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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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面会申し込み

 「この地で、糸クモさんがどのように扱われているかは、担当の者たちに聞かれたと思うのですが。 それでは納得出来ないということですか?」


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 布織りの仕事のためにこの城下村に移住して来ようとする人は、元からこの地、つまり領主様の治める男爵領に住んでいた人には止まらなかった。 他の地から、わざわざ引っ越して来ようとする人もいたのだった。

 なんでそんなことになっているのかというと、これには理由があって、そもそもはその理由のためにアリーもこの地へとやって来たのだった。 具体的に言えば、前に糸クモさんの糸や布を生産していた場所では糸クモさんの飼育が出来なくなったため、その地での糸クモさん関連の仕事は壊滅し、移住せざる得なくなったのだとか。

 その時に職を失った人たちは、まだ安定した生活を営めていない人が多数いるらしい。 そういう人たちが、この城下村の噂を聞いて、移住を申し込んできたらしい。


 そんな移住者がかなりの数やって来たのは、領主館で働く文官の人が悪い意味で気を利かせたかららしい。

 文官の人たちは単純に、以前に糸クモの糸を採取して布にする仕事をしていた人ならば、僕たちの所で即戦力になるだろうから、と積極的に受け入れたらしい。 しかし、その文官さんたちは、僕らの城下村でやっている糸クモさんの飼育が、それらの人たちが知っている、それまでの飼育法とはかなり違っていることを知らなかったのだ。 僕も知らなかったけど。


 僕は城下村の代官ということになっているけど、好き勝手をやっているので、実質的には城下村のあれこれを調整したりして回しているのはマイアだ。

 それでも城下村の全体の問題を話したり、色々なことを決定するのは、マイア一人がする訳ではなくて、最初からの主要メンバーと問題に関わっている人が集まって、みんなで考えて決めている。

 前からみんなで話して決めていたのが、そのままになっているというのが本当のところだ。


 「移住者の一部なんだけど、どうも糸クモさんが村の中で普通に見られるのに慣れないみたいだ。

  ま、あたしにしても最初、デーモンスパイダーだと思っていた時は、糸クモさんを見たら緊張して冷や汗が出たけど、今では田んぼや畑の虫を取ってくれたりもする、ま、なんて言うか、この村の仲間みたいなモノだからな。

  この村はこういう村なのだから、それに早く慣れてもらうしか無いのだけどな」


 そんな言葉をエレナから聞いたことがある気はするのだけど、移住者を担当しているエレナはもちろん僕たちも、移住して来る人の住居や、同行者の使う農地の確保、その他諸々の物理的というか目の前の問題に忙殺されていて、移住者たちの気持ちの問題なんて、全く目に映っていなかった。


 そんな僕らに代わって、他の地からの移住者の矢面に立ってしまったのが、アリーだ。

アリーは布作り全般の責任者になっていたし、他の地から来た今回の移住者にとっては、時期の違いはあるけれど、同じように他の地から城下村に移住して来た者だからだ。

 それともう一つ移住者の方からすれば、アリーに対しては色々と言いやすい大きな理由もあった。 彼らにとってはアリーは、彼らと同じように他の地で糸クモさんの飼育をしていた者、つまり同業者の子どもであると考えた。 もしくは自分たちよりずっと年若い後輩同業者と考えたのだ。

 そんなこともあり、彼らはアリーには気安くと言うより上から目線で話、自分たちの考えをアリーを通して押し通そうとしてきたのだ。

 アリーも、まだまだ子どもだったのもあって、来た人が親と付き合いがあった同業者なのかは記憶が定かではなくて分からないけど、自分の親に近い年齢の人もいる集団に強く出ることも出来なくて、何だか板挟みみたいな状況になってしまっていたのだ。


 「で、まあ私がアリーから相談を受けたのだけど、これ、私がその人たちに何か言っても役に立たないと思うんだよね。 あの人たちにとっては私もアリーと同じで単なる小娘でしょうから。

