脈あり
僕たちが城下村に戻り、今回の話をみんなにすると、何だか実にあっさりと納得されてしまった。
「それじゃあ、ナリートとルーミエとフワンソワは、これからは領主様の館で暮らすことになるのか?」
僕とルーミエが領主様の養子になることを伝えると、「そうなると思っていた」と即座に喜んでくれたウォルフだったが、それによってもしかすると僕らが城下村を離れなければならないかと思い当たっては、心配そうな声を出した。
「それはないよ。
私とナリートを養子にしてくれることの理由の一つには、この城下村を変な人、特に他の地の人からの横槍を防ぐためという意味もあると領主様自身も言ってたから。 だから私とナリートがここからいなくなったら、意味がないもの」
「良かった。 私たち、そこだけは心配していたんだよね」
エレナもそう言って喜んでいたのだけど、あれっ。
「もしかして、みんなもう前から僕とルーミエが領主様の養子になるって考えていたの?」
僕は感じた疑問をそのまま口にした。
「ああ、俺たちはずっと前から領主様がお前とルーミエを特別に可愛がっているのを知っているからな。 きっとそうなると思っていたよ。
俺やウォルフ、エレナもだけど、俺たちも目を掛けてもらっていたと思うけど、その俺たちから見ても、お前ら2人はもっと領主様の身近に呼ばれていたからな」
ウィリーがそんな風に以前から感じていたと言った。
「それにシスターが、領主様があなたたちを連れて王都に行った時に、こういう可能性は十分にあると私たちに教えてくれていたの。 警告されていたという方が良いかな。
こうなった時には、ちゃんと喜んであげて、変な気持ちは持たないように気をつけようって。
まあ私はそれでも少し羨ましく感じてしまうところがあるのだけど、そういう気持ちにみんながなってしまうことを2人が解っていることも解っている。 それに嬉しく思う気持ちも本当だよ。
でもそれによって離れなくてはならないことにならなくて、すごく安心した」
マイアが僕たちの中では一番年上の女の子だからか、実質的にはこの城下村のリーダーだからか、そんな風に口にしにくいことをきちんと僕らに言ってくれた。 そうか、シスターはこうなることを予想していて、僕たちの間に変な溝が出来ないように心配してくれていたんだ。
「私は、2人が領主様の養子にしてもらえるかどうかは、少し色々と考えてしまっていたのよ。
2人が領主様の関心を引き、館に呼ばれるようになった時から、こうなることを期待したのだけど、それからずっと話に出なくて、やっぱりそういうのはないのかなと諦めてもいたのよ。 普通に気に入って単純に養子にするというなら、領主様のような貴族の人なら簡単にするんじゃないかと思っていたから。
で、諦めていたら、王都に連れて行くということになったから、ちょっと心配になって院長先生に少しだけ聞いてみたら、『悪いことにはならないから安心して』と言われて、これはやっぱり有りかと思って、あの時はみんなに少し話していたのよ。
だけどまた、それからも話がなくて、やっぱり私の早とちりだったのかなとも思っていたのよ。
何しろ王都から戻ってきたら、ルーミエとフランソワは下級シスターに登録されたと言うし、ナリートは馬を飼うと言い出すし、それだけならともかく、この村に牧場を作るだとか、王都からの見習いシスターを受け入れることになるだとか。 あなたたち一体王都で何をやってたの、糸クモさんの布の値段を調べに行ったんじゃないの、という感じだったし。 院長先生の『悪いことにならない』って、こういうことだったの、なんて思っていたのよ。
だけどまあ、話を聞いて納得したわ」
シスターは僕らが町の学校で注目を集めた時から、僕らが領主様の養子になれば良いと考えていたようだ。
ルーミエの[職業]聖女なんてのは、とても目立ってしまうから、どうしてもしっかりした後ろ盾が欲しいと考えていたようだ。 僕もまあ特殊だったから。
