ると、少しだけ張っていた気が緩み、辺りをもう少し見廻す余裕が出来るようだ。 すると、隣に逆にとても簡素な感じの、同様に誰かとの会談に使われるような建物があり、その建物と今出て来た建物の奥には領主様の私邸と思われる建物がある。
「あちらの建物も簡素ですが、こちらの建物と同じように誰かとの会談に使う建物なのでしょうか?」
会談を終えた人が、送りに出ていた文官に、自分は重要人物として優遇されて豪華な建物での会談となったのかと、少し嬉しく思って訊ねた。
「確かにあちらも会談用の建物ですが、あちらは領主様が使うことはなく、聖女様の方が専用しております。 聖女様が使うには、こちらの建物は豪華過ぎるとのことで、別々に建物が用意されています」
「ああ、聖女様が誰かと会談される時には、あちらの建物が使われるのですね」
やって来た人たちは、巷の話は本当のことであったのだと、確認出来たと思い、それを情報を広める事になる。
そんなこともあって、当初予定されていたお披露目の会が、日程が繰り上がって、早めに開催されることになった。
その会の開催場所は、当然だけどこの村ではない。
領主様とシスターが一緒に暮らしているのはこの村だけど、この領の中心は領主館のある町だ。 お披露目の会は、当然だけど町の領主館で開かれることになる。
この村で開かれるのなら、僕らももっと巻き込まれただろうけど、町で開かれるということであれば、シスターは別だけど、僕らはせいぜい当日近くに呼ばれるだけだろう。
ということで、ちょっと手隙になったと感じているような、主に男の元孤児院出身メンバーを使って、本格的に高炉を作り、鉄作りを始めようと考えた。
今までこの村では、鉄製品は買ってきた物、地金を買って来て作った物が多かった。
この地方では木材が貴重なので、金属の精錬はほとんど行われていなくて、貴重な物となっている。
僕たちが自分で精錬した鉄は、砂鉄を比較的低い温度で精錬して、スポンジ状の鉄を得るという小規模なものだ。 量も少ないし、出来た鉄はほぼ純鉄で、機織り機の部品を作るにはそのままで良いが、刃物を作るにはもう一手間掛かる。
つまり今までのように砂鉄を使って、一回毎に小さな炉を作って鉄を得るという方法では、鉄に炭素分が含まれた鋼は出来無いし、何よりも一度に作れる量が少ない。 その上、砂鉄は採れる量が元々少ないのだ。
他に鉄が無ければ仕方ないということになるのだけど、鉄鉱石が見つかっているのだから、それを使わない理由はない。
いや、もちろんこの地方で鉄鉱石があるのに、製鉄があまり行われていないのには、鉄を作るための燃料となる木材が極端に少ないという大問題があるからだけどさ。
キイロさんたち鍛治士も、もちろん砂鉄だけでなく鉄鉱石からも鉄を作る。 だけどそれは毎回小さな炉を作り、鉄鉱石の温度を上げるのにも木材、つまり燃料を必要とする。 その上一回毎に炉を壊して、出来た金属の塊の中から、鋼の部分、鋼ではない鉄の部分、その他の部分とより分けなければならない。
その大きな理由は、僕は気づいたのだけど、メルトダウンを掛け続けて、鉄鉱石が鉄と他の部分に分かれたり、溶けるまで維持する魔力が足りないからだ。
鍛治士たちは、普段の仕事でもメルトを常に使うことになるので、みんな鍛えられていて魔力が多いらしいが、それでも鉄鉱石から鉄を作るのには魔力が足りない。 それで数人掛かりで製鉄を行うらしいが、一つの工房の鍛治士の人数なんて高が知れている。 親方と弟子数人というところだろうし、弟子の魔力量はそんなに多くはない筈だ。
鍛治士が使うメルトダウンの魔法と言っても、基本は水を温めることと変わらない。 温度を変化させる対象が水か金属かの違いだけだ、使う魔力量は大きく違うけど。
魔法を使って行う行為に、それに合った名前を付ければ、その魔法を楽に使うことが出来るので、メルトダウンという名前が付いているのだと思う。