  それだからここは年齢ではない重みを持つナリートが直接あの人たちと話をして欲しいという訳なのよ。 ナリートはこの城下村の代官なんだから」


 えっ、そんな面倒な人と僕が対面して話をしなければならないの、嫌だなと思って、これは大人の人に任せた方が良いのではと考えて、僕はちらっとシスターを見た。


 「私に頼もうとしてもダメよ。 そうね、マイアの言う通り、これは代官であるナリートの仕事だわ。

  それにもうあなたたちは成人の年齢なんだから、誰とでもきちんと話し合いができるようにしないとね」


 「シスター、私とナリートは成人までまだもう少しだよ」


 成人の年齢と言われて、まあ孤児院出身者は孤児院を卒院すると成人と見做される雰囲気があるのだけど、僕とルーミエ、ジャンそしてアリーなんかは、本当の成人の年齢にはまだ少しだけ足りない。


 「確かに歳は少しだけ足りないけど、もうナリートは公式に代官という身分を得ているし、ルーミエもシスターに正式にフランソワと共に登録されている。 つまり完全に成人として扱われているということね。

  確かにジャンとアリーはまだそういう公式の立場を持たないから、成人とは認められないかも知れないけど、少なくともこの城下村では二人と変わらない立場なのだから、同じように振る舞うべきだわ」


 僕は対応をシスターに任せようという考えを、口にちゃんと出す前に諦めなければならなかった。


 「それで、あの人たちはどんな文句を言ってきているんだよ。 それこそ文句を言える立場じゃ無いだろ。 あ、ごめん、アリーを責めてる訳じゃ無いからな」


 本来あの人たちのことに関しての責任者はエレナだからだろうと思うのだけど、ウォルフが不機嫌な感じて質問をしたら、矢面になっていたアリーが萎縮してしまい、ウォルフは慌ててアリーに謝った。


 「うん、あの人たちは糸クモさんたちが自由に城下村の中を歩き回っていることが、どうにも許せないし、自分たちも安心して暮らせないからやめて欲しいと言うのよ。 それだけは譲れない、と」


 萎縮して言葉の出ないアリーに代わって、マイアが引き続き答えた。


 「それは出来ないわよ。

  糸クモさんたちが田畑の害虫を食べてくれているから、今の城下村の収穫がある。 糸クモさんたちが害虫を駆除してくれなかったら。 元の村にいたときのように、自分たちで害虫の駆除をしなくちゃならなくなって、仕事が増えてしまって今のようには出来なくなるわ。 当然収穫量も減るだろうし。

  それに糸クモさんたちは、朝出て行って、夕方にはきちんと飼育場に戻ってくるのだから何が問題なの」


 フランソワちゃんが、農作物の為にも、糸クモさんには町中に出てもらわないと困ると言った。


 「私とアリーもそれは説明したのよ。 だけど聞いてくれないのよね」


 アリーがまだ少し縮こまっていたけど、そのマイアの言葉だけでは現状の説明になっていないと考えたみたいで、背景となるようなことを話してくれた。

 どうやら彼らの常識というか、彼らがしていた糸クモさんの飼育では、糸クモさんが自由に飼育施設から外に出ていくなどという事は、考えられない事だという事だ。 彼らにとって糸クモさんは、彼らの仕事の原料となる糸を提供してくれはするが、所詮はデーモンスパイダーで、危険が無いように厳重に閉ざされた施設の中だけで飼育するものらしい。


 アリーの一家は、そういった糸クモさんの飼育方法は反対という考えを持っていて、今のこの城下村のやり方とまではいかないけど、その元となる糸クモさんに割と自由に暮らしてもらうような飼い方を模索していたらしい。 その背景もあって、城下村ではこういう飼い方になっているのだけど、

「糸クモさんが農業の手伝いまでしてくれるなんて、私も知らなかったよ。 糸クモさんが昆虫も食べることは知ってはいたのだけど」

と、もうこの村の飼い方の元となった、アリーの家の飼い方とも随分と違ってきているらしい。


 なんかアリーの話を聞いていて、僕はもしかしたらアリーだけじゃなくて、アリーの親もアリーと同じように、糸クモさんと意思疎通がなんとなく出来る人だったんじゃないかという気がしてきた。


 王都周辺の糸クモさんがほぼ全滅してしまい、再起を考えた時にアリーの一家が不幸な結果になってしまったのだけど、それまで住んでいた場所を離れ、この地へとやって来たのは、周りと糸クモさんの飼育方法の考え方が違っていたからなのかもしれない。