「でもさ、領主様に奥さんがいないのって、そういう理由だったんだ。
おかしいな、何でだろうって、私、思っていたんだ。
子どもが作れないから、結婚できないからだったんだ」
「エレナ、お前、何そんなに簡単に言っているんだ。 男にとってはとても重要でデリケートな問題なんだぞ」
「うん、あたしたちは大丈夫だね。 もう少ししたらちゃんと子ども作ろうね」
ウォルフがエレナの言葉を嗜めたのだけど、エレナには通じていないようだ。
「ウォルフとウィリーは、領主様が子どもを作れないということを知っていたの?」
ジャンが訊ねた。
「ああ、俺とウォルフは鍛えてもらった時に、結構長く領主様と一緒にいたからな。 その時に、『俺はダメだが、お前たちはもう少ししたらパートナーとちゃんと子どもを作って育てろよ』て言われたことがあるから、あ、そういうことだったんだって、すぐにピンときた」
「ええっ、それって随分前のことだよね。 そんな前から知っていたんだ。
私は今回初めて知ったよ」
今度はウィリーの言葉にマイアがちょっと噛みついた。
「こんなこと理由もなく話せる訳ないだろ。 俺とウォルフは誰にも話さないつもりだったよ」
うん、そりゃそうだよね。 きっと大人の人は察していたりはしても、きっと口には出さないよね。 ウォルフやウィリーだって、当然口にはしない。
マイアは「パートナーの私にくらい話してくれててもいいじゃない」と、むくれたのだろう。
「でも、領主様もちょっと極端ね。
子どもが作れないからといって、結婚はしない、奥方様を持つことはないと決めつけることもないのに。
それは確かに結婚ということに、その2人の子どもを得るというのは大きな意味のあることだけど、それだけじゃないでしょ。 それこそこうやって養子を貰えば何も奥方様との間に子どもなくても良い訳だから」
シスターはエレナやマイアの話を聞いていたのかいなかったのか、急にそんなことを言った。
「それはやっぱり女は自分の相手の子どもを得たいと誰でも考えるからじゃないですか。 私だって、ナリートの子どもを産みたいと思っているし」
「私もそうだと思います。 私も早くジャンの子どもが産みたい」
孤児院育ちの者たちは、早くパートナーとの間に子どもを持って、自分が夢見た家族というものを持ちたいと思う。 その気持ちは解るし、僕にもそんな気持ちがあるような気がする。
だけど、フランソワちゃんとアリーは孤児院育ちという訳ではないし、フランソワちゃんなんて、両親に弟まで健在だ。 周りがみんな孤児院育ちだから、それに染まっちゃったのかな。
アリーも両親を不慮の事態で急に亡くしてしまったけど、孤児院育ちという訳でもないのに。 それよりもアリーはこういう場にジャンのパートナーだからそのまま参加していたけど、自分から声を出すことはなかった。 慣れたのかな。
「うん、それは私も女だから、その気持ちは理解できるのよ。 愛する相手と自分の間の子どもが欲しいという気持ちは、女なら誰しもあると思うの。
でも絶対に自分の子どもが欲しいと思う人ももちろんいるだろうし、そういう人もいるということを認めるけれど、逆に愛する人と一緒にいられるならば、たとえその人との間に子どもが出来なくても良いと考える女もいると思うの。
私なら別にそこには拘らない。
でもまあ、それは私が特殊だからかもしれないわね。 何しろ私にはあなたたちという自分の子どものように感じる子たちがこんなにたくさんもういるから。 それだからかもしれないわね」
あ、やばい。 また大泣きしそうだ。
領主様に養子にしてもらえると聞いて大泣きしたばかりなのに、また大泣きしそうだ。
ルーミエも堪えている。 フランソワちゃんは立場が違うけど、それでも感動しているみたいだ。 どうしても2人の様子を先に確認してしまう。
エレナは即座に大泣きしている。 マイアも泣いている。 ウィリー、ウォルフ、ジャンも堪えている。 アリーも泣いている。
「あらあら、みんな何を泣いているの?