この村では、水を温めるという行為は入浴のために多くの人が普段から常にしていて慣れている。 また、魔法を使うことにも、常に色々な場面で使っているので慣れていて、それによって魔力領も他の人たちと比べると、みんなずっと多くなっている。
だからあとは、メルトダウンという魔法の使用に慣れさせれば、 普通の鍛治工房で鉄鉱石から鉄を得るよりも、大量に連続して作れるのではないかと思う。 メルトダウンの魔法を、魔力量も多い者が何人もいて掛け続けることが出来るのだから。
とは言っても、それを行うには準備が要る。
製鉄をする場所は以前に選定してあるのだけど、高炉などを作るにはその材料が必要になる。 まずはその為の煉瓦製作だ。
今までも建築素材としては煉瓦を使ってはいた。 だがそのほとんどは日干し煉瓦で、建築素材としては水に弱いところを、表面にハーデンの魔法を掛けたり、漆喰を塗ったりしてその弱点を補っている。
日干し煉瓦ではなく、焼成煉瓦は最近になって少し見栄えの良い竈門を作ってりするために作成したくらいだ。
日干し煉瓦と焼成煉瓦では、作成に使う土にかなり違いがある。
日干し煉瓦には藁などの草の繊維を混ぜ込んだりして、割れにくくするのだが、逆に焼成煉瓦はなるべく土以外の不純物が混ざらないようにしなければならない。
まずは土の中の不純物を取り分けるために土に一度大量の水を混ぜてドロドロにする。 その後で沈殿させて、浮いてくる不純物を取り除き、次に白い砂を選り分けるのにも使っている幅広の樋に流して、沈んで積もる位置の違いで、水に浮かぶことでは取り除けない不純物を避け、素材の均一化を図る。
あとはまずは慣れている形作りだ。 ある程度の硬さに練った土を、木枠に埋めていき、ここからは今はもう魔法を使って水分を飛ばす。 そうして単純に乾かしただけの煉瓦にハーデンを掛けて、表面が崩れにくくする。 この工程は日干し煉瓦作りと同じだ。
ここまでの工程は、以前は重要な村の収入源だった白い砂作りや、日干し煉瓦作りと同じだったから、村のみんなはどうということもなくこなす。
ここからが今までとは違うところだ。
日干し煉瓦と同じように出来上がった煉瓦を、今度は土を固めて作った窯の中に入れ、煉瓦を焼くのだ。
煉瓦を焼くといっても、木が乏しく、燃料のないこの土地では本当に焼くという訳にはいかない。 そこは魔法の出番だ。
窯の中に入れた煉瓦を、数人掛で温度を上げていくのだ。 プチファイアを強力にしたファイアの魔法というよりは、鍛治で使うメルトの魔法に近い。
つまりは煉瓦の温度を魔法によってかなり高温にしている訳だが、その行為にみんながある程度慣れたところで、その魔法をバーンと名付けた。
一つの目的を持って、継続的に使われる魔法に名付けすると、楽に使えるようになるのは今までの経験で分かっている。 ただ、僕にとっては普通の言葉として名前を付けているのだが、それがこの世界では特別な言葉であることが不思議なのだが、それはもう考えないことにした。
ところで、僕の頭の中にある知識は、今の現実世界にはどうも時々合っていないことがある。
今回の煉瓦を焼く時に、僕は頭の中にあった登り窯という方法を使えば、その作業が楽になるのではないかと考えた。 下の段で焼く煉瓦の熱が上の段に伝わって、上の段では下の段より楽に煉瓦の温度を上げられるのではないかと考えたのだ。 それを何段かにすれば、ずっと楽に大量の煉瓦を焼けるはず、と。
この試みは大失敗だった。 下の段の煉瓦の温度を上げても、上の段にはほとんど熱が伝わらなかったのだ。 魔法で煉瓦の温度を上げるのだと、その熱は他にはあまり影響が出ないらしい。 じゃあなんで窯の中でしなければならないのか、とも思ったのだけど、鉄を溶かす時にも窯を使っていたから、当然そういうものだと思っていたからに過ぎない。
キイロさんに理由を聞いてみたが、キイロさんも知らなかった。 そういうものだと、親方から教わっていただけみたいだ。