 「それであいつらは、自分たちの常識から、糸クモさんの飼育の仕方を見直せと言ってきている訳だ。

  ま、そう言いたくなる気持ちが俺も理解できない訳じゃない。 デーモンスパイダーが自分のすぐ脇にいるとなれば、それは怖いと思うのは分かる。 俺もそうだった。 でもこの村にいるのはデーモンスパイダーじゃない、糸クモさんだ。 俺たちは小さい糸クモさんに餌となる葉っぱを取ってきてやったりするけど、糸クモさんは糸の原料を俺たちにくれたり、農業を手伝ってくれて、十分以上に返してくれている。 そんな糸クモさんを敵視して閉じ込めるなんてできないだろ。

  あいつらが、『糸クモさんが村の中を自由に動き回っているままなら、怖くてこの村には住めない』と言うなら、それじゃあ仕方ない、彼らにはこの村から出て行ってもらうしかない」


 たぶんマイアからもっとあの人たちの言葉なんかを詳しく聞いているのだろう。 ウィリーがそういう強硬な意見を言った。


 「俺もウィリーに賛成だな。 上手くいっているのに、あいつら言葉でやり方を変える必要がないからな。

  それで住めないというなら、出て行ってもらうしかない」


 「僕も出て行ってもらうことに賛成。 そりゃ僕らの方が若いけど、ここは僕たちが作った村なのに、上から目線で物を言われるのは嫌だ」


 ウォルフ、ジャンがウィリーに賛成した。

 ジャンは、アリーに対して何か言ってくる態度に、どうやらかなり怒っているみたいだ。

 そして誰からもウィリーの言葉への反対意見は出てこない。


 「でもさ、領主館の担当の人から頼まれた事なのだけど、それを断ってしまうなんて事できるのかな?」


 このままだと、あの人たちに「出ていけ」と宣告する役は、代官である僕がしなければならなくなりそうだったので、そう言って、ちょっとだけ反論した。


 「それは構わないんじゃないかしら。

  この城下村に受け入れるか、受け入れないかは私たちの、代官であるナリートの判断に任されているのだから、不合格だったら、それはそれで仕方のない事だわ。

  シスター、それで問題ないですよね」


 「ええ、マイア、それで問題ないはずよ」


 「分かりました。 それでは僕があの人たちと話してみて、あの人たちが意見を変えないなら、ここへの移住は出来ないと告げます。

  あの人たちも、僕との正式な面会を求めているのだよね、アリー。 それなら都合が良いよ。

  だけど面会する日は少し後にして。 一応領主館に行って担当の人に、今回の対応について事前に話してみる」



 領主館へも、馬に乗って行けば、歩いていた前よりもずっと短時間で行き来が出来る。 そのための馬でもある。

 ルーミエが付いて来るのは、来るだろうなと思っていたのだけど、フランソワちゃんも僕と一緒に領主館に行くことになった。 フランソワちゃんにとっても、今回の件は問題だと思う事柄みたいだ。

 ルーミエに加えてフランソワちゃんまで一緒するので、僕たちの領主館との行き来は、周りの人から見ると騎乗の練習に見えたみたいだ。 それはそれで都合が良い。


----------------------------------------------------


 「ですから代官様。 代官様がどの様に思っていられるかは知りませんが、糸クモと言っていても、それは本来は恐ろしいモンスターのデーモンスパイダーなのですよ」


 「はい、知ってます」


 「デーモンスパイダーは、普通の冒険者は恐れて近付かないモンスターなんですよ」


 「もちろん知っています。 私も冒険者の肩書きも持っていますから」


 「ですから、あなたのような若い冒険者は関わることもないでしょうから、デーモンスパイダーのことをあまり良く知らなくても仕方ないと思いますが」


 「間違わないでください。 私をはじめ、この村の運営に当たっているメンバーは何人もが銀級の冒険者でもあります。 十分にモンスターに関しての知識は持っていますし、実戦経験もあります。

  糸クモの糸や、それを使用しての布作りに関してならともかく、モンスターとしてのデーモンスパイダーについて、あなたたちが私たちより詳しいとは思えません。

  また、それらを卸している王都の店によると、私たちの卸している糸や布は最高級とランク付けられる物とのことです。 糸作りや布作りに関しても、私たちがあなたたちに教わることもあるとは思いますが、全般的には劣っていることはないと考えます」