私があなたたちのことをどんな風に思っているかなんて、そんなの秘密でもなんでもなくて、みんな普通に解っていたでしょ」
「シスター、それでもそういう風に口に出して言ってもらうと、私たち嬉しくて」
そう言うとルーミエもとうとう涙を零し出した。 僕もやっぱり堪えられない。
それにしてもシスターは誰かと結婚しないのだろうか。
もうシスターとして登録はされているけど、正式なシスターは辞めているから結婚しても構わないはずだ。 シスター学校に入学する貴族の娘は、シスター学校卒業という箔を付けると、見習いの時期早々にシスターを辞めて、結婚するのだという。 貴族の社会ではシスター学校卒業というのは、とても意味があり、有利な婚姻が結ばれるらしい。
シスターは僕とは10歳違いだから、もっと小さい頃はともかくとして、今では母親見たいというよりはお姉さんみたいな感じではある。 それでも10代のうちに結婚するのが普通に思われるこの社会で、20代半ばというのはもう十分に適齢期を過ぎている。
今まで考えたことがなかったのだけど、シスターの両親はどんな風に思っているのだろう。 僕の覚えている限り、シスターは実家に帰ったりしたことがない。
確か両親は普通の農民だという話を聞いたことがあるけど、それ以外にはシスターの家族の話を聞いたことがないことに気がついた。
もう一つ気がついちゃった。
領主様に養子の話をしてもらった時、まだ領主様が子どもが作れないことを知らなかった時に、領主様が奥方様をもらって子どもが出来たらという話をした。 その時、何も考えずに身近な存在だったので、例えでシスターと結婚したらという仮定の話をした。
でもそれって本当になり得るんじゃないだろうか。
シスターだって、領主様のことが嫌いだったら、子どもを持てなくとも奥方様を持つことを諦める必要はない、なんてことわざわざ言い出すことはなかったと思うんだよね。
それって、領主様に対して好意があるということだよね。
領主様とシスターだと、ちょっと歳が離れている気がするけど、そんなの子どもを持てないことに比べたら些細なことだと思うし。
これは後でルーミエとフランソワちゃんに相談してみよう。
領主様にシスターは、子どもが作れないことを気にしない、と伝えたら、なんだか僕は上手くいくような気がするんだよ。
そうなったら良いな、という僕の願望なのかもしれないけど。
僕とルーミエが領主様の養子になるという話は、正式に発表される前に、もちろん僕が男爵という貴族位の後継者になることなんて秘密にしていても、領外から城下村に来る人に匂わせただけで、絶大な効果だった。
それまでは代官として僕が面会しても、単なる下っ端の木端役人、新しい村だから役目を押し付けられた若造というような扱いだったのに、ころっと態度が変わってとても丁寧な扱いとなって、無理なことを言い出したり、舐めた態度をとる者が無くなった。 その違いに逆にイラッときてしまいそうだったが、面倒がとても減ったのは嬉しい。
それにしても、まだ発表前だからきちんと言った訳じゃなくて、単に匂わせただけなのに、この効果はなんなんだろう。
そして、一人に匂わせたら、その情報はあっという間に広がって、正式発表前に誰もが知っている事柄となってしまった。 僕に面会を求めて面倒なことを言い出す人ごとに、そんな風に匂わせて軽く脅すようなことをしなくて済んだのは嬉しいけど、こんなにあっさりと多くの人にこの情報が伝わってしまったことには、とても驚いた。
「そういう噂話は本当に伝わることが早いのよ。
この領内の人にとっては良い話だから、より一層早かったんじゃないかしら」
僕たちの中では、シスターと町の孤児院のシスターだったミランダさんを除くと一番年長の女性である、キイロさんの奥さんのタイラさんがそんなことを言った。
キイロさんとタイラさんも領主様の町で何年も暮らしていたからだろうか、タイラさんは、そういう噂話がどれ程素早く伝わるかを自信を持って教えてくれた。
それはともかく、僕はタイラさんが「良い話」と言ってくれたことが嬉しかった。