それならと試しに、一つだけ周りを囲わずに煉瓦の温度を上げてみたら、同じように出来ると思ったら、少し風が吹いたら煉瓦が割れてしまった。 あっ、そうか、急な温度変化を起こさないようにする為か。 そういうところは頭の中の知識と同じらしい。
とはいえ、窯を斜面を利用していくつか連結させる登り窯は、作ってしまったのだからそのまま利用しようと思ったのだが、盛大に文句が出た。
連結している形から、魔法を掛ける時に掛けにくいし、登り窯という形であることから当然だけど斜面に作られている訳で、その斜面を登り降りして煉瓦を窯に運び入れたり出したりするのは、とても大変だったのだ。
魔法の使用量がとても違うのなら話は別なのだろうけど、そこまででもないならば、その登り降りの方が余程大変だったのだ。
斜面を掘ったり、土のドームを作ったりと苦労した登り窯は、そのまま放棄されることになり、新たに平地に幾つもの窯を作る二度手間になってしまった。
そんな失敗も乗り越えて、僕は煉瓦作りに励んでいた。
焼いた煉瓦は、日干し煉瓦とは違い雨に濡れても構わないので、取り敢えず貯めておくには場所を選ばない。
焼いた煉瓦は、高炉の建設予定地近くに持って行って、適当に野積みしておく。 煉瓦を運ぶのはかなりの重量になるので、馬車を使って運ぶ。 その荷馬車の運行も練習の一環だ。
馬自体にも慣れなければならないし、馬車を引かせるにはその為の馬具を装着したりなどにも慣れなければならない。 もちろん馬を制御することも覚えなければならない。 そうして実際に馬車を積荷を積んで運行してみることで、僕らの普段いる城下村から、高炉建設予定地の間の道の具合に不都合がないかも確かめていく。 不都合なことがあれば直していく必要もあるのは当然だ。
こうして僕の頭からは、領主様とシスターの結婚のお披露目の会というのは完全に忘れ去られてしまっていた。
服を新調しなければならないとかで、ルーミエとフランソワちゃんが興奮していたりして、僕も体のサイズを測られたりしたのだけど、あまり関心が無くて、というより頭は煉瓦作りや、それ以降のことで一杯で、どうでも良いことと流してしまっていた。
で、気がついたら、領主様とシスターの結婚のお披露目の会の為に、町に行く日になってしまっていた。
領主様とシスターの結婚のお披露目の会は、それだけに留まらず、僕とルーミエが領主様とシスターの子となったことのお披露目の会ということにもなったらしい。 僕とルーミエは二人の子となったことだけが公表される訳ではなく、二人とも子になったが僕たちは結婚していること、そしてもう一人の妻としてフランソワちゃんも居ることも、一緒に公表されることになっている。 そんなことどうでも良いのではと思うのだが、領主様は曲がりなりにも男爵などという立場があるので、きちんと公表していないといけないらしい。
うーん、面倒だ。
このお披露目の会には、領内の有力者はみんな来ているらしいが、それだけじゃなくて、領主様と繋がりがあったり、仲が良かったりする同格以下の、つまり男爵以下の貴族も何人か来ていて、格上の貴族家からは代理人が祝いの言伝を伝えに来ているらしい。
その為に、僕らの立場というか、関係をきちんと公表しておく必要があるらしい。
僕は領主様とシスターの養子になれるのは嬉しいのだけど、貴族の立場とかは面倒だなとしか思わないから、公表とかわざわざするのは恥ずかしいし嫌なのだけど、ルーミエとフランソワちゃんはウキウキ気分みたいだ。 特にフランソワちゃんは、それを喜んでいる。
お披露目の会は、やはり領主様の挨拶から始まる。
「今回はわざわざ私のために集まってもらって感謝に堪えない。
私自身は最近まで、独り者の気楽さも悪いことではないと考えていたのだが、縁あってこの聖女と呼ばれるカトリーヌと夫婦となった。