 なるほど、確かに上から目線だ。 僕は代官だから、それでも言葉を選んでいるようだけど、これではみんなに嫌がられるのは解る。


 「しかし、それでは私たちはここには安心して住むことが出来ない」


 「その心配はありません。 この村のあり方が認められないということでしたら、私もあなた方がこの村に居住することを認める訳にはいきませんから、あなたたちはこの村から退去してください。

  退去するのですから、この村に住めるかどうか心配する必要はありません」


 数人でやって来ていた彼らは、誰もが意表をつかれたという顔をしている。 自分たちが退去させられる可能性なんて、全く考えていなかったのだろう。


 「いえ、私たちは領主館で手続きして、この地に来ているのですよ」


 「はい、私もそちらから頼まれたので受け入れましたが、まだ仮に受け入れただけです。 本当に受け入れるかどうかなどの決定は私に一任されているのですが、この地のやり方にあなたたちが合わせることが出来ないなら、受け入れることは出来ません」


 「そんなことが許されるとお思いですか?」


 今まで代表して話していたのとは別の人が、何だか脅すような調子で横から口を出した。


 「許されるも何も、一応この件を領主館とも話し合いましたが、それでなんの問題もないそうですよ。

  領主館の方であなたたちに正式に認めている権利は、この男爵領に移住しても良いということだけだそうですから、どうか別の場所で自由にやってください」


 横から口を聞いた者に少し怒った顔を見せて牽制した代表が慌てて言った。


 「いや、またここから移住なんて、それは困る」


 「困るも何も、あなたたちの世話を担当した者からも他の者からも、ここのやり方を説明していますし、私も先ほどその確認をしました。 それが受け入れられないと言ったのはあなたたちの方ですから、それなら仕方ありません。

  この城下村では、あなたたちを受け入れることは出来ません。 速やかに退去してください。 これは決定です、もうあなたたちに意見は求めていません」


  僕の断固とした姿勢に、しまった読み間違えたという雰囲気で、それでもと彼らの代表は言ってきた。


 「そういうことでしたら、すみません。 私たちはここから退去するしかないのですね」


 「今となっては、それしかありません」


 「それではその際に、糸クモさんを数匹頂いていく事は出来るでしょうか」


 「それはお勧めできませんね。 この城下村を離れて、糸クモさんの主食である木の葉を即座に調達出来るとは思えませんから」


 「それでは私たちがどこかに移住して、糸クモの主食を得る目処が立った時には譲ってください」


 「いえ、私たちは将来はともかく今現在は糸クモさんを取引していません。 この村からの調達は諦めてください」


 「そ、そんな。 それではせめて、この村で使われている織り機を売ってください。 代金はきちんとお支払いします」


 「織り機は将来的には売り物にする予定ですが、今のところはこの城下村の中でも数が足りなくて、織り機が出来上がるのを待っている状態です。 ですから今、売ることは出来ません。

  また、売りに出すときには商店を通して正式に売りに出すことになるので、売りに出されたら商店から買ってください。 村として理由もなく誰かを優遇することはありません」


 またさっきの男が威圧的に口を出した。


 「理由もなくって、理由はあるだろう。 お前たちは私たちをここから追い出すのだぞ」


 僕の背後にいたウィリーが、僕が答える前にその男に、こちらも威圧的に言った。


 「お前たちに売らないという理由なら、こちらにしたらある気がするな。

  ところで、さっきから威圧しようとしているのは、暴力に訴えてでもということか。

  さっき代官のナリートが言った通り、こちらは銀級の冒険者だぞ。 それ以前に私とこっちのウォルフは元は領主館の衛士だぞ。 お前らのそんな威嚇が通じる訳ないだろ。

  変な態度を取らずに大人しくしておけ、警告はしたぞ」


 レベルが違うからか、あの男とウィリーでは同じに威圧的に出ても迫力が違うなぁ、なんて僕は思った。


 話し合いはそれで終わり、彼らは本当にすごすごという感じで去って行った。 村からもそんなにしないで退去したけど、気になって後で領主館の人に聞くと、結局この地からも去ったようだった。


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