まさか私も聖女を妻にすることが出来るとは考えてもいなかった。
この幸運を、皆にもぜひ祝って欲しい」
領主様のこの言葉に、会場は大歓声だった。
王都などから来た貴族とその関係者だけでなく、領内の者たちも、領主様がこうも盛大に自ら惚気るとは思っていなかったのだ。
領主様の隣に立っているシスターは、顔を真っ赤にして俯いていた。
歓声が少し収まるのを待ってから、領主様は話を続けた。
「今回祝って欲しいのは、それだけじゃない。 私は妻を持つだけでなく、子も持つことにした。 それも2人もである。
1人は、皆も知っているであろう城下村の代官をしているナリートだ。 そしてもう1人は我が妻となった聖女カトリーヌの弟子のルーミエだ。
この2人は私と妻の子となった訳だが、2人は夫婦でもある。 そしてナリートにはもう1人妻がいる。
もう1人の妻というのは、領内の者なら確実に知っているであろう、農業の指導者、農業に携わるこの地の者からは女神のように敬われているフランソワだ。
実はフランソワに関しても、私の子にしようかという考えもあった。 しかしフランソワにはきちんとした両親が健在だから、その考えは採用しなかった過去がある。
フランソワに関してはそういった訳で、ナリートを通しての間接的ではあるが、ナリート、ルーミエ、フランソワと、この3人が私と妻カトリーヌの子というか、家族となった訳だ。 この事も同時に祝ってもらいたい」
今度は会場からは暖かい拍手が起こった。
「それでは私からだけではなく、子となったナリートからも挨拶させよう」
えっ、そんな話聞いてないよ。 急に領主様に振られて、僕は頭の中が真っ白になってしまった。
でも何か言わなけばならない。
「領主様の養子となりましたナリートです。
領主様がどうして僕なんかを子にしてくれたのかは解りませんが、妻のルーミエとフランソワの3人とも、領主様とその妻の聖女様の名を恥ずかしめないように、努力していきたいと思います。
皆さま、よろしくお願いします」
僕はしどろもどろになりながらも、なんとかそれだけ言って頭を下げた。
僕が挨拶をなんとかすると、会場は少しほっとした感じになり、今度は軽く拍手された。
領主さまも含めた僕たち5人は、とりあえず一度会場から小部屋に移る。
「ナリート、急に挨拶を振られたのに、良く頑張ったわ」
シスターは僕を褒めてくれた。
「あなた、何ですか。 なんの打ち合わせも無く、ナリートに挨拶を強要するなんて」
「挨拶くらい、ナリートならなんとでも出来るだろう。 何か問題があったか?」
「問題だらけです。 ナリートは頭の中に自分でも訳が分からない、たくさんの有用な知識があるみたいですし、[職業]も知られていない[職業]だからその恩恵も良く解っていませんが、それ以外はごく普通の男の子なんです。
どうして、会場内には貴族もいるような場所で、急に振られても普通に挨拶出来るなんて思えるんですか。 そんな訳ないでしょう。
よくなんとかやり過ごしたものです」
「そういうものか?」
「そういうものです。
あなただって、男爵に急に叙爵されて、即座に周りの人に適切な挨拶が出来ましたか? そんなことはないでしょう。
そんな苦しい状況に、養子にしたばかりの子どもを追いやらないでください」
領主さまは、結婚のお披露目をしたばかりに、妻から盛大に怒られることになった。
ラミアの方にもポツポツと書きましたが、今年初めから誰もが巻き込まれる可能性はあるトラブルに、どっぷりと巻き込まれまして、諸々滞っていました。 感想や、誤字脱字の報告を受けていても、返信したり直したりする余裕がなくて、申し訳ないのですが放置の状態でした。
やっとそのトラブルも完全に終わりましたので、徐々に立て直していくつもりです。
対応が出来ずにいたのですが、誤字脱字の報告は助かりますし、感想を寄せていただくのはとても励みになります。 これからもよろしくお願いします。




